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冥婚

悪神

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「ええ! 実体をもっていた?」

 樒に事情を話したのは、数百メートルほど走ってから駆け込んだ路地での事。

「ああ。あのハーちゃんとかいう幼女。最初に現れた時は霊体の身体だった。だから、影が無かったし、僕たち霊能者にしか姿は見えなかったんだ」
「だから、私も殴っていたんだけど。だって、誰にも見られていないわけだし」

 見られていなければ、幼女を殴っても良いという、こいつの考え方も問題だが……

「さっき、あいつピカーって光っただろ」
「ええ。でも、光が収まっても、特に変化は無かったけど」
「影が、あったんだよ」
「影?」
「そう、影。最初、僕たちの前にハーちゃんが現れた時は影がなかった。しかし、ピカーっと光った後には、影があったんだ」
「気が付かなかった」
「そうか。とにかく、影があるという事は、あいつの身体には実体があるという事なんだ。どうやら、あいつは霊体を、自在に肉のある実体に変える能力があるようだ。当然、実体があるから、一般人にも視認できる」
「という事は、私があいつを殴ったところは……」
「周囲の人間に、しっかりと見られていた」
「うわ! ヤバ! 私、児童虐待で逮捕!?」
「一応、周囲を見回したけど、監視カメラのたぐいは見あたらなかった。あったらアウトだぞ」
「警官は?」
「いなかった。でも、通報した人がいたかもしれない」
「なるほど。相手は人間じゃないから、反撃してくるとしたら呪いや祟りのたぐいだと思って……」

 樒はふところから呪符じゅふを取り出した。

「こうやって準備していたのに……まさか、こんなせこい手を使うとは……しかし、これではっきりしたわ。あいつ絶対に死神なんかじゃない。霊体の身体を実体化するなんて能力、死神にはないはずよ」
「そうだな。それにあいつ、ポロっと魔神と言い掛けていたからな。しかし、なぜ死神だと嘘をつくのだろう?」
「前に死神に会ったときに聞いたのだけど、死神を装って亡者に近づいて誘惑する悪神わるがみたぐいがいるそうよ」
「なるほど。しかし、誘惑してどうするのだ?」
「知らない。たぶん、悪神には悪神のメリットがあるのでしょ。それにしても、えげつないことする悪神ね」

 いや、悪神とはそもそもえげつないものでは……

「悪神なら悪神らしく、正々堂々と呪うとか祟るとかすればいいでしょ」

 祟るとか呪うとかいう行為を、正々堂々と言っていいのだろうか?

「人間の幼女を装って、こっちを犯罪者にしてたあげるなんて悪辣あくらつすぎるわ」

 だから、悪辣だから悪神なんだろ。

「しかし、あいつが死神でないとしたら、荻原君はマジで危ないわよ」
「なんで?」
「死神なら、生きている人間を無理矢理霊界へ連れて行くなんて事はやらないけど、悪神ならやるわ」
「となると、対策は?」
「荻原君の家に結界を張って、三月十四日が過ぎるまで閉じこもっていてもらうしかないわね」
「三月十四日を過ぎたら安全なのか?」
「う……それは分からないけど……」
「まあ、それは今考えてもしょうがないか。安全が確認されるまでは、荻原君には結界から出ないようにしてもらおう」

 僕はスマホを取り出し、芙蓉さんに経緯を報告した。

 荻原君の家に、結界設置班が来てくれたのはその翌日。
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