32 / 37
32.舞踏会の公開処刑
しおりを挟む
華やかなホールへと戻った私とレオ。
会場は着飾った生徒たちの熱気で満ちていた。レオは「特等席で見物させてもらうぜ」と言って壁際の柱の影へと姿を消した。
私は平静を装って輪の中へと戻る。
その時、会場の入り口が僅かに騒がしくなった。息を切らした様子のアルバートが焦った顔で人混みをかき分けてこちらへ向かってくる。
髪には小さな木の葉がついており、それを無意識に払い落としながら。
「すまない、エリス! 少し野暮用で手間取ってしまって遅くなった!」
彼は優雅に片膝をつき、自分の手を差し出した。ついさっきまで他の女の肌をまさぐっていたその手を。
「さあ、お詫びと言ってはなんだが、まずは一曲、僕と踊ってくれるかい?」
私はただ冷たく、差し出された彼の手を見下ろす。
「……触らないで。汚らわしい」
「………? エリス、今、何と……」
「その汚れた手でさっきまで何を握りしめていたのかしら? 都合が悪いことは聞こえないのね。もう一度言ってあげるわ。『触らないで! このヤリ○ン王子!』」
ホールに響き渡る私の声。
優雅なワルツが止まり、会場の空気が一瞬で張りつめ、ぴたりと静まり返った。全方位から突き刺さる視線の中、アルバートは気まずそうな雰囲気で立ち尽くしている。
「エリス、何を言っているんだ……! みんなが見ている前でそんな冗談は……」
「冗談ですって? ええ、そうね。あなたの存在そのものが壮大な冗談だったわ。これから皆さんに見ていただくのよ。メッキだらけの王子様の化けの皮が無様に剥がれ落ちる瞬間をね」
言葉を失うアルバートの視線の先に、会場の入り口に佇む人影が見えた。
リディア・クロフォードだった。
私が指を差すと彼女はきょとんとした顔をする。
「あら、共犯者様のご登場ね。随分と遅かったじゃない。森の中での濃厚な『お勉強』はそんなに長引いてしまったのかしら?」
「……っ!」
リディアは真っ青な顔で立ち尽くす。
会場が「森?」「お勉強って……」という囁きで大きくどよめいた。
「エリス、やめるんだ! 君は何かとんでもない誤解をしている! 疲れているんだ!」
「誤解? 私のこの目で、この耳でしっかりと見聞きした全てを誤解だとおっしゃるの? あなたたちが近くの森で、発情期の獣みたいに交尾をしていたことも?」
ざわめきが悲鳴に近いものに変わる。
「『リディア……っ、ああ……君は本当に……最高だ』ですって? 泣かせる台詞じゃない。ついでに『エリスの前では完璧な王子様でいなきゃいけなくて窮屈だ』とも言っていたわよね? 私、あなたの正直な気持ちが聞けて、感動で涙が出そうだったわ」
「そんな……嘘だ……!」
アルバートが必死に否定する。
「嘘ですって? じゃあ、そっちの女はどうなのよ!」
私はリディアを指差した。
彼女は恐怖に引きつった顔で後ずさっている。
「男に捨てられて寂しいからって誰にでも尻尾を振る発情メスブタが! 人の恋人に色目を使って体を慰めてもらう気分はどう!? 『私にはアルバートしかいないの』って顔をして、股を開くのはさぞかし気持ちが良かったでしょうねぇ!」
「ひっ……! ちが……私は……!」
「黙れ、ヤリ○ン姫!」
場の空気は完全に凍り付いていた。
リディアはくずおれそうになるのを必死で堪えている。
「誤解だ! 全てエリスの妄想だ! 誰かが吹き込んだ悪質な嘘に違いない!」
アルバートが最後の悪あがきとばかりに叫んだ。私はその滑稽な姿を冷ややかに笑い飛ばす。
「嘘? 妄想? なら、その乱れたドレスと、あなたのズボンの腿のあたりについているその汚らわしい染みは何かしら? まさか……草木の汁なんかじゃないわよね?」
アルバートとリディアははっとしたように自分たちの服に目を落とす。シャンデリアの眩い光がそれを無慈悲に照らし出していた。リディアのスカートの裾に、そしてアルバートの黒いズボンの内腿に、白く濁った生々しい何かが言い逃れのできない証拠としてべったりとくっついていた。暗い森の中で気づかなかったのだろう。
「「あっ……」」
会場が絶句し、やがてあちこちから「うそ……」「最低……」「気持ち悪い……」という軽蔑の囁きと、押し殺したような悲鳴が波のように広がっていく。
アルバートは言葉を失い、茫然としている。
ゆっくりと彼に一歩近づく。
「あなたは王子様なんかじゃないわ。ただ欲望のままに動くだけの、見栄っ張りで嘘つきで、自分の過ちすら認められない陳腐な男。私、あなたと恋人だった時間、婚約の約束を交わした瞬間、そのすべてが私の人生から消し去りたい汚点よ」
次に泣き崩れる寸前のリディアに視線を移した。
「あなたもよ。『アルバートを許してあげて』? よくもまあ、どの口がそんなことを言えたものね。彼を救えるのは私だけ? ふざけるのも大概にしてちょうだい。あなたたちは二人揃って、泥沼の底にでも沈んでなさい。誰からも相手にされない、お似合いの汚物カップルよ」
リディアは「ひっ」と短い悲鳴を上げてその場にへたり込んだ。最後にすっかり軽くなった心で侮蔑を込めて見据えた。
「さようなら、偽物の王子様。私の人生に金輪際関わらないで!」
私は毅然として彼らに背を向けた。
その瞬間、すっと柱の影からレオが現れる。
「最高だったぜ、お姫様。今まで見た中で一番いい顔してる」
レオは私をエスコートするように腰に手を回し、割れる人垣の中を堂々と歩いていく。
後ろからはもう誰の声も聞こえなかった。
ただ、好奇と侮蔑と嘲笑の視線に晒され続ける哀れな二つの影がシャンデリアの下で永遠に立ち尽くしているだけだった。
会場は着飾った生徒たちの熱気で満ちていた。レオは「特等席で見物させてもらうぜ」と言って壁際の柱の影へと姿を消した。
私は平静を装って輪の中へと戻る。
その時、会場の入り口が僅かに騒がしくなった。息を切らした様子のアルバートが焦った顔で人混みをかき分けてこちらへ向かってくる。
髪には小さな木の葉がついており、それを無意識に払い落としながら。
「すまない、エリス! 少し野暮用で手間取ってしまって遅くなった!」
彼は優雅に片膝をつき、自分の手を差し出した。ついさっきまで他の女の肌をまさぐっていたその手を。
「さあ、お詫びと言ってはなんだが、まずは一曲、僕と踊ってくれるかい?」
私はただ冷たく、差し出された彼の手を見下ろす。
「……触らないで。汚らわしい」
「………? エリス、今、何と……」
「その汚れた手でさっきまで何を握りしめていたのかしら? 都合が悪いことは聞こえないのね。もう一度言ってあげるわ。『触らないで! このヤリ○ン王子!』」
ホールに響き渡る私の声。
優雅なワルツが止まり、会場の空気が一瞬で張りつめ、ぴたりと静まり返った。全方位から突き刺さる視線の中、アルバートは気まずそうな雰囲気で立ち尽くしている。
「エリス、何を言っているんだ……! みんなが見ている前でそんな冗談は……」
「冗談ですって? ええ、そうね。あなたの存在そのものが壮大な冗談だったわ。これから皆さんに見ていただくのよ。メッキだらけの王子様の化けの皮が無様に剥がれ落ちる瞬間をね」
言葉を失うアルバートの視線の先に、会場の入り口に佇む人影が見えた。
リディア・クロフォードだった。
私が指を差すと彼女はきょとんとした顔をする。
「あら、共犯者様のご登場ね。随分と遅かったじゃない。森の中での濃厚な『お勉強』はそんなに長引いてしまったのかしら?」
「……っ!」
リディアは真っ青な顔で立ち尽くす。
会場が「森?」「お勉強って……」という囁きで大きくどよめいた。
「エリス、やめるんだ! 君は何かとんでもない誤解をしている! 疲れているんだ!」
「誤解? 私のこの目で、この耳でしっかりと見聞きした全てを誤解だとおっしゃるの? あなたたちが近くの森で、発情期の獣みたいに交尾をしていたことも?」
ざわめきが悲鳴に近いものに変わる。
「『リディア……っ、ああ……君は本当に……最高だ』ですって? 泣かせる台詞じゃない。ついでに『エリスの前では完璧な王子様でいなきゃいけなくて窮屈だ』とも言っていたわよね? 私、あなたの正直な気持ちが聞けて、感動で涙が出そうだったわ」
「そんな……嘘だ……!」
アルバートが必死に否定する。
「嘘ですって? じゃあ、そっちの女はどうなのよ!」
私はリディアを指差した。
彼女は恐怖に引きつった顔で後ずさっている。
「男に捨てられて寂しいからって誰にでも尻尾を振る発情メスブタが! 人の恋人に色目を使って体を慰めてもらう気分はどう!? 『私にはアルバートしかいないの』って顔をして、股を開くのはさぞかし気持ちが良かったでしょうねぇ!」
「ひっ……! ちが……私は……!」
「黙れ、ヤリ○ン姫!」
場の空気は完全に凍り付いていた。
リディアはくずおれそうになるのを必死で堪えている。
「誤解だ! 全てエリスの妄想だ! 誰かが吹き込んだ悪質な嘘に違いない!」
アルバートが最後の悪あがきとばかりに叫んだ。私はその滑稽な姿を冷ややかに笑い飛ばす。
「嘘? 妄想? なら、その乱れたドレスと、あなたのズボンの腿のあたりについているその汚らわしい染みは何かしら? まさか……草木の汁なんかじゃないわよね?」
アルバートとリディアははっとしたように自分たちの服に目を落とす。シャンデリアの眩い光がそれを無慈悲に照らし出していた。リディアのスカートの裾に、そしてアルバートの黒いズボンの内腿に、白く濁った生々しい何かが言い逃れのできない証拠としてべったりとくっついていた。暗い森の中で気づかなかったのだろう。
「「あっ……」」
会場が絶句し、やがてあちこちから「うそ……」「最低……」「気持ち悪い……」という軽蔑の囁きと、押し殺したような悲鳴が波のように広がっていく。
アルバートは言葉を失い、茫然としている。
ゆっくりと彼に一歩近づく。
「あなたは王子様なんかじゃないわ。ただ欲望のままに動くだけの、見栄っ張りで嘘つきで、自分の過ちすら認められない陳腐な男。私、あなたと恋人だった時間、婚約の約束を交わした瞬間、そのすべてが私の人生から消し去りたい汚点よ」
次に泣き崩れる寸前のリディアに視線を移した。
「あなたもよ。『アルバートを許してあげて』? よくもまあ、どの口がそんなことを言えたものね。彼を救えるのは私だけ? ふざけるのも大概にしてちょうだい。あなたたちは二人揃って、泥沼の底にでも沈んでなさい。誰からも相手にされない、お似合いの汚物カップルよ」
リディアは「ひっ」と短い悲鳴を上げてその場にへたり込んだ。最後にすっかり軽くなった心で侮蔑を込めて見据えた。
「さようなら、偽物の王子様。私の人生に金輪際関わらないで!」
私は毅然として彼らに背を向けた。
その瞬間、すっと柱の影からレオが現れる。
「最高だったぜ、お姫様。今まで見た中で一番いい顔してる」
レオは私をエスコートするように腰に手を回し、割れる人垣の中を堂々と歩いていく。
後ろからはもう誰の声も聞こえなかった。
ただ、好奇と侮蔑と嘲笑の視線に晒され続ける哀れな二つの影がシャンデリアの下で永遠に立ち尽くしているだけだった。
166
あなたにおすすめの小説
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
オネエな幼馴染と男嫌いな私
麻竹
恋愛
男嫌いな侯爵家の御令嬢にはオネエの幼馴染がいました。しかし実は侯爵令嬢が男嫌いになったのは、この幼馴染のせいでした。物心つく頃から一緒にいた幼馴染は事ある毎に侯爵令嬢に嫌がらせをしてきます。その悪戯も洒落にならないような悪戯ばかりで毎日命がけ。そのせいで男嫌いになってしまった侯爵令嬢。「あいつのせいで男が苦手になったのに、なんであいつはオカマになってるのよ!!」と大人になって、あっさりオカマになってしまった幼馴染に憤慨する侯爵令嬢。そんな侯爵令嬢に今日も幼馴染はちょっかいをかけに来るのでした。
英雄の可愛い幼馴染は、彼の真っ黒な本性を知らない
百門一新
恋愛
男の子の恰好で走り回る元気な平民の少女、ティーゼには、見目麗しい完璧な幼馴染がいる。彼は幼少の頃、ティーゼが女の子だと知らず、怪我をしてしまった事で責任を感じている優しすぎる少し年上の幼馴染だ――と、ティーゼ自身はずっと思っていた。
幼馴染が半魔族の王を倒して、英雄として戻って来た。彼が旅に出て戻って来た目的も知らぬまま、ティーゼは心配症な幼馴染離れをしようと考えていたのだが、……ついでとばかりに引き受けた仕事の先で、彼女は、恋に悩む優しい魔王と、ちっとも優しくないその宰相に巻き込まれました。
※「小説家になろう」「ベリーズカフェ」「ノベマ!」「カクヨム」にも掲載しています。
わたしは夫のことを、愛していないのかもしれない
鈴宮(すずみや)
恋愛
孤児院出身のアルマは、一年前、幼馴染のヴェルナーと夫婦になった。明るくて優しいヴェルナーは、日々アルマに愛を囁き、彼女のことをとても大事にしている。
しかしアルマは、ある日を境に、ヴェルナーから甘ったるい香りが漂うことに気づく。
その香りは、彼女が勤める診療所の、とある患者と同じもので――――?
砕けた愛
篠月珪霞
恋愛
新婚初夜に男に襲われた公爵令嬢エヴリーヌは、不義密通の罪を被せられた。反逆罪に問われた彼女の一族は処刑されるが、気付くと時間が巻き戻っていた。
あなたへの愛? そんなものとうに、砕け散ってしまいました。
俺の可愛い幼馴染
SHIN
恋愛
俺に微笑みかける少女の後ろで、泣きそうな顔でこちらを見ているのは、可愛い可愛い幼馴染。
ある日二人だけの秘密の場所で彼女に告げられたのは……。
連載の気分転換に執筆しているので鈍いです。おおらかな気分で読んでくれると嬉しいです。
感想もご自由にどうぞ。
ただし、作者は木綿豆腐メンタルです。
好きじゃない人と結婚した「愛がなくても幸せになれると知った」プロポーズは「君は家にいるだけで何もしなくてもいい」
佐藤 美奈
恋愛
好きじゃない人と結婚した。子爵令嬢アイラは公爵家の令息ロバートと結婚した。そんなに好きじゃないけど両親に言われて会って見合いして結婚した。
「結婚してほしい。君は家にいるだけで何もしなくてもいいから」と言われてアイラは結婚を決めた。義母と義父も優しく満たされていた。アイラの生活の日常。
公爵家に嫁いだアイラに、親友の男爵令嬢クレアは羨ましがった。
そんな平穏な日常が、一変するような出来事が起こった。ロバートの幼馴染のレイラという伯爵令嬢が、家族を連れて公爵家に怒鳴り込んできたのだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる