18 / 20
16
しおりを挟むおまけ話
-父と娘 母と娘 鬼と鬼-
三年後(新世紀408年)
「ただいま」
門柱という、今や形骸化したものに組み込まれたカメラに向かってマルガレーテがそう告げた。
隣には、クロが愛用のトートバッグを持って並んでいる。
今日はラーヴェンブルク家に、クロが結婚の許しを請いに来たのだ。
とは言っても、彼女の両親とは無意識層通信を使用して何度か会話をしている。
許しを請いにという名目ではあるものの、実際には直接の挨拶に過ぎない。
距離を無視できるレベルの通信網を持ちながらも、最後は顔を合わせての対話となる。
それは礼儀という意味合いが大きいが、信頼というものを築く、つまりは家族となって結びつくためには、実態を感じながらの対話や、一緒に食事をするという行為が重要と言うことである。
これまでも、これからも、人が人である限り、縁を繋ぐためにはコミュニケーションが重要であるということは変わらない。
門柱のセキュリティがマルガレーテに反応して、横に待機していた小型カーゴが二人の横に音もなく移動してきた。
二人が乗り込んだカーゴが移動すること数分、二人は玄関に到着した。
幅十メートル、全高二十メートルあまりの巨大な扉が中央から自動的に二つに分かれて開いた。
西洋を感じさせる複雑な意匠の扉だった。
木の質感があるが、実際は金属製だ。
玄関扉を抜けてエントランスに入ると、なんとなく婚約者の表情が軟化したような気がして、クロは愉快だった。
もうすぐ成人の娘とはいえ、家族の待つ実家では『ただの娘』だ。
『家の娘』として、リラックスするのも当然だろう。
学校での張り詰めたような無表情が、若干だけ緩んでいる気がする。
かまわない。
これから新たな家族を築くのだとは言っても、両親との関係は変わらない。
親と子である。
自分自身を振り返っても、親の前では人前で見せないようなだらしない姿をさらしている。
この歳になっても母との会話は友達との会話のようだ。
そう考えるなら、彼女の気の緩みなんてかわいいものだと思う。
自分も、彼女とこれからそのような家族が安らげる家庭を築けるのだろうか。
みんなの帰る場所になれるだろうかと考える。
父と母という存在は偉大である。
リビングに通されると、彼女の母が出迎えてくれた。
「おかえりなさい。外はどうだった?」
「ちょうどよかったよ」
マルガレーテがそう返す。出かける前に、服装が暑いか寒いかの話をしていたようだ。
どうやらこの家庭ではテクティルを意図的に避けているようだ。
どれだけ便利でも、人には好みというものがある。
とても快適な変形素材を使用しないのも自由だ。
テクティルの服なら、真冬でも薄着で過ごせる。
人々が望む洗練された装いだ。
しかし、これまでマルガレーテと過ごしてきた真冬の日に、彼女のマフラーやダッフルコート姿を見たら、なんだかチャーミングに感じた。
『寒い寒い』と言いながら、なぜかミニスカを履いていたり、合理性は感じないけど、そこにかわいらしさを感じる。
ある日は、寒いと言う彼女のかじかんだ手を手袋の上からさすっていたら、なんだか変な気分になってしまい、急遽レンタルスペースを予約して、結局朝までしてしまったこともあった。
彼女の母は、とても若々しく、年の離れた姉といっても通じるほどに見えた。
背は彼女よりも若干低く(つまり同じ身長のクロよりも少し低いくらい)、彼女と同じ空気を持っていた。
さすが家族である。ウェーブのかかったブロンドも同じだ。
それと、ひときわ目立つ胸のサイズも一緒だ。
ああ、ここか。
なんて、納得してしまった。
「ようこそいらっしゃいました」
「おじゃまします」
母の歓迎に、クロはトートから二輪の花を取り出し、手渡した。
紫と白の桔梗である。
「あら綺麗ね。さっそく飾ることにしましょう」
受け取った花をいったんテーブルの上に置いて、母は二人を大きなソファに座るように促した。
一応扱いとしてはラブソファなのだが、三人以上でも余裕で座れるサイズだ。
並んで座ると、二人の前にティーカップを置いて、お茶を注ぐ。
いつか嗅いだことのある、優しい香りのハーブティだった。
アレルギーのないこの時代、誰にでも出すことのできる便利なお茶だ。
「ありがとうございます」
クロがそう言うと、ラーヴェンブルク夫人はにっこりと笑ってリビングの奥に引っ込んでは、すぐに戻ってきた。
小さな花瓶に、二輪の桔梗が挿されている。
テーブルの真ん中に置いた。
夫人はなにも言わないが、この花はクロの気持ちの表れであり、それをちゃんと受け取ったという意思表示なのだ。
この家庭からマルガレーテをいただきます。
大切にします。
そういう思いが込められている。
夫人は、今日直接クロを見て、花瓶を出すことによってOKというメッセージを発したのだ。
「お父さんは?」
そんな婚約者と母の無言の応酬などつゆ知らず、出されたお茶を飲みながら、マルガレーテは母に問うた。
「なんだか最近はずっと駐車場に籠もりっきりで。さっきメッセージを送ったからもう来ると思うわ」
『こんな日なのにね』『ねー』のような母と娘のやりとりがあったと思えば、まさにその話題の人が、リビングの扉を潜ってやってきた。
「こんな日なのに申し訳ない」
まさに扉を潜るというような表現がふさわしい髭面の大男であった。
厚い胸板、太い腕など、まるで野生動物かと思わせる風貌であったが、それでも太っているとは感じず、むしろスリムに見えた。
「はじめまして。霧雨クロガネです」
何度も会話して、電脳空間で会ってもいるのに、はじめましてと挨拶する。
高度通信時代は、挨拶を曖昧にさせたのだろうか。
「よくぞ来られた。今日からはヴィリと呼んでくれ」
差し出された右手をクロは握った。
ゴツゴツと、まるで岩の塊のような大きく力強い手だ。
これで複数の博士号を持つ超天才なんだからな。
砲丸投げ選手のような筋肉の巨体を見上げながら、クロは心の中で笑う。
彼の見た目とキャリアのギャップが大きすぎる。
姿からの連想はそれだけではない。
彼は白いTシャツの上にチェックのネルシャツを羽織り、デニムパンツを履いている。
そして、足下にはエンジニアブーツを覗かせていた。
そんなカノ父の姿を見て、クロは、
ああ、ここか。
と思った。
マルガレーテのカジュアルファッションは、父譲りなのであろう。
はっきり言って、これ以上はないというくらい様になっている。
「ヴィリったら、もう一ヶ月も前から瑞樹さんの訪問はわかっていたことでしょう」
妻の非難に、髭面の筋肉男が苦笑いを浮かべる。
「いやあ、すまんすまん」
クロは別に気にしていなかった。
結婚の許しをもらいに来た。のは、やはり名目上の理由で、ただの挨拶だ。
それに今まで何度も会話している。
今更堅苦しいことは必要ないと思う。
妻の非難をごまかすように、ラーヴェンブルク氏は、今朝もしたであろうに、ソファでくつろぐマルガレーテの横に移動して、彼女の頬にチークキスをした。
マルガレーテに嫌がるようなそぶりはいっさいなく、とても満ち足りた表情をしている。
その仕草だけで、普段の二人の関係性がよくわかる。
ラーヴェンブルク氏が体をねじると、一瞬だけネルシャツが持ち上がり、ジーンズの後ろポケットに汚れた作業手袋がねじ込まれていることが見えた。
クロの視線に気付くと、ラーヴェンブルク氏は再び申し訳ないという表情になる。
「いや、汚い手袋をリビングに持ち込んでしまって申し訳ない」
クロは別に嫌だなんて思っていなかったが、一般的にお行儀の悪い態度だということだろう。
「最近愛用のバイクが不調で、ちょっと大がかりな点検をしていたんだよ」
「ホットですか?」
「ああ」
電気エンジン=クールに合わせて使われているガソリンエンジン車のスラングだ。
「俺も最近ホットに興味があって、いい車両がないか探していたところなんです」
「そうなのかい?」
クロの言葉に、ラーヴェンブルク氏は目を輝かせてクロの右手をもう一度握った。
めちゃでかい手だ。
「いいじゃないか」
筋肉髭面が子供のようにはしゃぐ姿に、『超天才って、こういう人多いよな』とか考える。
「俺の周りでもレシプロマニアが多いんです」
「四輪はロータリーだぜ」
カノ父は嬉しそうに、クロの肩を叩く。
すげー力だ。
「それはそれは」
つられてクロが笑うと、ラーヴェンブルク氏は非常にご満悦の様子。
「ちょっと見せたいもの、話したいことがあるから、あとで駐車場に来てくれないか。準備してくる」
実際には音も振動もないのに、ラーヴェンブルク氏の行動に、クロは『ドスンドスン』のような擬態語が見える気がした。
「アンナ、駐車場にコーヒーを」
「はい。わかりました」
妻にそう言うと、ラーヴェンブルク氏はドスンドスンと行ってしまった。
クロの父親もちょっと子供っぽいところがある。
どこのご家庭でも、『父親ってそんな感じなのかな』と思ったらさらに笑えてくる。
「ちょっとご飯の準備を見てくるね」
夫を見送ったラーヴェンブルク夫人が、ふたりにそう断った。
ラーヴェンブルク家も、普段はソラリスの準備した食事をとっている。
今日はクロが来るから特別な日ということだ。
マルガレーテの普段の傾向を考えると、たぶん夕食の他に、クッキーとケーキを焼いているのだろう。
寝かせていたものの確認という意味ではないかと予想する。
「あ、私も手伝います」
ハーブティを飲んだ後、ソファの上ですごくリラックスしていたマルガレーテが立ち上がる。
「ごめん。ちょっと待っててください。ゆっくりしていていいからね」
そう言い残して、母娘はリビングから姿を消した。
キッチンに向かったのだろう。
なるほど。どう見ても外国人の家庭だが、うちや親戚と同じだ。違いなんてない。
仲良くやっているようでほっとした。
もとより、普段の会話で気難しい人たちでないことはわかっていたが、厳格な家庭というのは落ち着かないものだ。
霧雨家のような、普段家門の堅苦しい行事に出席する必要のない家格の人間なら、そう思ってもしかたないだろう。
一方、二人の代わりにリビングに入ってきた人物がいた。
この家では、生体フォーマットが違うのはクロのほうである。
「こんにちは」
非常に穏やかな笑顔の女性であった。
マルガレーテというよりかは、夫人に似ている。
胸のサイズもラーヴェンブルク家だ。
1
あなたにおすすめの小説
小野寺社長のお気に入り
茜色
恋愛
朝岡渚(あさおかなぎさ)、28歳。小さなイベント企画会社に転職して以来、社長のアシスタント兼お守り役として振り回される毎日。34歳の社長・小野寺貢(おのでらみつぐ)は、ルックスは良いが生活態度はいい加減、デリカシーに欠ける困った男。
悪天候の夜、残業で家に帰れなくなった渚は小野寺と応接室で仮眠をとることに。思いがけず緊張する渚に、「おまえ、あんまり男を知らないだろう」と小野寺が突然迫ってきて・・・。
☆全19話です。「オフィスラブ」と謳っていますが、あまりオフィスっぽくありません。
☆「ムーンライトノベルズ」様にも掲載しています。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。
溺愛モードな警察官彼氏はチョコレートより甘い!?
すずなり。
恋愛
一人でチョコレート専門店を切り盛りする主人公『凜華』。ある日、仕事場に向かう途中にある交番に電気がついていて。人が立っていた。
「あれ?いつも誰もいないのに・・・」
そんなことを思いながら交番の前を通過しようとしたとき、腕を掴まれてしまったのだ。
「未成年だろう?こんな朝早くにどこへ?」
「!?ちがっ・・・!成人してますっ・・・!」
幼い顔立ちから未成年だと間違われた凜華は証明書を提示し、難を逃れる。・・・が、今度は仕事でトラブルが発生!?その相談をする相手がおらず、交番に持ち込んでしまう。
そして徐々にプライベートで仲良くなっていくが・・・
「俺の家は家族が複雑だから・・・寄って来る女はみんな俺の家族目当てだったんだ。」
彼にも秘密が、彼女にもナイショにしたいことが・・・。
※お話は全て想像の世界です。
※メンタル薄氷の為、コメントは受け付けることができません。
※ただただすずなり。の世界を楽しんでいただけたら幸いです。
ハイスぺ幼馴染の執着過剰愛~30までに相手がいなかったら、結婚しようと言ったから~
cheeery
恋愛
パイロットのエリート幼馴染とワケあって同棲することになった私。
同棲はかれこれもう7年目。
お互いにいい人がいたら解消しようと約束しているのだけど……。
合コンは撃沈。連絡さえ来ない始末。
焦るものの、幼なじみ隼人との生活は、なんの不満もなく……っというよりも、至極の生活だった。
何かあったら話も聞いてくれるし、なぐさめてくれる。
美味しい料理に、髪を乾かしてくれたり、買い物に連れ出してくれたり……しかも家賃はいらないと受け取ってもくれない。
私……こんなに甘えっぱなしでいいのかな?
そしてわたしの30歳の誕生日。
「美羽、お誕生日おめでとう。結婚しようか」
「なに言ってるの?」
優しかったはずの隼人が豹変。
「30になってお互いに相手がいなかったら、結婚しようって美羽が言ったんだよね?」
彼の秘密を知ったら、もう逃げることは出来ない。
「絶対に逃がさないよ?」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
