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60.勝者への招待状
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帝国が張り巡らせた「大陸経済連合」という名の包囲網。それは見えない鎖となって、大陸諸国の自由な交易を締め上げようとしていた。
私とシオンを乗せた馬車はアトランシアの門を出て西へと急ぐ。最初の目的地はかつて東西貿易の要衝として栄えたノーランド共和国。
「共和国とは名ばかり……今や帝国の顔色を窺う属国同然か」
車窓から見える光景にシオンが眉をひそめる。関所には帝国の紋章が入った旗が翻り、横暴な検閲が行商人たちの列を停滞させていた。この国は帝国の圧力に最も苦しんでいる場所の一つ。ノーランドの議事堂に通された私たちは疲弊しきった表情の大統領と対面した。
「……悪いことは言わん、お引き取りを。我々には帝国に逆らって貴国と手を組む余力などないのだ」
大統領は力なく首を横に振った。彼の手元には帝国から押し付けられた不平等条約の書類が散乱している。
「帝国に睨まれれば我が国の物流は即座に死ぬ。関税を引き上げられ、資源を止められれば終わりだ。悪いが貴殿らの『勇気』に付き合えない」
拒絶は想定内。私は大統領の怯えた瞳を真っ直ぐに見据え、
「大統領、一つ訂正させていただきたいことがあります。私たちは共倒れのお誘いに来たのではありません。――『勝者』への招待状をお持ちしたのです」
「勝者……だと?」
懐から一枚の書状を取り出し、卓上に広げた。そこにはヴェリタス王国の連名による新たな通商連合の草案が記されている。
「帝国が築こうとしているのは支配と搾取のための『牢獄』です。彼らの連合に入れば、貴国は永遠に帝国の下請けとして、安く買い叩かれ、高く売りつけられるだけの存在に成り下がる。徐々に首を絞められ、気づいた時には国家としての意志すら奪われる。……それが貴国の望む未来ですか?」
「……そんなことは百も承知だ。現実問題として物資が……!」
「物資なら私たちが保証します」
私は間髪入れずに言い切った。
「我々は帝国の資源封鎖を技術力で無効化しました。そして今、私の背後には王国の穀倉地帯と工業地帯がある。貴国がこちらの陣営に加われば、帝国に依存しない新たな経済圏が完成する。……関税も撤廃し、対等なパートナーとして市場を共有するのです」
私はダメ押しとばかりに鞄から小型の『アトラ・ワークスⅡ』を取り出し、机の上に置いた。
「これは帝国の資源独占を打ち砕いた証です。大統領、時代は変わりました。古い巨木にしがみついて共に腐りゆくか、新しい風に乗って再び繁栄の帆を上げるか。……貴方ならどちらが『国益』を生むかお分かりのはずです」
長い沈黙の間、視線が机上の二つの書類――帝国の搾取か、王国との共闘か――を行き来する。
「……私の祖父は言っていたよ。最も罪深いのは損失を出すことではない。好機を見逃すことだと」
大統領は帝国の書類を脇へ押しやり、私の書状を引き寄せた。
「……礼を言う。おかげで目が覚めたよ。私が守るべきは『帝国の機嫌』ではなく、『無二の国民』だったということを。乗ろう、その勝者への船に」
ノーランド共和国との秘密協定締結。この成功はまるでドミノ倒しの最初の一枚となった。
私たちは休む間もなく国境を越え、西へ、北へと走った。鉱山資源を抱えながら安値で買い叩かれていた山岳公国、帝国の織物に市場を奪われ喘いでいた繊維の国。
「帝国は貴国を守りません。管理するだけです」
「自由で対等な関係を。私たちとならそれが叶います」
行く先々で各国の指導者たちのくすぶっていた不満の火種に遠慮なく油を注ぎ、変革という火を灯して回った。
私とシオンを乗せた馬車はアトランシアの門を出て西へと急ぐ。最初の目的地はかつて東西貿易の要衝として栄えたノーランド共和国。
「共和国とは名ばかり……今や帝国の顔色を窺う属国同然か」
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「……悪いことは言わん、お引き取りを。我々には帝国に逆らって貴国と手を組む余力などないのだ」
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「帝国に睨まれれば我が国の物流は即座に死ぬ。関税を引き上げられ、資源を止められれば終わりだ。悪いが貴殿らの『勇気』に付き合えない」
拒絶は想定内。私は大統領の怯えた瞳を真っ直ぐに見据え、
「大統領、一つ訂正させていただきたいことがあります。私たちは共倒れのお誘いに来たのではありません。――『勝者』への招待状をお持ちしたのです」
「勝者……だと?」
懐から一枚の書状を取り出し、卓上に広げた。そこにはヴェリタス王国の連名による新たな通商連合の草案が記されている。
「帝国が築こうとしているのは支配と搾取のための『牢獄』です。彼らの連合に入れば、貴国は永遠に帝国の下請けとして、安く買い叩かれ、高く売りつけられるだけの存在に成り下がる。徐々に首を絞められ、気づいた時には国家としての意志すら奪われる。……それが貴国の望む未来ですか?」
「……そんなことは百も承知だ。現実問題として物資が……!」
「物資なら私たちが保証します」
私は間髪入れずに言い切った。
「我々は帝国の資源封鎖を技術力で無効化しました。そして今、私の背後には王国の穀倉地帯と工業地帯がある。貴国がこちらの陣営に加われば、帝国に依存しない新たな経済圏が完成する。……関税も撤廃し、対等なパートナーとして市場を共有するのです」
私はダメ押しとばかりに鞄から小型の『アトラ・ワークスⅡ』を取り出し、机の上に置いた。
「これは帝国の資源独占を打ち砕いた証です。大統領、時代は変わりました。古い巨木にしがみついて共に腐りゆくか、新しい風に乗って再び繁栄の帆を上げるか。……貴方ならどちらが『国益』を生むかお分かりのはずです」
長い沈黙の間、視線が机上の二つの書類――帝国の搾取か、王国との共闘か――を行き来する。
「……私の祖父は言っていたよ。最も罪深いのは損失を出すことではない。好機を見逃すことだと」
大統領は帝国の書類を脇へ押しやり、私の書状を引き寄せた。
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