9 / 21
9
しおりを挟む
明るい時分にも同じ道を通ったが、夜は世界がまったく異なる。人々は眠りにつき、うろつくのは獣か人ではないものか。
間もなく丑三つ時――鬼門が開き常世に通じる時間となる。
馬車は後藤田医院の近くで停まり、せつなと杠は再びこの場所に降り立った。
後藤田医院をじっと見つめる。昼間も思ったが、この建物は匣に似ている。結界のようなものを感じる、なにかを閉じ込めておく大きな匣だ。
屋上には誰もいないのを目視で確認し、せつなは歩を進め出す。
「後藤田医院に向かわれるのでは、ないのですか?」
予想外のせつなの行動に、杠が問いかける。
「ええ。診療時間外に部外者は入れないし、なによりここに彼女はいないわ」
言いながら、せつなが向かうのは医院近くの別の建物だった。
「ここは……」
呆気にとられる杠をよそに、せつなは扉を開ける。彼女がやって来たのは映画館だった。鍵は開いており、中の分厚い扉を開けると、こんな時間にもかかわらずカタカタと映写機が動き、スクリーンには映像が映し出されていた。
女学生二人が主人公の甘酸っぱい恋愛と友情の物語だ。スピーカーから声や音楽が流れ、世界が展開していく。
しかし、席に座ってそれらを楽しむ者の姿は誰もいない。映画に夢中になっているのは、スクリーンの前に立っている彼女だけだ。
「こんばんは」
やや大きめの声でせつなが声をかけると、驚いた表情で彼女はこちらを見た。
「せつなちゃん!? どうしたの? 杠さんも」
振り向いたのは天童亜里沙だ。彼女は昼間会ったときと同じ格好をしている。
「真知子、見つかった? 会えそう?」
せつなと杠の方に亜里沙はゆっくりと歩きながら尋ねてくる。今にも泣きだしそうな表情だ。せつなは静かに首を横に振った。
「ごめんなさい。でも、真知子さんのお通夜に行って彼女に会ってきたわ」
「そう……」
せつなの答えに亜里沙はあきらかに落胆する。しかし彼女は無理矢理笑顔を作った。
「この映画をね、真知子と一緒に観ようって約束してたから。せめて私だけでも、って思ったんだけれど……。真知子と見たかったな。どうしたら、真知子に会えるんだろう」
「ここにいても真知子さんには会えないわ」
凛としたせつなの声が響き、スピーカーから流れていた音がぴたりと止んだ。
「だからこれ以上……ここに留まるのはやめて光の方へ進みなさい。天童亜里沙さん」
亜里沙の目を見て真っ直ぐに訴えかけるが、亜里沙はあからさまに動揺する。
「な、なにを言ってるの、せつなちゃん。私は」
「あなたは、ずっと後藤田医院に入院していたのよね。昔から体が弱くて学校もあまり通えていなかった」
せつなは淡々と事実を伝えていく。
「ある日、顔に残った傷跡のことで後藤田医院に通っていた高野真知子さんと知り合い、同じ女学校に在籍しているという共通点から親しくなっていった」
「私は――」
なにを言われているのか理解できないと言わんばかりに亜里沙は頭を抱える。亜里沙が在籍している女学校はここから十粁も離れている。真知子が後藤田医院で入院していなかったのなら、ここで彼女たちはどうやって過ごし親しくなっていったのか。
入院していたのは真知子ではなく亜里沙だったのだ。
間もなく丑三つ時――鬼門が開き常世に通じる時間となる。
馬車は後藤田医院の近くで停まり、せつなと杠は再びこの場所に降り立った。
後藤田医院をじっと見つめる。昼間も思ったが、この建物は匣に似ている。結界のようなものを感じる、なにかを閉じ込めておく大きな匣だ。
屋上には誰もいないのを目視で確認し、せつなは歩を進め出す。
「後藤田医院に向かわれるのでは、ないのですか?」
予想外のせつなの行動に、杠が問いかける。
「ええ。診療時間外に部外者は入れないし、なによりここに彼女はいないわ」
言いながら、せつなが向かうのは医院近くの別の建物だった。
「ここは……」
呆気にとられる杠をよそに、せつなは扉を開ける。彼女がやって来たのは映画館だった。鍵は開いており、中の分厚い扉を開けると、こんな時間にもかかわらずカタカタと映写機が動き、スクリーンには映像が映し出されていた。
女学生二人が主人公の甘酸っぱい恋愛と友情の物語だ。スピーカーから声や音楽が流れ、世界が展開していく。
しかし、席に座ってそれらを楽しむ者の姿は誰もいない。映画に夢中になっているのは、スクリーンの前に立っている彼女だけだ。
「こんばんは」
やや大きめの声でせつなが声をかけると、驚いた表情で彼女はこちらを見た。
「せつなちゃん!? どうしたの? 杠さんも」
振り向いたのは天童亜里沙だ。彼女は昼間会ったときと同じ格好をしている。
「真知子、見つかった? 会えそう?」
せつなと杠の方に亜里沙はゆっくりと歩きながら尋ねてくる。今にも泣きだしそうな表情だ。せつなは静かに首を横に振った。
「ごめんなさい。でも、真知子さんのお通夜に行って彼女に会ってきたわ」
「そう……」
せつなの答えに亜里沙はあきらかに落胆する。しかし彼女は無理矢理笑顔を作った。
「この映画をね、真知子と一緒に観ようって約束してたから。せめて私だけでも、って思ったんだけれど……。真知子と見たかったな。どうしたら、真知子に会えるんだろう」
「ここにいても真知子さんには会えないわ」
凛としたせつなの声が響き、スピーカーから流れていた音がぴたりと止んだ。
「だからこれ以上……ここに留まるのはやめて光の方へ進みなさい。天童亜里沙さん」
亜里沙の目を見て真っ直ぐに訴えかけるが、亜里沙はあからさまに動揺する。
「な、なにを言ってるの、せつなちゃん。私は」
「あなたは、ずっと後藤田医院に入院していたのよね。昔から体が弱くて学校もあまり通えていなかった」
せつなは淡々と事実を伝えていく。
「ある日、顔に残った傷跡のことで後藤田医院に通っていた高野真知子さんと知り合い、同じ女学校に在籍しているという共通点から親しくなっていった」
「私は――」
なにを言われているのか理解できないと言わんばかりに亜里沙は頭を抱える。亜里沙が在籍している女学校はここから十粁も離れている。真知子が後藤田医院で入院していなかったのなら、ここで彼女たちはどうやって過ごし親しくなっていったのか。
入院していたのは真知子ではなく亜里沙だったのだ。
10
あなたにおすすめの小説
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】
ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る――
※他サイトでも投稿中
極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。
猫菜こん
児童書・童話
私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。
だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。
「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」
優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。
……これは一体どういう状況なんですか!?
静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん
できるだけ目立たないように過ごしたい
湖宮結衣(こみやゆい)
×
文武両道な学園の王子様
実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?
氷堂秦斗(ひょうどうかなと)
最初は【仮】のはずだった。
「結衣さん……って呼んでもいい?
だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」
「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」
「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、
今もどうしようもないくらい好きなんだ。」
……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
【完結】『左遷女官は風花の離宮で自分らしく咲く』 〜田舎育ちのおっとり女官は、氷の貴公子の心を溶かす〜
天音蝶子(あまねちょうこ)
キャラ文芸
宮中の桜が散るころ、梓乃は“帝に媚びた”という濡れ衣を着せられ、都を追われた。
行き先は、誰も訪れぬ〈風花の離宮〉。
けれど梓乃は、静かな時間の中で花を愛で、香を焚き、己の心を見つめなおしていく。
そんなある日、離宮の監察(監視)を命じられた、冷徹な青年・宗雅が現れる。
氷のように無表情な彼に、梓乃はいつも通りの微笑みを向けた。
「茶をお持ちいたしましょう」
それは、春の陽だまりのように柔らかい誘いだった——。
冷たい孤独を抱く男と、誰よりも穏やかに生きる女。
遠ざけられた地で、ふたりの心は少しずつ寄り添いはじめる。
そして、帝をめぐる陰謀の影がふたたび都から伸びてきたとき、
梓乃は自分の選んだ“幸せの形”を見つけることになる——。
香と花が彩る、しっとりとした雅な恋愛譚。
濡れ衣で左遷された女官の、静かで強い再生の物語。
烏の王と宵の花嫁
水川サキ
キャラ文芸
吸血鬼の末裔として生まれた華族の娘、月夜は家族から虐げられ孤独に生きていた。
唯一の慰めは、年に一度届く〈からす〉からの手紙。
その送り主は太陽の化身と称される上級華族、縁樹だった。
ある日、姉の縁談相手を誤って傷つけた月夜は、父に遊郭へ売られそうになり屋敷を脱出するが、陽の下で倒れてしまう。
死を覚悟した瞬間〈からす〉の正体である縁樹が現れ、互いの思惑から契約結婚を結ぶことになる。
※初出2024年7月
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
診察室の午後<菜の花の丘編>その1
スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。
そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。
「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。
時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。
多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。
この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。
※医学描写と他もすべて架空です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる