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おれのこと大好き大好きって言ってくれたじゃないですか
しおりを挟む心臓がうるさい。
あとすこし、あと少しだ。そのほんの数秒が永遠ほど長く感じる。ついに結び目がほどけた時、一層鼓動は高鳴り鼓膜をとどろかせた。
拘束具が外れる。興奮と、些かの恐怖に息が乱れる。足首に色濃く残る戒めの痕。淀みかけていた怒りが蘇るが、今は不要な感情を抱いていたくなかった。心を静かに保ち、降っておりたチャンスに集中していたい。
震える足で立ち上がる。そのまま部屋を出ようとして、思いとどまった。クローゼットの扉を開き、目についた服をハンガーから取り外す。焦りに手が滑り、何度か引っかかった。なにをしているんだ、はやく、はやく。下着はもういい。探している暇がない。最低限人前に出られるような形にして部屋の扉を開く。音を立てないよう、慎重に。廊下を見渡す。本当に人の気配がないか、耳を澄ませていたいのにあまりにうるさい鼓動が邪魔をする。できる範囲で感覚を研ぎ澄まし、廊下を進む。一歩踏み込むたびにきしむ床が憎かった。いつも通り家から出ていく気配は感じた。仕事が終わる夕刻まで、帰ってくるはずはない。とにかく外に、外に出られたら。外にでて、警察に駆け込んで。そうすれば終わりだ。ぜんぶ、ぜんぶ終わりにできる。急かす気持ちとは裏腹に、囚われた体は不自由に緊張していた。呼吸が浅く速くなる。靴を履くのも忘れて、鍵を開けようとした時だった。
指先に触れた錠が、きぃ、と音を立てて、ひとりでに回った。
「先輩。どこにお出かけですか?」
そこにいるはずのない男の姿が、扉の前に立っていた。
「最近従順だったから」
落ちついた声色だった。
「ちょっと試してみたくなったってのが本音です。昨日だって、おれのこと大好き大好きって言ってくれたじゃないですか。ちがいますって。貶めたかったわけじゃない、……信じたかったんですよ、おれは」
彰吾はベッドに引き戻されながら、
「昨日の態度はぜんぶ嘘だったんですか?」
「う、そに決まってるだろ……っ!」
おまえなんか、お前なんかだれか、とひどく震える声で喚いた。こんなこと言ったら余計ひどくされるのがわかっている。でももう限界だった。激情が沸きだす。言葉が溢れる。
「もうやだっ、こんなのやだッ……もう、もう帰せよ! この変態っ、くそ野郎、おれの、おれの人生ッ……こんなのやだ、っう゛!」
首を掴まれて、ベッドに押しつけられる。きつく締められ、はくはくと唇が開いた。その上に蓋のない小瓶が傾けられる。
「がぼっ、がっ……!」
甘い液体を、とくとくと注がれる。喉で溢れてかえりそうになったところを手の平に塞がれ、彰吾は溺れかけながら必死に口内のものを飲み干した。
「っごほ! っが、げほっ、はっ、はっ……!」
「そっか。ぜんぶ嘘か」
舌に残る味を覚えている。その後のことも。ほんの少しの服用で自分を見失うほど溺れた記憶に肌が総毛立つ。それを、いま、どれだけ飲まされた?咄嗟に口元に差し向けた手を掴まれた。
「た、高瀬……」
仕様もない子を見守るような、やさしい笑みが、怖い。怯えた姿なんてみせたくないのに。勝手に身体が震えあがり、歯の根が合わずに音を鳴らす。
「今日は先輩のすきなこと、たくさんしましょうね」
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