追放しなくて結構ですよ。自ら出ていきますので。

華原 ヒカル

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8話

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「マリー様。ここは誠心誠意、謝罪を為さるのが宜しいかと。リュカ様がこんな事を仰っているのは、領民を大切にする心を、次世代を担うであろう貴女に早く知って欲しいから。何よりマリー様から、伯爵に進言してニコラ様との関係の修繕に努めて欲しいという意味合いがあるのかと」

それもあると思いましたが、実際の回答はもっとシンプルなのだと思います。体の良いことを言っているのも、理解しています。普通に考えれば、リュカ様はマリー様の度重なる非礼にご立腹なのでしょう。しかし、多くの方がこちらを見ている以上、正直に言ってしまえば、マリー様の頭の悪さを露呈しかねません。いえ、手遅れかもしれませんが。

「はあ!何よそれ?そんな事、お父様に直接言えばいいじゃない!私は関係ないでしょう」
「リュカ様のお言葉を聞いていましたか?伯爵に直接言っても埒が明かないから、マリー様を通そうとされているのではないでしょうか」

私の言い方が悪かったのか、マリー様は未だに謝罪の意を見せません。

「だったら、何もここで言わなくてもいいじゃない!こんな大勢の人間がいる前で」
「改まった場でしたら、マリー様はリュカ様のお話を聞かれましたか?大勢の方々の前で仰ったのは、貴女に言葉を選んで考えた上で発言して貰うためかと思います」

最早、自分でも何を言っているのか分からなくなってきました。マリー様の頭の悪さを隠して被害を最小限に抑えよう、という趣旨でした。ですが、こうやって問答を続ける程に逆効果な気がしてきました。

だって、先ほどから周りの方々が失笑なさっているのが見えるものですから。

此処に来て、マリー様のお怒りは、頂上に達したのでしょう。
「ああ!もういいわよ!折角の社交界だっていうのに下らない仕事の話ばかり。馬鹿じゃないの!大体クロエ。あんた、いつから私に楯突くほど偉くなったのよ!」

そして、お持ちになっていた赤ワインをグラスごと私に投げつけました。真っ赤な液体は私の全身に飛び散り、床にも飛散しました。

そんな私を見て、随分と楽しそうなお顔をされている、マリー様。
「あら、ごめんなさい。直ぐにお着替えしないといけないわね。少し待っていて下さる」

そうして彼女は一度、入り口の方に向かうと私が差し上げたドレスを雑に抱えて戻ってきました。わざわざ、会場にまでお持ちになっていたのですね。

「このドレスは、あんたの母親の形見なのでしょう?大切なものみたいだし、お返しするわ」

次の瞬間、マリー様は赤ワインで汚れた床の上にドレスを放ると、ぐりぐりと足で踏みつけました。
「まずは、汚れた床を掃除しないといけないわよね?」

私は、お母様から頂いた、思い出の詰まった大切なドレスが、ぼろ雑巾の如く扱われる様を見て声に為らない声を上げました。
「あ、ああ」

頭に血が昇ったから。色々と言葉に置き換えることは出来ます。しかし、そんなものは意味を為しません。

初めて、誰かを殴りたいと思いました。頭で考えたわけでは無く、気が付くと利き手である左手を大きく振りかぶり、力いっぱい彼女の頬を叩いていました。

ですが、叩いてしまったこと以上の驚きがそこにありました。

私が叩いたマリー様の反対の頬を、リュカ様が右の掌で叩いていたのですから。
結果として、マリー様は両頬を、まるでサンドウィッチの様に同時に叩かれたわけです。その衝撃で彼女は真下へと崩れ落ちました。

マリー様よりも思わず、リュカ様の方を見上げます。彼は怒りの形相をしていました。しかし、手を上げてしまったご自分に驚いたのか、直ぐに気まずそうな表情へと変わります。

そして、隣にいた私にしか聞こえないくらいの小声で呟いたのです。

『あ…つい』と。

不謹慎ここに極まりですが、リュカ様と目があった瞬間思わず吹き出してしまいました。リュカ様も、ほんの僅かに口角を上げましたが直ぐに真面目な表情へと戻ります。

ざわめく会場。この件に関して、私は各方面から咎められるのでしょう。巻き添えにしてしまったリュカ様には、本当に申し訳なく思っています。

ですが、今は…
私は今の気持ちを、思わず声に出してしまいました。


「あーすっきりした!」
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