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冥婚

カマキリのような男

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 歩道脇にあった花瓶代わりの空き缶は倒され、そなえられていた花は歩道上に散らばっていた。

 それをやった男は、それだけでは飽きたらずに花をゲシゲシと踏みつぶしている。

 なんだ、このカマキリのような顔した男は?

 年の頃は三十代。中肉中背で、ネクタイを締めているので会社員のようだが、やっている事はまるでヤクザかチンピラ。

 少し離れたところでは、一人の女子高生が歩道上にへたり込み、胸に何かを大事そうに抱え、涙目になってブルブルと震えていた。

「いつまでも、こんな当てつけがましい事をしやがって」

 そう言って男は、へたり込んでいる女子高生を睨みつける。

「おい! そいつも寄越よこせ!」

 それに対して、女子高生はブルブルと首を横にふる。

「イヤです! どうしてこんな非道ひどい事をするのですか!?」
「ああ! 非道いのはどっちだ? 人をさらし者にしやがって」

 状況は分からんが、黙って見ているわけにはいかない。

 僕たちは、男と女子高生の間に割り込んだ。

「なんだ? てめえら! こいつの仲間か?」
「事情は知りませんが、乱暴はやめて下さい」

 そう言った僕の胸ぐらを男は掴む。

「生意気言うな! チビ! 関係ないなら、すっこんでろ!」
「その手を放さないと、警察を呼びますよ」
「呼べるものなら呼んでみろ! いででで!」

 セリフの途中で、樒が男の空いている方の腕を捻り上げた。

「優樹から汚い手を放しなさいよ。おっさん」
「いでで……分かった! 放すからやめてくれ」

 おっさんが僕の胸ぐらを放すと、樒も手を放した。

「おお痛てて。最近のJKは恐いぜ。いきなり暴力なんて」
「はあ!? 先にやったのはそっちでしょうが!」
「いや……話し合おう。暴力はよくないな」

 このおっさん……絶対に好きになれないタイプだな。

「佐藤さん。大丈夫?」

 荻原君が、女子高生に手をさしのべていた。

 聞いてみると、荻原君のクラスメートで佐藤くるみさんというらしい。

 ちなみに、彼女には飯島露も死神の姿も見えていないようだ。

「荻原君。無事だったの? 露ちゃんに連れていかれるのじゃないかって、クラスのみんなが心配していたのよ」
「え?」
「ここ数日、私は毎日ここへ来て、露ちゃんに祈っていたの。荻原君を連れていかないでって」
 
 僕は飯島露の方を振り向く。

「知っていましたか?」

 飯島露はコクリと頷いた。

「その度にハーちゃんから言われたの。この女は、あたしから荻原君を奪おうとしているって……」

 あの悪神、そんな事まで……

「でも、くるみちゃんはあたしの大事な友達だったし、とても信じられなかった。今から考えてみると、くるみちゃんは、あたしが悪い事をしないように、止めにきてくれていたのじゃないかな?」

 佐藤くるみさんは話を続けた。

「私は、今日もここへお祈りに来たのです。そしたら、あの人が……」

 おっさんを指さした。

「奇声を上げながら、お花やお供物を蹴飛ばしていたのです。私は遺影だけでも守ろうと思って……」

 佐藤さんが抱き抱えていたのは、飯島露の遺影だった。

 僕らはおっさんの方へ向き直る。

「どうして、こんな事をしたのです?」
「どうしてって……この事故が起きたのは、俺のせいだなんてネットに書き込む奴がいたからだよ」
「どういう事です?」
「だからよ。一ヶ月前に、ここで女子高生のバイクが、トラックに追突される事故があったんだよ。俺は現場近くに車を止めていただけなのに、事故が起きたのは俺のせいだなんてぬかす奴がいてよ」

 あ!

 飯島露の方を見ると、ポリポリと頭をいていた。

 視線を道路に向けると、例の黒いアルファードが止まっている。

 あの車の運転手か!

 スマホを操作して、飯島露の立てたスレを開いてみると、誰が調べあげたのか、この男の素性すじょうが詳しく書き込まれていた。

 名前は矢納やな 寛治かんじ

 東京都○○市××町在住。

 子供の頃から町の嫌われ者だった。

 会社では後輩をパワハラで辞めさせた後、出社する事を禁止され、近所の喫茶店でテレワークをしていたらしい。ちなみに家では、母親と仲が悪くて家で仕事をする事ができないでいた。

 そのために、いつも車をそこへ止めていたのか。

 なお喫茶店に駐車場はあるが、一時間百円の料金がかかるため、道路に止めていたそうだ。

 そんな微々たる駐車料金をケチって、ここに車を止めていたというのか!

 なんて迷惑な奴! こんな奴のために、飯島露は死んだと言うのか!
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