立派な淑女に育てたはずなのに

茜菫

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「…そっか。じゃあ、希望はあるんだな」

「うん?どうしたのだ、エスタ」

「別に、なんでもない」

 エスタはレアケに抱きつき、その胸に顔を埋める。彼女は甘えるエスタの頭を撫で、冗談めかして言った。

「なんだ、エスタ。私の胸が好きか?」

「…………………………好き」

「大きいのが良いのか?そなたもそのうち大きくなるとも」

「…だから、ならねえって」

 美しく成長したエスタだが、胸は断崖絶壁だ。男であるエスタは女性らしい膨らみを得られないのだが、少女だと信じて疑っていないレアケには知る由もなかった。

「…エスタ」

 レアケはエスタの頭をひとなですると、そっと彼の体を離した。怪訝そうに眉をひそめるエスタの前で、レアケは自分の胸に手を当てる。

「…う…っ」

「魔女様?!」

 苦しげに眉根を寄せ、小さく呻いたレアケにエスタは驚く。レアケが手を当てた胸が僅かに光を帯び、彼女がゆっくりと手を離すと、その手の内に小さな結晶が握られていた。

「…エスタ、そなたにこれを贈ろう」

「え?」

「…これは、私たち魔女の…結晶だ」

 レアケは僅かに白い小さな結晶を、エスタの手に握らせる。そこには膨大な魔力が含まれていることが、エスタにもわかった。

「この魔力…魔女様の…」

「ほう、わかるか。そなたは本当に才がある。それは、魔女になったものの心臓を包む、魔力の結晶だ」

 保有する魔力が一定量を超えた時、心臓が特殊な結晶に包まれる。本人もそれを感じ取ることができ、そのときに気づくのだ。自分が、魔女になったのだと。

「…魔法使いであるそなたなら、これを有効活用できるだろう」

「…魔女様の…」

 それを自分の手の内に握りしめたエスタは、顔を上げてレアケを見つめる。その内に秘められたものに気づけないまま、レアケはエスタに微笑んだ。

「…では、そなたをレゼの修道院まで送ろう」

 レゼの修道院は、エスタの妹アニカが身を寄せている場所だ。エスタがいなくなれば、アニカは追い出されるか、最悪殺される可能性もある。その前に、エスタは妹を連れ出そうと考えていた。

 エスタは餞別代わりにもらった、換金しやすい宝石を詰めた袋を服の中にしまう。その間に、レアケは転移座標を特定していた。空間操作の魔法を得意とするレアケには容易いことだった。

(…これで、お別れね)

(…会えないのは、一時だけだ)

 レアケはもう二度と会えないと別れを惜しみ、エスタはある決意の下に一時の別離に耐える。あっさりと完成してしまった転移魔法は、エスタを光で包んだ。転移の光が消えるその瞬間、エスタは声を張り上げてレアケに約束する。

「絶対に、迎えに来るから!」

 レアケは目を見開き、エスタはそのまま姿を消した。レアケに駄目だと言わせないために、その言葉をぎりぎりに残したのだろう。

「…エスタ」

 レアケは自分が目の前から消した少女を思い、その名を呼んだ。返事はなく、そこに少女が存在していたという痕跡を残して、エスタは消えた。
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