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「……申し訳ございません」
おかげで謝罪の言葉が口を衝いて出る。自分の力を過信していた。侃彌が間に合わなかったらどうなっていたのか。せつなが動かなくても真知子の魂は解放され、亜里沙の望みは叶ったかもしれない。
あれこれ考えていると、不意に頭に温もりを感じた。
「謝るな。天童亜里沙はとっくに地縛霊になってもおかしくはなかった。お前が昼間付き合ったから幾分か気持ちが晴れ、今の今まで理性を保てていた。最終的には願いを叶え、未練を残さずに逝けたのだから」
「です、が」
言い返そうとすると両頬に手を添えられ、真っ直ぐに見つめられる。わずかに青みがかった虹彩が揺れるのがわかる距離でせつなは息を呑んだ。
「妻の願いを叶えるのも、妻を守るのも夫の役目だからな」
触れられた箇所から熱いものが伝わり、体の中を巡る。次の瞬間、せつなの体が変化した。
小さな手足は大きくなり、腕も足も伸びる。視界が高くなり、艶やかな髪も長くなった。肌の白さは変わらないが、凹凸のなかった体は丸みを帯びた女性のものに変化する。
はだけた状態となった体を隠すため、うしろからかけられていた侃彌の外套の袷部分を引いた。
今のせつなは二十歳の娘の姿だった。
「こ、こんな状況で霊力を無駄に使わないでください!」
羞恥と戸惑いで、いくらか身長差が縮んだ侃彌を見上げて抗議する。しかし彼はものともしない。
「無駄とはなんだ。お前があまりにも妻としての自覚が足らないから、思い出させてやっているのだろう」
悪びれもしない侃彌に、せつなは伏し目がちになる。
「それは……しょうがありません。普段、私は子どもの姿で……」
妻として振る舞えるわけなどない。自分の正体を知られるわけにもいかない。天明侃彌の妻が呪われているなどと――。
「どんな姿でも関係ない」
思考を遮るきっぱりとした声が耳に届き、続けて頤に手をかけられ侃彌の方を向かされる。
「私の妻は紲だけだ」
揺るがない眼差しと、久々に呼ばれた本当の名前に、せつなは――紲は泣きだしそうになった。
首に巻いてあった包帯も切れて床に散っている。露わになった彼女の首筋には黒い月と八芒星が小さく、だがくっきりと浮かびあがっていた。
鏖月の烙印――。
すべての禍の起源とされ、けっして近寄ってはならない。力を奪われ、身を喰われる。気に入った者には対し気まぐれで烙印を捺し、烙印を捺された者は、その瞬間に人ではなくなる。
久しぶりに空気に触れた首筋に、乾いた指の感触がある。ゆるやかに侃彌の指が烙印をなぞり、さらには口づけが落とされる。そのまま彼に抱きしめられる。
「心配しなくていい。鏖月に紲は渡さない。だから、なにも気にせず私のそばにいたらいいんだ」
紲の瞳から大粒の涙がこぼれだす。
霊力と体を奪われ、この烙印は悪いものを呼び寄せる。彼のことを想うならそばにいるべきではない。それでも――。
「私も……あなた様の、旦那様のそばにいたいです」
こうして彼に霊力を与えられ、一時的に元に戻ることはできる。しかしほんの束の間だ。だとしても、今だけでも彼の妻として共にありたい。
ふと腕の力が緩み、至近距離で目が合う。なにもかも見透かすような彼の瞳が綺麗で、怖くて、初めで会ったときは苦手だと思った。でも今、その目に映っているのは自分だけだ。
先のことなど誰にもわからない。生き方も死に方も自身ではどうすることもできない。 だからこそ、自分の意思で今大事にしたいのだ。
ゆるやかに目を閉じるとそっと唇を重ねられる。間もなく陰の丑から陽の寅へと刻が変わりゆく頃だ。伝わる温もりに安心しながらも、紲は自身の宿命を静かに見据えていた。
おかげで謝罪の言葉が口を衝いて出る。自分の力を過信していた。侃彌が間に合わなかったらどうなっていたのか。せつなが動かなくても真知子の魂は解放され、亜里沙の望みは叶ったかもしれない。
あれこれ考えていると、不意に頭に温もりを感じた。
「謝るな。天童亜里沙はとっくに地縛霊になってもおかしくはなかった。お前が昼間付き合ったから幾分か気持ちが晴れ、今の今まで理性を保てていた。最終的には願いを叶え、未練を残さずに逝けたのだから」
「です、が」
言い返そうとすると両頬に手を添えられ、真っ直ぐに見つめられる。わずかに青みがかった虹彩が揺れるのがわかる距離でせつなは息を呑んだ。
「妻の願いを叶えるのも、妻を守るのも夫の役目だからな」
触れられた箇所から熱いものが伝わり、体の中を巡る。次の瞬間、せつなの体が変化した。
小さな手足は大きくなり、腕も足も伸びる。視界が高くなり、艶やかな髪も長くなった。肌の白さは変わらないが、凹凸のなかった体は丸みを帯びた女性のものに変化する。
はだけた状態となった体を隠すため、うしろからかけられていた侃彌の外套の袷部分を引いた。
今のせつなは二十歳の娘の姿だった。
「こ、こんな状況で霊力を無駄に使わないでください!」
羞恥と戸惑いで、いくらか身長差が縮んだ侃彌を見上げて抗議する。しかし彼はものともしない。
「無駄とはなんだ。お前があまりにも妻としての自覚が足らないから、思い出させてやっているのだろう」
悪びれもしない侃彌に、せつなは伏し目がちになる。
「それは……しょうがありません。普段、私は子どもの姿で……」
妻として振る舞えるわけなどない。自分の正体を知られるわけにもいかない。天明侃彌の妻が呪われているなどと――。
「どんな姿でも関係ない」
思考を遮るきっぱりとした声が耳に届き、続けて頤に手をかけられ侃彌の方を向かされる。
「私の妻は紲だけだ」
揺るがない眼差しと、久々に呼ばれた本当の名前に、せつなは――紲は泣きだしそうになった。
首に巻いてあった包帯も切れて床に散っている。露わになった彼女の首筋には黒い月と八芒星が小さく、だがくっきりと浮かびあがっていた。
鏖月の烙印――。
すべての禍の起源とされ、けっして近寄ってはならない。力を奪われ、身を喰われる。気に入った者には対し気まぐれで烙印を捺し、烙印を捺された者は、その瞬間に人ではなくなる。
久しぶりに空気に触れた首筋に、乾いた指の感触がある。ゆるやかに侃彌の指が烙印をなぞり、さらには口づけが落とされる。そのまま彼に抱きしめられる。
「心配しなくていい。鏖月に紲は渡さない。だから、なにも気にせず私のそばにいたらいいんだ」
紲の瞳から大粒の涙がこぼれだす。
霊力と体を奪われ、この烙印は悪いものを呼び寄せる。彼のことを想うならそばにいるべきではない。それでも――。
「私も……あなた様の、旦那様のそばにいたいです」
こうして彼に霊力を与えられ、一時的に元に戻ることはできる。しかしほんの束の間だ。だとしても、今だけでも彼の妻として共にありたい。
ふと腕の力が緩み、至近距離で目が合う。なにもかも見透かすような彼の瞳が綺麗で、怖くて、初めで会ったときは苦手だと思った。でも今、その目に映っているのは自分だけだ。
先のことなど誰にもわからない。生き方も死に方も自身ではどうすることもできない。 だからこそ、自分の意思で今大事にしたいのだ。
ゆるやかに目を閉じるとそっと唇を重ねられる。間もなく陰の丑から陽の寅へと刻が変わりゆく頃だ。伝わる温もりに安心しながらも、紲は自身の宿命を静かに見据えていた。
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