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藤の花の季節に君を想う

宴という情報収集①

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高遠に無理矢理に牛車に押し込まれるようにして乗り込むと吉平が屈託のない顔で迎えてくれた。
午前中の行動を見ると少し心配してたが、どうやらだいぶ落ち着いたようだった。
というか、腹をくくったようだ。

「吉平も来てたの?」
「うん。高遠様のお誘いがあって。突然屋敷を訪問されたときにはびっくりしたけど」
「そうだよね…神出鬼没というか…発想が突飛というか。ところで吉平はどこに行くか知っている?」
「うーん、高遠様の口ぶりだとどこかのお屋敷の宴だと思うんだけど」
「う、宴!?」

ひそひそと話をする2人の様子をみて素知らぬ顔をしている高遠を見ると、何となくぎゃーぎゃーと文句を言っても仕方ないような気がして、暁はその後黙っていた。
やがて牛舎が音を立てて止まった。

「おや、着いたようだね」
「お待ちしておりました、高遠様。主がお待ちですよ」
「あぁ」

牛舎を降りて入口に立っていると中から女房が現れて高遠に声をかけた。高遠は優雅にそれを受けると女房に案内されるように廊下を先に行った。
暁はというと、正直貴族の屋敷などはそんなに入ったことがないため、思わずきょろきょろとしてしまう。
廊下は埃一つ落ちておらず、高級な香が炊かれているせいか、暁が嗅いだことのない香りで屋敷の主が高給な位であることが察せられた。

「高遠殿。こちらはどこのお屋敷ですか?」

暁は何気なく口にした疑問に、高遠はまた意地の悪い笑みを浮かべる。
本当にこの男は底が知れないというか…叔父もたいがい何を考えているのか分からないがそれとはまた別な意味で食えない。

「うーん。ちょっと秘密の宴というか。結構な高官だから暁君たちは知らない方がいいよ。」
「秘密の宴?」
「まぁ、いわゆる大人の宴って奴かな。あ、君たちは私の家に仕えている者としてるからそのつもりで。」

大人の宴…ちょっと理解はしがたいが、隠したい何かをする宴なのだろう。
あまり深く突っ込まないでおいたほうがいいだろう。そう判断して暁は口をつぐんだ。
そうこうしているうちに屋敷にかけられた橋の廊下を渡り離れの方に向かった。どうやら母屋での宴ではないことから非公式で怪しげな宴であることが察せられる。
やがて、暁の耳に喧騒が聞こえてくる。かなり盛況な宴なのだろうか?そんな暁の様子を知ってか知らずか高遠は部屋へと入っていき、暁達もそれに習った。


「失礼。遅れてしまった。」
「いやいや、高遠殿来てくださって嬉しいですよ。今日もまたいい女がそろっていますよ。」
「それは楽しみだ。」

暁は部屋に入って愕然とした。中では女房達の化粧の香りと酒の香りが混ざり合ってむせかえるような淫靡な匂いがした。
このような場に慣れていないため思わず暁は顔をしかめる。
先ほど大人の宴というのは理由が分かった。
酒を注ぐ女房は男にしなだれかかり、男に媚を売っていた。男もそれに気を良くして接吻などを繰り返していた。
正直…目の毒である。確かに暁の年齢であれば成人ということで、早いものは妻を娶っている者もいるが、暁としてはまだ男女の関係というものには興味がない。
気持ち悪くて入口でとどまっていると高遠が不意に声をかけてきたが、暁と吉平の様子を見てからかうような表情を浮かべた。

「どうしたんだい?入らないのかい?」
「えっと…その…」
「あぁ、君たちはこういった場は苦手かい?」
「苦手というか…その…初めてで…」

そもそも宴自体の参加が初めてなのに、いきなりの展開に頭が付いていかない。心なしか顔も熱く感じる。不意に隣にいた吉平を見ると彼もやはり赤い顔をして固まっている。
そうやって言葉を濁していると高遠は何かを察したように微笑んだ。

「なるほどね。確かに君たちのような初心なお子様には少し刺激が強かったかな?」

言葉に詰まっていると高遠が中へと促す。
そもそもなぜ高遠はこの宴に自分たちを呼んだのだろうか?
同じことを思ったらしい吉平がおずおずと高遠に尋ねる。先ほど固まっていたところから問いをするまでに至った吉平の頑張りに拍手を送りたい。

「あの…なんで僕たちがこの宴に?」
「あぁ、宴は貴重な情報収集の場だ。この宴には今回被害にあっている左馬頭、蔵人頭、近衛中将に近い人物たちが集まっている。真向で聞き込みなんてしていたらそれこそ日が暮れてしまう。さくっと情報を集めるのにこの宴はもってこいだろう?」

今回の調査に関しては極秘裏に動いていることから確かに高遠の言う通り、左馬頭たちに真っ向から聞き込みをするのは難しいだろう。
もちろん直接聞くのも一つではあるのだが、そうすると下手をすれば帝への奏上を行うなどの事態になりかねない。
だからこそこの宴で情報を集めるのはいいかもしれない。
それに酔いが回った彼らからなら情報をもらうのもたやすいだろう。
悔しいが…そのあたり高遠は抜かりないのかもしれない。

「さて、私は酒を飲んでいるから、存分に調査したまえ」
「え?高遠殿はどうするんですか?」
「は?私は君たちに場を提供したんだ。情報収集まで付き合う義理はないよ。」

それに酒を味わいたいしね。と妖艶な笑みを残してさっさと酒宴に紛れてしまった。
高遠を見つけた公達が呼んだらしく、にこやかに近づいてさっそく酒を酌み交わしている。女房たちも高遠の姿にうっとりとした様子で、媚の視線を投げかけながら酌していた。
援護は見込めないことを察して、ため息をついていると吉平が暁の着物の裾を引っ張り自身無げな表情を浮かべた。

「僕…ちょっとこの雰囲気は…無理だよ…」
「うん、私も無理だ。」
「どうしよう…帰る?」
「そうしたいのはやまやまなんだけど…」
「お、君たち若いね。名前は?」
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