シリウスの本音を君に

くろのあずさ

文字の大きさ
8 / 11

8

しおりを挟む
『なんだか私、最近避けられている気がするんだ』

 百合が間山孝太の件で俺に相談を持ち掛けてきたのは、ちょうど三人で星を見に行った後だった。

 間山孝太になにがあったのかは知らない。俺にも寝耳の水の事態だった。

『私、知らない間になにかして嫌われちゃったのかな?』

 泣きそうになる百合に、『そんなわけない!』という言葉が喉まで出かかった。

 だって俺はついこの間、間山孝太の気持ちを自分の耳でしっかりと聞いた。百合のことが好きだと。

 それを伝えたらすむ話だ。でも、どうしても言えない。

『なんでかな、私。どうしたらいいんだろう』

 幼い頃はしょっちゅう見ていた百合の泣き顔。けれど、それも成長と共に見られなくなった。

 なのに、このときばかりは百合が久々に泣くんじゃないかと思った。それほど間山孝太の態度は百合の気持ちを揺らしていた。

 思考だって珍しく、どんどんマイナスの方向へと陥っていく。

『本人に聞いても『なんでもない』って言うし。私のこと、鬱陶しくなったのかな? それとも、好きな人でもできたのかな?』

 このとき俺はわかったんだ。百合は間山孝太が好きなんだって。今の百合は、親しかった幼馴染みとの友情で悩んでいるわけじゃない。

 片思いに苦しんでいる少女そのものだった。

 ああ、俺じゃなくて、あいつなんだ。俺の方が間山孝太よりも付き合いも長いし、こうして百合の悩みだって聞いてやれる。

 ずっとそばにいたのに。俺じゃだめなんだ。

 悔しくて、切なくて、腹が立って――。

 目の前には落ち込んでいる百合がいるのに、慰める言葉のひとつもかけてやれない。自分のことばかりで、嫌になるがどうしようもない。

 結局、俺は間山孝太の気持ちを聞いていて、そのうえで百合の気持ちも知ったのに、百合にはなにも言えないままだった。もちろん、間山孝太にも。

 それから高校への進学もあって、百合と間山孝太の距離は少しずつ開いていった。

 間山孝太は高校に入学すると、さらにモテはじめた。元々同性も異性も問わず、誰とでもすぐに打ち解けられるような奴だった。

 その延長線上なのか、硬かった態度は徐々になくなり百合とも再び自然に接するようになった。だが、それはあくまでもクラスメートとしてだ。

 おかげで今度は逆に百合が素っ気なくしはじめた。他の女子の目もあったのかもしれない。

 本当は下手に関わって前みたいに傷つきたくなかったんだ。無駄な期待を抱くのをやめようと百合なりの自己防衛だったんだ。

『高校に入ってすぐに、もう告白とかされてるんだよ。なかなか人気みたいでさ。下手に仲良くして女子からのやっかみを受けるのも面倒だし、これでよかったんだよ』

 間山孝太と距離が出来てホッとしていると話す百合だったが、おそらく本音は別のところにあった。

 それに気づけるほどには、俺と百合との付き合いは長い。いや、長さだけじゃない。

 ずっと百合を見てきたんだよ。百合の気持ちが間山孝太に向く前から。間山孝太が百合を好きだと思う前から。

 でも、俺と百合との関係はずっと変わらないままだ。こうして百合は俺にはなんでもよく話してくれていた。間山孝太もそれは知っていたようだ。

『心配しなくても、俺はお前から百合を奪うつもりはないから』

 間山孝太に言われた台詞がずっと頭から離れない。俺はどうするべきだったんだ?

「そういえばさ、コウタと一緒に星を見たの、覚えてる?」

 心の中を読まれたのかというほどに絶妙なタイミングで百合が話を振ってきた。忘れるはずない、忘れるわけないだろ。

「ああ」

 思い出をなぞって、百合が宙に目線を滑らせていく。

「たしかシリウスだっけ? つくし山に見に行ったんだよね。理科の授業で河野《かわの》先生に『太陽以外で地球から見える最も明るい星』だって言われて。意識して見てなかったけどせっかくだし一緒に見ようって」

 本当に百合の記憶力には舌を巻く。俺もゆっくりと首を動かし空を仰ぎ見る。

 明かりが徐々に落とされた空は星たちが存在を主張しはじめていた。 

「行ってみるか?」

「え?」

 突然の提案に、百合は目を瞬かせる。行き先は言うまでもない。

「たしか見えるのってこんくらいの時季だ。時間も悪くない。それに、あそこもコウタとの思い出の場所だろ?」

 俺にとっては懐かしさと痛みを伴う場所でもある。でも百合は行きたいかもしれない。いや行きたいんだ、きっと。

「……うん」

 その証拠に初めて今日、百合は申し出を拒否することなく素直に受け入れた。

 話が決まれば行動するだけだ。あのときと同じくシリウスを見るべくつくし山に登る。

 星を目当てにしているからか、一段ずつ上るたびに気分的に少しずつ空が近く感じる。

 俺はやっぱり百合が転ばないか不安で、足元をちらちらと窺ってしまう。

 手くらい差し出したらどうなんだ。心の中で叱責するも、それができていたら今こんな状況にはなっていない。

 結局、百合はあのときと同じでひとりで階段を上りきった。ローファーとはいえ履き慣れた靴だったのはよかった。

 安堵して百合を見れば、彼女の意識はすでに空に向けられている。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

美味しいコーヒーの愉しみ方 Acidity and Bitterness

碧井夢夏
ライト文芸
<第五回ライト文芸大賞 最終選考・奨励賞> 住宅街とオフィスビルが共存するとある下町にある定食屋「まなべ」。 看板娘の利津(りつ)は毎日忙しくお店を手伝っている。 最近隣にできたコーヒーショップ「The Coffee Stand Natsu」。 どうやら、店長は有名なクリエイティブ・ディレクターで、脱サラして始めたお店らしく……? 神の舌を持つ定食屋の娘×クリエイティブ界の神と呼ばれた男 2人の出会いはやがて下町を変えていく――? 定食屋とコーヒーショップ、時々美容室、を中心に繰り広げられる出会いと挫折の物語。 過激表現はありませんが、重めの過去が出ることがあります。

結婚相手は、初恋相手~一途な恋の手ほどき~

馬村 はくあ
ライト文芸
「久しぶりだね、ちとせちゃん」 入社した会社の社長に 息子と結婚するように言われて 「ま、なぶくん……」 指示された家で出迎えてくれたのは ずっとずっと好きだった初恋相手だった。 ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ ちょっぴり照れ屋な新人保険師 鈴野 ちとせ -Chitose Suzuno- × 俺様なイケメン副社長 遊佐 学 -Manabu Yusa- ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ 「これからよろくね、ちとせ」 ずっと人生を諦めてたちとせにとって これは好きな人と幸せになれる 大大大チャンス到来! 「結婚したい人ができたら、いつでも離婚してあげるから」 この先には幸せな未来しかないと思っていたのに。 「感謝してるよ、ちとせのおかげで俺の将来も安泰だ」 自分の立場しか考えてなくて いつだってそこに愛はないんだと 覚悟して臨んだ結婚生活 「お前の頭にあいつがいるのが、ムカつく」 「あいつと仲良くするのはやめろ」 「違わねぇんだよ。俺のことだけ見てろよ」 好きじゃないって言うくせに いつだって、強引で、惑わせてくる。 「かわいい、ちとせ」 溺れる日はすぐそこかもしれない ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ 俺様なイケメン副社長と そんな彼がずっとすきなウブな女の子 愛が本物になる日は……

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

25年の後悔の結末

専業プウタ
恋愛
結婚直前の婚約破棄。親の介護に友人と恋人の裏切り。過労で倒れていた私が見た夢は25年前に諦めた好きだった人の記憶。もう一度出会えたら私はきっと迷わない。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

嘘をつく唇に優しいキスを

松本ユミ
恋愛
いつだって私は本音を隠して嘘をつくーーー。 桜井麻里奈は優しい同期の新庄湊に恋をした。 だけど、湊には学生時代から付き合っている彼女がいることを知りショックを受ける。 麻里奈はこの恋心が叶わないなら自分の気持ちに嘘をつくからせめて同期として隣で笑い合うことだけは許してほしいと密かに思っていた。 そんなある日、湊が『結婚する』という話を聞いてしまい……。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

処理中です...