魅了魔法は全てを狂わせる~婚約破棄の果てに~

華原 ヒカル

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2話

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「それより、お水を頂けませんか?喉が渇いたのです。ああ、氷は沢山入れて下さい。そうして喉を潤したら、今度は塩っ気が欲しくなるのです。そちらも、宜しくお願いします」

何というか、図々しい人ですね。でも、ここで彼を手放すわけにはいかない。そうすれば、この度の婚約破棄の真相が、未来永劫埋もれてしまう。私の中で、そんな声が聴こえてきたのです。勿論、確信などはありませんでしたが。

「分かりました。用意致します。メイドを呼びますね」
「いやはや、それは推奨しません。従者の方に、私の存在を見られるのは良くないと思いませんか?」

「それは……」
確かに彼の言う通りでした。こんな時間に、見知らぬ男性が私の部屋にいるという事実は、屋敷を騒がせるには十分な出来事です。

「私が行きますから、貴方は隠れていて下さい。万が一にでも、屋敷の者に姿を見られでもすれば一大事です」
「承知致しました……それでは、この大きなクローゼットの中に隠れております。宜しいでしょうか?」
「ええ、そうして下さると助かります」

私は、コソコソとした足取りで厨房へと向かいました。時刻は深夜。こんな時間に厨房へと行き、わざわざ自分で水を汲んでいるところを見られたら、何かしらの質問に合うでしょうから。
さて、水と氷はともかく、塩っ気のある食べ物とは何を用意すればいいのでしょうか?何か残り物は無いかと、キッチン内を物色しましたが、本当に塩しかありませんでした……仕方がないですね。これを持っていきましょう。突然の申し出ですし、文句を付けることも有りませんよね?

言われた通りに、たくさん氷を入れたお水と塩を抱えながら、私は再びコソコソとした足取りで自室へと戻ったのです。


「戻りましたよ?」
クローゼットを開け、彼に言葉を掛けました。

「やあ、これはどうもご面倒をおかけしましたね。ありがとう御座います。それでは早速頂きましょう」

セバスは、そのまま開かれたクローゼットに腰掛けたました。そして、渡した水を一気に流し込むように飲み干したのです。あら、やだ。水が滴っているじゃないですか。後で拭いておかないと。そう思った矢先、今度は塩を文句の一つも言わずに口へと放り込んだのです……この人、大丈夫なのかしら?ポロポロと溢れる塩の粒を眺めながら、そんな心配を致しました。

「さてさて、何処までお話をしたでしょうか?確かーーー」
「魅了魔法、についての下りです」
「そうでしたね。ええ、あれは本当に存在するのです。何かと制約は在りますが、その効果は抜群ですよ」

まさか本当にそんなものが存在するというの?オカシイとは思いました。でも、そう考えれば、突然の婚約破棄も納得出来なくはないのでしょうか?

「でしたら、セバスさん。ジャンティ様に魅了魔法を使った人物をご存知なのですか?」
「どうぞ、セバスとお呼びください……その答えは、あなた自身の中に御座います。集中して思い出して下さい。貴女が婚約破棄をされた、あの忌まわしき現場を。話の最中、貴女達以外に何方か居ませんでしたか?」
「いえ、そんな人は」

言い掛けた所で、私はハタと口を閉ざしました。
誰か?……あの場の陰にこっそりと潜んでいた女性は、こちらを見下ろすようにして視線を向けていた。そうだ、確かに居たのです。瞬間的に、本当に横顔だけですが私はその人物を見たのです。
あの顔は、リューシーなの?

「まさか、妹が?まさかよ。それは有り得ません。それは違います!」
私は、叫ぶようにしてその可能性を否定しました。

「有り得ない。そう言い切れる根拠は?」
「妹はいい子です。昔から私達は仲が良かった。一緒に本を読んだり遊びに行ったり……確かに最近では話す機会が減ったけど、私の不幸を願うようなではありません」
「フフッ。いや、失敬。ただ……貴女と彼を天秤に掛けた時、妹さんの中で何方どちらが傾くのでしょうか?」
「そ、それは」

私は、言葉に詰まりました。何故なら思い出してしまったのです。リューシーは、以前から彼に好意を寄せるような行動を取っていたことに。

「人間の記憶というのは、本当に曖昧なものです。見たくないものからは目を逸らし、記憶から排除しようとする。そんなにも、妹さんは”違う”と思いたいのですか?」

何かを言い返そう。そう思っても、言葉が出てこない私を一瞥するセバス。

「今晩はこの辺でお暇させて頂きます。記憶が混乱しているのでしょう。ただ、もしも婚約破棄を撤回したいのならば、目を背けぬ事をお勧め致しますよ」
「……ええ」
「ああ、そうでした。今後も私の存在が必要だとお思いなら、窓は開けておいて下さい。そうでなければ、私はここに来ることが出来なくなりますからね」

そう言い残し、彼は窓から出ていったのです。
怪しいとは思いました。当然です。しかし、彼は何かを知っている。そう考えれば、今後も彼の助力は必要になるかもしれません。
私は、大きく開かれた窓から入ってきた風をその身に受けながら、今後の事を考えるのでした。
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