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浄玻璃の能面

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「やっと静まったか。手間のかかるやつめ……」

 薬を飲み、スヤスヤと寝息を立てているセルンに眉根をよせて、ニロがため息をついた。

 セルンがずっと具合悪そうにしていたから不安だったけれど、ぐっすり眠れてよかったわ。熱は、少しあるくらいか……ん?

「……もうよかろう?」

 セルンの額に触れている私の手をとり、ニロが不満げに呟いた。

(どうしたの?)

 小首を傾げると、ニロがやや困った顔をしてから諦めたように言った。

「やっと寝たのだ、安静にしておきたまえ」

 あ、そうか。適当に触れるとセルンが起きるかも知れないものね。
 ニロがセルンを心配してくれたんだ。うふふ、なんだか嬉しいわ……って、え?

「ニロ、どこへ行くの?」

 急に手をひっぱられて、部屋の外へ連れ出された。

「だいぶ陽が落ちてしまったが、お前を連れていきたい場所がある」

「今から……? もう深夜だよ?」

「ふむ、今しかない。せっかく苦労して了承を得たのだ、とりあえず付いてきたまえ」

 そう言ってニッと口の端をあげると、ニロは大股で歩きはじめた。

 そうして長い長い廊下と庭園を通りぬけ、セルンのいる区画からだいぶ離れた建物の中へ入った。そのまま石の螺旋階段をくるりくるりと上って、そろそろ足が疲れてきた頃。

「ここだ」

 大きな鈴が彫られている扉を前にニロが足を止めた。

 あれ。もしかしてここは、……鐘塔しょうとう
 よくみれば、鈴の上に聖女教と王家の紋章が刻まれている。

 鐘塔は宗教的な色合いの強い建物だ。
 なぜ王城の敷地内にこんな塔が……。

 そんな風に疑問を感じていれば、

「ふむ、これも聖女教と王家の融合を示すためだ。外へ通ずる道はこの階段しかないゆえ、にお前と二人でいられる唯一の場所だ。さて、入るとしよう」

 とニロが扉を押しあければ、フワッと湿った風が頬をなでていった。

 そのくすぐったい感触にじぃと目をつむり、再び瞼を開けると、そこには穏やかに広がる夜景があった。

「きれい……」

 城壁を照らすかがり火の揺れ動く向こうの、闇に包まれた町のあかりは夜光虫のように浮かんでみえた。窓枠に両手をかけて、その風景をぽぅっと見ていると、

「ここから海がみえるゆえ、明るいうちにお前を連れてきたかったのだが、夜の眺めも悪くないな」

 ……海?
 
 咄嗟に振りかえり、ニロのほうに近よれば、星の光を鈍く映す海面がみえた。

 ある程度の距離があるようで、海の音は聞こえないものの、爽涼の風が潮の香りを運んできてくれた。

 気持ちいい……。

 胸をはり、ゆっくりと肺を満たしていれば、いつとはなく私を見つめていたニロと視線が交差した。

(あ、ごめんね……! ついつい魅入って、黙りこんでしまったわ)

「よいのだ、フェーリ。言葉を交わさなくても、お前の瞳を眺め、気持ちを共有するだけで余の心は癒される」

 窓に肘を乗せて、ニロが私のほうを向いた。

「誰にも邪魔されず、こうしてお前と過ごせる時間が余の至福のひとときだ」

 しみじみとそう呟いた桃色の唇を目で追ってしまい、思わず息をのむ。

 うぅ、いまの絶対バレた……!

 恥ずかしくなって顔を伏せると、ニロがふふと笑う気配がした。

「ゆっくりしていきたいところだが、時間がないゆえ、本題に入るとしよう」

 本題……? と顔をあげれば、ニロは姿勢を正して私と向かいあった。
 ニロの真剣な表情。これは大事な話、だよね。

 ぐっと気を引きしめて、ニロの言葉を待った。

「いつか話さなくてはと思ったが、なかなかよい折はなく、とうとう8年が経ってしまった」

 8年も? 
 つまり、ニロと初めて会った時からか。

 そう思ったところ、ニロは「ふむ」と小さく肯定した。そして眉間に深いシワを刻んで、言いづらそうに切りだした。

「実をいうと、宰相殿の島でナックたちと飯を食したあの夜、余はお前に後ろめたかったのだ」

 後ろめたい……?

 たしかあの夜、ニロは三人の子どもに囲まれて珍しく声を出して笑ったわ。
 それをみて、私がうっかり泣いてしまったから、ニロに苦い感情を抱かせてしまったのかな……?

「──ちがう。そもそもの前提として、余はお前が思っているほど高尚な人ではない」

 私の懸念に押しかぶせるようにそう言うと、ニロは静かに目をふせた。

「8年前、余はお前に自らの前世を語った。だが、途中で単なる恥ざらしだと思い、ためらってお前に真実を言えなかったのだ」

 力なく肩を落とすニロは、どこか孤独で心細げな雰囲気を漂わせていた。

 真実って、なんだろう? 
 ニロは江戸時代の武士ではなかったってこと? 

 自分の中で勝手に推測していると、再び目があったニロは否定するように首をふった。

「大筋の話は事実だ。ただ余が子供らに分け与えたのは、扶持米ふちまい……ではなかったのだ」

 扶持米はお米だが、換金できる武士のお給料だと、8年前、ニロが教えてくれた。
 
 扶持米ではなかったということは、ニロは子供たちにお米を与えたわけではなかったのか? 代わりになにをあげたのか分からないけれど。ニロが子どもたちを想う気持ちは本物のはずだから、食べ物ではなくても負い目を感じることはない。

 そう伝えられる前に、

「しかと最後まで聞きたまえ」

 低い声でそう遮られ、一気に緊張が走った。
 そうして重い口調で語り聞かせてくれたのは、以前言及されなかったニロの家庭の話だった。

 どうやらニロは前世、領地を持つ知行取ちぎょうとりの家に生まれた武士だったらしい。父に給地があるから、扶持米は出ない。

 300石ほどはいくらか分からないけれど、贅沢しなければ普通に暮らせるという。

 実質的な収入はそこまでではなかったけれど、ニロの父は奉行人ぶぎょうにんで、家柄はそれなりだったようだ。
 
 そしてニロは長男ではなかったが、養子として送り出されることもなく、家の職務を地道に手伝っていたらしい。

 とはいえ、意地や面子にとらわれ、しょっちゅう無理して高価なものを購入する父とニロは相容れない関係。

 そんな父の目を盗み、息抜きとしてニロは寺小屋で子供たちとよく遊んでいたのだ。

 読み書きを教えるのは遊びだと思えないけれど、正確にいえばニロは教師ではなかったのね。

 それでも、ニロが最期まで子どもたちを気にかけていたことは事実。

 そう考えると、どうしてニロは寺小屋で内職していたと嘘をつく必要があったのだろう……?

 ぼんやりと情報を整理し終えた私の目をみてから、ニロがゆっくりと続けた。
 
「飢饉で人々が苦しんでいるのに、殿は米価の高騰を喜び、父上は裏で買米かいまいに手を出していた。余はどうしてもそれが許せなかったのだ」
 
 いつも通り冷静な口調だが、一瞬だけその瞳に憤りの色がはっきりと見えた気がする。

 買米は確か、農家から余った米を強制で買い貯める制度だっけ。
 そして殿は藩主のことかな?

 ニロの藩主は米価の高騰を喜んだ。つまり、ニロの藩は米を無理に買い集めて、それを売り飛ばしたということか……?

 飢饉の真っ只中で……?
 
 なるほど。
 それでニロが怒ったんだ……。

『余が子供らに分け与えたのは、扶持米……ではなかったのだ』

 あっ、そういうことか……!
 ニロに扶持米は出ない。となれば、ニロが子どもたちに渡したのは、藩の買米……っ

 はっとそう気づいた途端、無力さにみちたニロの瞳と目があった。

「腐敗しきった藩の前途に失望して、余は蛮勇ばんゆうをふるった。その後、しかと己の手で自らの責任をとった。それ自体の後悔はないのだが、……誇りでもないのだ」

「ニロ……」

「あの日、お前の話から藩が廃されたことを知り、余は安堵したのだ、フェーリ。幕府が倒れても、乱世には戻らず天下は統一されたまま……」

 瞬きもせず、私の目を直視してくるニロの鋭い眼光の底は湿り気を帯びているようにみえた。

「いまでも日本は生きている。そうであろう?」

 聞き覚えのあるその言葉に、胸の奥がヒリヒリと震えはじめた。
 8年前、馬車の中で何度も繰りかえされたニロの言葉。

 あの時、手のひらに感じたニロの熱い涙は、教え子のためだけではなかったんだ……。

 うっすらと微笑むニロの顔は、8年前のそれとよく似ていた。
 当時、幼い顔に似合わない表情だと心を痛めたけれど、なぜだか今のほうが何十倍もの苦い違和を感じる。

 ニロは無断で買米を子どもたちに分けあたえた。これは君臣の大義にそむく行為。その責任はどう考えてもニロ一人で負えるものではない。

 ……誇りではないって、そういうことか。 

 よかったのかどうか私では判断できない。けれど……

「ニロは悲壮な覚悟をもって決行したんだ。恥じらうことなど何もない。少なくとも、私は大義だと思うよ。やはりニロはすごく立派な人だ。前世のニロと出会えていれば、私はきっと同じようにニロを好きになって、どこまでもニロにつき添っていくと思う。うん、きっとどこまでも付き添っていったよ……っ」

 呼吸ができないくらい、胸がつらい。

「これから何があっても、私はずっとニロの傍にいる。だから、……お願い。もうこんな淋しい顔しないで……」

 ニロの頬に両手をあてながら、熱くなった目で彼を仰ぎみた。するとニロは少し不意をつかれた様子で、目を見張った。

「フェーリ、お前……っ、はじめて余が好きと言った……。ああ、そうか。どこまでも余に付き添ってくれるのか、ふふっ。これはありがたいな……」

 感嘆に似た声をもらすと、ニロは私に額を寄せてきた。

虚飾きょしょくと欺瞞にみちたこの世界に第2の生を享けて、余は絶望していた。唯一の王子として、今度は前回のように逃げることはできない。これはまさしく余への天罰だと、そう確信したのだ。しかしあの宴会でお前と出逢えて、これは天佑てんゆうでもあると思った」

 大きくて頑丈な手。
 そっと私の両頬に触れてきたニロの手は、もう8年前の小さくてかわいらしい手ではなくなっていた。

「お前は余の宝物だ、フェーリ。何があっても、余は絶対にお前を手放さない」

 ニロの吐息が温かく唇をくすぐっていった。

 そうして至近距離で見つめあっていれば、さっきまでニロの全身にまといついていた脱力感がだんだんと消えていくようにみえた。

「うん。私もニロの手を離さないよ」

 ゆったりと口元を緩めてニロを見上げれば、なぜだかニロがぎゅうと下唇をかみはじめて、堪え難そうな表情で私を眺めた。

 そうしてしばらく私の頬を包む手に力をこめると、ニロはゆっくりと深いため息を吐きだした。

「……ふむ。今回はしかと己を制御できたぞ」

 と艶のある含み笑いを浮かべたニロの眼は、うっとりと陶酔しているようにみえる。

 あれ、なんだかニロが色っぽい……ってああっ!

 ニロに伝わってしまうと慌てて顔を覆ったが、時すでに遅し。

 さっとニロが私の頭を自分の胸に抱きよせた。
 そして「お前もだぞ」と喉の奥で笑いをこらえているの、厚い胸板の振動とともに伝わってきた。

 うぅ、ニロだけズルイ……。
 私もニロの思考が読めたらいいのに。

 ニロの胸に頬を押しつけながら、不満げに口を尖らせていれば、

『……余はお前が思っているほど高尚な人ではない』

 ふとニロの言葉が頭をよぎり、胸のどこかがチクッとした。

 ニロが、ずるい?

 ジワジワと染みるような痛みと共に、心の底に張っていた氷の結晶が溶けていくのを感じた。

 ……いや、ちがう。
 狡いのはニロじゃなくて、……私のほうだ。

「どうしたのだ、フェーリ?」

 きゅっとニロの白いシャツを握りしめると、上から落ち着きのある声が降ってきた。

 過去の話なんて永遠に吐きだすことはないと思った。けれど、ニロが誠意を持ってすべてを語ってくれたのだ。私だけ逃げるわけにはいかないわ。

 唇を震わせながら、やっとの思いで声をしぼりだした。

「私の前世……のことだけどね、ニロ」

 心なしかニロの心臓がドクンと小さく跳ねたのを感じた。
 
「私は至って普通の庶民だったから、特にすごいことはなかったけれど……色々と思い出したくないこともあって、ずっと言葉を濁してきたの」

 大丈夫、ニロならどんな私でも受け入れてくれると思う。
 そう信じているけれど、不安がないと言えば嘘になる。

「つまらない話だけど……。このまま、聞いてくれるかな?」

 すがるような思いでニロの胸に顔をうずめると、ニロは無言で私の肩を抱いてくれた。相変わらず優しいわ……。

 そうしてゆっくりと瞼を閉じて、ふぅと覚悟を決めた時。

「──すまない、フェーリ」

 突然ニロに遮られた。

「お前の前世のことなら、余はすでに知っている……」

「え?」

 驚いてニロから離れると、彼はくもった顔をして地面に視線を落とした。

「お前がストロング子爵に攫われたあの日。己のタレントをよく分からないまま、余は勝手にお前の頭の中を詮索してしまったのだ。決して嫌な記憶まで覗き見るつもりはなかったが……。その、すまない……」

 記憶を覗きみる? どういうこと……?

 当惑してニロを見つめていると、彼は申し訳なさそうな顔で口を開いた。

「余のタレントは目を見つめる際の相手の思考しか読めない。お前は未だにそう勘違いしているようだが、実際はそうではないのだ、フェーリ。相手の制御など関係なく、目を見れば、余は得たい情報や心情を自由に探ることができる」

「……自由に、さぐる」

 つまり、昔からニロは私の前世の記憶を探りあてていた……?

 一体どこまで……。

「……ふむ、そうだな。お前が幼くして施設で保護されたこと。運よくいい家族に拾われたこと。成人してから博打ばくち好きな実父と再会して、それから恐喝されつづけたこと。そしてそのことを最期まで一人で苦悶していたこと。余は最初から知っていたのだ」

「……!」

 うそ、ここまで知られていたんだ……。
 ということは、もしかして。


 
 ……あのフミキリのことも?



 私の動揺が伝わっただろうニロは何処か気弱そうに頷いた。

 そうか。
 ニロは知っていたのか……。

 あの夜。仕事の帰りで、遮断機が下りた踏切内に子猫がみえたから、私は咄嗟に飛びでてしまったのだ。それで私はそのまま……。

「ふむ、そうだな。しかし、あれは単たる不念ぶねん……ではなかったことも、お前の瞳が教えてくれた」

 一瞬だけ自分の心臓の動きが止まった気がする。

 そうだ。
 あれはただの事故ではない……。

 無傷で済むわけはないが、子猫を投げだしたあと私も跳びよければよかった。

 そうするつもりだったけれど、足が動かなかったんだ。

 賭博に目がない父だったが、子どもの頃、一度も私に手をあげることはなかった。そして1、2回くらいしかなかったものの、競馬で勝ったお金で欲しいものを買ってきてくれることもあった。

 バカだと自分でも分かっている。
 それでもあの人を見捨てることはできなかったんだ。

 養親に相談したら迷惑をかけることになる。一人で何年も葛藤しつづけ、いくら副業を増やしても生活費が足りることはなかった。

 いっそのこと、目を閉じて……。

 ほんの数秒の揺らぎだったが、気づけば、電車の青白い照明に視界を奪われてしまった。

 そうか。
 そんな滑稽な最期を、ニロは始めから知っていたんだ……。

 そうか……と心の中で繰りかえしていると、ふっとニロが重々しく頭を下げてきた。

「お前が自ら言いだす時まで待ったほうが良いと判断して、知らないふりをしてきた。本当にすまない……」

「……あ。ううん、いいよ。大丈夫……」

 首を振りながら、顔をあげるようにニロの背中に手をかけた。

「知ってしまったものは仕方がないよ。私もニロにそう伝えるつもりだったし、これでよかった──」

「──否! お前が心を許す前から余が得手えて勝手にお前の古傷をえぐったのだ、フェーリ。これで良いわけなかろう!」

 初めて耳にしたニロの怒号に、ぞっと全身をすくませた。

「お前は自分のために怒らなさすぎだ、フェーリ! 前回もこうして自分を追いつめたのではないか。駄目だ、もっと怒れ、お前のどんな感情でも余はすべて受け止めるゆえ、しかと怒れ!」

 がっちりと掴まれた肩から痛みが走った。
 そこからニロの熱が、けつくように私の全身にしみわたった。
 
 ……痛い。

「……え。どうして逆に怒鳴るの?」

 なぜだか体中がむずかゆくて、イタイ。

「ちゃんと怒れって言われても、……怒りたくても、怒れない人だっているんだよ、ニロ…っ」

 ぷるぷると手がるえてきて、ふいに握り拳をつくった。

「あのね、ニロ。私だって、怒りたい時はあるよ? ……でもさ、一時の感情に流されたらさ、せっかく手に入れた絆の糸がさ! ……全部切れてしまうんじゃないっ」

 トンとニロの硬い胸板を叩けば、じんと怒りが湧き上がってきた。

「怒っていいなら本気で怒るよ。だってこれはひどいもの。せっかく話そうと思ったのに、最初から全部知っていたなんて笑えないよ。いつも思うけどニロはズルイ。私の思考ばかり、ずるい。ひどい。身勝手すぎるよ……!」

 トンともう一度だけ叩くつもりだった。が、いつからか左拳から右拳まで、バンバンと叩きつける手を止めることができなくなっていた。

 それなりの時間が経ったと思う。

 そうして疲れきって、ニロの胸を叩く弱々しい拳の音を最後に、周囲が静まりかえった。

 銀色の鐘を静かになでていく風にのって、波の音が聞こえた気がする。

 ざあざあと、積りにつもった鬱憤が雨だれのように流れ落ちていくの、自分の中で感じた。

「……っ」

 ああ、勢いでニロに当たってしまった。どうしよう……。

 自分の行いを後悔しつつ痺れて感覚を失った手を見た。すると乱れた白いシャツの襟首から、赤らんだニロの素肌がみえる。

 はっと上を向くと、そこには痛々しいほど優しい表情があった。

「ごめん、ニロ。痛かったよね……」

 ニロの胸にすぅっと指をたどれば、そこから熱く脈打っている鼓動が伝わってきた。

「謝るな、フェーリ。しかと受けとめると言ったであろう? そもそも、無許可でお前の記憶を探った余が悪いのだ。それに、これはお前が余を信頼する証。余としては重畳ちょうじょうのいたりだ」

 とニロが柔らかく微笑んだ。それとほぼ同じ時にして、額、それから目尻に温かいものが押しあてられた。

「ニロ……。ありがとう。そして、やはりごめん……」

「お前は余の宝物だ、フェーリ。何があっても、余とお前の絆は断ちきられることはない。案ずることなく余にすべてをさらけ出すがよい」

 うん。どうせ隠してもニロには通用しないものね……。

 疲れたからか、茫然と心の中で文句をもらすと、ニロは困った顔をしてから納得した風でクスクスと笑いはじめた。
 
 どこかスッキリしたような、そして嬉しそうなその笑い声は、気持ちよく耳をかすめた。

 つられて私もフッと息を吹きだすと、再びニロが額をすり寄せてきて、しばらく二人で笑い合った。

「余とお前はメオトボシ女夫星カナラズソウトスガリヨリ必ず添ふとすがり寄り

 これは、日本語……?

 メオトボシって、彦星と織り姫のあれだよね。必ず……なんだったっけ?

 よく聞きとれず小首をかしげると、ニロは「そうか、分からないのか」と少し照れた様子で自分の頬をかいた。

「どういう意味?」

「ふむ、そうだな……。要するに、余とお前は必ず結ばれる。そういうことだ」

「必ず結ばれる……。うん、そうだね。私とニロはメオトボシ。必ず一緒にいよう。約束だよ」

「ふむ。約束だ」

 上下に振って、絡め合った二人の小指は海から昇る陽光に照らされた。

 3回目となる指切りは、愛を誓い合うようなものであった。

 ニロと一緒になるためには、キウスとの婚約を解消しなければならない。そのためにも、王国の経済力をあげるしかない。

 いいことか分からないけれど、コンラッド家は王国経済の主力産業を牛耳っている。

 ニロの役に立ちたいと政治に関わりたかったけれど、今回の仕事で自分は政治に向いていないとわかった。

 足手まといになるかも知れないから、無闇に手を出さないほうがいい。

 となれば、やはりコンラッド家の事業に専念するしかないわね。孤児院と学校をつくり、行くあてのない子どもたちの力にもなれるかも知れない。

 そうだわ。帰ったらがんばろう!

 ニロの顔をまっすぐに見つめたまま、もう一度軽く手を振った。




【あとがき】

 お読みいただきありがとうございます!
 南の国編の最終話でした。ここから完結に向かう西の国編はこのまま連続して投稿していきたいと思います

 最後までお読みいただけると嬉しいです
 よろしくお願いします (*´꒳`*)
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