一夜限りの思い出にもなるしと、拾ってくれた領主さまのために一肌脱いでみたところ。

鷲井戸リミカ

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 それから光は、定期的に持ち場をローテーションさせながら屋敷内の仕事を行った。宣言通りどこで何をしてもそれなりにこなすことのできる光は、どの職場でも歓迎された。それならば、どこに配属されても構わないだろう。だがそんな光の予想外の出来事が発生してしまった。

「ヒカルくん、この後、時間ある? よければ一緒に買い物にでかけないか?」
「ヒカルくん、週末、もしよければ散歩にでも」
「ヒカルくん、この花を君に。どうか受け取ってほしい」

 思っていたよりもずっと、光に粉をかける男たちが殺到してしまったのである。光自身に隙があるわけではないのだが、どんな時でも人当たりがよく笑顔で返事をしてくれる。その姿を見ていると、勘違い男が大量生産されてしまうらしい。職場は人間関係が大事だ。色恋で刃傷沙汰など勘弁してもらいたい。元の世界と同じ轍を踏むなんてまっぴらだ。

「あいつら、何? 俺じゃなくって、可愛い女の子を誘えばいいじゃん」
「この国では、同性婚も普通だ」
「マジかよ。俺、喰われるんじゃね?」
「虎族、獅子賊、豹族とはいえ、骨まで残さず平らげることはないはずだが」
「貞操の危機ってか、命の危機じゃん」
「言葉の綾だ。本当に頭から丸のみにするはずがなかろう。馬鹿め」
「ねえ、ウォルトのそばで働かせてよ。あ、下の世話以外で」
「わたしが、性欲の権化のように聞こえるが?」
「いや、そこは安心してる。ウォルト、俺のこと変な目で見たりしないもん」

 結局ウォルトは、光を自分付きの侍従として召し上げてしまった。このままでは光が使用人たちに襲いかねないと判断した結果のことだった。奉仕を好まない光だが、この世界の光は兎族扱いだ。無理強いさせてくる者が出てこないとも限らない。そしてどうせ侍従になったのならばと、ウォルト自身の仕事を光に振り分けてみたのである。すると意外なことに、光はかなり優秀な文官としての能力を発揮したのだった。

「前に働いていた店、税金関係がやばくてさあ。俺、借金持ちなのに働ける店も少ないし、店がうっかり目をつけられちゃうことがないように、めっちゃ頑張ってたの」
「税金を払うことは市民の義務だ」
「まあそりゃそうなんだけどね。こっちでもあるでしょ、脱税とかさ」

 稼げる仕事は年齢の関係でなかなか就くことができない。ただでさえ光のような人間を雇っているというリスクを抱えているのだ。うっかり店が目をつけられることがないように、光は必死だったのである

 机の上どころか、床にまで積み上げられた書類を、光は軽口を叩きながら軽やかに片付けていく。目の下にクマを作ったウォルトは、信じられないものを見るような目で眺めていた。

「お前は、本当に楽しそうに仕事をするな」
「働くのは嫌いじゃないんだ。いつまで経っても減らない借金を返すのは嫌いだけど。 働かざる者食うべからずっていうじゃん?」
「だが、これらは書類仕事だぞ?」
「俺、実は結構勉強好きなの。法律を勉強したいなって思っていたから、毎日楽しいんだ。この国の文字も、よその国の文字も読めるし。いやあ、チート、まじ感謝感謝」

 光は明るく習ったばかりのお祈りのポーズをとってみせた。借金がなければ上位の大学を目指せるくらいの学力が光にはあった。あちらの世界では叶えられなかったことが、実現できている。それだけで、光は満足なのだ。

「給料は歩合制ではないから、必死になったところでくたびれるだけだからな。あとから文句は言うなよ」
「確かにお金は大事だけど、そこまでがめつくないって。ここに保護されてからは、衣食住にも困ってないしさ」

 ウォルトの言葉に一瞬きょとんとした後、どこか遠くを見るように光は言葉をつむいだ。毒親の作った利息ばかり膨らむ借金のせいで、お金のことばかり考えていたけれど、金が一番大事じゃないという夢見がちなことを光は実は信じている。お金がなくては何もできないのもまた、事実ではあるのだけれど。

「あのさ、俺この間、ウォルトと一緒に街に出かけたじゃない?」
「それがどうした」
「街のひと、みんな幸せそうだった。裏路地で死にそうな子どももいなかった。多少ガラが悪い連中はいたけれど、それはどんな国や社会だって出てくる歪みだと思う。でも、俺みたいな被害者が出てもウォルトは放置せずに助けに来てくれただろう? 俺は、この土地がすごく素敵だと思ってるし、この書類仕事があの街を作っているってことがちょっと誇らしいんだ」
「お前はわたしに出会ってすぐに、領主の悪口を言っていたがな」
「ごめんって。でも、ウォルトはとっても素敵な領主さまだよ。俺が保証する」
「はん、今さら気が付いたか。惚れるなよ」
「……わかってるって。俺、最初は誘拐なんてされて最悪だって思っていたけれど、あれがなきゃウォルトに出会えなかったわけだろ。だからあれは、ウォルトに出会うために必要なことだったんだ。ウォルト、俺のこと引き取ってくれてどうもありがとう」

 光の言葉に返事をせずに、ウォルトはそっぽを向いてしまう。けれど、その大きな耳の動かし方や、せわしなく動くふわふわのしっぽのお陰で、ウォルトが柄にもなく照れていることは光にちっとも隠せていなかった。
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