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Hanakappa!

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第2話 満月

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 私は、大都会から少し離れた5階建てのマンションの1室に家族3人で何不自由なく暮らしている。最近マンションがリフォームされたから新築とよく疑われてしまうことも多いが、実は築30年くらいある。高校3年生になって、少しずつ大学受験に焦点を合わせなくてはいけなくなり、春から塾に通わせてくれるようになった。アルバイトもはじめ、学業と部活そしてバイトと忙しいスケジュールである。私は家に帰って早速勉強机に向かい、塾から出された大学の対策プリントを次々にこなしていく。カリカリというシャーペンの書く音、プリントをめくる音だけが響き渡っていた。問題が解けずにイライラすることもない私は、何でもできるのかと色んな人にいわれるのだが、実はそうではない。学校の中でいうとそんなに頭がいいというわけではない。平均より少し上の位にいることが多い。ただ、人生を左右するこの局面で私は大学に落ちるという失敗をしたくないと思っているのもそうだが、本当は親とか先生とか色々な人を悲しませたくないというのもあった。私は自ら”重り”を背負いながらいまを生きている。決してどんなことがあろうとも、諦めることは絶対にしないと決めているのだ。それからも私は無心で宿題を終え、授業の復習、ワークの解き直しなどに時間を割いていったのだ。
 深夜になり、そろそろ眠くなってきたのか、すぐベッドに入る私だったが、ここで何かが頭によぎったのだ。
(私は一体何がしたいんだろう)と。
自分の意志と親からの承諾によって行くわけなのだが、本当にこれが親孝行なんて言えるのかが気がかりになっていた。
(確かに、担任の先生も言ってた。”入ることがゴールじゃない”って。でもそれもわかるんだけど、様々な人達の協力があって行けるんだから、せめて何か・・ないと意味がいないのかも。)
実は私の両親もそこそこいい企業に両方就いている。つまり、両親の血を受け継いでいるのだから私も同じレールに乗らなければいけないという事になりかねないこともある。
(これでもし私ができなかったら・・。一体どうすれば・・。)
今、3年の夏から受験シーズンの2、3月は受験生にとってあっという間に過ぎ去ってしまうという未来が、まるで体をたわしでゴシゴシ傷つけられているような感覚が私の弱いハートを蝕んでいる。
(きっとみんな、私が勉強できないから、けっこう怒られるかも・・・。)
そんなことを思いながら、私は静かに眠りについた。

気がつけば、朝になっていた。
寝室の窓から見えたのは、真っ赤な太陽ではなく、曇天の空だった。
「今日は日曜日か」
壁掛けのカレンダーを凝視している私。
とはいっても、一日中勉強漬けの生活ということを忘れてはならなかった。
私はさっそく、机に向かう。
「あれ?きのうのやつ残ってるじゃん・・。」
ノート1枚ページを捲ると昨日私がやりっぱなしだった数学が書き残されていた。
「今日もこれ、やらなきゃいけないんだ・・・。」と、ため息をつく私がいる。

気がつけばゲリラ豪雨が襲いかかってきた。
どうやら私は、何もかも集中できず、手つかずになってしまった。
「なんだろう・・。何もできない・・・。」
私は思わず衝撃の言葉を発してしまったのだ。
「なんだか・・・。つまらない・・・。遠くに・・。”逃げたい”」
その瞬間、私は寝室を抜け、玄関を一目散に突っ走っていた。正直、もう何をされても良かった。
「ちょっとーどこに行くの?」
お母さんが言った。
そんなに勉強にうるさくない両親なのに、さすがに逃げたら言われるかもと私は確信したのだ。そうは言っても何回か私は怒られたことがある。”大学に本当に行けるのか”って。私はとても怖くなった。
「ごめん。なんか急に外の空気吸いたくなっちゃってさ。」
「あーそうなの」
「でも、雷雨すごいから、空気あんまり美味しくないけどね」
「せっかくだから気分転換にどっか行く?ちょうど中の食材がきれてたところなの。よかったら行く?」
「行きたいー!」
「じゃあ行こっか」
車の助手席に乗り、近くの商業施設に向かった。
雨粒が窓ガラスに打ち付けられていた。何度もワイパーで弾かれてはまた雨で何も見えなくなっている。私はずっと窓ガラスの方を見ていた。走っている途中で、いつも通学路で使っている少し大きい道路に出た。
(っっっ!!)
すると、私は急に頭痛を起こした。
「大丈夫?」
「頭・・。痛い・・」
「なんか変なものでも食べた?」
「ううん。なんにもないよ。」
(なんでだろう。ここに来たら急に・・。なんで?)
私は妙な違和感に苛まれた。要因が何なのかもわからないままでいる。

「着いたよ」
「え?もう着いた。」
(あれ・・。着いたのにさっきの頭痛がなくなってる?なんで?)
「さっきの頭痛もう止んだの?」
「うん。もう大丈夫みたい。」
「また起きたら言って。病院連れてってあげるから。」
「わかった。」
「じゃあ買いに行こっか」
「うん。けど今日のお昼と夕飯何にするの?」
「ええー紘人は何がいい?」
「特にないんだけどー今のところ思い浮かばない」
「じゃあ、お昼適当になんか食べよっか。うどんでもいい?」
「いいよー」
「夕飯は、食品売り場に行ってからでいっか」

平日だから、商業施設の中は閑散としているはずだったが、それとは真逆で大勢の人でごった返していた。軽快なBGM、豪華なディスプレイ、何もかもが完璧で、私のもやもやした気持ちが一瞬で消し飛んだ。

「今日は特売日だったの忘れてたー。道理で平日でも混んでると思った。」
「でも来たからには食材を買っていくしかないよね・・。」
と呆れながら、渋々食料品売場に向かう二人であった。
野菜に鮮魚、そして精肉コーナーへ颯爽と足を運んで行く。

お母さんがある商品ケースの前で止まった。
そして私にこういったのだ。
「今日の夕飯焼肉にしない?」
「あっ。全然いいよー焼肉全然してなかったよね。」
口をつまらせながらも、まるで無邪気な小学生のように喜んでいる私がいる。
(やったーーーー)
「よかったね」
喜ぶ私を見て微笑んでいるお母さんであった。

お昼どきの激混みスーパーの雑踏をくぐり抜けて、車に戻ったのである。

”バン!”

ドアを閉める音に、手一杯に持っていたレジ袋のガサガサ音がする。
ハイスピードで買い物を済ませたせいなのか、お互い息切れが止まらない。
「ふうーー疲れたー。このあとどうする?どっか行きたい所ある?」
「行きたいところは、特にないかもね・・。こんなに荷物あるから家に帰ったほうがいいんじゃない?」
「そうしよっか。紘人も勉強あるしね。」
「そっかー勉強あるの忘れてた」
「頑張りなよ。」
何気ない会話をしてすぐにエンジンをかけ、アクセルを踏む。
湿気でどんよりした曇天から少しの白い光が見えた。
時速60メートル。渋滞もない。大通りから外れた閑静な住宅街を走っている。
私は家に帰るまで、”あの痛み”を全く感じなかった。

(何だったんだろう・・。あの頭痛は、)

車から出て家の中に入ろうとしたときに、私は考え込みながら、曇り混じりでうっすら晴れた空を見上げていた。まるで私に希望を与えてくれる光のようなものが眩しかった。
「今はわからないけど、あの光のように少しでもなれたら。とってもいいのになー」と感嘆するばかりだ。

”ガチャ” ドアを閉める重い音がした。
適当に買ったお弁当でお昼を済ませて、やる気が切り替わったかのように勉強に取り組んだ。それが深夜まで続いた。休憩と夕飯を交(まじ)えながら私はいつもどおりに精進した。深夜、暗闇の中、デスクのLEDライトだけが私の手元を照らしてくれる。とても目が疲れるほど眩しいけれど、ライトの光が私を何らかの形で支えてくれているような感覚にいつもなる。ため息をついた私は、教科書とノートをリュックにしまい、窓の方に近づいた。
窓の鍵がかかっていないかを確認するだけなのに、私はなぜかキラキラ光る星空を見ていた。肉眼では全く見えないかもしれないが、私には、それぞれの星がまるで”人”のように感じ、青い星だったり赤い星だったり、輝く星の色が違うということは人の個性とそのままリンクしているのではないかと思える。そして私の日々疲れ果てている心がホッと安心できる瞬間でもある。初夏の熱帯夜なんて吹き飛ばせるくらい、ずっとこの星を見ていられる。すると、雲に隠れていた満月が姿を現したのだ。その存在感は周囲の星々よりも遥かに大きく、薄い黄色の光が周りを彩ってくれる。その風景を見て私は、驚いた。
(今まで天体観測が好きで、小学校低学年の頃にはよくお母さんとお父さんの三人でベランダに出て天体望遠鏡でどのくらい遠いのかはわからない星々を見つめていたというのに、私は・・。)

うさぎが何かを打っているような影が私の目からはっきり見える。
気がつけば、私はすっかり満月の虜になっていた。ずっと窓の外から眺めていられるほどに。なんだか私は黄昏れた気分にでもなったつもりなのだろうか。明日は学校、もう寝ないといけないというのにも関わらず私はずっと傍観している。



月曜日の朝、私はなぜかいつもより早い時間に家を出た。
日直とか朝早く学校で勉強するというわけでもないのに、気がついたら私はいつもの大通りに出ていた。朝ごはんも食べ損ねて、昼食のお弁当も家に置きっぱなしにしてしまった。
「今週末の模試嫌だなー」と考えるばかりだ。信号待ちで英単語帳を目視していた私には逃げても逃げられない現実が迫っている感覚が恐怖で仕方がない。
学校に行っても、教師の言ってることなんか耳から耳へと聞き流し、ついには現実逃避がしたいと思いながらも私は授業を受けている。模試のために勉強を頑張るのは良いことなのに、何かが私の中で足りないと思った。それが自分のやりたいことを見つけるということなのだ。何度も何度も考えたとしても、私にはわからなかった。
(もっと、いろんなことを経験すればよかった・・。幼い頃から、人とあまり関わったことがない。少し話すぐらいで緊張するし、気を使いすぎて自分自身もすごく疲れてしまったと言う経験がある。コミュニケーション能力に関して人よりあると思っていたけれど、今考えたら結局そんな誇れるものではなかったんだってバカみたいに思えてきた。修学旅行とか文化祭とか様々なことを小中で経験してきたけれど、全部そのせいで素直に楽しめなかったのを覚えている。きっと死ぬまで・・治ることはないのかも)

学校が終わって午後三時くらいになった。
灼熱地獄を味わっているかのように汗が止まらなかった。
肌触りの悪い使い古したタオルを首に巻きながらペダルを漕ぎ続け、大通りの交差点で停まった。しかし、何か頭が急に痛くなってきた。

(・・・・・!)

バタン!!!!

私の視界は、もう、何も見えなくなっていた。
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