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「だってお前、チーズケーキ好きだろ?」
知っていた。百合が喜ぶと思った。だから誘ったんだ。
「……にしても、初めて行ったけど、なかなかよかったな。旨かったし、コーラもあるって俺好みだわ。ただフルーツをつけてくれるのはよかったけど小さくなかったか?」
真正面から告げておいて、ふいっと顔を背けると、白々しく店の感想を述べた。
「あんなもんじゃない?」
百合がさっきの発言に対し、なにか反応するかと思ったが、それには触れずにいつも通りさらっと冷たい返事があった。
でもぶっきらぼうな言い方の反面、百合の表情は嬉しそうに笑みが浮かんでいる。
俺は百合と共に公園へと歩き出す。目的地はもうすぐだ。ついてきたからには、ちゃんと最後まで見届けてやりたい。
通い慣れた高校の方へは進まず、一本手前の道に入る。隣接している小学校と幼稚園の前を通り、懐かしい気持ちになる。ここにも通っていたんだよな。
今は春休みなのでグランド以外は静かなものだった。そして奥の開けた土地に矢野公園はあった。
入口にある『矢野公園』と刻まれた石は、すっかり古びていて正直、字も読めないほどだ。
でも、ここら辺の学校に通う子どもたちにはおなじみの場所で、字が読めない幼稚園児だってここが矢野公園だと知っている。
「あんまり変わらないね、ここ」
公園内を見渡し、百合がしみじみと呟いた。
「そうか? 遊具とか色も新しく塗り直してるし、なくなってるのもあるだろ。あと――」
「そういうことじゃなくて、雰囲気が、ってこと!」
まるでわかっていないという口調だった。物理的な話ではなかったらしい。百合につられ、俺もあちこちに視線を飛ばして公園の中を見る。
まだちらほらと遊んでいる子どもの姿があり、みんな元気で笑顔だ。それを見守りつつ世間話に花を咲かせる母親たち。
鉄棒で懸命に逆上がりの練習をしている小学生親子。スポーツウェアでジョギングやランニングをする大人たち、のんびりと散歩をする老夫婦など多種多様だ。
それぞれの癒しの場としてこの公園は今も昔も機能している。百合を視線を移すと、じっくりと公園内を眺めていた。百合の目にはなにが映っているのだろう。
今ある光景だけじゃなくて、記憶の中に想いを馳せている気がした。懐かしさが滲んでいる表情だが、微妙に眉がハの字だ、
そこでそもそもこの公園に来た目的を思い出す。
「なんで、ここに来ようと思ったんだ? コウタと出会った場所だからか?」
百合は肯定も否定もしない。口の端をわずかに上げ、笑っているように見えて、泣き出しそうにも見える。百合の目は公園の中に向いたままだ、
「まぁ、ね。馬鹿だと思うかもしれないけど……探してるの、コウタを」
百合の声がかすかに震える。それに俺は気づかないふりをした。百合はこちらをけっして見ないし、目だって合わせようとはしない。
懸命に公園の至る所に視線を飛ばしている。その目線はやや上向きだ。なにかを堪えているふうで百合はさらに早口で続ける。
「言ったでしょ? コウタがいなくなったってまだ実感が湧かないって。もしかしたらコウタとの思い出の場所を巡ってたら、ひょっこり会えるかもしれないから」
馬鹿だろ、百合。そんなことしたって会えないのはわかっているだろ。
でも、百合はきっと理解しているんだ。現実逃避や本当に会えると夢見て、ここに来たわけじゃない。
思い出の中でしか会えないコウタを探している、自分の気持ちと向き合うために、ここを訪れ、記憶や気持ちを整理しようとしているんだ。
それがたとえ辛いことだとしても。
あまり定まっていなかった百合の視線が、あるベンチに注がれる。
丸太を縦に切ったのを置いたような造りで、今は誰も座っていない。百合はそちらに足を向ける。
「……たしか、ここでコウタに出会ったの」
百合の言葉に俺も記憶を辿る。
「いつだっけ? 小一の頃?」
百合はおもむろに頷いた。
「そう。矢野公園でひとりで遊んでたら、同じようにひとりでいたコウタと目が合っちゃって、思わず声をかけちゃったんだ」
気弱で引っ込み思案だったくせに、そういう優しさは小さい頃から持ち合わせていたらしい。
心配したが、話す百合の顔はどこか清々しい。なので、俺も自分の思い出を振り返ってみる。
ここは百合と……そして間山孝太とも出会った場所だ。たくさん三人で遊んだ。
「いっぱい遊んだよね。ブランコに乗って靴飛ばしとか。今やったら怒られそう」
「お前、いつも靴を遠くに飛ばしてコウタに取りに行かせてたよな」
百合としては、最初から取りに行ってもらおうと頼りにしてたわけではなく、遠くに飛ばすことばかりを考えて、後で靴を取りに行くことまでは頭が回っていなかったんだろう。
片足跳びをして靴を取りに行くにはなかなかの距離だった。それくらいいつも全力だったんだ。
「……いつから、一緒に遊ばなくなったんだっけ?」
百合のなにげない呟きに、懐かしさに穏やかだった俺の心が瞬時に冷たくなる。百合の声色には寂しさ以上のものが込められていたからだ。
年齢的なものもあったし、いつまでも異性同士で遊ぶのも難しい。三人でずっと一緒にいられないのは当然だったのかもしれない。
でも、百合が指している”一緒”というのは三人で、ではなく間山孝太との話だ。
百合と間山孝太との関係に、距離が決定的に出来た時期があった。
知っていた。百合が喜ぶと思った。だから誘ったんだ。
「……にしても、初めて行ったけど、なかなかよかったな。旨かったし、コーラもあるって俺好みだわ。ただフルーツをつけてくれるのはよかったけど小さくなかったか?」
真正面から告げておいて、ふいっと顔を背けると、白々しく店の感想を述べた。
「あんなもんじゃない?」
百合がさっきの発言に対し、なにか反応するかと思ったが、それには触れずにいつも通りさらっと冷たい返事があった。
でもぶっきらぼうな言い方の反面、百合の表情は嬉しそうに笑みが浮かんでいる。
俺は百合と共に公園へと歩き出す。目的地はもうすぐだ。ついてきたからには、ちゃんと最後まで見届けてやりたい。
通い慣れた高校の方へは進まず、一本手前の道に入る。隣接している小学校と幼稚園の前を通り、懐かしい気持ちになる。ここにも通っていたんだよな。
今は春休みなのでグランド以外は静かなものだった。そして奥の開けた土地に矢野公園はあった。
入口にある『矢野公園』と刻まれた石は、すっかり古びていて正直、字も読めないほどだ。
でも、ここら辺の学校に通う子どもたちにはおなじみの場所で、字が読めない幼稚園児だってここが矢野公園だと知っている。
「あんまり変わらないね、ここ」
公園内を見渡し、百合がしみじみと呟いた。
「そうか? 遊具とか色も新しく塗り直してるし、なくなってるのもあるだろ。あと――」
「そういうことじゃなくて、雰囲気が、ってこと!」
まるでわかっていないという口調だった。物理的な話ではなかったらしい。百合につられ、俺もあちこちに視線を飛ばして公園の中を見る。
まだちらほらと遊んでいる子どもの姿があり、みんな元気で笑顔だ。それを見守りつつ世間話に花を咲かせる母親たち。
鉄棒で懸命に逆上がりの練習をしている小学生親子。スポーツウェアでジョギングやランニングをする大人たち、のんびりと散歩をする老夫婦など多種多様だ。
それぞれの癒しの場としてこの公園は今も昔も機能している。百合を視線を移すと、じっくりと公園内を眺めていた。百合の目にはなにが映っているのだろう。
今ある光景だけじゃなくて、記憶の中に想いを馳せている気がした。懐かしさが滲んでいる表情だが、微妙に眉がハの字だ、
そこでそもそもこの公園に来た目的を思い出す。
「なんで、ここに来ようと思ったんだ? コウタと出会った場所だからか?」
百合は肯定も否定もしない。口の端をわずかに上げ、笑っているように見えて、泣き出しそうにも見える。百合の目は公園の中に向いたままだ、
「まぁ、ね。馬鹿だと思うかもしれないけど……探してるの、コウタを」
百合の声がかすかに震える。それに俺は気づかないふりをした。百合はこちらをけっして見ないし、目だって合わせようとはしない。
懸命に公園の至る所に視線を飛ばしている。その目線はやや上向きだ。なにかを堪えているふうで百合はさらに早口で続ける。
「言ったでしょ? コウタがいなくなったってまだ実感が湧かないって。もしかしたらコウタとの思い出の場所を巡ってたら、ひょっこり会えるかもしれないから」
馬鹿だろ、百合。そんなことしたって会えないのはわかっているだろ。
でも、百合はきっと理解しているんだ。現実逃避や本当に会えると夢見て、ここに来たわけじゃない。
思い出の中でしか会えないコウタを探している、自分の気持ちと向き合うために、ここを訪れ、記憶や気持ちを整理しようとしているんだ。
それがたとえ辛いことだとしても。
あまり定まっていなかった百合の視線が、あるベンチに注がれる。
丸太を縦に切ったのを置いたような造りで、今は誰も座っていない。百合はそちらに足を向ける。
「……たしか、ここでコウタに出会ったの」
百合の言葉に俺も記憶を辿る。
「いつだっけ? 小一の頃?」
百合はおもむろに頷いた。
「そう。矢野公園でひとりで遊んでたら、同じようにひとりでいたコウタと目が合っちゃって、思わず声をかけちゃったんだ」
気弱で引っ込み思案だったくせに、そういう優しさは小さい頃から持ち合わせていたらしい。
心配したが、話す百合の顔はどこか清々しい。なので、俺も自分の思い出を振り返ってみる。
ここは百合と……そして間山孝太とも出会った場所だ。たくさん三人で遊んだ。
「いっぱい遊んだよね。ブランコに乗って靴飛ばしとか。今やったら怒られそう」
「お前、いつも靴を遠くに飛ばしてコウタに取りに行かせてたよな」
百合としては、最初から取りに行ってもらおうと頼りにしてたわけではなく、遠くに飛ばすことばかりを考えて、後で靴を取りに行くことまでは頭が回っていなかったんだろう。
片足跳びをして靴を取りに行くにはなかなかの距離だった。それくらいいつも全力だったんだ。
「……いつから、一緒に遊ばなくなったんだっけ?」
百合のなにげない呟きに、懐かしさに穏やかだった俺の心が瞬時に冷たくなる。百合の声色には寂しさ以上のものが込められていたからだ。
年齢的なものもあったし、いつまでも異性同士で遊ぶのも難しい。三人でずっと一緒にいられないのは当然だったのかもしれない。
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