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交流編

(57)【古代語】

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~紗彩目線~


 なぜか興奮したノーヴァさんと別れた後、私はジョゼフさんと一緒に医務室に来ていた。


「さて、それじゃあお勉強を頑張ろうか」
「よろしくお願いします」
「うん、とりあえず深呼吸をしようか。あんまり緊張してはいけないよ」


 クッションが敷かれて高くされた椅子の上で意気込んでいれば、私の横に座っているジョゼフさんがニコニコと笑いながら頭を撫でられた。

 思ったんだけど、なんでここにいる人たちって私の頭を撫でるんだろう?

 そう複雑に思いながら、ジョゼフさんに教えられるがままに文字を習って行った。

 この世界の文字は、形が十種類あるだけであとは決まった形があるだけだった。
 形というのは、たぶん日本語で言うあ行やか行だろう。
 
 なんというか、日本語に変換すれば簡単だ。
 いの場合は、あを示す形の周りを丸で囲まれている。

 そんな感じで、基本となる形と何番目なのかを示す記号さえ覚えればいいという感じだった。

 言葉の音も、日本語に近くて複雑な音ではない。
 なんというか、ちょっと拍子抜けしてしまった。
 日本語のようにカタカナや漢字があるわけでもないし、英語のように一つ一つの単語が長かったり音が覚えにくいというわけでもない。

 英語や漢字がこんなに楽だったら、きっと英語や国語の試験では満点取れたんだろうな。


「さてと…………こんなものかな?」
「…………意外に文字が少ないんですね」
「そうだね。【カミビトゾク】は、文字が複数あるのは良くないだろうって考えたからね」


 遠い目になりながらそう言えば、ジョゼフさんが笑いながらそう言った。

 【カミビトゾク】というと、確かノーヴァさん曰く文化の根っこのような人らしい。


「【カミビトゾク】というのは?」
「ああ、教えていなかったかな?」


 ジョゼフさんに聞けば、ジョゼフさんは文字を書き写した紙をは別の紙を取り出した。

 真っ白なその紙に、【神人族】と漢字で書いたのだ。
 そう、漢字で。


「…………神人族?」


 思わず、声に出して読んでしまった。
 漢字で書かれているそれに、驚きを隠せなかった。

 この世界には、人間はいないはず。
 それなら、なんで漢字が存在しているんだ?
 漢字は、日本や中国など元の世界の一部の国にしかないのに。


「やっぱり、読めるんだね。【カミビトゾク】というのはね、本来はこう書くんだよ」
「本来はって?」
「【神人族】はね、この世界の神様が連れてきた種族なのだよ。どういった種族なのかは、いまだに謎だらけでね。ただ、『神に最も近く、神と最も親しい種族』と言われているね」


 ジョゼフさんの落ち着いた声に驚いて彼を見れば、彼は真面目な表情でそう言った。

 連れてきたということは、【神人族】はもともとはこの世界には存在していない種族だったってこと?
 それとも、この大陸では認知されていない種族だったとか?

 でも、それだと神に最も近くて親しい種族っていうのがおかしい。
 ということは、やっぱりその種族はこの世界の神と何らかの関係があるってこと?
 でも謎だらけってことは、その種族はあまりほかの種族と関わったりしないってこと?


「【神人族】は、まだ文化どころか文字すらなかったこの世界に来た存在なんだ。彼らの存在のおかげで、今の私達があるようなものだ。それ以外にも、彼らは名前以外にも名字というものを持っていてね。だから王族も彼らの加護があるようにと、名字を持っているんだ」


 なるほど、つまりこの世界では【神人族】と王族だけが名字を持っている。
 あ、だからジョゼフさんたちは名字を名乗らなかったのか。

 それにしても、【神人族】の扱いが一つの種族っていうよりも神って扱いになっている気がする。


「どんな人だったんですか?」
「確か歴史書だと、一番最初に来たのは『ヨシキ・ヤマダ』という男性だったはずだよ。彼は確か、文字と家の作り方、そして水道の整備の仕方を教えてくれた。そして、次に来たのが『カオル・ササヤマ』という女性で、彼女は主に食事などを教えてくれた。『ワショク』『フランス』『チュウカ』『アメリカ』『デザート』など、いろいろな料理を教えてくれた」


 『ヨシキ・ヤマダ』…………『やまだよしき』?
 『カオル・ササヤマ』は、『ささやまかおる』?

 ということは、彼らが【神人族】と呼ぶのは日本人だったって事?
 ヤマダっていう人はわからないけど、ササヤマっていう人は料理人か何かだろう。

 ワショクは、そのまま和食。
 フランスは、フランス料理。
 チュウカ、はそのまま中華。
 アメリカは、たぶん西洋料理だろうか?
 デザートは、たぶんそのままデザートだろう。

 名前が日本人名ということは、この世界には私以外の日本人が来たことがあるんだ。

 でも、歴史書ってことは本人たちがどうなったのかがわからない。
 元の世界に帰ったのか、帰れずにこの世界で一生を終えたのか。
 どういう理由でこの世界に来たのか?

 とにかく、何もわからない。


「ただ、彼らの技術である『カガク』はこの大陸には合わなかった。だから、『魔法』を用いて『カガク』で使われている手法を再現した。そして、【神人族】が使っていた文字がこの【古代語】だ。私達の文字とは違って四種類ある。それが、『ヒラガナ』『カンジ』『カタカナ』『エイゴ』の四種類だ」


 平仮名や漢字だけでなく、英語もあったのか。
 ということは、来た人は現代に近かった人だろうか?

 確か、英語が日本の教育に導入されたのは明治時代だったはず。
 それに、西洋料理が日本に入ってきたのも幕末から明治にかけてだったはず。

 ということは、この世界に来た日本人は明治時代以降の時代の人間だな。


「でも、最初の三種類は音は同じなんだけど『エイゴ』は全く違った。さすがに、この四種類の言語を習得できる者はそんなにいなくてね。今現在でそれを習得しているのは、精霊族ぐらいだろう」


 あれ、それならなんでジョゼフさんやシヴァさんは使えたんだろう?

 二人とも、見た目的に獣人だ。
 シヴァさんは狼の姿になっていたし、ジョゼフさんにもクマの耳と尻尾がある。


「ジョゼフさんやシヴァさんは、どうして使えたんですか?」
「私の祖母が精霊族でね。豆知識として教えられたよ。早々使わない豆知識だったけどね。シヴァ君にも少し教えたことがあるよ」
「そうなんですか」


 ということは、ジョゼフさんは獣人と精霊のクオーターか。
 あれ、でも精霊って一部はハーフに対してあまりいい感情を持っていないじゃなかったっけ?

 その考えが表情に出ていたのか、ジョゼフさんが苦笑した。


「…………ハーフのことは聞いたかい?」
「はい」
「君の反応からして、まったく気にしない派のようだね」
「気にする以前に、本人にはどうもできませんから。本人にどうもできないことを言っても、本人が困るだけで言うだけ無駄ですし。それに変えることができないことに対して文句を言うなんて、おかしすぎますから」


 私がそう言えば、ジョゼフさんは疲れたように笑った。


「君みたいな思想を持っている人が、もっと増えればいいんだけどね。…………あと、【古代語】が使えることは黙っておいた方がいい。良からぬ奴らに、目をつけられてしまうからね」
「わかりました」


 私が頷けば、ジョゼフさんはまた私の頭を撫でた。

 確かに、ジョゼフさんの話からして日本語__【古代語】は特殊な知識のようだし。
 ただ、この世界の言語が思ったより簡単そうだったのが助かった。



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