変人令息は悪女を憎む

くきの助

文字の大きさ
38 / 56

お別れ ーブリジットー

しおりを挟む
アリスにブリジットが刺されて2日が経った。

出血の割に傷が浅かったと言われたが、その通りで今は縫ったところが引き攣るのが気になるだけなまでになっていた。
気にならないと言えば嘘になるが、ベッドに寝続けなければならない程でもない。

ガネット夫人は何かにつけブリジットを気遣ってくれた。
セドリックとアリスの事を気にかけている事を察してか、教えてくれた。

2人の事はドリンコート侯爵に引き渡して、すべて任せることにしたそうだ。
ゴスルジカ公爵家からの迎えが来るまでドリンコート侯爵家で預かり、その後の処遇はゴスルジカ公爵家に委ねられる。

ガネット夫人はすべて知っていると言ったが、本当にすべて知っていた。
ブリジットが知らない事まで。

セドリックとの離婚時、思っていたよりあっさり話が進んだ事にブリジットは少なからず不思議に思っていた。

何ということもない。
最初から唐突な結婚話に公爵夫妻は違和感を感じていたのだ。
悪女の噂の出所もきっちり抑えていた。

(まさか婚約出来ていなかったなんて……)

セドリックからの手紙にはようやくアリスを婚約者にできたと書いてあった。
しかしすべて思い込みだったとは。

しかしアリスは気付いたのだろう。
婚約は認められていないと。

あの燃えるような瞳を思い出す。

ブリジットは責める気にはなれなかった。
悪女はブリジットが言い出した事だし、今回の事も腕の傷で済んだのだ。

彼女は彼女で苦しかったのだろうと想像した。

大体自分のような嘘つきにはいつか罰が下ると常々思っていた。
それが今なのだとあの時ブリジットは確かに覚悟を決めたのだ。

あの時アベルに呼ばれ、ブリジットが振り返ったことで狙いが外れて腕を切りつけた。

思い出したように腕の傷をなでると、アベルもお人好しだなとブリジットは思う。

悪女と知っていても放っておけなかったのだろう。
気を失ったブリジットを屋敷まで運び医者も呼んでくれた。

お礼を言いたい気持ちはあったが、自分から訪ねる勇気もなかった。
もちろん向こうから訪ねてくれる事もない。

ブリジットは当然だと思っていた。

一歩間違えればとんでもない醜聞が王都中に広がっていただろう。
ただでさえ自分は疎んじられているのに、お見舞いなどあるはずがないのだ。

(子爵家のタウンハウスに移るのはアベル様の意向もあるんだろうな。)

ガネット夫人は療養のためと言ったが、元気になったらあなたの好きにしていいと言われた。

ガネット夫人はアベルとの契約婚の事も知っている。
そしてもうアベルは王宮で働いている。
今離婚しても何の問題もないのだ。

明日の朝イチ王都の子爵邸へ出発することになっていた。
ブリジットの荷物は離れにあるので、適当に服を何着か荷造りしてもらった。

青いリボンの事は言わなかった。
もう離れの引き出しにしまったまま置いていこうと思った。
そのうち誰かが処分するだろう。

(物理的に距離が置けるのは良い事かもしれないわ。)

何度押し込めても、あんなにはっきり拒絶されても、たまに顔を覗かせていた自分の気持ちをとうとう捨てることができると思った。
ここにいれば嫌でもアベルの姿を目にしてしまう。

しかしもうそれも終わり。

お礼も謝罪も出来ぬまま、もうお別れだ。

そう思っていたブリジットだったが、次の日見送りにアベルは現れたのだ。





アベルの姿を見てブリジットは驚いた。
しかしブリジットと目が合った途端アベルは伏せるように目を逸らした。

お礼を言わなければ、そう思った心は視線を逸らされたことで折れてしまった。

「言いたい事があるなら言っても良いのよ、ビジイ。」

促す様にガネット夫人が言う。

その言葉に導かれるようにアベルの視線が戻ってきた。

こんなふうに、お互いの瞳に姿を映し合って話せるのはもう最後だろう。
そう思った途端ブリジットは走り出していた。

喉が詰まったように息がしづらい。
それでもしっかり聞いてもらえるように。
ブリジットは飛びつく様にアベルの首に手を回すと唇を耳元に寄せた。

「ごめんなさい。」

言うだけ言うと走って逃げた。
アベルの反応を見るのが怖かった。


なんてみっともなく、情けない最後だろう。
でもいいわ。

(死に損ないの悪女なんてみっともなくて当然よね。)

飛び込むように馬車に乗り込むと、馬鹿な自分を嘲笑った。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

これ以上私の心をかき乱さないで下さい

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。 そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。 そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが “君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない” そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。 そこでユーリを待っていたのは…

私が、良いと言ってくれるので結婚します

あべ鈴峰
恋愛
幼馴染のクリスと比較されて悲しい思いをしていたロアンヌだったが、突然現れたレグール様のプロポーズに 初対面なのに結婚を決意する。 しかし、その事を良く思わないクリスが・・。

あの、初夜の延期はできますか?

木嶋うめ香
恋愛
「申し訳ないが、延期をお願いできないだろうか。その、いつまでとは今はいえないのだが」 私シュテフイーナ・バウワーは今日ギュスターヴ・エリンケスと結婚し、シュテフイーナ・エリンケスになった。 結婚祝の宴を終え、侍女とメイド達に準備された私は、ベッドの端に座り緊張しつつ夫のギュスターヴが来るのを待っていた。 けれど、夜も更け体が冷え切っても夫は寝室には姿を見せず、明け方朝告げ鶏が鳴く頃に漸く現れたと思ったら、私の前に跪き、彼は泣きそうな顔でそう言ったのだ。 「私と夫婦になるつもりが無いから永久に延期するということですか? それとも何か理由があり延期するだけでしょうか?」  なぜこの人私に求婚したのだろう。  困惑と悲しみを隠し尋ねる。  婚約期間は三ヶ月と短かったが、それでも頻繁に会っていたし、会えない時は手紙や花束が送られてきた。  関係は良好だと感じていたのは、私だけだったのだろうか。 ボツネタ供養の短編です。 十話程度で終わります。

【完結】先に求めたのは、

たまこ
恋愛
 ペルジーニ伯爵の娘、レティは変わり者である。  伯爵令嬢でありながら、学園には通わずスタマーズ公爵家で料理人として働いている。  ミゲル=スタマーズ公爵令息は、扱いづらい子どもである。  頑固者で拘りが強い。愛想は無く、いつも不機嫌そうにしている。  互いを想い合う二人が長い間すれ違ってしまっているお話。 ※初日と二日目は六話公開、その後は一日一話公開予定です。 ※恋愛小説大賞エントリー中です。

【改稿版・完結】その瞳に魅入られて

おもち。
恋愛
「——君を愛してる」 そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった—— 幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。 あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは…… 『最初から愛されていなかった』 その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。 私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。  『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』  『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』 でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。 必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。 私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……? ※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。 ※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。 ※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。 ※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。

私の容姿は中の下だと、婚約者が話していたのを小耳に挟んでしまいました

山田ランチ
恋愛
想い合う二人のすれ違いラブストーリー。 ※以前掲載しておりましたものを、加筆の為再投稿致しました。お読み下さっていた方は重複しますので、ご注意下さいませ。 コレット・ロシニョール 侯爵家令嬢。ジャンの双子の姉。 ジャン・ロシニョール 侯爵家嫡男。コレットの双子の弟。 トリスタン・デュボワ 公爵家嫡男。コレットの婚約者。 クレマン・ルゥセーブル・ジハァーウ、王太子。 シモン・グレンツェ 辺境伯家嫡男。コレットの従兄。 ルネ ロシニョール家の侍女でコレット付き。 シルヴィー・ペレス 子爵令嬢。 〈あらすじ〉  コレットは愛しの婚約者が自分の容姿について話しているのを聞いてしまう。このまま大好きな婚約者のそばにいれば疎まれてしまうと思ったコレットは、親類の領地へ向かう事に。そこで新しい商売を始めたコレットは、知らない間に国の重要人物になってしまう。そしてトリスタンにも女性の影が見え隠れして……。  ジレジレ、すれ違いラブストーリー

隠された第四皇女

山田ランチ
恋愛
 ギルベアト帝国。  帝国では忌み嫌われる魔女達が集う娼館で働くウィノラは、魔女の中でも稀有な癒やしの力を持っていた。ある時、皇宮から内密に呼び出しがかかり、赴いた先に居たのは三度目の出産で今にも命尽きそうな第二側妃のリナだった。しかし癒やしの力を使って助けたリナからは何故か拒絶されてしまう。逃げるように皇宮を出る途中、ライナーという貴族男性に助けてもらう。それから3年後、とある命令を受けてウィノラは再び皇宮に赴く事になる。  皇帝の命令で魔女を捕らえる動きが活発になっていく中、エミル王国との戦争が勃発。そしてウィノラが娼館に隠された秘密が明らかとなっていく。 ヒュー娼館の人々 ウィノラ(娼館で育った第四皇女) アデリータ(女将、ウィノラの育ての親) マイノ(アデリータの弟で護衛長) ディアンヌ、ロラ(娼婦) デルマ、イリーゼ(高級娼婦) 皇宮の人々 ライナー・フックス(公爵家嫡男) バラード・クラウゼ(伯爵、ライナーの友人、デルマの恋人) ルシャード・ツーファール(ギルベアト皇帝) ガリオン・ツーファール(第一皇子、アイテル軍団の第一師団団長) リーヴィス・ツーファール(第三皇子、騎士団所属) オーティス・ツーファール(第四皇子、幻の皇女の弟) エデル・ツーファール(第五皇子、幻の皇女の弟) セリア・エミル(第二皇女、現エミル王国王妃) ローデリカ・ツーファール(第三皇女、ガリオンの妹、死亡) 幻の皇女(第四皇女、死産?) アナイス・ツーファール(第五皇女、ライナーの婚約者候補) ロタリオ(ライナーの従者) ウィリアム(伯爵家三男、アイテル軍団の第一師団副団長) レナード・ハーン(子爵令息) リナ(第二側妃、幻の皇女の母。魔女) ローザ(リナの侍女、魔女) ※フェッチ   力ある魔女の力が具現化したもの。その形は様々で魔女の性格や能力によって変化する。生き物のように視えていても力が形を成したもの。魔女が死亡、もしくは能力を失った時点で消滅する。  ある程度の力がある者達にしかフェッチは視えず、それ以外では気配や感覚でのみ感じる者もいる。

【短編】記憶を失くした令嬢が、二度目の恋に落ちるまで

夕凪ゆな
恋愛
 ある雪の降る日の朝、ヴァロア伯爵家のリディアのもとに、信じられない報せが届いた。  それは、愛する婚約者、ジェイドが遠征先で負傷し、危篤であるという報せだった。 「戻ったら式を挙げよう。君の花嫁姿が、今から楽しみだ」  そう言って、結婚の誓いを残していったジェイドが、今、命を落とそうとしている。  その事実を受け入れることができないリディアは、ジェイドの命を救おうと、禁忌魔法に手を染めた。

処理中です...