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11話
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「…何とか終わりましたね」
疲れた表情を浮かべるナタリー。無理もありませんね。余りにも、やることが多すぎましたから。
気が付けば窓から覗いた空は、すっかり明るいものとなっていました。
「さて、あと一つ大仕事を行う必要がありますね」
私はナタリーと共に、リビングへと向かいました。
ナタリーが淹れてくれた紅茶を飲んでいると、けたたましい足音を立て、父がやってきました。
「おい、屑!本当にやらかしてくれたな。まさか、マリーお嬢様に手をあげるとは。今回という今回は本当に許さんぞ!!」
一口紅茶を啜ると、私は父の方を一瞥しました。
「あら、お父様。おはよう御座います。いい朝ですね」
父は、少々驚いた表情で私を見ました。無理もありませんね。いつもならここで、反射的に怯えながら謝っていましたから。
しかし、父は直ぐに険しい表情へと戻りました。
「随分と余裕そうだな。よっぽどきつい罰を受けたいようだな!ええ!!」
家を出る。その覚悟を決めた瞬間、急に父が矮小な存在に感じられたのです。私は今まで、何にそこまで怯えていたのでしょうか。
「おや、罰ですか?一体何をされるのでしょう。怖いですわ」
実際の所、私はもう何も恐れてなどいませんでした。それが父にも伝わったのでしょう。言葉で言ってもダメならと、私に近づいてきました。大方、いつも通り手をあげれば、私が委縮すると思っていたのでしょうね。
近づく父の足元に、そっと、ナタリーが足を差し出します。その足に躓いた父は、体勢を崩し、私に膝まずく様な格好となりました。
そんな父に、私は見下したかのような視線を向けます。
「罰なら結構ですよ。私は、本日を持ってこの屋敷を出ていきますから」
父の脳内で、何を言っているのか処理が追い付かなかったのでしょうか。間の抜けた声を上げました。
「…は?」
「随分と面白い顔をされていますね。もう一度言いましょうか?貴方との縁を完全に絶ち切り、この家を捨てると申し上げたのです」
数秒後、今度はニヤリと笑みを浮かべました。
あら、意外と表情のバラエティーが豊富なのですね。
「はっはっは!家を出るだと?馬鹿が!お前の様な、無能で世間知らずの小娘が一人で生きていけるほど、世の中は甘くないんだよ」
「成程。つまり、出ていくことは問題ないのですね?今すぐに」
「おお!やれるものなら、やってみろ!だがな、覚えておけよ。お前が惨めに泣きついてきても知らんからな!」
困った方です。この期に及んでも、こう言えば私が考えを改めると思っているのでしょうか?それよりも、本当に良かった。これで双方合意の上、家を出る事が出来ますね。
「ご心配痛み入ります。それよりも、ご自分の心配をされた方が賢明だと思いますよ。アントニー子爵。これまで同様に、遊び惚けていられると思わない事ですね。私の行っていた業務は、今後貴方が全て引き継ぐわけですから」
「ハッ!お前の様な小娘が行っていた業務如き、私に出来ないとでも?いい気になるなよ!ゴミの分際で」
まあここで、何を言っても仕方ありませんね。今後、ご自分の身をもって体感して頂くことにしましょう。ですから一先ず。
「そうですわね。それともう一点、これは商売敵としての助言です。私が開拓した果実などの販売経路ですが、もうあてにしない事ですね。それは後日改めて、私が頂く予定ですから」
何を言っているのか?そんな、不思議そうな表情を浮かべています。
「おい、それはどういうことだ?!」
父の怒号と共に、リビングのドアが大きく開かれました。
「おはようございます。アントニー子爵」
「だ、誰だ貴様は!取り込み中だ、失せろ!」
「これは失礼致しました。私、ジュール侯爵の嫡男、リュカ・ゴーティエと申します」
「こ、侯爵家の?」
「突然の訪問、失礼致しました。ご安心下さい。パートナーである、クロエ嬢のお迎えに上がっただけですので、直ぐに失礼します」
そして、リュカ様は私の肩に手を回しました。
「アントニー子爵。今後は同業として、切磋琢磨いたしましょう。それでは失礼します」
そう言い残すと、リュカ様は、私の肩に手を回したまま出口へと向かうのでした。
「嘘だ…クロエが侯爵家の、、、パートナー?私が、侯爵家の同業?」
最後に見たアントニー子爵の姿。それは、地面に両膝をつけたまま、虚ろな目で呪詛の様に何かをぶつぶつと呟いているというものでした。
そんな子爵に、すっと近づくナタリー。
「あ、私も本日で辞めますので。どうぞ御達者で」
アントニー子爵の頭の上に、『辞表』と書かれた紙を乗せると、パタパタと早足で私たちの元へとやってきました。
門を出たところで、肩に乗っていたリュカ様の手を優しく振り解きます。
「いつまで、そうしているおつもりですか?」
「これは失礼致しました。でも、見ましたか?子爵の姿。あれは私たちの関係を盛大に勘違いしましたね。まあ、そう思って貰えるように振舞ったわけですが」
ククッ、と笑いを堪え切れないというリュカ様。
出会ったのは昨日ですが、存外茶目っ気のある方なのですね。
「では、参りましょうか。馬車を待たせていますから」
そう言って、歩き出すリュカ様。
私は一人、お屋敷を見上げました。生まれてから、今まで育ってきたこの屋敷を。
いい事より嫌なことが多かったのは確かです。それでも、お母様との思い出が詰まった大切な場所でもありました。
スッーと、気が付いたら涙が零れていました。その涙を拭うと、私は屋敷に向かって一礼し、涙声でこう言うのです。
「あーすっきりした!!」
そんな私を、リュカ様とナタリーは優しい眼差しで見守ってくれていました。
疲れた表情を浮かべるナタリー。無理もありませんね。余りにも、やることが多すぎましたから。
気が付けば窓から覗いた空は、すっかり明るいものとなっていました。
「さて、あと一つ大仕事を行う必要がありますね」
私はナタリーと共に、リビングへと向かいました。
ナタリーが淹れてくれた紅茶を飲んでいると、けたたましい足音を立て、父がやってきました。
「おい、屑!本当にやらかしてくれたな。まさか、マリーお嬢様に手をあげるとは。今回という今回は本当に許さんぞ!!」
一口紅茶を啜ると、私は父の方を一瞥しました。
「あら、お父様。おはよう御座います。いい朝ですね」
父は、少々驚いた表情で私を見ました。無理もありませんね。いつもならここで、反射的に怯えながら謝っていましたから。
しかし、父は直ぐに険しい表情へと戻りました。
「随分と余裕そうだな。よっぽどきつい罰を受けたいようだな!ええ!!」
家を出る。その覚悟を決めた瞬間、急に父が矮小な存在に感じられたのです。私は今まで、何にそこまで怯えていたのでしょうか。
「おや、罰ですか?一体何をされるのでしょう。怖いですわ」
実際の所、私はもう何も恐れてなどいませんでした。それが父にも伝わったのでしょう。言葉で言ってもダメならと、私に近づいてきました。大方、いつも通り手をあげれば、私が委縮すると思っていたのでしょうね。
近づく父の足元に、そっと、ナタリーが足を差し出します。その足に躓いた父は、体勢を崩し、私に膝まずく様な格好となりました。
そんな父に、私は見下したかのような視線を向けます。
「罰なら結構ですよ。私は、本日を持ってこの屋敷を出ていきますから」
父の脳内で、何を言っているのか処理が追い付かなかったのでしょうか。間の抜けた声を上げました。
「…は?」
「随分と面白い顔をされていますね。もう一度言いましょうか?貴方との縁を完全に絶ち切り、この家を捨てると申し上げたのです」
数秒後、今度はニヤリと笑みを浮かべました。
あら、意外と表情のバラエティーが豊富なのですね。
「はっはっは!家を出るだと?馬鹿が!お前の様な、無能で世間知らずの小娘が一人で生きていけるほど、世の中は甘くないんだよ」
「成程。つまり、出ていくことは問題ないのですね?今すぐに」
「おお!やれるものなら、やってみろ!だがな、覚えておけよ。お前が惨めに泣きついてきても知らんからな!」
困った方です。この期に及んでも、こう言えば私が考えを改めると思っているのでしょうか?それよりも、本当に良かった。これで双方合意の上、家を出る事が出来ますね。
「ご心配痛み入ります。それよりも、ご自分の心配をされた方が賢明だと思いますよ。アントニー子爵。これまで同様に、遊び惚けていられると思わない事ですね。私の行っていた業務は、今後貴方が全て引き継ぐわけですから」
「ハッ!お前の様な小娘が行っていた業務如き、私に出来ないとでも?いい気になるなよ!ゴミの分際で」
まあここで、何を言っても仕方ありませんね。今後、ご自分の身をもって体感して頂くことにしましょう。ですから一先ず。
「そうですわね。それともう一点、これは商売敵としての助言です。私が開拓した果実などの販売経路ですが、もうあてにしない事ですね。それは後日改めて、私が頂く予定ですから」
何を言っているのか?そんな、不思議そうな表情を浮かべています。
「おい、それはどういうことだ?!」
父の怒号と共に、リビングのドアが大きく開かれました。
「おはようございます。アントニー子爵」
「だ、誰だ貴様は!取り込み中だ、失せろ!」
「これは失礼致しました。私、ジュール侯爵の嫡男、リュカ・ゴーティエと申します」
「こ、侯爵家の?」
「突然の訪問、失礼致しました。ご安心下さい。パートナーである、クロエ嬢のお迎えに上がっただけですので、直ぐに失礼します」
そして、リュカ様は私の肩に手を回しました。
「アントニー子爵。今後は同業として、切磋琢磨いたしましょう。それでは失礼します」
そう言い残すと、リュカ様は、私の肩に手を回したまま出口へと向かうのでした。
「嘘だ…クロエが侯爵家の、、、パートナー?私が、侯爵家の同業?」
最後に見たアントニー子爵の姿。それは、地面に両膝をつけたまま、虚ろな目で呪詛の様に何かをぶつぶつと呟いているというものでした。
そんな子爵に、すっと近づくナタリー。
「あ、私も本日で辞めますので。どうぞ御達者で」
アントニー子爵の頭の上に、『辞表』と書かれた紙を乗せると、パタパタと早足で私たちの元へとやってきました。
門を出たところで、肩に乗っていたリュカ様の手を優しく振り解きます。
「いつまで、そうしているおつもりですか?」
「これは失礼致しました。でも、見ましたか?子爵の姿。あれは私たちの関係を盛大に勘違いしましたね。まあ、そう思って貰えるように振舞ったわけですが」
ククッ、と笑いを堪え切れないというリュカ様。
出会ったのは昨日ですが、存外茶目っ気のある方なのですね。
「では、参りましょうか。馬車を待たせていますから」
そう言って、歩き出すリュカ様。
私は一人、お屋敷を見上げました。生まれてから、今まで育ってきたこの屋敷を。
いい事より嫌なことが多かったのは確かです。それでも、お母様との思い出が詰まった大切な場所でもありました。
スッーと、気が付いたら涙が零れていました。その涙を拭うと、私は屋敷に向かって一礼し、涙声でこう言うのです。
「あーすっきりした!!」
そんな私を、リュカ様とナタリーは優しい眼差しで見守ってくれていました。
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