散った桜は何処へいく ~失った愛に復活はあるのか~

mizuno sei

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22 天使礼奈のおとぎ話

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「やっぱり班長殿はメンクイだったぁ┅┅」
 待ち合わせをしていた『ロゼ』で、先に来ていた優士郎の顔を見るなり、礼奈は開口一番、そう言った。

「いきなり、何事だ?」

「なんだ、礼奈ちゃん知らなかったのかい?優君は昔からメンクイでねえ」
 他の客たちの笑い声や冷やかしの声を浴びながら、礼奈は意外にうれしそうな笑顔で、優士郎が座る一番奥のカウンター席の横に行って座った。

「飯田礼奈、任務を無事終えて帰還しました」
 礼奈が敬礼をしながらそう言うと、優士郎もそれに合わせて敬礼を返す。

「ご苦労様┅┅それで、さっきのが報告ってやつか?」

「にひひ┅┅あれは感想というやつです。あ、マスター、モカお願い」

「はい┅┅少々お待ちを┅┅」

 礼奈は片肘をついて、優士郎の方を見ながら意味ありげに微笑む。
「ほんと可愛かったなあ┅┅お人形さんみたいで。でも、頭も良くて、なかなか芯がしっかりした良い子で┅┅さすが、先輩が好きになった人だと思いました┅┅」

「そうか┅┅まともに言われると照れるもんだな┅┅」

 礼奈は前を向いて、少し寂しげに小さなため息をつく。
「┅┅彼女の愛は、ホンモノです┅┅会ってやるべきです」

「そうか、分かった┅┅でも、たぶん僕の心は変わらないよ」

 礼奈が何か言おうとしたとき、マスターがコーヒーを持ってきた。
「お待ちどおさま┅┅」
 礼奈はマスターに礼を言って、コーヒーにミルクを少し注ぐ。

「彼女とどんな話をしたのか、聞かないんですか?」

「┅┅聞いてどうなるものでもないさ┅┅事実は決して変わらないし、時間も決して元には戻らない┅┅」

「そうですね┅┅じゃあ、やっぱり会わない方がいいかな┅┅」

「なぜだ?」

「だってえ┅彼女が諦めてくれたら、わたしにもチャンスが巡ってくるかもしれないしぃ┅にひひい┅って、冗談はさておき┅┅」

「┅冗談かよ┅」

 礼奈はコーヒーを一口飲んで、ふうっと息を吐く。そして、少し上の方の空間を見つめながら、微笑みを浮かべた。
「┅┅班長殿、礼奈オリジナルのおとぎ話、聞いてもらえますか?」

「おとぎ話?┅┅ああ、いいけど┅┅」

 礼奈は優士郎に向けて微笑むと、静かに言葉を紡ぎ始めた。

「┅┅昔、ある森の中に若い夫婦が暮らしていました。暮らしは貧しかったのですが、二人は力を合わせて木を切り、畑を耕しながら幸せに暮らしていました。
 ところが、あるとき夫が病気になり、日に日にやせ細っていきました。妻は何とか夫を助けたいと思い、必死に働いてお金をため、ようやく街のお医者さんに看てもらうことができました。でも、お医者さんは言いました。『この病気を直す方法は無い』。妻は、それでも諦めきれず、毎日神様に必死で祈り続けました。『自分はどうなってもかまわないから、夫を助けて下さい』と。
 
 すると、ある夜、いつものようにお祈りをしていると、突然声が聞こえてきました。『彼の病気を治してあげようか?』妻が声のした方を見ると、そこには美しい男の姿をした悪魔が微笑んでいました。妻は、それが悪魔だとすぐに分かりましたが、藁にもすがる思いで悪魔に尋ねました。『どうすれば、夫を助けられるのか』。悪魔は言いました。『三年間、私と一緒にいてくれたら、すぐに治してあげるよ』。
 
 妻は迷いましたが、夫の命が助かるのならと、ついに悪魔の申し出を承諾しました。悪魔は喜んで、すぐに夫の病気を治しました。実は、夫の病気は悪魔が呪いをかけていたものだったのです。妻はそれを知って悪魔を憎みましたが、既に契約は結ばれており、泣く泣く悪魔とともに夫の元を去ったのでした。

 それから三年の月日が過ぎました。夫は、妻が自分を捨てて逃げたのだと思っていました。それでも、妻を忘れられず、縁談話も断って、森の中で暮らしていました。ある日、森の奥に入って、一本の大木の前まで来たとき、その大木の陰から若い娘が小さな女の子を抱いて現れました。夫は驚きました。それは三年前いなくなった妻だったのです。
 妻は、夫が元気になったことを喜び、涙ながらにすべてのことを打ち明けました。

 夫は、妻が自分のためにその身を犠牲にしたことを知り、また、悪魔の子供を産んだことも知りました。
 妻は夫に言いました。『三年間、悪魔にこの身を汚され、子を孕まされましたが、魂は決して渡しませんでした。あなたを愛する気持ちは三年前と変わりません』。 
 それに対して、夫はこう答えました。『お前を犠牲にしてまで、助かりたくはなかった。なぜ、三年前、一緒に死んでくれなかったのか。悪魔に体を汚されたお前など、見たくはなかった』。

 妻はそれを聞くと、悲しげな顔で夫を見つめ、こう言いました。『たとえ手足を悪魔にちぎられても、魂さえ守れば、私は私でいられる。三年間、この魂を守り抜きさえすれば、またあなたと暮らせる。そう信じていました。でも、それは私の思い違いでした。やはり、三年前、私は悪魔と契約をせず、あなたと一緒に死ぬべきでした』。

 実は、まだ悪魔は妻の魂を狙っていました。妻は、自分が悪魔から救われるただ一つの方法は、夫から真実の愛を得ることだと知っていました。しかし、夫の言葉で、もはや夫から真実の愛を得ることはできないと悟ったのです。その瞬間、悪魔が現れ、笑い声を響かせながら、妻と娘をさらって空の彼方へ消えてゆきました。妻は二度と戻ることはありませんでした┅┅」

 礼奈が語り終えて、コーヒーを飲もうとしたとき、静まり返った店内で急にすすり泣く声が聞こえてきた。びっくりしてカップを置き、声のした方を振り向いて、またびっくりした。少し離れたカウンター席で、客のルミ子が顔を手で覆って泣いており、その隣の小説家の和田もグスグスと鼻を鳴らしながら、礼奈に注目していた。さらに、マスターまでが、涙を流しながら礼奈の方を見つめていたのである。

「な、なんでしょうか、この空気┅┅あは、あはは┅┅」

「飯田君っ!」
「うおっっと┅┅び、びっくりしたぁ┅┅な、何ですか、班長まで┅┅」

「あ、いや、すまん┅┅その、今の話なんだが┅┅」
 優士郎は、今まで見せたことがないような苦悩の表情を浮かべて、うつむきながら言葉を探していた。

 礼奈はそっと優士郎の手に自分の手を重ねて、優しく頷いた。
「ええ、これが彼女の思い┅┅ただし、今はまだ夫の答えを聞く前ですが┅┅もう一つ付け加えると、彼女は約束の三年が過ぎて、悪魔が約束を守らなかったら、娘は置いて逃げる覚悟をしていました。悪魔が追いかけてきたら、死ぬつもりだったそうです」
(あーあ、やっぱりわたしは悪魔にはなれないな┅┅)
 顔を上げた優士郎の目に強い決意を読み取った礼奈は、心の中でつぶやいた。

「ありがとう、飯田君、君に頼んで良かった」
「はい┅┅」

 優士郎は礼奈の手を両手でぎゅっと握った後、立ち上がった。
「彼女に会ってくる。マスター、代金ここに置いとくよ」
「うん┅┅行っておいで」
「優くーん┅┅えぐ┅┅うう┅┅真由ちゃんを┅┅ばゆちゃんをじあわぜにじてあげてええ┅┅」
「優君、今度はもう、放しちゃだめだよ。しっかり、ね」
 
 そうした声を背に、優士郎は店を後にした。そして、スマホを取り出すと、四年ぶりに真由香へSNSでメールを送った。
『君に会いたい。例の公園で待っている』

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