呪われた少女の秘された寵愛婚―盈月―

くろのあずさ

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 カフェーの外に出る頃には、太陽は随分と高い位置に昇り、春の陽気を降り注いでいる。医院には軍の人間で変わらず出入りしているが、野次馬も先ほどより少なくなり、ここで飛び降りがあったとは思えない。

「ごちそうさま。ごめんなさい、私の方が年上なのに、出してもらっちゃって」

「気にしないで」

 恐縮する亜里沙にせつなはさらりと告げた。

「泣き出してごめんね。ありがとう。せつなちゃんと杠さんに話を聞いてもらって、少しだけ楽になったわ。なんとか真知子とお別れできないか探ってみる」

 亜里沙の言葉にせつなは顔を強張らせた。

「そう」

 短く答えると、亜里沙が急に神妙な面持ちになった。

「せつなちゃんがここにいたのは、後藤田医院に通っているから?」

 亜里沙から視線を病院に向けると、彼女はためらう仕草を見せながらも、おずおずと唇を動かす。

「その……首に包帯をしてるから」

 亜里沙の指摘に、一瞬答えに迷う。あきらかに目立つこの様相が、気にならないわけがないだろう。

 せつなはそっと自身の首に触れた。乾いた布の感触。きっちりと巻かれていることに安堵する。

「違うわ。これは……私も、見られたくない痕があるだけ」

 言うべきかどうか迷ったが、正直に告げた。せつなの答えに亜里沙の目が見開かれる。

 これ以上の追及を避けるため、せつなは亜里沙から視線を逸らした。すると、その先にある人物の姿がある。

「あら? あの方は……」

 声にしたのは亜里沙の方だ。

「天明家のご当主、天明侃彌かんや様じゃないかしら?」

 そこにいる軍の人間の中で一際目立つ存在。他の者と一線を画し、軍服の装飾が重厚だ。背が高く、線はやや細いが真っ直ぐ伸びた背筋と凛とした雰囲気は貫禄がある。

 さらには端正な顔立ちも彼が目立つ要因のひとつだ。中性的な美しさがあり、涼しげな目元、なにかを達観したような瞳は、見据える者を硬直させる。

 ここら辺の土地は元々天明家のものだ。軍人としてはもちろん、天明家の若き当主として天明侃彌の顔と名前は知られている。

「噂には聞いていたけれど、素敵な人ね。真知子も天明様のような方ならよかったのに……。ご結婚はされていないのかしら?」

 うっとりとした声で亜里沙が呟く。せつなとしては、この場で自分が天明家の人間だと知られたら面倒だと思い、改めた素性については伏せておこうと心に誓う。

 彼に見惚れているのは、亜里沙だけではないからだ。

「こちらにいらしてる理由を考えたら不謹慎ですけれど、天明家のご当主をお見かけできるなんて……。たしかまだ、ご結婚されていないのよね?」

「え? ご結婚されたって聞いたけれど……」

 別のカフェーから出たところなのか、妙齢の女性ふたりが声を潜ませつつ、せつなたちのそばで盛り上がっている。

「そうなの? どちらにしても天明家に相応しい名家のご令嬢なんでしょうね」

「あの方の立場なら、お披露目もあるんじゃないかしら?」

 女性たちの話を聞いていると、ズキズキと頭が痛くなってくる。

「せつな様」

 杠が心配そうに声をかけ、それに亜里沙が続く。

「せつなちゃん、大丈夫?」

「平、気」

 大きく息を吐いてせつなは調子を整えた。そのとき天明侃彌と不意に目が合い、せつなは反射的に顔を背ける。

「今、天明様がこちらをご覧にならなかった?」

「ええ。私、目が合いましたわ」

 声を弾ませる女性ふたりのそばからせつなはさっさと踵を返す。せつなの後を亜里沙と杠が追う。そして、しばらく歩いたところで、せつなは唐突に亜里沙に切りだした。

「またここで会えるかしら」

「え?」

 目を丸くする亜里沙に淡々と告げる。

「真知子さんに会えないか、私も探ってみるわ」

「本当!?」

 亜里沙は興奮気味に、せつなとの距離をぐっと縮めた。

「ええ。でも約束して。ひとりで無茶をしないで」

 真剣に訴えかけるせつなに対し、亜里沙はおかしそうに笑った。

「変なせつなちゃん。無茶なんてしないわ」
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