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3.彼の部屋で
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あの目撃から数日が経った。
アルバートからの「週末、僕の家に来ないか」という誘いに迷いながらも頷いた。誰にも聞かれることのない場所で、ちゃんとした答えが聞きたかったから。
彼の家の呼び鈴を鳴らすと、すぐにドアが開かれた。
「やあ、エリス。よく来たね」
「……お邪魔します」
いつもと変わらない笑顔で迎え入れてくれるアルバート。
「両親は今日も留守なんだ。ゆっくりしていって」
リビングを通り抜け、彼の部屋へと続く階段を上がる。
この家には何度か来たことがあった。
両親が不在の午後、二人きりの時間を過ごした場所。初めて男性と体を重ねたのも、この部屋のあのベッドだった。思い出が詰まったはずの空間が今日だけは息苦しく感じられた。
部屋に入り、促されるままベッドの端に腰を下ろす。アルバートは向かいの椅子に座り、私を見てにこりと笑った。
「アルバート……少し、聞きたいことがあるの」
意を決して切り出すと、彼は「なんだい?改まって」と小首を傾げた。
「この間、中庭の奥で……あなたの隣にいた女性は誰?」
真っ直ぐな問いにアルバートは一瞬だけ目を泳がせたが、すぐにいつもの笑みに戻った。
「ああ、リディアのことか。なんだ、見てたんだ。彼女はリディア・クロフォード。同じクラスで席が近くなんだ。僕、数学が苦手だって前に話したよね? だから得意な彼女にちょっと教えてもらってたんだ」
「……教えてもらっただけ?」
「そうだよ。何か問題でもあったかな?」
「でも……すごく親しそうに見えた。それに彼女があなたの手に触れて……あなたはそれを優しく握り返していたじゃない」
声が上ずるのを止められない。
あの時の光景がフラッシュバックする。
アルバートは面倒くさそうにかすかな吐息をこぼした。
「そんなことしたかな?全然覚えてないな。君の考えすぎだよ、エリス」
「考えすぎなんかじゃないわ!私はこの目ではっきりと見たの!」
「だから、彼女は少し人との距離が近いんだって。きっと何気なく触れてきただけさ。僕もつい、それに合わせただけで他意はない」
「つい……?」
私の問いを遮るように、彼はくすくすと笑った。
「ヤキモチ妬いてくれるなんて、可愛いなエリスは。そんなに僕のことが好きなんだね」
そう言って私の頭を撫でようと伸ばされた手を無意識に避けていた。
部屋に気まずい沈黙が落ちる。
先にそれを破ったのはアルバートだった。
彼は椅子から立ち上がると、私の隣に腰を下ろした。
「……なあ、エリス。難しい話はもうやめにしないか?せっかく二人きりなんだし」
返事を待たずに彼は私の背中に回り、後ろから抱きしめた。背中に感じる彼の胸の温もりと首筋に落とされるキス。何度か体を重ね、愛を囁かれた思い出のベッド。
背後から回された彼の手がゆっくりと服の下に入り胸をまさぐり始めた瞬間、私はその手を払い除け、ありったけの力で彼の腕の中から逃れた。
「……ごめんなさい」
「……?」
「今日は……そんな気分にはなれない」
「……どうして?」
「ちゃんと話をしてくれるまで……あなたには触れられたくない」
アルバートは数秒間、私を捉えていた指をゆっくりと離し、
「……すまない、エリス。君がそんなに気にしていたなんて気づかなかった。本当に悪かった。もっと早くちゃんと説明すべきだった」
アルバートは私の隣から少しだけ距離を取ると、真剣な表情で見つめた。
「リディアは本当にただの友人なんだ。いや、友人と呼ぶのも大げさなくらいただのクラスメイトだ。誓って言うよ。君が考えているような関係じゃないから」
「でも……」
「彼女は少しスキンシップが多いだけなんだ。僕も邪険にできなくて……君に誤解させるような態度を取ってしまったことは軽率だった。本当にごめん」
「……うん」
彼女の手に触れた時の仕草。
あれが本当にただの「友人」に向けるものなのだろうか。考えすぎだと言われればそうなのかもしれない。
でも、一度芽生えてしまった疑念は染みのように心に広がって消えてはくれなかった。
私の浮かない表情を察したのかアルバートは困ったように笑った。
「今日はもう、お開きにしようか。こんな雰囲気じゃ君も落ち着かないだろうし」
「……そうね」
「また改めて埋め合わせはさせてくれ。今度は僕から君に会いに行くよ」
私は黙って立ち上がり、彼の部屋をあとにする。リビングを抜け、玄関へと向かう彼の後ろを少しだけ距離を置いて歩いた。
「気をつけて帰ってね」
ドアを開け、見送るアルバートが言う。
一度も振り返ることなく小さく頷き、背中に視線を感じながら急ぎ足で去った。
アルバートからの「週末、僕の家に来ないか」という誘いに迷いながらも頷いた。誰にも聞かれることのない場所で、ちゃんとした答えが聞きたかったから。
彼の家の呼び鈴を鳴らすと、すぐにドアが開かれた。
「やあ、エリス。よく来たね」
「……お邪魔します」
いつもと変わらない笑顔で迎え入れてくれるアルバート。
「両親は今日も留守なんだ。ゆっくりしていって」
リビングを通り抜け、彼の部屋へと続く階段を上がる。
この家には何度か来たことがあった。
両親が不在の午後、二人きりの時間を過ごした場所。初めて男性と体を重ねたのも、この部屋のあのベッドだった。思い出が詰まったはずの空間が今日だけは息苦しく感じられた。
部屋に入り、促されるままベッドの端に腰を下ろす。アルバートは向かいの椅子に座り、私を見てにこりと笑った。
「アルバート……少し、聞きたいことがあるの」
意を決して切り出すと、彼は「なんだい?改まって」と小首を傾げた。
「この間、中庭の奥で……あなたの隣にいた女性は誰?」
真っ直ぐな問いにアルバートは一瞬だけ目を泳がせたが、すぐにいつもの笑みに戻った。
「ああ、リディアのことか。なんだ、見てたんだ。彼女はリディア・クロフォード。同じクラスで席が近くなんだ。僕、数学が苦手だって前に話したよね? だから得意な彼女にちょっと教えてもらってたんだ」
「……教えてもらっただけ?」
「そうだよ。何か問題でもあったかな?」
「でも……すごく親しそうに見えた。それに彼女があなたの手に触れて……あなたはそれを優しく握り返していたじゃない」
声が上ずるのを止められない。
あの時の光景がフラッシュバックする。
アルバートは面倒くさそうにかすかな吐息をこぼした。
「そんなことしたかな?全然覚えてないな。君の考えすぎだよ、エリス」
「考えすぎなんかじゃないわ!私はこの目ではっきりと見たの!」
「だから、彼女は少し人との距離が近いんだって。きっと何気なく触れてきただけさ。僕もつい、それに合わせただけで他意はない」
「つい……?」
私の問いを遮るように、彼はくすくすと笑った。
「ヤキモチ妬いてくれるなんて、可愛いなエリスは。そんなに僕のことが好きなんだね」
そう言って私の頭を撫でようと伸ばされた手を無意識に避けていた。
部屋に気まずい沈黙が落ちる。
先にそれを破ったのはアルバートだった。
彼は椅子から立ち上がると、私の隣に腰を下ろした。
「……なあ、エリス。難しい話はもうやめにしないか?せっかく二人きりなんだし」
返事を待たずに彼は私の背中に回り、後ろから抱きしめた。背中に感じる彼の胸の温もりと首筋に落とされるキス。何度か体を重ね、愛を囁かれた思い出のベッド。
背後から回された彼の手がゆっくりと服の下に入り胸をまさぐり始めた瞬間、私はその手を払い除け、ありったけの力で彼の腕の中から逃れた。
「……ごめんなさい」
「……?」
「今日は……そんな気分にはなれない」
「……どうして?」
「ちゃんと話をしてくれるまで……あなたには触れられたくない」
アルバートは数秒間、私を捉えていた指をゆっくりと離し、
「……すまない、エリス。君がそんなに気にしていたなんて気づかなかった。本当に悪かった。もっと早くちゃんと説明すべきだった」
アルバートは私の隣から少しだけ距離を取ると、真剣な表情で見つめた。
「リディアは本当にただの友人なんだ。いや、友人と呼ぶのも大げさなくらいただのクラスメイトだ。誓って言うよ。君が考えているような関係じゃないから」
「でも……」
「彼女は少しスキンシップが多いだけなんだ。僕も邪険にできなくて……君に誤解させるような態度を取ってしまったことは軽率だった。本当にごめん」
「……うん」
彼女の手に触れた時の仕草。
あれが本当にただの「友人」に向けるものなのだろうか。考えすぎだと言われればそうなのかもしれない。
でも、一度芽生えてしまった疑念は染みのように心に広がって消えてはくれなかった。
私の浮かない表情を察したのかアルバートは困ったように笑った。
「今日はもう、お開きにしようか。こんな雰囲気じゃ君も落ち着かないだろうし」
「……そうね」
「また改めて埋め合わせはさせてくれ。今度は僕から君に会いに行くよ」
私は黙って立ち上がり、彼の部屋をあとにする。リビングを抜け、玄関へと向かう彼の後ろを少しだけ距離を置いて歩いた。
「気をつけて帰ってね」
ドアを開け、見送るアルバートが言う。
一度も振り返ることなく小さく頷き、背中に視線を感じながら急ぎ足で去った。
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