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12.放課後の教室
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生徒たちの喧騒が消え去り、西日だけが差し込む放課後の教室はしんと静まり返っていた。私は自分の席に座ったまま、ぼんやりと窓の外を眺めていた。
「よお。まだいたのか、こんな所で油売って」
「レオ……。どうしてまだ学校に?」
教室の入り口には鞄を肩にかけたレオが退屈そうな表情で立っていた。
「まあな。で? お前今日一日、ずっと浮かない顔してたろ。心ここにあらずって感じで」
「そ、そんなことない! いつも通りよ! ちょっと考え事をしてただけ!」
「その『いつも通り』が全然いつも通りじゃねえって言ってんだよ」
レオはずかずかと教室に入ってくると、私の前の席の椅子を引いてどかりと座った。覗き込んでくる視線から逃れるように顔を背ける。
「……あなたには関係ないでしょ」
「関係なくはないって言ったはずだ。幼馴染の不幸は最高の娯楽……と言いたいところだが」
「……何よ」
「今日のお前の顔は娯楽にするにはちと痛々しすぎる」
彼の言葉が胸の奥で波紋のように広がった。
強がっていることなんて全部お見通しなのかもしれない。
黙り込んだ私を見て、レオは静かな声で言った。
「……さっき、見たんだよ」
「なにを……?」
「お前の王子様とリディア・クロフォードが二人で楽しそうにどこかへ行くのをな」
心臓が氷水に浸されたように冷たくなる。
彼の言葉が現実を容赦なく突きつけてきた。
「ま、また数学を教えてもらってるだけよ! きっと、そういう約束だったのよ……!」
「へえ。こんな時間の、人のいない校舎の裏手に向かって歩いて行ってたが? 随分と熱心な勉強会だな」
「校舎の……裏手……?」
「ああ。中庭の奥を抜けて、今はほとんど使われていない旧理科準備室の方だ。あそこなら誰にも邪魔されずに二人きりになれるからな」
その光景を想像してしまい、目の前が暗くなる。そんな私をレオは苛立たしげに見つめると、勢いよく立ち上がり私の腕を強く掴んだ。
「お前がそんな顔してんのを見てるのは気分が悪い。自分の目で確かめに行くぞ」
彼の目は冗談を言っている色ではなかった。
どこか怒っているような、それでいて心配してくれているような―――。
「……いやよ!そんなこと、できるわけないじゃない!」
「なんでだよ」
「覗き見みたいな真似はしたくない!もし、アルバートに見つかったら……なんて言えばいいの!?あなたのこと、信じてませんでしたって言うの!?」
「じゃあ信じてるのかよ!心の底から!」
「……信じてるわ!私は……信じてる……!」
絞り出した声は自分でも驚くほど震えていた。レオはその震えを聞き逃さなかった。
「震えてるじゃねえか。なあエリス、もういいだろ。強がるのはやめろ。本当は怖いんだろ?不安でどうしようもないんだろ?」
「……っ、う……」
「一人で抱え込むな。俺が一緒にいてやるから」
腕を掴む彼の力は強いけれど、不思議と痛みはなかった。その言葉が固く閉ざされていた心の扉をそっと開いていった。
「……ふふ、馬鹿みたい」
彼はぶっきらぼうに「馬鹿でいいんだよ」と呟いた。
「行くぞ」
そう言うとレオは私の腕をぐいと引いた。
一瞬だけ抵抗するように足を踏ん張ったが、すぐにその力を抜いた。
もう彼に逆らう気力も、真実から目を逸らし続ける忍耐も自分には残っていなかったから。
「……うん」
レオに引かれるまま、夕焼けに染まる廊下を歩き出す。握られた腕から伝わる彼の体温だけが今の唯一の現実だった。
これから自分は何を見ることになるのだろう。私の胸中にはどうしようもないほどの不安の嵐が激しく吹き荒れていた。
「よお。まだいたのか、こんな所で油売って」
「レオ……。どうしてまだ学校に?」
教室の入り口には鞄を肩にかけたレオが退屈そうな表情で立っていた。
「まあな。で? お前今日一日、ずっと浮かない顔してたろ。心ここにあらずって感じで」
「そ、そんなことない! いつも通りよ! ちょっと考え事をしてただけ!」
「その『いつも通り』が全然いつも通りじゃねえって言ってんだよ」
レオはずかずかと教室に入ってくると、私の前の席の椅子を引いてどかりと座った。覗き込んでくる視線から逃れるように顔を背ける。
「……あなたには関係ないでしょ」
「関係なくはないって言ったはずだ。幼馴染の不幸は最高の娯楽……と言いたいところだが」
「……何よ」
「今日のお前の顔は娯楽にするにはちと痛々しすぎる」
彼の言葉が胸の奥で波紋のように広がった。
強がっていることなんて全部お見通しなのかもしれない。
黙り込んだ私を見て、レオは静かな声で言った。
「……さっき、見たんだよ」
「なにを……?」
「お前の王子様とリディア・クロフォードが二人で楽しそうにどこかへ行くのをな」
心臓が氷水に浸されたように冷たくなる。
彼の言葉が現実を容赦なく突きつけてきた。
「ま、また数学を教えてもらってるだけよ! きっと、そういう約束だったのよ……!」
「へえ。こんな時間の、人のいない校舎の裏手に向かって歩いて行ってたが? 随分と熱心な勉強会だな」
「校舎の……裏手……?」
「ああ。中庭の奥を抜けて、今はほとんど使われていない旧理科準備室の方だ。あそこなら誰にも邪魔されずに二人きりになれるからな」
その光景を想像してしまい、目の前が暗くなる。そんな私をレオは苛立たしげに見つめると、勢いよく立ち上がり私の腕を強く掴んだ。
「お前がそんな顔してんのを見てるのは気分が悪い。自分の目で確かめに行くぞ」
彼の目は冗談を言っている色ではなかった。
どこか怒っているような、それでいて心配してくれているような―――。
「……いやよ!そんなこと、できるわけないじゃない!」
「なんでだよ」
「覗き見みたいな真似はしたくない!もし、アルバートに見つかったら……なんて言えばいいの!?あなたのこと、信じてませんでしたって言うの!?」
「じゃあ信じてるのかよ!心の底から!」
「……信じてるわ!私は……信じてる……!」
絞り出した声は自分でも驚くほど震えていた。レオはその震えを聞き逃さなかった。
「震えてるじゃねえか。なあエリス、もういいだろ。強がるのはやめろ。本当は怖いんだろ?不安でどうしようもないんだろ?」
「……っ、う……」
「一人で抱え込むな。俺が一緒にいてやるから」
腕を掴む彼の力は強いけれど、不思議と痛みはなかった。その言葉が固く閉ざされていた心の扉をそっと開いていった。
「……ふふ、馬鹿みたい」
彼はぶっきらぼうに「馬鹿でいいんだよ」と呟いた。
「行くぞ」
そう言うとレオは私の腕をぐいと引いた。
一瞬だけ抵抗するように足を踏ん張ったが、すぐにその力を抜いた。
もう彼に逆らう気力も、真実から目を逸らし続ける忍耐も自分には残っていなかったから。
「……うん」
レオに引かれるまま、夕焼けに染まる廊下を歩き出す。握られた腕から伝わる彼の体温だけが今の唯一の現実だった。
これから自分は何を見ることになるのだろう。私の胸中にはどうしようもないほどの不安の嵐が激しく吹き荒れていた。
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