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9.サプライズデート
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アルバートとの約束の週末がやってきた。
彼の声はいつになく弾んでいたのを覚えている。
「エリス、今度の週末だけど……この間のお詫びも兼ねて、僕からサプライズを用意してるんだ」
「サプライズ?」
「ああ。君が絶対に喜ぶようなとっておきのね。楽しみにしてて」
胸元のネックレスを握りしめて小さく微笑んだ。アルバートはちゃんと私のことを考えてくれている。
中庭での一件も彼の家での気まずい空気も、きっとこのデートできれいさっぱり洗い流せるはず。そう信じたかった。
待ち合わせ場所の広場に着くと、少し先にアルバートの姿が見えた。柔らかな日差しを浴びて立つ彼は今日も絵になるほど素敵だった。
私の心は期待にふわりと舞い上がる。
駆け出したその時―――――。
彼の隣に立つ、見覚えのある女性の姿に足はピタリと止まった。
「やあ、エリス。待たせたかい?」
アルバートが私に気づき、人懐っこい笑顔で手を振る。私は動けないまま、彼の隣にいる彼女――リディア・クロフォードから目が離せなかった。
「紹介するよ、エリス。こちらクラスメイトのリディア・クロフォードだ。この間、話しただろう?」
「は、初めまして、エリスさん……。アルバートからいつもお話は伺っています」
リディアはおずおずと頭を下げた。
遠慮がちな表情。
「今日は……その、お邪魔してしまって本当にごめんなさい……!」
「え……あ、いえ……初めまして、エリスです」
なぜ、彼女がここに?
デートに? 二人きりの時間に?
「なぜ」という言葉が喉まで出かかったけれど、それを笑顔の裏に必死で隠した。
「この間の埋め合わせも兼ねてね」
アルバートが悪びれもなく説明を始める。
「リディアにもあらぬ疑いをかけて迷惑をかけただろう? だからお詫びにお茶でもって誘ったんだ。いっそ三人で楽しむのが一番だと思って。その方が君も僕たちが本当に何もないって安心できるだろ? これが僕からのサプライズさ」
言葉を失った。
これが、サプライズ?
私の気持ちを晴らすための彼の配慮?
リディアはますます縮こまって俯いている。
「アルバート、やっぱり私は……」
「いいんだって。エリスは心の広い子だから気にしないさ。なあ、エリス?」
キラキラした瞳で同意を求められて、私は「ええ、もちろん……」と引きつった笑みを浮かべることしかできなかった。
そうして始まった三人でのデート。
新しくできたカフェに入っても、会話の中心は自然とアルバートとリディアになる。
「そういえばリディア、この間の数学の課題、どうだった? 僕はやっぱり最後の問題で躓いてしまって」
「ああ、あそこは少し特殊な公式を使うの。もしよかったら、また……」
「本当かい? 助かるよ! やっぱりリディアは頼りになるなあ」
「エリスさんは数学はお得意なんですか?」
不意に話を振られ、私は慌てて答えた。
「え、ええと……まあ、普通くらい……です」
「エリスは文学史が得意なんだよな。でも、それより僕と一緒にいる方が好きなんだよな?」
アルバートは軽く冗談めかして笑って私の頭を撫でる。その無邪気な仕草が今はナイフのように私の胸を抉った。
リディアはそんな私たちを見て、ふわりと優しく微笑むだけ。彼女が良い人であればあるほど私の心は落ち着かなかった。
このもどかしい気持ちに知らないふりをした。街を歩いている時もそうだった。
ショーウィンドウのアクセサリーにリディアが小さく声を上げる。
「わあ……このイヤリング、すごく綺麗……」
「本当だ。君の雰囲気に合っているね。こっちの髪飾りも似合うんじゃないか?」
「そ、そんな……! 私にはもったいないよ」
楽しそうに話す二人を私は一歩後ろから眺めていた。
まるで私は二人のデートの付き添いみたい。
アルバートがくれたネックレスの冷たさがやけに肌に沁みた。あっという間に時間は過ぎて、空がオレンジ色に染まり始める。
「ああ、もうこんな時間か。楽しかったな、三人だと時間もあっという間だね」
アルバートの言葉にただ曖昧に頷いた。
そして別れの時。
分かれ道でアルバートが今日のことを尋ねてきた。
「どうだった、僕のサプライズは。リディアがいい子だって分かって君も安心したろ? 君ともきっと良い友達になれると思うよ。そうだろう?」
「……うん」
「じゃあ、エリス。僕たちはこっちだから。リディアと僕、家が同じ方向なんだ」
「あっ……」
「また連絡する。気をつけて帰って」
リディアが私に向かって深く頭を下げた。
「エリスさん、今日は本当にありがとうございました。すごく楽しかったです。……それと本当に……ごめんなさい」
その謝罪が何に対してのものなのか私にはもうわからなかった。
「ううん……、大丈夫よ。二人とも気をつけて……」
途切れそうな声が唇からこぼれた。
並んで歩き出す二人の背中。
何かを話しながら、楽しそうに笑い合う声が微かに聞こえてくる。夕日に照らされて長く伸びた二つの影がやがて一つに重なるように見えた。私はその場から一歩も動けずに、ただ二人の姿が見えなくなるまで見送っていた。
楽しかったはずの一日。
胸に残ったのは冷たい疎外感とほろ苦い後味だけ。
これが彼のくれた「サプライズ」の正体。
私は自嘲気味に笑うと、重くなったように感じた胸元のネックレスをぎゅっと握りしめた。
彼の声はいつになく弾んでいたのを覚えている。
「エリス、今度の週末だけど……この間のお詫びも兼ねて、僕からサプライズを用意してるんだ」
「サプライズ?」
「ああ。君が絶対に喜ぶようなとっておきのね。楽しみにしてて」
胸元のネックレスを握りしめて小さく微笑んだ。アルバートはちゃんと私のことを考えてくれている。
中庭での一件も彼の家での気まずい空気も、きっとこのデートできれいさっぱり洗い流せるはず。そう信じたかった。
待ち合わせ場所の広場に着くと、少し先にアルバートの姿が見えた。柔らかな日差しを浴びて立つ彼は今日も絵になるほど素敵だった。
私の心は期待にふわりと舞い上がる。
駆け出したその時―――――。
彼の隣に立つ、見覚えのある女性の姿に足はピタリと止まった。
「やあ、エリス。待たせたかい?」
アルバートが私に気づき、人懐っこい笑顔で手を振る。私は動けないまま、彼の隣にいる彼女――リディア・クロフォードから目が離せなかった。
「紹介するよ、エリス。こちらクラスメイトのリディア・クロフォードだ。この間、話しただろう?」
「は、初めまして、エリスさん……。アルバートからいつもお話は伺っています」
リディアはおずおずと頭を下げた。
遠慮がちな表情。
「今日は……その、お邪魔してしまって本当にごめんなさい……!」
「え……あ、いえ……初めまして、エリスです」
なぜ、彼女がここに?
デートに? 二人きりの時間に?
「なぜ」という言葉が喉まで出かかったけれど、それを笑顔の裏に必死で隠した。
「この間の埋め合わせも兼ねてね」
アルバートが悪びれもなく説明を始める。
「リディアにもあらぬ疑いをかけて迷惑をかけただろう? だからお詫びにお茶でもって誘ったんだ。いっそ三人で楽しむのが一番だと思って。その方が君も僕たちが本当に何もないって安心できるだろ? これが僕からのサプライズさ」
言葉を失った。
これが、サプライズ?
私の気持ちを晴らすための彼の配慮?
リディアはますます縮こまって俯いている。
「アルバート、やっぱり私は……」
「いいんだって。エリスは心の広い子だから気にしないさ。なあ、エリス?」
キラキラした瞳で同意を求められて、私は「ええ、もちろん……」と引きつった笑みを浮かべることしかできなかった。
そうして始まった三人でのデート。
新しくできたカフェに入っても、会話の中心は自然とアルバートとリディアになる。
「そういえばリディア、この間の数学の課題、どうだった? 僕はやっぱり最後の問題で躓いてしまって」
「ああ、あそこは少し特殊な公式を使うの。もしよかったら、また……」
「本当かい? 助かるよ! やっぱりリディアは頼りになるなあ」
「エリスさんは数学はお得意なんですか?」
不意に話を振られ、私は慌てて答えた。
「え、ええと……まあ、普通くらい……です」
「エリスは文学史が得意なんだよな。でも、それより僕と一緒にいる方が好きなんだよな?」
アルバートは軽く冗談めかして笑って私の頭を撫でる。その無邪気な仕草が今はナイフのように私の胸を抉った。
リディアはそんな私たちを見て、ふわりと優しく微笑むだけ。彼女が良い人であればあるほど私の心は落ち着かなかった。
このもどかしい気持ちに知らないふりをした。街を歩いている時もそうだった。
ショーウィンドウのアクセサリーにリディアが小さく声を上げる。
「わあ……このイヤリング、すごく綺麗……」
「本当だ。君の雰囲気に合っているね。こっちの髪飾りも似合うんじゃないか?」
「そ、そんな……! 私にはもったいないよ」
楽しそうに話す二人を私は一歩後ろから眺めていた。
まるで私は二人のデートの付き添いみたい。
アルバートがくれたネックレスの冷たさがやけに肌に沁みた。あっという間に時間は過ぎて、空がオレンジ色に染まり始める。
「ああ、もうこんな時間か。楽しかったな、三人だと時間もあっという間だね」
アルバートの言葉にただ曖昧に頷いた。
そして別れの時。
分かれ道でアルバートが今日のことを尋ねてきた。
「どうだった、僕のサプライズは。リディアがいい子だって分かって君も安心したろ? 君ともきっと良い友達になれると思うよ。そうだろう?」
「……うん」
「じゃあ、エリス。僕たちはこっちだから。リディアと僕、家が同じ方向なんだ」
「あっ……」
「また連絡する。気をつけて帰って」
リディアが私に向かって深く頭を下げた。
「エリスさん、今日は本当にありがとうございました。すごく楽しかったです。……それと本当に……ごめんなさい」
その謝罪が何に対してのものなのか私にはもうわからなかった。
「ううん……、大丈夫よ。二人とも気をつけて……」
途切れそうな声が唇からこぼれた。
並んで歩き出す二人の背中。
何かを話しながら、楽しそうに笑い合う声が微かに聞こえてくる。夕日に照らされて長く伸びた二つの影がやがて一つに重なるように見えた。私はその場から一歩も動けずに、ただ二人の姿が見えなくなるまで見送っていた。
楽しかったはずの一日。
胸に残ったのは冷たい疎外感とほろ苦い後味だけ。
これが彼のくれた「サプライズ」の正体。
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