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鏡の舞▪その七 (鏡結び物語)
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舞 視点
ピーポー、ピーポー、ピーポー、ピーポー
救急車の音…?
何か、うるさい。
『はい、そうです、急患です。はい、患者は16歳の女子高生。腹に鋭利な刃物による傷。はい、はい、かなり出血をしてます。第三病棟のICU?、分かりました。直ぐ向かいます!』
う、なんか胸が痛い、苦しい。
一体、何が起きているの?
あ、でも、急に眠くなってきた。
なんか、考えがまとまらない。
ああ、眠い、寒い。
『舞ーっ、しっかりして、舞ーっ!!』
ん、千鶴?
ごめん、千鶴。
なんか、凄い…眠い…よ。
眠い、眠い。
『舞ーーっ!』
眠い……
◆◇◇◇◇
ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ
シュゴーッ、シュゴーッ、シュゴーッ
う、何か、明るい?
あ、う、まぶし!
ここは何処なの?
おかしい。
私、祖父のガレージにいた筈なんだけど、ん?何か、身体じゅうが痛い、胸が苦しい。
それに何?お腹に包帯が巻いてあって、腕に幾つも点滴だ?!
「う、だ、誰か、ああ」
ガタッ
「舞さん!?」
「あ、?」
女性看護師さん?
「!、先生、先生!舞さんが、舞さんが目を覚ましました!、先生っ!」
う、頭、ガンガンする。
一体、何なの?
ドタドタドタドタドタドタドタッバタンッ
「葛城さん!患者が目を覚ましたって?!」
「はい、舞さんが」
白衣の若いお医者さん?
う、頭が。
「君、え~と?」
「笹川 舞さんです」
医者が私の名前を確認し、看護師さんが答えた。
「そうだ、舞さん。私が見えるかい?」
「…あ、はい。あの」
「何か、覚えているかな?」
「わ、分かりません」
「分からない、か。君は、まる一週間、意識不明だったんだ」
「え?なん、で」
医者は椅子に座り、私の顔にライトを当てながら顔を近づける。
「君、腹部を鋭利な刃物で刺されたんだよ。覚えてない?」
「え?分かりません。本当に覚えてないです」
カチッ
「ん、瞳孔の反応は問題ない」
医者は、ライトを消して、少し下がる。
刃物って、何で?
分からない。
「取り敢えず大丈夫そうだ。明日にはICUを出れる。そしたら、また話そう」
医師は立ち上がると、看護師に何か言って部屋を出て行った。
看護師さんは、部屋のカーテンを開けて、また直ぐに来ますね、って言って出て行った。
窓の外は階が高いのか、景色がかなり先まで見える。手前に土手と川が見え、河川敷では野球だろうか?人々が球技をしている。
変だな、私、ガレージの中にいたのに…
ガレージ?
私、何でガレージの中に居たんだろう。
◆◇◇◇◇
間もなく私は体調が改善し、一般病棟に移った。
その後、入院した経緯を聞いたら、15日以上行方不明の末、祖父のガレージで重傷を負って発見されたと聞かされた。
第一発見者は、親友の白井 千鶴と弟の了君。
そして、二人が雇った探偵らしい。
「有り難う、千鶴。貴女が私の命の恩人だと聞いたわ」
「ううん、貴女が助かったのは、ほとんど偶然だった。でも、助かって本当によかった、良かったよう、舞~~っ!」
私が一般病棟に移ってから、白井姉弟が面談に来てくれた。
千鶴は、涙目になりながら、私が助かった事を喜んでくれた。
「だけど先輩。怪我を負った事とか、その前の事とか、何も覚えてないの?」
千鶴の弟、了君が言った。
怪我を負った前後の事?
そもそも、ガレージに入った事すら、覚えていないのに、前後の事って?
「分からないの。本当に何も覚えてなくて、私、どうしちゃったんだろ?」
本当に、私、なにをやってたの?
「そっか、でも私達の事は、判るんだよね?、それでいいかなーっ」
千鶴が、なんか頷きながら一人、納得してる。
「姉ちゃん、あんな事があったのに、それでいいの?」
あんな事?
了君が何か言ってるけど、何の事?
「了君、あんな事って、一体……」
「あ、先輩、実は、モガッ?!」
あ、千鶴が、ニコニコしながら了君の口を塞いだ?
「モガッ?モガモガッモガーッ!モガ?!」
「はーい、了。ちょっと、黙ろうか?」
いいのかな、了君、真っ赤になってるけど。
「ねぇ、千鶴。了君、大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫。ちょっと口が軽いから、この位が丁度いいのよ」
「モガーッ?!!!」
なおも、了君の顔を手のひらで押さえる千鶴。
ねぇ、息が出来ないんじゃない?
ガクッ
あ、了君、落ちた。
「ああ、了?どうしたの!?」
「いや、どうしたのじゃないし」
何なの、この姉弟。
ガチャッ
「たくっ、この忙しい時に、いまさら見つかったって!」
「?!」
その時、ドアを開けて入ってきたのは、やや白髪中年、私の今の保護者、叔父の笹川 嘉一だった。
「おら、この家出娘!家出した挙げ句、怪我までしやがって、今さら出てくんじゃねぇよ。全く迷惑この上ないじゃないか!」
「あ、う!?」
叔父が、私の右手を掴む。
い、痛い?!
叔父は中小企業の社長で、何度か父に会社の運営資金の借金を願い出て、断られた経緯がある。
その時に、家に来ていたので顔は知っていた。
そして、私の両親が交通事故で亡くなると、どういう訳か私の後見人になっていた。
その後、叔父夫婦とその子供達が、家に入り込み、私の部屋もその子供達に取られ、両親の思い出のある家に、私の居場所は無くなったのだった。
「ちょっと!舞の叔父だか、鯵だか知らないけれど、なんて言い草なの!」
千鶴が、私と叔父の間に割って入った。叔父が、掴んでいた私の手を離す。
「何だ、お前は!?」
「何だって、何よ!?あたしは舞の友達です。貴方、叔父で舞の保護者なんでしょ?舞は、何者かに重傷を負わされ、生死の境をさ迷った。そして、やっと治って起き上がれるようになった舞に、保護者が最初にかける言葉がそれって、おかしいでしょ!」
「う、うるさい。この小娘が!」
あ、叔父が手を上げた!
千鶴が打たれる?!
ガシッ
「ぐっ、なんだ!?」
あ、誰か、知らない男の人が、振り上げた叔父の腕を掴んだ?!
「おっと。あんた、それ以上やると傷害罪が適用されるぜ」
「な、何だ、貴様!?」
なんか、トレンチコートを着て、ニット帽を被った20代の男?が、叔父に対峙してる。
「小五郎さん!」
「よう、白井 姉、大丈夫か?」
なんか、千鶴が知ってる人?みたいだ。
男は、叔父の腕を持ったまま、叔父を病室のドアの前に押し出した。
「き、貴様、私にこんな事をして?!」
「ここは病室だ。うるさい人は出て行ってもらおうか」
「く、舞、また来るぞ!!」
バタンッ、ドアを激しく閉めて、叔父は出て行った。
「ふん、三流小悪党だな」
「ちょっと、探偵屋さん?ちゃんと払うって言ったよね?いまさら、なんなのさ?」
「白井 弟《おとうと》、探偵ってのは、最後までその結果に責任を持つのさ。捜し人が重傷で見つかったんだ。その捜し人がその後、どうなったか。ちゃんと確認が必要なんだ」
その男の人は、手に持っていた花束を私の前に掲げた。
「無事、手術が成功して良かったな。生きてさえいれば、いつか良い事があるさ」
「……あ、有り難う御座います」
私が花束を受けとると、男はニヤリとして、背中を見せた。
「それじゃあな」
「ちょ、ちょっと、待ってよ!」
男は、病室から出て行こうとして、了君に呼び止められた。
「なんだ?」
「あの宝石は、どうしたのさ?」
なんの話しだろう?
宝石?
「あれか?本来、有るべき場所に戻したさ」
「はぁ?有るべき場所って、あれ、先輩のもんだろう。先輩に返すのが本来しゃないか」
先輩?私の事だよね?
「あれは、イギリス王室のものだ」
「は?答えになってないんだけど!」
「ちょっと、了。いい加減にしなさい。小五郎さんは、ちゃんと依頼をこなしてくれた。それでいいのよ」
依頼?
千鶴があの男の人に、何かを依頼したって事?
そういえば、探偵って言ってたけど。
ガチャッ
「ああ、そうだ。あの宝石、【天使の涙】の成功報酬が入ったから、お前らの依頼料、特別にただにしてやる。じゃあな」
バタンッ、男は去り際に、なんか話して出て行った。
千鶴は、目をキラキラさせて見送っており、了君は、頬を膨らませて怒っている。
いったい、何なのかしら?
「千鶴、その、どういう事?」
千鶴は、私の方を見ると、真顔で私に聞いた。
「舞は姿見の事、中学時代の事、覚えてる?」
「姿見?中学時代?何の事?」
何の話しよ?
私の言葉に、顔を見合わせる二人。
何なのよう?
「あ、覚えてないならいいの。たいした話しじゃないから」
「先輩、ホルトさんって知らないよね?」
「了!」
了君が、私を下から見上げるようにして、聞いてくる。
ホルト?
「ん~っ、外国人かな?知らないよ」
「なら、いいや」
「了!舞、ごめんね。何でもないから」
いや、この段階で何でもないと言われても、スッゴク気になるんだけど。
どうしたらいいか、返答に困る。
ガチャッ
「はい、面会時間は終わりです」
そこに、女性看護師さんが入ってきた。
「あ、それじゃ、また来るから」
「先輩、早く治ってね」
「うん、二人共、有り難う」
白井姉弟は、手を振りながら出て行った。
それにしても、姿見って何だっけ?
◆◇◇◇
その後、病院を退院した私は、叔父夫婦との確執の末、高校の寮に入る事にした。
叔父は金銭を渋ったが、奨学金の利用を伝え、卒業後は就職するとして家を出た。
▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩
『ジーク、私、お姫様、に、憧れ、てるの。ジークの、婚、約者、私じゃだめですか、な、んて』
『ああ、婚約者どころか、王妃にしてやる。だから、良くなってくれ、マイ!』
▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩
ガバッ、私はベッドから飛び起きた。
はっ、い、今の、何?
ピッ、ピッ、ピッ、ポーン
『午前5時55分になりました。早朝の天気をお伝えいたします。今日の天気は、降水確率事態は20%と低めで晴れが続きますが、午後は寒冷前線が通り、突発的な雷雨が発生する変わり易い天気になる見込みで、念のために折り畳み傘…』
カチッ
「…………夢…?」
私は、ラジオを消し、背伸びをする。
何だろう?
疲れてるのかな。
でも、随分リアルな夢だった。
けど……
「あの金髪のイケメン、格好良かった」
外国のテレビ番組でも、思い出したのかな。
まあ、いいか。
ビンポーン
インターフォン?
きょうは、日曜日の筈。
こんな時間に、誰だろう?
私は、インターフォンのボタンを押した。
「はい、どちら様?」
『た、大変だよ、舞!あなたのお爺さんのガレージ、叔父さんがブルトーザーで壊し始めてるよ。姿見が壊れちゃう!』
「千鶴?今、開けるよ」
私がドアを開けると、千鶴は私の腕を掴んで言った。
「姿見、壊される前に運びだすの!行くよ」
「ちょ、ちょっと待ってよ。なんの事だか、判らないんだけど」
「貴女、忘れてるの。このままだと、一生後悔するよ。だから、姿見を確保しにいくの!あ、ガレージの鍵、持ってるよね」
「一生、後悔?ガレージの鍵?」
はあ、この白井 千鶴、超常現象オタクで時々、突拍子もない事をするけど、今回は極めつけだ。
全く、私がガレージの鍵なんか、持っている訳ないのに。
「ええと、そうだ。ガレージの鍵、失くさない様に、学生証の裏に張り付けてあるって、前に言ってたよね!」
「え、ええ!?」
そんなの、知らない。
でも、無い事を証明できれば、このウルサイ友人から解放されるか。
私は、学生カバンにキーホルダーの様に付けてある、学生証を取り出した。
そして、裏を見る。
え?!
本当に有った???
学生証の裏には、確かに何処かの鍵が張り付けてあった。
「あった……!?」
「ああ、良かった。ほら、直ぐに行くよ!」
「う、ええ?!」
私は、千鶴に引っ張られるまま、祖父のガレージに向かった。
◆◇◇◇◇
ガレージは、周りの土が掘られ始めており、小型のブルトーザーが放置されていた。
けれどガレージは、まだ無傷だ。
ガレージの前では、了君が待っていた。
「姉ちゃん、先輩、遅いよぅ!」
「舞、鍵を」
「あ、うん」
カチャッ、カチ
「開いた」
「開けるよ!」
ガラガラガラーッ
三人で、一気にシャッターを開けると、薄暗いガレージ奥に光る物が見える。
「あれかな?」
「きっと、そうだよ!舞」
「先輩、早く運び出そう!」
その光る物は、千鶴の言う通り、私の身の丈もある姿見だった。
その後、三人でなんとか、ガレージの外に運び出した私達は、運送業者を頼んで私の寮の部屋に運んで貰った。
そして、今、三人でその姿見を眺めている。
了君が言った。
「ん~、なんか変だよ」
「変?あんたの頭の事?」
「姉ちゃん、頭の事はブーメランだよ」
ニコニコしていう千鶴に、了君がムッとして返す。
何してんのかな?
「ほーっ、表に出ようか、了」
「いや、姉ちゃん。事実なんだけど」
「ちょっと、ここ私の部屋!」
姉弟喧嘩は、他所でやってよ。
「それで、何処が変なの、了君?」
「あ、分かった!ほら、装飾品の部品が1個、足らないんだ」
「装飾品の部品?」
「ほら、先輩が時間かけて、修復してたヤツだよ。先輩を見つける際に、1個、手前に落ちてたじゃん。多分、それだ!」
「私を見つける際?」
「ああ、そういえば、小五郎さんが何か、拾ってたわね」
千鶴が、顎に手を置き、思い出しながら言った。
「あーーっ、あんにゃろだ!先輩の宝石と一緒に持っていきやがったんだ!!」
「了君、前から聞こうと思ってたんだけど、その宝石ってなんなの?」
「あ、と、それは…」
なんでそこで、口ごもる訳?
ぱんっ
何?千鶴が手を叩いて、目をキラキラさせてる?
「おほーっ、なら、さっそく小五郎様に会いにいきましょう!」
「小五郎様?会いに行くって何処へ??」
「小五郎様のお住まい、上野のアメ横よ!」
◆◇◇◇◇
ガタン、ガタン、ガタン、ガタンッ
山手線の音が凄い間近に聞こえる。
私達が向かったのは、アメ横にある、とある雑居ビルの三階だった。
千鶴のテンションの高さに圧倒され、結局、上野まで来てしまった私は、なおも手を引いて先を行く千鶴に酷く困惑している。
ビーッ
三階の部屋の前、千鶴がインターホンのボタンを押す。
ドアを開けた男に、ニコニコして駆け寄る千鶴。
「よう、久しぶりだな」
「小五郎さん、お久です」
武智 小五郎、27歳。
上野のアメ横で探偵業を行う、しがない個人経営者だ。
随分と小綺麗な部屋だけど、千鶴とは随分と打ち解けて話してる。
前に千鶴が、何かを依頼した時からの知り合いみたいだけど、何を依頼したのか、千鶴は教えてくれなかった。
「引っ越すんですか?」
「ああ、金が入ったからな。これでこことはオサラバだ。まあ、座れ。茶ぐらい、出してやる」
小五郎は立ち上がり、簡易キッチンに向かう。
「その金、先輩のお陰かもしれないのに……」
なんか、了君がぶつぶつ言ってる。
まあ、いいか。
けど、私、なんでこの姉弟について来たんだろ?
あんな姿見なんか、どうでもいいのに……。
(どうでもいい…本当に?)
「え?」
「先輩、どうかしたの?」
「う、ううん、大丈夫よ」
何、今の?!
私が考えた事?
間もなく、お茶を持って小五郎が戻ってきた。
「それで?今日はどうした」
小五郎は、千鶴に聞いた。
「あの、舞を見つけた日に、小五郎さんが何か拾わなかったかなって、思いまして」
「あの日にか?そうだなぁ?」
小五郎は、おもむろに立ち上がると、睨む了君を横目に、掛かっていたトレンチコートのポケットをまさぐる。
「ああ、あった、あった、あの姿見の部品」
小五郎が出して来た物、それは、小さな花を模したタイルの様な部品だった。
ドクンッ
「あ、ああアあ、ああ?!」
「舞?」
「先輩!?」
「なんだ、どうした?」
━━━━━全てを思いだした━━━━━━
私は、その部品を彼から引ったくると、駆け足で階段を降りていく。
後ろで千鶴達が叫んでいるけど、私は止まれない。
帰らなければ。
本来、私がいるべき場所に……
待っていて。
今からいくわ。
ジーク。
ピーポー、ピーポー、ピーポー、ピーポー
救急車の音…?
何か、うるさい。
『はい、そうです、急患です。はい、患者は16歳の女子高生。腹に鋭利な刃物による傷。はい、はい、かなり出血をしてます。第三病棟のICU?、分かりました。直ぐ向かいます!』
う、なんか胸が痛い、苦しい。
一体、何が起きているの?
あ、でも、急に眠くなってきた。
なんか、考えがまとまらない。
ああ、眠い、寒い。
『舞ーっ、しっかりして、舞ーっ!!』
ん、千鶴?
ごめん、千鶴。
なんか、凄い…眠い…よ。
眠い、眠い。
『舞ーーっ!』
眠い……
◆◇◇◇◇
ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ
シュゴーッ、シュゴーッ、シュゴーッ
う、何か、明るい?
あ、う、まぶし!
ここは何処なの?
おかしい。
私、祖父のガレージにいた筈なんだけど、ん?何か、身体じゅうが痛い、胸が苦しい。
それに何?お腹に包帯が巻いてあって、腕に幾つも点滴だ?!
「う、だ、誰か、ああ」
ガタッ
「舞さん!?」
「あ、?」
女性看護師さん?
「!、先生、先生!舞さんが、舞さんが目を覚ましました!、先生っ!」
う、頭、ガンガンする。
一体、何なの?
ドタドタドタドタドタドタドタッバタンッ
「葛城さん!患者が目を覚ましたって?!」
「はい、舞さんが」
白衣の若いお医者さん?
う、頭が。
「君、え~と?」
「笹川 舞さんです」
医者が私の名前を確認し、看護師さんが答えた。
「そうだ、舞さん。私が見えるかい?」
「…あ、はい。あの」
「何か、覚えているかな?」
「わ、分かりません」
「分からない、か。君は、まる一週間、意識不明だったんだ」
「え?なん、で」
医者は椅子に座り、私の顔にライトを当てながら顔を近づける。
「君、腹部を鋭利な刃物で刺されたんだよ。覚えてない?」
「え?分かりません。本当に覚えてないです」
カチッ
「ん、瞳孔の反応は問題ない」
医者は、ライトを消して、少し下がる。
刃物って、何で?
分からない。
「取り敢えず大丈夫そうだ。明日にはICUを出れる。そしたら、また話そう」
医師は立ち上がると、看護師に何か言って部屋を出て行った。
看護師さんは、部屋のカーテンを開けて、また直ぐに来ますね、って言って出て行った。
窓の外は階が高いのか、景色がかなり先まで見える。手前に土手と川が見え、河川敷では野球だろうか?人々が球技をしている。
変だな、私、ガレージの中にいたのに…
ガレージ?
私、何でガレージの中に居たんだろう。
◆◇◇◇◇
間もなく私は体調が改善し、一般病棟に移った。
その後、入院した経緯を聞いたら、15日以上行方不明の末、祖父のガレージで重傷を負って発見されたと聞かされた。
第一発見者は、親友の白井 千鶴と弟の了君。
そして、二人が雇った探偵らしい。
「有り難う、千鶴。貴女が私の命の恩人だと聞いたわ」
「ううん、貴女が助かったのは、ほとんど偶然だった。でも、助かって本当によかった、良かったよう、舞~~っ!」
私が一般病棟に移ってから、白井姉弟が面談に来てくれた。
千鶴は、涙目になりながら、私が助かった事を喜んでくれた。
「だけど先輩。怪我を負った事とか、その前の事とか、何も覚えてないの?」
千鶴の弟、了君が言った。
怪我を負った前後の事?
そもそも、ガレージに入った事すら、覚えていないのに、前後の事って?
「分からないの。本当に何も覚えてなくて、私、どうしちゃったんだろ?」
本当に、私、なにをやってたの?
「そっか、でも私達の事は、判るんだよね?、それでいいかなーっ」
千鶴が、なんか頷きながら一人、納得してる。
「姉ちゃん、あんな事があったのに、それでいいの?」
あんな事?
了君が何か言ってるけど、何の事?
「了君、あんな事って、一体……」
「あ、先輩、実は、モガッ?!」
あ、千鶴が、ニコニコしながら了君の口を塞いだ?
「モガッ?モガモガッモガーッ!モガ?!」
「はーい、了。ちょっと、黙ろうか?」
いいのかな、了君、真っ赤になってるけど。
「ねぇ、千鶴。了君、大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫。ちょっと口が軽いから、この位が丁度いいのよ」
「モガーッ?!!!」
なおも、了君の顔を手のひらで押さえる千鶴。
ねぇ、息が出来ないんじゃない?
ガクッ
あ、了君、落ちた。
「ああ、了?どうしたの!?」
「いや、どうしたのじゃないし」
何なの、この姉弟。
ガチャッ
「たくっ、この忙しい時に、いまさら見つかったって!」
「?!」
その時、ドアを開けて入ってきたのは、やや白髪中年、私の今の保護者、叔父の笹川 嘉一だった。
「おら、この家出娘!家出した挙げ句、怪我までしやがって、今さら出てくんじゃねぇよ。全く迷惑この上ないじゃないか!」
「あ、う!?」
叔父が、私の右手を掴む。
い、痛い?!
叔父は中小企業の社長で、何度か父に会社の運営資金の借金を願い出て、断られた経緯がある。
その時に、家に来ていたので顔は知っていた。
そして、私の両親が交通事故で亡くなると、どういう訳か私の後見人になっていた。
その後、叔父夫婦とその子供達が、家に入り込み、私の部屋もその子供達に取られ、両親の思い出のある家に、私の居場所は無くなったのだった。
「ちょっと!舞の叔父だか、鯵だか知らないけれど、なんて言い草なの!」
千鶴が、私と叔父の間に割って入った。叔父が、掴んでいた私の手を離す。
「何だ、お前は!?」
「何だって、何よ!?あたしは舞の友達です。貴方、叔父で舞の保護者なんでしょ?舞は、何者かに重傷を負わされ、生死の境をさ迷った。そして、やっと治って起き上がれるようになった舞に、保護者が最初にかける言葉がそれって、おかしいでしょ!」
「う、うるさい。この小娘が!」
あ、叔父が手を上げた!
千鶴が打たれる?!
ガシッ
「ぐっ、なんだ!?」
あ、誰か、知らない男の人が、振り上げた叔父の腕を掴んだ?!
「おっと。あんた、それ以上やると傷害罪が適用されるぜ」
「な、何だ、貴様!?」
なんか、トレンチコートを着て、ニット帽を被った20代の男?が、叔父に対峙してる。
「小五郎さん!」
「よう、白井 姉、大丈夫か?」
なんか、千鶴が知ってる人?みたいだ。
男は、叔父の腕を持ったまま、叔父を病室のドアの前に押し出した。
「き、貴様、私にこんな事をして?!」
「ここは病室だ。うるさい人は出て行ってもらおうか」
「く、舞、また来るぞ!!」
バタンッ、ドアを激しく閉めて、叔父は出て行った。
「ふん、三流小悪党だな」
「ちょっと、探偵屋さん?ちゃんと払うって言ったよね?いまさら、なんなのさ?」
「白井 弟《おとうと》、探偵ってのは、最後までその結果に責任を持つのさ。捜し人が重傷で見つかったんだ。その捜し人がその後、どうなったか。ちゃんと確認が必要なんだ」
その男の人は、手に持っていた花束を私の前に掲げた。
「無事、手術が成功して良かったな。生きてさえいれば、いつか良い事があるさ」
「……あ、有り難う御座います」
私が花束を受けとると、男はニヤリとして、背中を見せた。
「それじゃあな」
「ちょ、ちょっと、待ってよ!」
男は、病室から出て行こうとして、了君に呼び止められた。
「なんだ?」
「あの宝石は、どうしたのさ?」
なんの話しだろう?
宝石?
「あれか?本来、有るべき場所に戻したさ」
「はぁ?有るべき場所って、あれ、先輩のもんだろう。先輩に返すのが本来しゃないか」
先輩?私の事だよね?
「あれは、イギリス王室のものだ」
「は?答えになってないんだけど!」
「ちょっと、了。いい加減にしなさい。小五郎さんは、ちゃんと依頼をこなしてくれた。それでいいのよ」
依頼?
千鶴があの男の人に、何かを依頼したって事?
そういえば、探偵って言ってたけど。
ガチャッ
「ああ、そうだ。あの宝石、【天使の涙】の成功報酬が入ったから、お前らの依頼料、特別にただにしてやる。じゃあな」
バタンッ、男は去り際に、なんか話して出て行った。
千鶴は、目をキラキラさせて見送っており、了君は、頬を膨らませて怒っている。
いったい、何なのかしら?
「千鶴、その、どういう事?」
千鶴は、私の方を見ると、真顔で私に聞いた。
「舞は姿見の事、中学時代の事、覚えてる?」
「姿見?中学時代?何の事?」
何の話しよ?
私の言葉に、顔を見合わせる二人。
何なのよう?
「あ、覚えてないならいいの。たいした話しじゃないから」
「先輩、ホルトさんって知らないよね?」
「了!」
了君が、私を下から見上げるようにして、聞いてくる。
ホルト?
「ん~っ、外国人かな?知らないよ」
「なら、いいや」
「了!舞、ごめんね。何でもないから」
いや、この段階で何でもないと言われても、スッゴク気になるんだけど。
どうしたらいいか、返答に困る。
ガチャッ
「はい、面会時間は終わりです」
そこに、女性看護師さんが入ってきた。
「あ、それじゃ、また来るから」
「先輩、早く治ってね」
「うん、二人共、有り難う」
白井姉弟は、手を振りながら出て行った。
それにしても、姿見って何だっけ?
◆◇◇◇
その後、病院を退院した私は、叔父夫婦との確執の末、高校の寮に入る事にした。
叔父は金銭を渋ったが、奨学金の利用を伝え、卒業後は就職するとして家を出た。
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『ジーク、私、お姫様、に、憧れ、てるの。ジークの、婚、約者、私じゃだめですか、な、んて』
『ああ、婚約者どころか、王妃にしてやる。だから、良くなってくれ、マイ!』
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ガバッ、私はベッドから飛び起きた。
はっ、い、今の、何?
ピッ、ピッ、ピッ、ポーン
『午前5時55分になりました。早朝の天気をお伝えいたします。今日の天気は、降水確率事態は20%と低めで晴れが続きますが、午後は寒冷前線が通り、突発的な雷雨が発生する変わり易い天気になる見込みで、念のために折り畳み傘…』
カチッ
「…………夢…?」
私は、ラジオを消し、背伸びをする。
何だろう?
疲れてるのかな。
でも、随分リアルな夢だった。
けど……
「あの金髪のイケメン、格好良かった」
外国のテレビ番組でも、思い出したのかな。
まあ、いいか。
ビンポーン
インターフォン?
きょうは、日曜日の筈。
こんな時間に、誰だろう?
私は、インターフォンのボタンを押した。
「はい、どちら様?」
『た、大変だよ、舞!あなたのお爺さんのガレージ、叔父さんがブルトーザーで壊し始めてるよ。姿見が壊れちゃう!』
「千鶴?今、開けるよ」
私がドアを開けると、千鶴は私の腕を掴んで言った。
「姿見、壊される前に運びだすの!行くよ」
「ちょ、ちょっと待ってよ。なんの事だか、判らないんだけど」
「貴女、忘れてるの。このままだと、一生後悔するよ。だから、姿見を確保しにいくの!あ、ガレージの鍵、持ってるよね」
「一生、後悔?ガレージの鍵?」
はあ、この白井 千鶴、超常現象オタクで時々、突拍子もない事をするけど、今回は極めつけだ。
全く、私がガレージの鍵なんか、持っている訳ないのに。
「ええと、そうだ。ガレージの鍵、失くさない様に、学生証の裏に張り付けてあるって、前に言ってたよね!」
「え、ええ!?」
そんなの、知らない。
でも、無い事を証明できれば、このウルサイ友人から解放されるか。
私は、学生カバンにキーホルダーの様に付けてある、学生証を取り出した。
そして、裏を見る。
え?!
本当に有った???
学生証の裏には、確かに何処かの鍵が張り付けてあった。
「あった……!?」
「ああ、良かった。ほら、直ぐに行くよ!」
「う、ええ?!」
私は、千鶴に引っ張られるまま、祖父のガレージに向かった。
◆◇◇◇◇
ガレージは、周りの土が掘られ始めており、小型のブルトーザーが放置されていた。
けれどガレージは、まだ無傷だ。
ガレージの前では、了君が待っていた。
「姉ちゃん、先輩、遅いよぅ!」
「舞、鍵を」
「あ、うん」
カチャッ、カチ
「開いた」
「開けるよ!」
ガラガラガラーッ
三人で、一気にシャッターを開けると、薄暗いガレージ奥に光る物が見える。
「あれかな?」
「きっと、そうだよ!舞」
「先輩、早く運び出そう!」
その光る物は、千鶴の言う通り、私の身の丈もある姿見だった。
その後、三人でなんとか、ガレージの外に運び出した私達は、運送業者を頼んで私の寮の部屋に運んで貰った。
そして、今、三人でその姿見を眺めている。
了君が言った。
「ん~、なんか変だよ」
「変?あんたの頭の事?」
「姉ちゃん、頭の事はブーメランだよ」
ニコニコしていう千鶴に、了君がムッとして返す。
何してんのかな?
「ほーっ、表に出ようか、了」
「いや、姉ちゃん。事実なんだけど」
「ちょっと、ここ私の部屋!」
姉弟喧嘩は、他所でやってよ。
「それで、何処が変なの、了君?」
「あ、分かった!ほら、装飾品の部品が1個、足らないんだ」
「装飾品の部品?」
「ほら、先輩が時間かけて、修復してたヤツだよ。先輩を見つける際に、1個、手前に落ちてたじゃん。多分、それだ!」
「私を見つける際?」
「ああ、そういえば、小五郎さんが何か、拾ってたわね」
千鶴が、顎に手を置き、思い出しながら言った。
「あーーっ、あんにゃろだ!先輩の宝石と一緒に持っていきやがったんだ!!」
「了君、前から聞こうと思ってたんだけど、その宝石ってなんなの?」
「あ、と、それは…」
なんでそこで、口ごもる訳?
ぱんっ
何?千鶴が手を叩いて、目をキラキラさせてる?
「おほーっ、なら、さっそく小五郎様に会いにいきましょう!」
「小五郎様?会いに行くって何処へ??」
「小五郎様のお住まい、上野のアメ横よ!」
◆◇◇◇◇
ガタン、ガタン、ガタン、ガタンッ
山手線の音が凄い間近に聞こえる。
私達が向かったのは、アメ横にある、とある雑居ビルの三階だった。
千鶴のテンションの高さに圧倒され、結局、上野まで来てしまった私は、なおも手を引いて先を行く千鶴に酷く困惑している。
ビーッ
三階の部屋の前、千鶴がインターホンのボタンを押す。
ドアを開けた男に、ニコニコして駆け寄る千鶴。
「よう、久しぶりだな」
「小五郎さん、お久です」
武智 小五郎、27歳。
上野のアメ横で探偵業を行う、しがない個人経営者だ。
随分と小綺麗な部屋だけど、千鶴とは随分と打ち解けて話してる。
前に千鶴が、何かを依頼した時からの知り合いみたいだけど、何を依頼したのか、千鶴は教えてくれなかった。
「引っ越すんですか?」
「ああ、金が入ったからな。これでこことはオサラバだ。まあ、座れ。茶ぐらい、出してやる」
小五郎は立ち上がり、簡易キッチンに向かう。
「その金、先輩のお陰かもしれないのに……」
なんか、了君がぶつぶつ言ってる。
まあ、いいか。
けど、私、なんでこの姉弟について来たんだろ?
あんな姿見なんか、どうでもいいのに……。
(どうでもいい…本当に?)
「え?」
「先輩、どうかしたの?」
「う、ううん、大丈夫よ」
何、今の?!
私が考えた事?
間もなく、お茶を持って小五郎が戻ってきた。
「それで?今日はどうした」
小五郎は、千鶴に聞いた。
「あの、舞を見つけた日に、小五郎さんが何か拾わなかったかなって、思いまして」
「あの日にか?そうだなぁ?」
小五郎は、おもむろに立ち上がると、睨む了君を横目に、掛かっていたトレンチコートのポケットをまさぐる。
「ああ、あった、あった、あの姿見の部品」
小五郎が出して来た物、それは、小さな花を模したタイルの様な部品だった。
ドクンッ
「あ、ああアあ、ああ?!」
「舞?」
「先輩!?」
「なんだ、どうした?」
━━━━━全てを思いだした━━━━━━
私は、その部品を彼から引ったくると、駆け足で階段を降りていく。
後ろで千鶴達が叫んでいるけど、私は止まれない。
帰らなければ。
本来、私がいるべき場所に……
待っていて。
今からいくわ。
ジーク。
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