卯の花の門に

まーくん

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おまけ話

-父と娘 母と娘 鬼と鬼-




 三年後(新世紀408年)

「ただいま」

 門柱という、今や形骸化したものに組み込まれたカメラに向かってマルガレーテがそう告げた。
 隣には、クロが愛用のトートバッグを持って並んでいる。
 今日はラーヴェンブルク家に、クロが結婚の許しを請いに来たのだ。

 とは言っても、彼女の両親とは無意識層通信を使用して何度か会話をしている。
 許しを請いにという名目ではあるものの、実際には直接の挨拶に過ぎない。
 距離を無視できるレベルの通信網を持ちながらも、最後は顔を合わせての対話となる。

 それは礼儀という意味合いが大きいが、信頼というものを築く、つまりは家族となって結びつくためには、実態を感じながらの対話や、一緒に食事をするという行為が重要と言うことである。
 これまでも、これからも、人が人である限り、縁を繋ぐためにはコミュニケーションが重要であるということは変わらない。

 門柱のセキュリティがマルガレーテに反応して、横に待機していた小型カーゴが二人の横に音もなく移動してきた。
 二人が乗り込んだカーゴが移動すること数分、二人は玄関に到着した。
 幅十メートル、全高二十メートルあまりの巨大な扉が中央から自動的に二つに分かれて開いた。
 西洋を感じさせる複雑な意匠の扉だった。
 木の質感があるが、実際は金属製だ。
 玄関扉を抜けてエントランスに入ると、なんとなく婚約者の表情が軟化したような気がして、クロは愉快だった。
 もうすぐ成人の娘とはいえ、家族の待つ実家では『ただの娘』だ。
 『家の娘』として、リラックスするのも当然だろう。
 学校での張り詰めたような無表情が、若干だけ緩んでいる気がする。
 かまわない。
 これから新たな家族を築くのだとは言っても、両親との関係は変わらない。
 親と子である。
 自分自身を振り返っても、親の前では人前で見せないようなだらしない姿をさらしている。
 この歳になっても母との会話は友達との会話のようだ。
 そう考えるなら、彼女の気の緩みなんてかわいいものだと思う。
 自分も、彼女とこれからそのような家族が安らげる家庭を築けるのだろうか。
 みんなの帰る場所になれるだろうかと考える。
 父と母という存在は偉大である。

 リビングに通されると、彼女の母が出迎えてくれた。

「おかえりなさい。外はどうだった?」
「ちょうどよかったよ」

 マルガレーテがそう返す。出かける前に、服装が暑いか寒いかの話をしていたようだ。
 どうやらこの家庭ではテクティルを意図的に避けているようだ。
 どれだけ便利でも、人には好みというものがある。
 とても快適な変形素材を使用しないのも自由だ。

 テクティルの服なら、真冬でも薄着で過ごせる。
 人々が望む洗練された装いだ。
 しかし、これまでマルガレーテと過ごしてきた真冬の日に、彼女のマフラーやダッフルコート姿を見たら、なんだかチャーミングに感じた。
 『寒い寒い』と言いながら、なぜかミニスカを履いていたり、合理性は感じないけど、そこにかわいらしさを感じる。
 ある日は、寒いと言う彼女のかじかんだ手を手袋の上からさすっていたら、なんだか変な気分になってしまい、急遽レンタルスペースを予約して、結局朝までしてしまったこともあった。

 彼女の母は、とても若々しく、年の離れた姉といっても通じるほどに見えた。
 背は彼女よりも若干低く(つまり同じ身長のクロよりも少し低いくらい)、彼女と同じ空気を持っていた。
 さすが家族である。ウェーブのかかったブロンドも同じだ。
 それと、ひときわ目立つ胸のサイズも一緒だ。
 ああ、ここか。
 なんて、納得してしまった。

「ようこそいらっしゃいました」
「おじゃまします」

 母の歓迎に、クロはトートから二輪の花を取り出し、手渡した。
 紫と白の桔梗である。

「あら綺麗ね。さっそく飾ることにしましょう」

 受け取った花をいったんテーブルの上に置いて、母は二人を大きなソファに座るように促した。
 一応扱いとしてはラブソファなのだが、三人以上でも余裕で座れるサイズだ。
 並んで座ると、二人の前にティーカップを置いて、お茶を注ぐ。
 いつか嗅いだことのある、優しい香りのハーブティだった。
 アレルギーのないこの時代、誰にでも出すことのできる便利なお茶だ。

「ありがとうございます」

 クロがそう言うと、ラーヴェンブルク夫人はにっこりと笑ってリビングの奥に引っ込んでは、すぐに戻ってきた。
 小さな花瓶に、二輪の桔梗が挿されている。
 テーブルの真ん中に置いた。

 夫人はなにも言わないが、この花はクロの気持ちの表れであり、それをちゃんと受け取ったという意思表示なのだ。
 この家庭からマルガレーテをいただきます。
 大切にします。
 そういう思いが込められている。
 夫人は、今日直接クロを見て、花瓶を出すことによってOKというメッセージを発したのだ。

「お父さんは?」

 そんな婚約者と母の無言の応酬などつゆ知らず、出されたお茶を飲みながら、マルガレーテは母に問うた。

「なんだか最近はずっと駐車場に籠もりっきりで。さっきメッセージを送ったからもう来ると思うわ」

 『こんな日なのにね』『ねー』のような母と娘のやりとりがあったと思えば、まさにその話題の人が、リビングの扉を潜ってやってきた。

「こんな日なのに申し訳ない」

 まさに扉を潜るというような表現がふさわしい髭面の大男であった。
 厚い胸板、太い腕など、まるで野生動物かと思わせる風貌であったが、それでも太っているとは感じず、むしろスリムに見えた。

「はじめまして。きりさめクロガネです」

 何度も会話して、電脳空間で会ってもいるのに、はじめましてと挨拶する。
 高度通信時代は、挨拶を曖昧にさせたのだろうか。

「よくぞ来られた。今日からはヴィリと呼んでくれ」

 差し出された右手をクロは握った。
 ゴツゴツと、まるで岩の塊のような大きく力強い手だ。
 これで複数の博士号を持つ超天才なんだからな。
 砲丸投げ選手のような筋肉の巨体を見上げながら、クロは心の中で笑う。
 彼の見た目とキャリアのギャップが大きすぎる。

 姿からの連想はそれだけではない。
 彼は白いTシャツの上にチェックのネルシャツを羽織り、デニムパンツを履いている。
 そして、足下にはエンジニアブーツを覗かせていた。
 そんなカノ父の姿を見て、クロは、
 ああ、ここか。
 と思った。
 マルガレーテのカジュアルファッションは、父譲りなのであろう。
 はっきり言って、これ以上はないというくらい様になっている。

「ヴィリったら、もう一ヶ月も前からみずさんの訪問はわかっていたことでしょう」

 妻の非難に、髭面の筋肉男が苦笑いを浮かべる。

「いやあ、すまんすまん」

 クロは別に気にしていなかった。
 結婚の許しをもらいに来た。のは、やはり名目上の理由で、ただの挨拶だ。
 それに今まで何度も会話している。
 今更堅苦しいことは必要ないと思う。

 妻の非難をごまかすように、ラーヴェンブルク氏は、今朝もしたであろうに、ソファでくつろぐマルガレーテの横に移動して、彼女の頬にチークキスをした。
 マルガレーテに嫌がるようなそぶりはいっさいなく、とても満ち足りた表情をしている。
 その仕草だけで、普段の二人の関係性がよくわかる。

 ラーヴェンブルク氏が体をねじると、一瞬だけネルシャツが持ち上がり、ジーンズの後ろポケットに汚れた作業手袋がねじ込まれていることが見えた。
 クロの視線に気付くと、ラーヴェンブルク氏は再び申し訳ないという表情になる。

「いや、汚い手袋をリビングに持ち込んでしまって申し訳ない」

 クロは別に嫌だなんて思っていなかったが、一般的にお行儀の悪い態度だということだろう。

「最近愛用のバイクが不調で、ちょっと大がかりな点検をしていたんだよ」
「ホットですか?」
「ああ」

 電気エンジン=クールに合わせて使われているガソリンエンジン車のスラングだ。

「俺も最近ホットに興味があって、いい車両がないか探していたところなんです」
「そうなのかい?」

 クロの言葉に、ラーヴェンブルク氏は目を輝かせてクロの右手をもう一度握った。
 めちゃでかい手だ。

「いいじゃないか」

 筋肉髭面が子供のようにはしゃぐ姿に、『超天才って、こういう人多いよな』とか考える。

「俺の周りでもレシプロマニアが多いんです」
「四輪はロータリーだぜ」

 カノ父は嬉しそうに、クロの肩を叩く。
 すげー力だ。

「それはそれは」

 つられてクロが笑うと、ラーヴェンブルク氏は非常にご満悦の様子。

「ちょっと見せたいもの、話したいことがあるから、あとで駐車場に来てくれないか。準備してくる」

 実際には音も振動もないのに、ラーヴェンブルク氏の行動に、クロは『ドスンドスン』のような擬態語が見える気がした。

「アンナ、駐車場にコーヒーを」
「はい。わかりました」

 妻にそう言うと、ラーヴェンブルク氏はドスンドスンと行ってしまった。
 クロの父親もちょっと子供っぽいところがある。
 どこのご家庭でも、『父親ってそんな感じなのかな』と思ったらさらに笑えてくる。

「ちょっとご飯の準備を見てくるね」

 夫を見送ったラーヴェンブルク夫人が、ふたりにそう断った。
 ラーヴェンブルク家も、普段はソラリスの準備した食事をとっている。
 今日はクロが来るから特別な日ということだ。
 マルガレーテの普段の傾向を考えると、たぶん夕食の他に、クッキーとケーキを焼いているのだろう。
 寝かせていたものの確認という意味ではないかと予想する。

「あ、私も手伝います」

 ハーブティを飲んだ後、ソファの上ですごくリラックスしていたマルガレーテが立ち上がる。

「ごめん。ちょっと待っててください。ゆっくりしていていいからね」

 そう言い残して、母娘はリビングから姿を消した。
 キッチンに向かったのだろう。
 なるほど。どう見ても外国人の家庭だが、うちや親戚と同じだ。違いなんてない。
 仲良くやっているようでほっとした。
 もとより、普段の会話で気難しい人たちでないことはわかっていたが、厳格な家庭というのは落ち着かないものだ。
 きりさめ家のような、普段家門の堅苦しい行事に出席する必要のない家格の人間なら、そう思ってもしかたないだろう。

 一方、二人の代わりにリビングに入ってきた人物がいた。
 この家では、生体フォーマットが違うのはクロのほうである。

「こんにちは」

 非常に穏やかな笑顔の女性であった。
 マルガレーテというよりかは、夫人に似ている。
 胸のサイズもラーヴェンブルク家だ。
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