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『男は羨ましかった。妬ましかった。あれだけの美を持つ女と、四六時中共に居られる男のことが……私の周囲を見渡しても、あれ程の女はいない。貴族の令嬢達は、目が眩む様な装飾品の数々を身につけているが、どの女も宝石の飾台のような存在でしかなかった。少なくとも、私にはそう写ったのだ。【嗚呼、彼女は美しい。彼女が欲しい。彼女でなくてはいけない】……ならば、どうするべきか。男は、禁忌と呼ばれる領域に足を踏み入れることを、仄暗い森の中で決意した』
古典小説 悪魔の袋に魅せられた者達・第一節より
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
今日は最良の日になるのでしょう。そんな高揚感に包まれながら、私は屋敷を出ました。それなのに……
「ステラ。君との婚約を白紙に戻そうと思う」
「な、何を仰っているのですか?」
訳も分からず、私は震えた声で問い返しました。
婚約者のジャンティ様は、本当に人の出来た御方でした。公爵家の跡取りというお立場にも関わらず、一切の驕りを感じさせず領民からも愛されている。その上、整った容姿に穏やかな性格。本当に、私には勿体ない御方です。
そんな彼との婚約が決まった日。私は天にも昇る気持ちでした。それからも、日を追うごとに彼の魅力を知り、益々、気持ちが溢れていったのです。
「もう一度言おう。君との婚約を解消したい。勿論、迷惑料も支払おう」
「お金は支払うって……そんな事より、理由を教えて頂けませんか?どうして急に。私に至らない所があれば何でも仰って下さい」
私は、大いに混乱していました。
大量の”何故”が頭に流れ込み、それが隅々まで浸透していく様な感覚に襲われ、立ち眩みを覚えたのです。
「本当に愛する女性が出来たのだ」
「……それは、誰ですか?」
「言うことは出来ない。しかし、このままでは君にも彼女にも不義理だとは思わないか?改めて言おう。私との仲を白紙に戻してくれ。これは、決定事項だ」
ジャンティ様は、そう力強く仰ったのです。
”何も言うな。”そんな視線を私に向けながら……
帰り道、私は泣いていました。本当に好きだったのです。あの方以外は考えることが出来ない程に、身を焦がす思いで日々を過ごして来たのです。それが、こんなにもあっさりと終わりを告げた。この事実を、受け入れる事が出来ませんでした。食事も喉が通りそうに無かった私は、父に食事は要らないことだけを告げると、自室へと戻りました。
一体、彼に何があったというのでしょうか。今までお側で過ごした時間は掛け替えの無いものでした。私の勘違いでなければ、彼も私との時間を楽しんでいるように思えたのです。ベッドで横になりながら、私は枕を濡らし続けました。
どのくらい時間が経ったのでしょう。泣き疲れて寝てしまっていたようです。
重い瞼を擦った時、ヒュー、と冷たい一陣の風が私の身体を吹き抜けたのです。
「こんばんわ。星が綺麗な良い夜ですね」
気が動転する、というのには余りにも生易しい衝撃でした。突然自室に、見知らぬ男が立っていたのですから。
「だ、誰?!一体どこから」
「驚かせてしまい申し訳ない。私はセバスと申します。以後、お見知りおきを」
「セバス?」
偶然だと思いつつも、私はその名に反応しました。先日まで、この家に仕えていた執事の名前だったので。本当に突然、置き手紙を一枚置いて消息を絶ってしまったのです。幼少の頃より、私や妹の面倒を見てくれいたので大変残念で悲しい気持ちになりました。
「い、一体、何の御用ですか?人を呼びますよ」
「これはこれは。驚かれるのも無理は御座いませんね。ですが、ご安心下さい。私は貴女の味方なのですから」
燕尾服に身を包んだ、不気味でありながらも華麗な見た目をした青年は、私を落ち着かせるかの様に朗らかな笑みを浮かべていました。
「み、味方というのはどういう意味ですか?貴方の目的は何です?物盗りでは無いのですか」
「そんなチンケな存在ではありませんが、何と問われると答えに困るものですね。先程も申し上げた様に味方なのです。この度の婚約破棄の件、真実を知りたくは有りませんか?」
「真実を」
今の今で、彼の事を信用出来るわけもありません。ですが、彼は何かを知っている?
「あ、貴方は何かを知っているの?」
「ええ。全てでは御座いませんがね。ただ、貴女のお力になれると思いますよ」
私は怖かったのです。突然現れた男の事が。それでも、聞かずにはいられませんでした。藁にもすがる思いで、私は彼に問いたのです。
「それでは教えて下さい。何故、私は婚約破棄をされたのですか?」
「”魅了魔法”、という言葉を聞いたことは在りますか?」
この男は何を言っているのでしょうか?魔法……そんなものは、この世に存在するわけもないのに。
「え、ええ。古書で読んだことがあります……まさか、そんなものが本当に有ると言いたいのですか?他人の心を、無理矢理に歪める魔法が」
「ええ。あれは本当に御座います」
セバスはキッパリと言い放ちました。
月夜に照らされ、不気味な程に美しい瞳は怪しい光を放ちながら、私を見据えていました。
古典小説 悪魔の袋に魅せられた者達・第一節より
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今日は最良の日になるのでしょう。そんな高揚感に包まれながら、私は屋敷を出ました。それなのに……
「ステラ。君との婚約を白紙に戻そうと思う」
「な、何を仰っているのですか?」
訳も分からず、私は震えた声で問い返しました。
婚約者のジャンティ様は、本当に人の出来た御方でした。公爵家の跡取りというお立場にも関わらず、一切の驕りを感じさせず領民からも愛されている。その上、整った容姿に穏やかな性格。本当に、私には勿体ない御方です。
そんな彼との婚約が決まった日。私は天にも昇る気持ちでした。それからも、日を追うごとに彼の魅力を知り、益々、気持ちが溢れていったのです。
「もう一度言おう。君との婚約を解消したい。勿論、迷惑料も支払おう」
「お金は支払うって……そんな事より、理由を教えて頂けませんか?どうして急に。私に至らない所があれば何でも仰って下さい」
私は、大いに混乱していました。
大量の”何故”が頭に流れ込み、それが隅々まで浸透していく様な感覚に襲われ、立ち眩みを覚えたのです。
「本当に愛する女性が出来たのだ」
「……それは、誰ですか?」
「言うことは出来ない。しかし、このままでは君にも彼女にも不義理だとは思わないか?改めて言おう。私との仲を白紙に戻してくれ。これは、決定事項だ」
ジャンティ様は、そう力強く仰ったのです。
”何も言うな。”そんな視線を私に向けながら……
帰り道、私は泣いていました。本当に好きだったのです。あの方以外は考えることが出来ない程に、身を焦がす思いで日々を過ごして来たのです。それが、こんなにもあっさりと終わりを告げた。この事実を、受け入れる事が出来ませんでした。食事も喉が通りそうに無かった私は、父に食事は要らないことだけを告げると、自室へと戻りました。
一体、彼に何があったというのでしょうか。今までお側で過ごした時間は掛け替えの無いものでした。私の勘違いでなければ、彼も私との時間を楽しんでいるように思えたのです。ベッドで横になりながら、私は枕を濡らし続けました。
どのくらい時間が経ったのでしょう。泣き疲れて寝てしまっていたようです。
重い瞼を擦った時、ヒュー、と冷たい一陣の風が私の身体を吹き抜けたのです。
「こんばんわ。星が綺麗な良い夜ですね」
気が動転する、というのには余りにも生易しい衝撃でした。突然自室に、見知らぬ男が立っていたのですから。
「だ、誰?!一体どこから」
「驚かせてしまい申し訳ない。私はセバスと申します。以後、お見知りおきを」
「セバス?」
偶然だと思いつつも、私はその名に反応しました。先日まで、この家に仕えていた執事の名前だったので。本当に突然、置き手紙を一枚置いて消息を絶ってしまったのです。幼少の頃より、私や妹の面倒を見てくれいたので大変残念で悲しい気持ちになりました。
「い、一体、何の御用ですか?人を呼びますよ」
「これはこれは。驚かれるのも無理は御座いませんね。ですが、ご安心下さい。私は貴女の味方なのですから」
燕尾服に身を包んだ、不気味でありながらも華麗な見た目をした青年は、私を落ち着かせるかの様に朗らかな笑みを浮かべていました。
「み、味方というのはどういう意味ですか?貴方の目的は何です?物盗りでは無いのですか」
「そんなチンケな存在ではありませんが、何と問われると答えに困るものですね。先程も申し上げた様に味方なのです。この度の婚約破棄の件、真実を知りたくは有りませんか?」
「真実を」
今の今で、彼の事を信用出来るわけもありません。ですが、彼は何かを知っている?
「あ、貴方は何かを知っているの?」
「ええ。全てでは御座いませんがね。ただ、貴女のお力になれると思いますよ」
私は怖かったのです。突然現れた男の事が。それでも、聞かずにはいられませんでした。藁にもすがる思いで、私は彼に問いたのです。
「それでは教えて下さい。何故、私は婚約破棄をされたのですか?」
「”魅了魔法”、という言葉を聞いたことは在りますか?」
この男は何を言っているのでしょうか?魔法……そんなものは、この世に存在するわけもないのに。
「え、ええ。古書で読んだことがあります……まさか、そんなものが本当に有ると言いたいのですか?他人の心を、無理矢理に歪める魔法が」
「ええ。あれは本当に御座います」
セバスはキッパリと言い放ちました。
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