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15.甘い誘惑
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夜の幕が降りた北の公園。
街灯がぼんやりと照らすベンチに私とレオは並んで座っていた。私は視線を落とし、レオは何も言わずに隣にいる。頭の中が整理できずぐちゃぐちゃになっていた。
「ぶっ……!」
突然、隣でレオが噴き出した。
「くっ……くくく……あーっはっはっはっは!」
静寂を破る、けたたましい笑い声。
レオは腹を抱え、ベンチの上で体をくの字に折り曲げている。
彼にいぶかしげな視線を送ると、
「おかしいだろ! あんなもん見せられて笑うなっつー方が無理だ!」
「……!」
「いやあ、マジで傑作だ! なんだあれ! 世紀の大発見か!? 『学園の王子様、放課後のピアノ教室でご奉仕される』って見出しで学園新聞の一面飾れるぞ! 」
涙を流して笑い転げるレオに私の思考はついていかない。
「最低最悪……人がこんなに傷ついてるのに……!」
「ああ、その通り! あいつも俺もな! お前は一番好きな男のあんな情けねえ姿見れたんだから、ある意味ラッキーじゃねえか? ピアノの椅子でさあ! あの必死な顔! あー、腹いてえ!」
レオは自分の太ももをバンバンと叩き、
「あのリディアって女も大概だよな! ちゃっかり人の彼氏を横取りか。か弱い子鹿のフリして中身は雌豹かよ!」
「……もう、知らない」
レオのバカ笑いがようやく止まったところで、
「よし決めた!」
バンとベンチを叩いて彼が立ち上がった。
「腹減ったな。ケーキでも食いに行くか」
「……は?」
「だからケーキだ。食い放題の店知ってんだよ。俺が奢ってやるから行くぞ」
「いらないわよ、そんな気分じゃ……」
「いいから行くんだよ!」
レオは私の腕をぐいと掴んで、無理やり立ち上がらせる。
「泣くか怒るか食うか、どれかにしろ。一番マシなのは食うことだろ。ヤケ食いでも何でも付き合ってやるから、さっさと歩け」
彼の強引さになぜだか逆らう気持ちが湧かなかった。
***
店のドアを開けると、甘い香りと人々の賑やかな声が私たちを迎えた。レオは慣れた様子で席に着くと「好きなだけ持ってこい」と私を促す。
ショーケースに並んだ色とりどりのケーキを前にしても、私の心は少しも動かなかった。
「……食欲、ない」
「だろうな」
レオはため息をつくと自分で大きな皿を持ち、手当たり次第にケーキを乗せ始めた。ショートケーキ、チョコレートムース、モンブラン、フルーツタルト……。あっという間に山盛りになった皿を私の前にドンと置く。
「ほら、ノルマだ。全部食え」
「……無理よ、こんなに」
「いいから食え。話はそれからだ」
私は黙ってフォークを手に取った。
とりあえず一口だけ、と思って口に運んだショートケーキの生クリームが、乾いた心にじんわりと染み渡るように甘かった。
次の瞬間、私は何かに憑かれたように無心でケーキを口に運び始めていた。
「おいおい、そんな慌てて食ったら喉詰まらせるぞ」
レオはそんなことを口にしながら、私のために水の入ったグラスを差し出す。
不意に視界が滲んだ。
涙がケーキの上に落ちそうになるのを大きな一口でケーキを頬張ってごまかす。
「……おいしい」
ぽつりと呟いた私にレオはニヤリと笑った。
「だろ? 王子様のアレよりは百万倍マシな味だろ」
「……バカアホ」
私の口から漏れたのはかすかな笑い声だった。
「おう、それで結構」
レオも満足そうに頷くと、自分の分のコーヒーを一口すすった。
店を出る頃には空には星が瞬いていた。家の前まで黙って送ってくれたレオに小さな声でお礼を言った。
「……今日はありがとう」
「別に。面白かったしな。じゃあな」
ひらりと手を振り、夜の闇に消えていく彼の背中を見送る。
ガチャリと家のドアを開けると、両親が血相を変えて飛び出してきた。
「こんな時間までどこをほっつき歩いてたんだ!」
「エリス! 心配したじゃないの!」
矢継ぎ早に浴びせられる言葉に、私はただ「ごめんなさい」と繰り返すのが精一杯だった。「ご飯はいらないから」とだけ告げ階段へ向かう。
「お姉様! 今何時だと思ってるの!? 心配で心臓止まるかと思ったんだから!」
隣の部屋からマリベルが顔を出した。
「……ちょっと疲れてるの」
私はそれだけ言うと自分の部屋へ駆け込んだ。
ドアを閉めて鍵をかけ、大きく息を吐く。
そしてゆっくりと自分の首に手を伸ばす。
指先に触れたのは、アルバートから贈られたネックレス。
私は静かに外すと、ドレッサーの引き出しの奥にある宝石箱にそっとそれをしまった。
街灯がぼんやりと照らすベンチに私とレオは並んで座っていた。私は視線を落とし、レオは何も言わずに隣にいる。頭の中が整理できずぐちゃぐちゃになっていた。
「ぶっ……!」
突然、隣でレオが噴き出した。
「くっ……くくく……あーっはっはっはっは!」
静寂を破る、けたたましい笑い声。
レオは腹を抱え、ベンチの上で体をくの字に折り曲げている。
彼にいぶかしげな視線を送ると、
「おかしいだろ! あんなもん見せられて笑うなっつー方が無理だ!」
「……!」
「いやあ、マジで傑作だ! なんだあれ! 世紀の大発見か!? 『学園の王子様、放課後のピアノ教室でご奉仕される』って見出しで学園新聞の一面飾れるぞ! 」
涙を流して笑い転げるレオに私の思考はついていかない。
「最低最悪……人がこんなに傷ついてるのに……!」
「ああ、その通り! あいつも俺もな! お前は一番好きな男のあんな情けねえ姿見れたんだから、ある意味ラッキーじゃねえか? ピアノの椅子でさあ! あの必死な顔! あー、腹いてえ!」
レオは自分の太ももをバンバンと叩き、
「あのリディアって女も大概だよな! ちゃっかり人の彼氏を横取りか。か弱い子鹿のフリして中身は雌豹かよ!」
「……もう、知らない」
レオのバカ笑いがようやく止まったところで、
「よし決めた!」
バンとベンチを叩いて彼が立ち上がった。
「腹減ったな。ケーキでも食いに行くか」
「……は?」
「だからケーキだ。食い放題の店知ってんだよ。俺が奢ってやるから行くぞ」
「いらないわよ、そんな気分じゃ……」
「いいから行くんだよ!」
レオは私の腕をぐいと掴んで、無理やり立ち上がらせる。
「泣くか怒るか食うか、どれかにしろ。一番マシなのは食うことだろ。ヤケ食いでも何でも付き合ってやるから、さっさと歩け」
彼の強引さになぜだか逆らう気持ちが湧かなかった。
***
店のドアを開けると、甘い香りと人々の賑やかな声が私たちを迎えた。レオは慣れた様子で席に着くと「好きなだけ持ってこい」と私を促す。
ショーケースに並んだ色とりどりのケーキを前にしても、私の心は少しも動かなかった。
「……食欲、ない」
「だろうな」
レオはため息をつくと自分で大きな皿を持ち、手当たり次第にケーキを乗せ始めた。ショートケーキ、チョコレートムース、モンブラン、フルーツタルト……。あっという間に山盛りになった皿を私の前にドンと置く。
「ほら、ノルマだ。全部食え」
「……無理よ、こんなに」
「いいから食え。話はそれからだ」
私は黙ってフォークを手に取った。
とりあえず一口だけ、と思って口に運んだショートケーキの生クリームが、乾いた心にじんわりと染み渡るように甘かった。
次の瞬間、私は何かに憑かれたように無心でケーキを口に運び始めていた。
「おいおい、そんな慌てて食ったら喉詰まらせるぞ」
レオはそんなことを口にしながら、私のために水の入ったグラスを差し出す。
不意に視界が滲んだ。
涙がケーキの上に落ちそうになるのを大きな一口でケーキを頬張ってごまかす。
「……おいしい」
ぽつりと呟いた私にレオはニヤリと笑った。
「だろ? 王子様のアレよりは百万倍マシな味だろ」
「……バカアホ」
私の口から漏れたのはかすかな笑い声だった。
「おう、それで結構」
レオも満足そうに頷くと、自分の分のコーヒーを一口すすった。
店を出る頃には空には星が瞬いていた。家の前まで黙って送ってくれたレオに小さな声でお礼を言った。
「……今日はありがとう」
「別に。面白かったしな。じゃあな」
ひらりと手を振り、夜の闇に消えていく彼の背中を見送る。
ガチャリと家のドアを開けると、両親が血相を変えて飛び出してきた。
「こんな時間までどこをほっつき歩いてたんだ!」
「エリス! 心配したじゃないの!」
矢継ぎ早に浴びせられる言葉に、私はただ「ごめんなさい」と繰り返すのが精一杯だった。「ご飯はいらないから」とだけ告げ階段へ向かう。
「お姉様! 今何時だと思ってるの!? 心配で心臓止まるかと思ったんだから!」
隣の部屋からマリベルが顔を出した。
「……ちょっと疲れてるの」
私はそれだけ言うと自分の部屋へ駆け込んだ。
ドアを閉めて鍵をかけ、大きく息を吐く。
そしてゆっくりと自分の首に手を伸ばす。
指先に触れたのは、アルバートから贈られたネックレス。
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