8 / 22
8話
しおりを挟む
「マリー様。ここは誠心誠意、謝罪を為さるのが宜しいかと。リュカ様がこんな事を仰っているのは、領民を大切にする心を、次世代を担うであろう貴女に早く知って欲しいから。何よりマリー様から、伯爵に進言してニコラ様との関係の修繕に努めて欲しいという意味合いがあるのかと」
それもあると思いましたが、実際の回答はもっとシンプルなのだと思います。体の良いことを言っているのも、理解しています。普通に考えれば、リュカ様はマリー様の度重なる非礼にご立腹なのでしょう。しかし、多くの方がこちらを見ている以上、正直に言ってしまえば、マリー様の頭の悪さを露呈しかねません。いえ、手遅れかもしれませんが。
「はあ!何よそれ?そんな事、お父様に直接言えばいいじゃない!私は関係ないでしょう」
「リュカ様のお言葉を聞いていましたか?伯爵に直接言っても埒が明かないから、マリー様を通そうとされているのではないでしょうか」
私の言い方が悪かったのか、マリー様は未だに謝罪の意を見せません。
「だったら、何もここで言わなくてもいいじゃない!こんな大勢の人間がいる前で」
「改まった場でしたら、マリー様はリュカ様のお話を聞かれましたか?大勢の方々の前で仰ったのは、貴女に言葉を選んで考えた上で発言して貰うためかと思います」
最早、自分でも何を言っているのか分からなくなってきました。マリー様の頭の悪さを隠して被害を最小限に抑えよう、という趣旨でした。ですが、こうやって問答を続ける程に逆効果な気がしてきました。
だって、先ほどから周りの方々が失笑なさっているのが見えるものですから。
此処に来て、マリー様のお怒りは、頂上に達したのでしょう。
「ああ!もういいわよ!折角の社交界だっていうのに下らない仕事の話ばかり。馬鹿じゃないの!大体クロエ。あんた、いつから私に楯突くほど偉くなったのよ!」
そして、お持ちになっていた赤ワインをグラスごと私に投げつけました。真っ赤な液体は私の全身に飛び散り、床にも飛散しました。
そんな私を見て、随分と楽しそうなお顔をされている、マリー様。
「あら、ごめんなさい。直ぐにお着替えしないといけないわね。少し待っていて下さる」
そうして彼女は一度、入り口の方に向かうと私が差し上げたドレスを雑に抱えて戻ってきました。わざわざ、会場にまでお持ちになっていたのですね。
「このドレスは、あんたの母親の形見なのでしょう?大切なものみたいだし、お返しするわ」
次の瞬間、マリー様は赤ワインで汚れた床の上にドレスを放ると、ぐりぐりと足で踏みつけました。
「まずは、汚れた床を掃除しないといけないわよね?」
私は、お母様から頂いた、思い出の詰まった大切なドレスが、ぼろ雑巾の如く扱われる様を見て声に為らない声を上げました。
「あ、ああ」
頭に血が昇ったから。色々と言葉に置き換えることは出来ます。しかし、そんなものは意味を為しません。
初めて、誰かを殴りたいと思いました。頭で考えたわけでは無く、気が付くと利き手である左手を大きく振りかぶり、力いっぱい彼女の頬を叩いていました。
ですが、叩いてしまったこと以上の驚きがそこにありました。
私が叩いたマリー様の反対の頬を、リュカ様が右の掌で叩いていたのですから。
結果として、マリー様は両頬を、まるでサンドウィッチの様に同時に叩かれたわけです。その衝撃で彼女は真下へと崩れ落ちました。
マリー様よりも思わず、リュカ様の方を見上げます。彼は怒りの形相をしていました。しかし、手を上げてしまったご自分に驚いたのか、直ぐに気まずそうな表情へと変わります。
そして、隣にいた私にしか聞こえないくらいの小声で呟いたのです。
『あ…つい』と。
不謹慎ここに極まりですが、リュカ様と目があった瞬間思わず吹き出してしまいました。リュカ様も、ほんの僅かに口角を上げましたが直ぐに真面目な表情へと戻ります。
ざわめく会場。この件に関して、私は各方面から咎められるのでしょう。巻き添えにしてしまったリュカ様には、本当に申し訳なく思っています。
ですが、今は…
私は今の気持ちを、思わず声に出してしまいました。
「あーすっきりした!」
それもあると思いましたが、実際の回答はもっとシンプルなのだと思います。体の良いことを言っているのも、理解しています。普通に考えれば、リュカ様はマリー様の度重なる非礼にご立腹なのでしょう。しかし、多くの方がこちらを見ている以上、正直に言ってしまえば、マリー様の頭の悪さを露呈しかねません。いえ、手遅れかもしれませんが。
「はあ!何よそれ?そんな事、お父様に直接言えばいいじゃない!私は関係ないでしょう」
「リュカ様のお言葉を聞いていましたか?伯爵に直接言っても埒が明かないから、マリー様を通そうとされているのではないでしょうか」
私の言い方が悪かったのか、マリー様は未だに謝罪の意を見せません。
「だったら、何もここで言わなくてもいいじゃない!こんな大勢の人間がいる前で」
「改まった場でしたら、マリー様はリュカ様のお話を聞かれましたか?大勢の方々の前で仰ったのは、貴女に言葉を選んで考えた上で発言して貰うためかと思います」
最早、自分でも何を言っているのか分からなくなってきました。マリー様の頭の悪さを隠して被害を最小限に抑えよう、という趣旨でした。ですが、こうやって問答を続ける程に逆効果な気がしてきました。
だって、先ほどから周りの方々が失笑なさっているのが見えるものですから。
此処に来て、マリー様のお怒りは、頂上に達したのでしょう。
「ああ!もういいわよ!折角の社交界だっていうのに下らない仕事の話ばかり。馬鹿じゃないの!大体クロエ。あんた、いつから私に楯突くほど偉くなったのよ!」
そして、お持ちになっていた赤ワインをグラスごと私に投げつけました。真っ赤な液体は私の全身に飛び散り、床にも飛散しました。
そんな私を見て、随分と楽しそうなお顔をされている、マリー様。
「あら、ごめんなさい。直ぐにお着替えしないといけないわね。少し待っていて下さる」
そうして彼女は一度、入り口の方に向かうと私が差し上げたドレスを雑に抱えて戻ってきました。わざわざ、会場にまでお持ちになっていたのですね。
「このドレスは、あんたの母親の形見なのでしょう?大切なものみたいだし、お返しするわ」
次の瞬間、マリー様は赤ワインで汚れた床の上にドレスを放ると、ぐりぐりと足で踏みつけました。
「まずは、汚れた床を掃除しないといけないわよね?」
私は、お母様から頂いた、思い出の詰まった大切なドレスが、ぼろ雑巾の如く扱われる様を見て声に為らない声を上げました。
「あ、ああ」
頭に血が昇ったから。色々と言葉に置き換えることは出来ます。しかし、そんなものは意味を為しません。
初めて、誰かを殴りたいと思いました。頭で考えたわけでは無く、気が付くと利き手である左手を大きく振りかぶり、力いっぱい彼女の頬を叩いていました。
ですが、叩いてしまったこと以上の驚きがそこにありました。
私が叩いたマリー様の反対の頬を、リュカ様が右の掌で叩いていたのですから。
結果として、マリー様は両頬を、まるでサンドウィッチの様に同時に叩かれたわけです。その衝撃で彼女は真下へと崩れ落ちました。
マリー様よりも思わず、リュカ様の方を見上げます。彼は怒りの形相をしていました。しかし、手を上げてしまったご自分に驚いたのか、直ぐに気まずそうな表情へと変わります。
そして、隣にいた私にしか聞こえないくらいの小声で呟いたのです。
『あ…つい』と。
不謹慎ここに極まりですが、リュカ様と目があった瞬間思わず吹き出してしまいました。リュカ様も、ほんの僅かに口角を上げましたが直ぐに真面目な表情へと戻ります。
ざわめく会場。この件に関して、私は各方面から咎められるのでしょう。巻き添えにしてしまったリュカ様には、本当に申し訳なく思っています。
ですが、今は…
私は今の気持ちを、思わず声に出してしまいました。
「あーすっきりした!」
38
あなたにおすすめの小説
妹だけを可愛がるなら私はいらないでしょう。だから消えます……。何でもねだる妹と溺愛する両親に私は見切りをつける。
しげむろ ゆうき
ファンタジー
誕生日に買ってもらったドレスを欲しがる妹
そんな妹を溺愛する両親は、笑顔であげなさいと言ってくる
もう限界がきた私はあることを決心するのだった
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
妹に婚約者を奪われたので妹の服を全部売りさばくことに決めました
常野夏子
恋愛
婚約者フレデリックを妹ジェシカに奪われたクラリッサ。
裏切りに打ちひしがれるも、やがて復讐を決意する。
ジェシカが莫大な資金を投じて集めた高級服の数々――それを全て売りさばき、彼女の誇りを粉々に砕くのだ。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ!
タヌキ汁
ファンタジー
国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。
これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。
【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
悪役令嬢は永眠しました
詩海猫(8/29書籍発売)
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」
長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。
だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。
ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」
*思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる