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うまくいかない。
「恭司先輩、帰ってきてたんだ」
講義後。斜め後ろの席から声が降りかかってきた。
「夏休みのあいだ、ずっと向こうに行ってたんでしょ」
「なんで知ってんだよ」
「ゼミの先輩が話してた」
教科書を閉じ、重ねる。
「次のタームか、早ければ春から向こうの大学行くんじゃないかって」
動じない背に、あれ、と意外そうな声が出た。
「もう知ってた?」
「知らない」
聞いてない、けど。
「……わかってる」
「恭司さん、睡眠姦って知ってますか」
押し倒して、乗っかって、いつもの流れだった。
「おれ今日全力で寝るんで、その間に」
「瞬」
恭司は上半身を起こして、もういいんじゃないかと言った。
「いいってなんですか」
予感はしていた。
「恭司さんはしたくないんですか」
「そうは言ってないだろ」
「じゃあ」
「でもお前、最近顔合わせりゃそればっかじゃねえか」
「だって、こんなのトライアンドエラーしかない」
じゃないですか、と発しながら感じた不和に、声が窄んでいく。瞬、ともう一度名前を呼ばれた。
「なにをそんなに焦ってるんだ。無理してするものでもない。お前がそんな顔をするなら余計に、噛み合わないままお互いに強いたところでしんどいだけだろ」
苦い表情。しんどい、という言い回しが胸を刺す。予感はしていたが、覚悟はしていなかった。
「……すみません」
のろりとベッドから下り、
「今日は帰ります」
「おい、意味を履き違えるなよ」
「わかってます」
すみません、と繰り返す。
「あんたの、邪魔したいわけじゃないんです」
我ながら、
「めんどくせー……」
大学のベンチ。誤って微糖を選んだコーヒーを流しこんで、燦々とした空を見上げた。
あーあーあー。
最悪だ。最悪、ばかみたいだ。ひとりでセックス、セックスって。わかってるよ。恋愛がそれだけじゃないこと、セックスレスだろうがなんだろうが心が合わされば繋がっていられること。わかってる。でも、元々女が好きなアンタだから。おれが求めたことで始まっただけの関係だから。からだだけでも引き止めておかないと、セックスくらい、ちゃんとしなくちゃって思うんじゃないですか。でなければ、この先その距離を、恋人の肩書ひとつだけで乗り越えられる気がしない。
「……」
いっそ、監禁調教してやろうか。おれから離れられないように。自分のケツの要領で彼のケツも開発して、躾けて、おれの手でしかイけないようにして、……そうしたら。
空っぽのコーヒー缶をぐしゃりと握り潰す。
そんなことはできない。できるけど、しない。嫌われたくない。彼の人生の、邪魔をしたいわけじゃない。それは本音だった。だからこそ追いすがってばかりの自分の存在自体が許せず、しかしだれより傍にいたくて、矛盾だらけの心に嫌気が差した。
投げやりに放った空き缶は、ゴミ箱の縁に当たって跳ね返った。
とぼとぼと缶を拾い入れながら、片手で携帯に触れる。今日は地方の学会に連れられているはずだった。懇親会もあるだろう。距離的にも帰ってくるのは明日だ。なんにしても、別れ話になるにしても、むしろ都合がいい。頭を冷やす時間がほしかった。
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