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『なんだか私、最近避けられている気がするんだ』
百合が間山孝太の件で俺に相談を持ち掛けてきたのは、ちょうど三人で星を見に行った後だった。
間山孝太になにがあったのかは知らない。俺にも寝耳の水の事態だった。
『私、知らない間になにかして嫌われちゃったのかな?』
泣きそうになる百合に、『そんなわけない!』という言葉が喉まで出かかった。
だって俺はついこの間、間山孝太の気持ちを自分の耳でしっかりと聞いた。百合のことが好きだと。
それを伝えたらすむ話だ。でも、どうしても言えない。
『なんでかな、私。どうしたらいいんだろう』
幼い頃はしょっちゅう見ていた百合の泣き顔。けれど、それも成長と共に見られなくなった。
なのに、このときばかりは百合が久々に泣くんじゃないかと思った。それほど間山孝太の態度は百合の気持ちを揺らしていた。
思考だって珍しく、どんどんマイナスの方向へと陥っていく。
『本人に聞いても『なんでもない』って言うし。私のこと、鬱陶しくなったのかな? それとも、好きな人でもできたのかな?』
このとき俺はわかったんだ。百合は間山孝太が好きなんだって。今の百合は、親しかった幼馴染みとの友情で悩んでいるわけじゃない。
片思いに苦しんでいる少女そのものだった。
ああ、俺じゃなくて、あいつなんだ。俺の方が間山孝太よりも付き合いも長いし、こうして百合の悩みだって聞いてやれる。
ずっとそばにいたのに。俺じゃだめなんだ。
悔しくて、切なくて、腹が立って――。
目の前には落ち込んでいる百合がいるのに、慰める言葉のひとつもかけてやれない。自分のことばかりで、嫌になるがどうしようもない。
結局、俺は間山孝太の気持ちを聞いていて、そのうえで百合の気持ちも知ったのに、百合にはなにも言えないままだった。もちろん、間山孝太にも。
それから高校への進学もあって、百合と間山孝太の距離は少しずつ開いていった。
間山孝太は高校に入学すると、さらにモテはじめた。元々同性も異性も問わず、誰とでもすぐに打ち解けられるような奴だった。
その延長線上なのか、硬かった態度は徐々になくなり百合とも再び自然に接するようになった。だが、それはあくまでもクラスメートとしてだ。
おかげで今度は逆に百合が素っ気なくしはじめた。他の女子の目もあったのかもしれない。
本当は下手に関わって前みたいに傷つきたくなかったんだ。無駄な期待を抱くのをやめようと百合なりの自己防衛だったんだ。
『高校に入ってすぐに、もう告白とかされてるんだよ。なかなか人気みたいでさ。下手に仲良くして女子からのやっかみを受けるのも面倒だし、これでよかったんだよ』
間山孝太と距離が出来てホッとしていると話す百合だったが、おそらく本音は別のところにあった。
それに気づけるほどには、俺と百合との付き合いは長い。いや、長さだけじゃない。
ずっと百合を見てきたんだよ。百合の気持ちが間山孝太に向く前から。間山孝太が百合を好きだと思う前から。
でも、俺と百合との関係はずっと変わらないままだ。こうして百合は俺にはなんでもよく話してくれていた。間山孝太もそれは知っていたようだ。
『心配しなくても、俺はお前から百合を奪うつもりはないから』
間山孝太に言われた台詞がずっと頭から離れない。俺はどうするべきだったんだ?
「そういえばさ、コウタと一緒に星を見たの、覚えてる?」
心の中を読まれたのかというほどに絶妙なタイミングで百合が話を振ってきた。忘れるはずない、忘れるわけないだろ。
「ああ」
思い出をなぞって、百合が宙に目線を滑らせていく。
「たしかシリウスだっけ? つくし山に見に行ったんだよね。理科の授業で河野《かわの》先生に『太陽以外で地球から見える最も明るい星』だって言われて。意識して見てなかったけどせっかくだし一緒に見ようって」
本当に百合の記憶力には舌を巻く。俺もゆっくりと首を動かし空を仰ぎ見る。
明かりが徐々に落とされた空は星たちが存在を主張しはじめていた。
「行ってみるか?」
「え?」
突然の提案に、百合は目を瞬かせる。行き先は言うまでもない。
「たしか見えるのってこんくらいの時季だ。時間も悪くない。それに、あそこもコウタとの思い出の場所だろ?」
俺にとっては懐かしさと痛みを伴う場所でもある。でも百合は行きたいかもしれない。いや行きたいんだ、きっと。
「……うん」
その証拠に初めて今日、百合は申し出を拒否することなく素直に受け入れた。
話が決まれば行動するだけだ。あのときと同じくシリウスを見るべくつくし山に登る。
星を目当てにしているからか、一段ずつ上るたびに気分的に少しずつ空が近く感じる。
俺はやっぱり百合が転ばないか不安で、足元をちらちらと窺ってしまう。
手くらい差し出したらどうなんだ。心の中で叱責するも、それができていたら今こんな状況にはなっていない。
結局、百合はあのときと同じでひとりで階段を上りきった。ローファーとはいえ履き慣れた靴だったのはよかった。
安堵して百合を見れば、彼女の意識はすでに空に向けられている。
百合が間山孝太の件で俺に相談を持ち掛けてきたのは、ちょうど三人で星を見に行った後だった。
間山孝太になにがあったのかは知らない。俺にも寝耳の水の事態だった。
『私、知らない間になにかして嫌われちゃったのかな?』
泣きそうになる百合に、『そんなわけない!』という言葉が喉まで出かかった。
だって俺はついこの間、間山孝太の気持ちを自分の耳でしっかりと聞いた。百合のことが好きだと。
それを伝えたらすむ話だ。でも、どうしても言えない。
『なんでかな、私。どうしたらいいんだろう』
幼い頃はしょっちゅう見ていた百合の泣き顔。けれど、それも成長と共に見られなくなった。
なのに、このときばかりは百合が久々に泣くんじゃないかと思った。それほど間山孝太の態度は百合の気持ちを揺らしていた。
思考だって珍しく、どんどんマイナスの方向へと陥っていく。
『本人に聞いても『なんでもない』って言うし。私のこと、鬱陶しくなったのかな? それとも、好きな人でもできたのかな?』
このとき俺はわかったんだ。百合は間山孝太が好きなんだって。今の百合は、親しかった幼馴染みとの友情で悩んでいるわけじゃない。
片思いに苦しんでいる少女そのものだった。
ああ、俺じゃなくて、あいつなんだ。俺の方が間山孝太よりも付き合いも長いし、こうして百合の悩みだって聞いてやれる。
ずっとそばにいたのに。俺じゃだめなんだ。
悔しくて、切なくて、腹が立って――。
目の前には落ち込んでいる百合がいるのに、慰める言葉のひとつもかけてやれない。自分のことばかりで、嫌になるがどうしようもない。
結局、俺は間山孝太の気持ちを聞いていて、そのうえで百合の気持ちも知ったのに、百合にはなにも言えないままだった。もちろん、間山孝太にも。
それから高校への進学もあって、百合と間山孝太の距離は少しずつ開いていった。
間山孝太は高校に入学すると、さらにモテはじめた。元々同性も異性も問わず、誰とでもすぐに打ち解けられるような奴だった。
その延長線上なのか、硬かった態度は徐々になくなり百合とも再び自然に接するようになった。だが、それはあくまでもクラスメートとしてだ。
おかげで今度は逆に百合が素っ気なくしはじめた。他の女子の目もあったのかもしれない。
本当は下手に関わって前みたいに傷つきたくなかったんだ。無駄な期待を抱くのをやめようと百合なりの自己防衛だったんだ。
『高校に入ってすぐに、もう告白とかされてるんだよ。なかなか人気みたいでさ。下手に仲良くして女子からのやっかみを受けるのも面倒だし、これでよかったんだよ』
間山孝太と距離が出来てホッとしていると話す百合だったが、おそらく本音は別のところにあった。
それに気づけるほどには、俺と百合との付き合いは長い。いや、長さだけじゃない。
ずっと百合を見てきたんだよ。百合の気持ちが間山孝太に向く前から。間山孝太が百合を好きだと思う前から。
でも、俺と百合との関係はずっと変わらないままだ。こうして百合は俺にはなんでもよく話してくれていた。間山孝太もそれは知っていたようだ。
『心配しなくても、俺はお前から百合を奪うつもりはないから』
間山孝太に言われた台詞がずっと頭から離れない。俺はどうするべきだったんだ?
「そういえばさ、コウタと一緒に星を見たの、覚えてる?」
心の中を読まれたのかというほどに絶妙なタイミングで百合が話を振ってきた。忘れるはずない、忘れるわけないだろ。
「ああ」
思い出をなぞって、百合が宙に目線を滑らせていく。
「たしかシリウスだっけ? つくし山に見に行ったんだよね。理科の授業で河野《かわの》先生に『太陽以外で地球から見える最も明るい星』だって言われて。意識して見てなかったけどせっかくだし一緒に見ようって」
本当に百合の記憶力には舌を巻く。俺もゆっくりと首を動かし空を仰ぎ見る。
明かりが徐々に落とされた空は星たちが存在を主張しはじめていた。
「行ってみるか?」
「え?」
突然の提案に、百合は目を瞬かせる。行き先は言うまでもない。
「たしか見えるのってこんくらいの時季だ。時間も悪くない。それに、あそこもコウタとの思い出の場所だろ?」
俺にとっては懐かしさと痛みを伴う場所でもある。でも百合は行きたいかもしれない。いや行きたいんだ、きっと。
「……うん」
その証拠に初めて今日、百合は申し出を拒否することなく素直に受け入れた。
話が決まれば行動するだけだ。あのときと同じくシリウスを見るべくつくし山に登る。
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俺はやっぱり百合が転ばないか不安で、足元をちらちらと窺ってしまう。
手くらい差し出したらどうなんだ。心の中で叱責するも、それができていたら今こんな状況にはなっていない。
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