堕落夫とは本日限りで離縁致します

遠野エン

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転生令嬢は結局何もしなかった

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学園三年、門出の春。卒業前夜、王立大広間で開催された仮面舞踏会。

本来なら、この夜が「断罪イベント」の舞台となるはずだった。

王太子は公衆の面前でマリアンヌの悪行を暴き、婚約を破棄し、聖女エリナとの新たな婚約を宣言する。群衆は歓声を上げ、悪役令嬢は震えながら泣き崩れ――物語は幸福な結末を迎える。

少なくともそうなるはずだった。
ところが、実際に広間に集った者たちの表情は決して一様な期待に満ちてはいなかった。

噂は流れていた。

王太子が聖女を寵愛していること。婚約者であるマリアンヌを公然と冷遇していること。それに反発する貴族が水面下で不満を募らせていること。

だが誰一人として「マリアンヌが具体的に何をしたのか」をはっきり言える者はいなかった。

王太子はそれでも台本通りに進めるつもりでいた。
ふわりとアルベルトのマントが翻る。
彼は壇上に立ち、集った貴族たちとその中央に佇むマリアンヌを見下ろした。

「マリアンヌ・ラウベルク!」

声はよく通り、会場のざわめきがすっと引いた。

「お前の罪状は既にここに列挙されている!」

彼は巻物を広げ、威厳たっぷりに読み上げ始めた。
しかし読み上げられた罪状は妙にちぐはぐだった。

「聖女エリナへの執拗な視線――」
「陰での侮蔑的な笑み――」
「王太子妃の座への固執と、そのための冷たい態度――」

それらは確かに「不快な印象」ではある。
だが、毒殺も暴力も明確な権力乱用もなかった。

にもかかわらず、アルベルトは声高に宣言する。

「これらは王太子妃たる者にふさわしからぬ所業であり――」

その時だった。
壇上脇に控えていた宰相が一歩前へ出た。

「お待ちください、殿下」

低く、よく通る声だった。
宰相オスカー。
王国政務のほぼ全てを担う老獪な男であり、マリアンヌの父である侯爵とは長年の盟友でもある。
その姿にざわと会場が波打った。

宰相は一礼し、アルベルトに向けて穏やかな笑みを浮かべた。

「殿下。罪状というからには具体的な行為と、それに伴う被害が証明されねばなりません。私の部下が一年かけて調べ上げましたが――」

彼は王宮侍従から厚い書類束を受け取ると、その最初の一枚をゆっくりと掲げた。

「マリアンヌ嬢がこの三年間に行ったことは『講義への出席』『図書室での読書』『礼儀作法の復習』『慈善への定期寄付』――おおむね、この四つに集約されます」

会場中の視線が一斉にマリアンヌへと向けられる。
彼女はいつものように眠たげな目をしていた。
口元にはかすかな笑みがあるのかと思えばそれすら曖昧だった。

宰相は続ける。

「エリナさんへの直接的な侮辱、暴力、妨害行為の『目撃証言』は全てが伝聞。『聞いたことがある』という者ばかりで、『見た』者が一人もおりませんでした。唯一、エリナさんご本人がおっしゃったのは――」
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