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幼い頃から知っていて、俺は百合にとって一番近い異性だと自負している。そのポジションを、こいつはあっさりと奪うかもしれないんだ。
それを俺もずっと警戒していた。
今まではなんとなく予想でしかなかった間山孝太の気持ちが、本人の口からはっきりと伝えられたのだ。とはいえ、俺はどうすれば……。
葛藤する俺をよそに間山孝太も伝える相手を間違えたと自覚したのか、照れくさそうに頬を掻いた。
『って、お前じゃなくて本人に言えって話だよな』
まったくだ。でも俺はなにも言わず、間山孝太からふいっと視線を逸らす。
俺はなんとなく察していたが、当の本人である百合はおそらく間山孝太の気持ちには気付いていない。そういうところ本当に鈍いんだよ、百合は。
『百合にとっては、お前が一番だからな』
耳に入ってきた言葉に、俺は間山孝太を二度見する。そして間山孝太は俺の背中を軽く叩いてきた。
まるで励ますような、慰めるかのような力の入れ方だった。
『心配しなくても、俺はお前から百合を奪うつもりはないから』
なんだよ、それ。俺の心には得体のしれない感情が瞬時に渦巻く。
馬鹿にしてんのか? 憐れんでんのか? それとも、そうやって俺を理由に百合を諦めようとしてんのか?
自分でも矛盾を感じた。間山孝太がはっきりと恋敵となった今、その相手が身を引こうとしている。ライバルなら願ったり叶ったりの状況だろ。
でも喜ぶどころか、腹が立つ一方だ。感情が昂り、さすがに声をあげようとする。しかし、それはすんでのところでせき止められた。
『ごめん、お待たせ! ちょっと電話が長引いちゃって』
戻ってきた百合に声をかけられ、俺たちの視線は同時に彼女に向いた。おかげでこの話題は終了せざるをえない。
それから間山孝太が百合本人へはもちろん、俺に対しても彼女への想いを語ることは二度となかった。
「ねぇ、そろそろ行かない?」
百合に声をかけられ時計を確認する。針だけで枠がない店の時計は、五時を過ぎを示していた。
思ったよりも長居したようだ。カフェスペースも気づけば人数が減っている。
奢ると言っていたのに、百合は宣言通り頑なに自分の分は支払った。そして会計を終えた後、ショーケースの中身をチェックするのも忘れない。
どうやらこの店のケーキが気に入ったらしい。
ドアを開けると、店員の「ありがとうございました」という声とドアベルの鳴る音が合わさって見送られる。
「少し寒くなってない?」
百合はわずかに自分の腕をさすった。天気はいいが、高い位置にあった太陽はだいぶ低いところにいる。
三寒四温の日々はとっくに過ぎ去り、春の気配をすっかり感じるようになった。しかし、朝晩はまだ冷える。
「昼間が暖かすぎなんだよな」
「この温度差が嫌だよね」
とはいえ、ここで解散という話にもならない。どちらからともなく目的地の矢野公園の方向へ足を動かしはじめた。
「……あのさ、ありがとう、誘ってくれて。初めて行ったけど、美味しかった」
不意打ちで呟かれた言葉に俺は百合を見る。百合は気恥ずかしそうに視線を落とし、わざとらしく両手を後ろで組んだ。目が合わせられないのが残念だ。
「ならよかった。俺もあの店、ちょっと気になってたんだよな。通学路でしょっちゅう前を通ってたし。かといって塚本とか誘っても男同士だと、寄りづらそうでさ。なんつーか、お客は女子がほとんどだし」
偏見かもしれないが、ああいう店はどうも女子率が高く、男だけだと浮いてしまいそうな印象がある。
もちろん男同士で行っても悪くはないんだろうけど、実際に足を運んでみても、お客やスタッフが女性ばかりなのを目の当りにしたら、なかなか勇気がいりそうだと痛感した。
俺がいつも行くのは決まった店ばかりで、新しい店に行くことはほとんどない。
というわけで、そんな俺としては、百合がいてもまったく不慣れで初めての店というのは冒険だった。
百合は落としていた視線をいつの間にか上げて、目をぱちくりとさせている。
「そっちも初めてだったの?」
「なんだよ、驚くことか?」
まさかそんなところを指摘してくるとは思いもしなかった。
いやいや、どう見ても慣れていない感じだっただろ。百合の方がぱっとメニューを決めるのも早かったし。
「……男子で行きづらいなら、佐藤さんでも誘って行けばよかったのに」
百合はやや小声で言葉を紡ぎ、足を止める。まだその話題を引きずっているらしい。もう事実は判明したし、どうでもいいことじゃないか?
俺は内心で肩をすくめる。たしかに、付き合っていなくても仲のいい友達なら異性でもふたりでお茶をすることくらいおかしくない。
現に百合とだってそうしたじゃないか。
男同士だと行きづらいから、女子を誘って店に行くきっかけが欲しかった。今はタイミングがよく百合がいたから、それだけだ。
必死に自分なりの理由を並び立ててみる。確認するにしては責める調子になり、俺は顔を歪める。
……それで、いいんだよな?
「違う」
思いとは裏腹に、口から出た言葉は異なっていた。心の声を拒否するかのごとく、百合とは対照的にきっぱりとした声が響く。
まさに頭で考えるよりも先に口が滑ったとでもいうか。なにが違うのか、はっきり言わないと百合にはきっと伝わらない。
「他の……佐藤とか、女子なら誰でもいいわけじゃない。百合だから誘ったんだ」
思わぬ告白に百合は大きな目を白黒させている。遠くで部活に勤しむ声や、車が通る音など多くの雑音に包まれていた辺りが、一瞬だけ静まり返った。
それを俺もずっと警戒していた。
今まではなんとなく予想でしかなかった間山孝太の気持ちが、本人の口からはっきりと伝えられたのだ。とはいえ、俺はどうすれば……。
葛藤する俺をよそに間山孝太も伝える相手を間違えたと自覚したのか、照れくさそうに頬を掻いた。
『って、お前じゃなくて本人に言えって話だよな』
まったくだ。でも俺はなにも言わず、間山孝太からふいっと視線を逸らす。
俺はなんとなく察していたが、当の本人である百合はおそらく間山孝太の気持ちには気付いていない。そういうところ本当に鈍いんだよ、百合は。
『百合にとっては、お前が一番だからな』
耳に入ってきた言葉に、俺は間山孝太を二度見する。そして間山孝太は俺の背中を軽く叩いてきた。
まるで励ますような、慰めるかのような力の入れ方だった。
『心配しなくても、俺はお前から百合を奪うつもりはないから』
なんだよ、それ。俺の心には得体のしれない感情が瞬時に渦巻く。
馬鹿にしてんのか? 憐れんでんのか? それとも、そうやって俺を理由に百合を諦めようとしてんのか?
自分でも矛盾を感じた。間山孝太がはっきりと恋敵となった今、その相手が身を引こうとしている。ライバルなら願ったり叶ったりの状況だろ。
でも喜ぶどころか、腹が立つ一方だ。感情が昂り、さすがに声をあげようとする。しかし、それはすんでのところでせき止められた。
『ごめん、お待たせ! ちょっと電話が長引いちゃって』
戻ってきた百合に声をかけられ、俺たちの視線は同時に彼女に向いた。おかげでこの話題は終了せざるをえない。
それから間山孝太が百合本人へはもちろん、俺に対しても彼女への想いを語ることは二度となかった。
「ねぇ、そろそろ行かない?」
百合に声をかけられ時計を確認する。針だけで枠がない店の時計は、五時を過ぎを示していた。
思ったよりも長居したようだ。カフェスペースも気づけば人数が減っている。
奢ると言っていたのに、百合は宣言通り頑なに自分の分は支払った。そして会計を終えた後、ショーケースの中身をチェックするのも忘れない。
どうやらこの店のケーキが気に入ったらしい。
ドアを開けると、店員の「ありがとうございました」という声とドアベルの鳴る音が合わさって見送られる。
「少し寒くなってない?」
百合はわずかに自分の腕をさすった。天気はいいが、高い位置にあった太陽はだいぶ低いところにいる。
三寒四温の日々はとっくに過ぎ去り、春の気配をすっかり感じるようになった。しかし、朝晩はまだ冷える。
「昼間が暖かすぎなんだよな」
「この温度差が嫌だよね」
とはいえ、ここで解散という話にもならない。どちらからともなく目的地の矢野公園の方向へ足を動かしはじめた。
「……あのさ、ありがとう、誘ってくれて。初めて行ったけど、美味しかった」
不意打ちで呟かれた言葉に俺は百合を見る。百合は気恥ずかしそうに視線を落とし、わざとらしく両手を後ろで組んだ。目が合わせられないのが残念だ。
「ならよかった。俺もあの店、ちょっと気になってたんだよな。通学路でしょっちゅう前を通ってたし。かといって塚本とか誘っても男同士だと、寄りづらそうでさ。なんつーか、お客は女子がほとんどだし」
偏見かもしれないが、ああいう店はどうも女子率が高く、男だけだと浮いてしまいそうな印象がある。
もちろん男同士で行っても悪くはないんだろうけど、実際に足を運んでみても、お客やスタッフが女性ばかりなのを目の当りにしたら、なかなか勇気がいりそうだと痛感した。
俺がいつも行くのは決まった店ばかりで、新しい店に行くことはほとんどない。
というわけで、そんな俺としては、百合がいてもまったく不慣れで初めての店というのは冒険だった。
百合は落としていた視線をいつの間にか上げて、目をぱちくりとさせている。
「そっちも初めてだったの?」
「なんだよ、驚くことか?」
まさかそんなところを指摘してくるとは思いもしなかった。
いやいや、どう見ても慣れていない感じだっただろ。百合の方がぱっとメニューを決めるのも早かったし。
「……男子で行きづらいなら、佐藤さんでも誘って行けばよかったのに」
百合はやや小声で言葉を紡ぎ、足を止める。まだその話題を引きずっているらしい。もう事実は判明したし、どうでもいいことじゃないか?
俺は内心で肩をすくめる。たしかに、付き合っていなくても仲のいい友達なら異性でもふたりでお茶をすることくらいおかしくない。
現に百合とだってそうしたじゃないか。
男同士だと行きづらいから、女子を誘って店に行くきっかけが欲しかった。今はタイミングがよく百合がいたから、それだけだ。
必死に自分なりの理由を並び立ててみる。確認するにしては責める調子になり、俺は顔を歪める。
……それで、いいんだよな?
「違う」
思いとは裏腹に、口から出た言葉は異なっていた。心の声を拒否するかのごとく、百合とは対照的にきっぱりとした声が響く。
まさに頭で考えるよりも先に口が滑ったとでもいうか。なにが違うのか、はっきり言わないと百合にはきっと伝わらない。
「他の……佐藤とか、女子なら誰でもいいわけじゃない。百合だから誘ったんだ」
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