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17話
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此処はゴーティエ家の別邸の一つ。ジュール侯爵とリュカ様の計らいもあり、本日から私とナタリーの家であり、我々の職場でもあります。
「それでは、我々の新たな門出に乾杯!」
リュカ様の力強い声で、ちょっとした宴の開催が宣言されました。
子気味良いグラス同士のぶつかる音がして、シュワシュワとしたワインに各々が口を付けます。お酒が入り3人とも、ほろ酔いになってきた頃です。私は気になっていたことをリュカ様に質問しました。
「ところでリュカ様。今更なのですが、私が貴方に商いで勝ったと仰っていましたよね。あれは一体?」
頬をほんのりと紅潮させているリュカ様。
「ああ、あれですか。以前、兵士たちの糖分補給を目的とした果実の加工の件で、王室から礼状を頂きましたよね?あの件で、私も王室に似たようなものを提案していました。しかし、選ばれたのはクロエさんです。国からの依頼ですからね、決まれば大きな利益を得られるはずだったのですが残念です」
「そうだったのですか。確かにあの件は、かなりの量を安定的に供給できたので、非常に有難いものでした」
リュカ様は、私の眼を見据えると、少しだけ意地の悪い表情を浮かべました。
「その件ですが、私も現在改良に改良を重ねているところです。それが完成次第、改めて国に対し改良品を提案します。次は負けません」
私も、この宣戦布告を真っ向から受け止めました。
「あら、私が何もせずにただ、現状に甘んじるとでも?私もまた、新たな試みを行っているところです。何度でも受けて立ちますよ」
私がそう言った後、しばしの静寂が流れます。
そして、私たちは思わず大きな声を出して笑い合いました。
「といっても、現在の私たちは協力関係にある訳ですしね。勝負というのは不適切な表現でしょうか。もしも相手が居るというならば、それはアントニー子爵でしょう」
「そうですね。あの製品は未だに城に納められています。私が比較的簡単に生産できるように段取りを整えたので、流石に子爵でも生産することは可能です。つまり…」
「「それを超えるものを作る」」
声が重なったことに、私達はまたしても笑い合いました。
「面白くなってきました。自らが作ったものを、越えようというのですから」
「ええ、クロエさんと私の改良を合わせて、どのようなものが生まれるのか楽しみです」
このお話に一区切りついたところで、私はもう一つ気になっていたことを質問させて頂きました。
「それとなんですが、私の中でもう一つ気になることがありまして。ジュール侯爵と初めてお会いした時、私の母についてお話をされていましたよね。2人は知り合いだったのでしょうか?」
リュカさんは、少しだけ難しい表情を浮かべます。
「うーん、私も詳しくは存じ上げないのですが。父はクロエさんのお母様と、幼いころから知り合いだったと聞いています。それとは関係ないのかもしれませんが、実は先日の社交界、クロエさんと話す事を父から勧められましてね。きっと、お前にとって有益になるからと」
「そうですか…侯爵と母が知り合いだった」
そして、私とリュカ様が話す切っ掛けを下さったのも侯爵。
私は、考え込むように黙り込んでしまいました。
「まあまあ、難しい事は一先ず置いておいて。折角の場ですから」
ナタリーは、リュカ様の空になったグラスに新たにワインを注ぎました。そして、私へと視線を向けます。
「…クロエお嬢様。本当に良かったですね」
今にも泣き出してしまいそうな表情で、ナタリーは呟くように言いました。
「ありがとう。貴女のお陰よ。私は進むことが出来たのよね」
「ええ、大きな前進です」
しんみりとした空気がゆっくりと流れます。
リュカ様はワインを一口飲み、優しい微笑みを浮かべました。
「クロエさん。これからは、ビジネスパートナーになるのです。せめて、“様“という敬称は止めて少しだけフランクに行きませんか?」
「えっと、それは流石に」
「良いんですよ。私もその方が嬉しいですから」
御本人の許可を得たとはいえ、流石に抵抗がありますね。ですが、私の眼を優しい瞳で見つめるリュカ様を見ていたら。
「えっと…リュカさん?」
そう、口が動いてしまったのです。
その光景を見たナタリーは、少しだけ黙り込むと、直ぐに満面の笑顔を浮かべました。
「そういう事でしたら、リュカ様!リュカ様もまた、もっと歩み寄った呼び方をしてもいいのではないでしょうか?」
少々驚いた、という表情を浮かべるリュカ様。
「では、なんとお呼びすればいいでしょうか?」
「…えっと、その、呼び捨てで構いませんよ」
私はナタリーの作戦?に乗ることにしました。私も少々恥ずかしい思いをしたので、それを知って頂きたくて。
いえ、見た目的にも異性に不自由している方には見えないので、反撃としては弱いと思いますが。
チラッとリュカ様を見ると、後頭部に片手を置いて固まっていました。
「いや、女性の名前を呼び捨てにするのは少々…」
意趣返しというのでしょうか。リュカ様を見ていたら、少しばかり余裕の出てきた私は、先ほどの言葉を拝借することにしました。
「お気になさらないで下さい。私もその方が嬉しいですから」
言葉に詰まったリュカ様は、意を決したように小さな声で、こう言うのでした。
「クロエ……さん」
頬を紅潮させて、明後日の方向を見ている。そんなリュカ様を見て、思わず私とナタリーは笑ってしまいました。
女性慣れした、という見た目に反して意外と云いますか、大分奥手な方なのですね。
「クロエさん!ナタリーさんも先ほどからグラスが空いていませんよ。呑みましょう!」
勢いでうやむやにしようとするリュカ様が可笑しくて、私はアルコールの所為もあってか、止めようと思っても笑う事を止められませんでした。
一つ発見ですね。私は笑い上戸だったのですね。
「それでは、我々の新たな門出に乾杯!」
リュカ様の力強い声で、ちょっとした宴の開催が宣言されました。
子気味良いグラス同士のぶつかる音がして、シュワシュワとしたワインに各々が口を付けます。お酒が入り3人とも、ほろ酔いになってきた頃です。私は気になっていたことをリュカ様に質問しました。
「ところでリュカ様。今更なのですが、私が貴方に商いで勝ったと仰っていましたよね。あれは一体?」
頬をほんのりと紅潮させているリュカ様。
「ああ、あれですか。以前、兵士たちの糖分補給を目的とした果実の加工の件で、王室から礼状を頂きましたよね?あの件で、私も王室に似たようなものを提案していました。しかし、選ばれたのはクロエさんです。国からの依頼ですからね、決まれば大きな利益を得られるはずだったのですが残念です」
「そうだったのですか。確かにあの件は、かなりの量を安定的に供給できたので、非常に有難いものでした」
リュカ様は、私の眼を見据えると、少しだけ意地の悪い表情を浮かべました。
「その件ですが、私も現在改良に改良を重ねているところです。それが完成次第、改めて国に対し改良品を提案します。次は負けません」
私も、この宣戦布告を真っ向から受け止めました。
「あら、私が何もせずにただ、現状に甘んじるとでも?私もまた、新たな試みを行っているところです。何度でも受けて立ちますよ」
私がそう言った後、しばしの静寂が流れます。
そして、私たちは思わず大きな声を出して笑い合いました。
「といっても、現在の私たちは協力関係にある訳ですしね。勝負というのは不適切な表現でしょうか。もしも相手が居るというならば、それはアントニー子爵でしょう」
「そうですね。あの製品は未だに城に納められています。私が比較的簡単に生産できるように段取りを整えたので、流石に子爵でも生産することは可能です。つまり…」
「「それを超えるものを作る」」
声が重なったことに、私達はまたしても笑い合いました。
「面白くなってきました。自らが作ったものを、越えようというのですから」
「ええ、クロエさんと私の改良を合わせて、どのようなものが生まれるのか楽しみです」
このお話に一区切りついたところで、私はもう一つ気になっていたことを質問させて頂きました。
「それとなんですが、私の中でもう一つ気になることがありまして。ジュール侯爵と初めてお会いした時、私の母についてお話をされていましたよね。2人は知り合いだったのでしょうか?」
リュカさんは、少しだけ難しい表情を浮かべます。
「うーん、私も詳しくは存じ上げないのですが。父はクロエさんのお母様と、幼いころから知り合いだったと聞いています。それとは関係ないのかもしれませんが、実は先日の社交界、クロエさんと話す事を父から勧められましてね。きっと、お前にとって有益になるからと」
「そうですか…侯爵と母が知り合いだった」
そして、私とリュカ様が話す切っ掛けを下さったのも侯爵。
私は、考え込むように黙り込んでしまいました。
「まあまあ、難しい事は一先ず置いておいて。折角の場ですから」
ナタリーは、リュカ様の空になったグラスに新たにワインを注ぎました。そして、私へと視線を向けます。
「…クロエお嬢様。本当に良かったですね」
今にも泣き出してしまいそうな表情で、ナタリーは呟くように言いました。
「ありがとう。貴女のお陰よ。私は進むことが出来たのよね」
「ええ、大きな前進です」
しんみりとした空気がゆっくりと流れます。
リュカ様はワインを一口飲み、優しい微笑みを浮かべました。
「クロエさん。これからは、ビジネスパートナーになるのです。せめて、“様“という敬称は止めて少しだけフランクに行きませんか?」
「えっと、それは流石に」
「良いんですよ。私もその方が嬉しいですから」
御本人の許可を得たとはいえ、流石に抵抗がありますね。ですが、私の眼を優しい瞳で見つめるリュカ様を見ていたら。
「えっと…リュカさん?」
そう、口が動いてしまったのです。
その光景を見たナタリーは、少しだけ黙り込むと、直ぐに満面の笑顔を浮かべました。
「そういう事でしたら、リュカ様!リュカ様もまた、もっと歩み寄った呼び方をしてもいいのではないでしょうか?」
少々驚いた、という表情を浮かべるリュカ様。
「では、なんとお呼びすればいいでしょうか?」
「…えっと、その、呼び捨てで構いませんよ」
私はナタリーの作戦?に乗ることにしました。私も少々恥ずかしい思いをしたので、それを知って頂きたくて。
いえ、見た目的にも異性に不自由している方には見えないので、反撃としては弱いと思いますが。
チラッとリュカ様を見ると、後頭部に片手を置いて固まっていました。
「いや、女性の名前を呼び捨てにするのは少々…」
意趣返しというのでしょうか。リュカ様を見ていたら、少しばかり余裕の出てきた私は、先ほどの言葉を拝借することにしました。
「お気になさらないで下さい。私もその方が嬉しいですから」
言葉に詰まったリュカ様は、意を決したように小さな声で、こう言うのでした。
「クロエ……さん」
頬を紅潮させて、明後日の方向を見ている。そんなリュカ様を見て、思わず私とナタリーは笑ってしまいました。
女性慣れした、という見た目に反して意外と云いますか、大分奥手な方なのですね。
「クロエさん!ナタリーさんも先ほどからグラスが空いていませんよ。呑みましょう!」
勢いでうやむやにしようとするリュカ様が可笑しくて、私はアルコールの所為もあってか、止めようと思っても笑う事を止められませんでした。
一つ発見ですね。私は笑い上戸だったのですね。
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