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61.君に喜んでほしくて※シオンside
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帝国が張り巡らせた「大陸経済連合」という名の包囲網を切り崩すべく、俺とルティアの旅は続いていた。ノーランド共和国を皮切りに山岳公国、繊維の国……行く先々でヴェリタス王国代表として、各国の指導者たちと昼夜を問わず交渉を重ねた。
彼女の言葉は常に理路整然とし、将来への確かなビジョンを訴える。帝国の圧力に怯える者たちを時に励まし、時に鋭くその利害を突き、着実に包囲網を内側から切り崩していく。その姿はまさに女神のよう。
だが、夜、宿に戻るとその女神がまとう鎧に、微かな軋みが生じていることに気づいていた。部屋に戻ってもすぐに地図と資料を広げ、次の訪問国の情勢分析を始める彼女。日に日に疲労感が増え、目の下にはうっすらと隈が浮かんでいる。
「ルティア、少し休んだらどうだ」
何度そう声をかけても、彼女は「大丈夫よ。今が正念場だから」と笑うだけ。そんな時ふと彼女がいつだったか、ぽつりと呟いた言葉を思い出す。
『子供の頃、母がよく作ってくれたの。ふわふわの卵に包まれたご飯……オムライスって言うのよ。それが大好きで』
―――――彼女が説明してくれたオムライスなる食べ物。俺の中で何かが決まった。幸い、この旅には俺の故郷、クレイヴァーン領の食材を積んである。長旅になることを見越し、手配しておいたもの。宿の主人に厨房を半日借り切る許可を得た。
俺が彼女を支えなければならない。言葉ではなく行動で。彼女が肩の力を抜き、心の底から安らげるような、そんなひとときを俺が作ってみせる。
領地の地鶏の胸肉を小気味よく刻み、太陽をたっぷり浴びた玉ねぎをみじん切りにする。慣れない手つきで涙を流しながらも、彼女の喜ぶ顔を思い浮かべると不思議と笑みがこぼれた。
米を鶏肉や野菜と共にバターで炒め、塩コショウで味付けをしていく。問題はここからだ。新鮮な卵を溶き、薄く、そして均一に焼き上げる。フライパンの上で黄金色の円盤が踊る。緊張の一瞬。ライスを中央に乗せ、フライパンの柄を叩き、手首のスナップを利かせて……包む!
一度目は無惨に破れ、二度目は形が崩れた。三度目の正直で、なんとか不格好ながらもオムライスの形をしたものが完成した。仕上げにこれまた領地特産の完熟トマトを煮詰めたソースをかける。
「……さて彼女のイメージ通りだろうか」
俺は完成した一皿を盆に乗せ、静かに彼女の部屋へと向かった。案の定、扉を開けると彼女はランプの灯りを頼りに、書類とにらめっこをしていた。
「ルティア」
俺の声に彼女はゆっくりと顔を上げた。その瞳が俺の持つ盆の上の一皿を捉え、驚きに見開かれる。
「……オムライス?」
「ああ。息抜きが必要だと思ってな。たまには外交戦略より晩御飯の楽しみを…と思って」
そう言うと彼女はペンを置き、立ち上がってテーブルへとやってきた。子供のように目を輝かせて、湯気の立つオムライスを見つめている。
「すごい……あなたが作ってくれたの?」
「不格好だがな。領地から取り寄せた食材を使ってみたんだ。口に合うといいが……」
俺の不安をよそに、彼女は嬉しそうにスプーンを手に取った。そして赤いソースのかかった黄色い丘にスプーンを入れる。一口、ぱくりと頬張った。
緊張しながら彼女の反応を待つ。咀嚼する音だけがやけに大きく聞こえる。頼む、美味しいと言ってくれ。やがて、彼女の表情がふわりと綻んだ。それは交渉の席で見せる戦略的な笑みではない。心からの花が咲くような笑顔。
「ん……っ、美味しい!」
その一言に俺は全身の力が抜けるのを感じた。
「卵が口の中で優しくほどけるみたい。それにこの鶏肉、クレイヴァーン領の地鶏ね? 弾力があってとってもジューシー。なんだか、あなたの故郷と私の記憶が一皿の中で混ざり合ってるみたい」
彼女はそう言うと、また一口、また一口と夢中になって食べ進めていく。この外遊で張り詰めていた彼女の心の糸がゆっくりと解けていくのが分かった。
「……ふふ、驚いた。私の思い出話だけでここまで形にしちゃうなんて。シオン。……本当にありがとう。また明日から頑張れそう」
皿を空にした彼女が心からの笑顔で俺を見つめる。その飾らない表情が欲しかった。この愛しい笑顔を守るためなら、帝国の巨大な壁だろうと、どんな困難だろうと乗り越えていける。
厳しい旅路のただ中、しばし戦いを忘れ穏やかな時間を分かち合った。
彼女の言葉は常に理路整然とし、将来への確かなビジョンを訴える。帝国の圧力に怯える者たちを時に励まし、時に鋭くその利害を突き、着実に包囲網を内側から切り崩していく。その姿はまさに女神のよう。
だが、夜、宿に戻るとその女神がまとう鎧に、微かな軋みが生じていることに気づいていた。部屋に戻ってもすぐに地図と資料を広げ、次の訪問国の情勢分析を始める彼女。日に日に疲労感が増え、目の下にはうっすらと隈が浮かんでいる。
「ルティア、少し休んだらどうだ」
何度そう声をかけても、彼女は「大丈夫よ。今が正念場だから」と笑うだけ。そんな時ふと彼女がいつだったか、ぽつりと呟いた言葉を思い出す。
『子供の頃、母がよく作ってくれたの。ふわふわの卵に包まれたご飯……オムライスって言うのよ。それが大好きで』
―――――彼女が説明してくれたオムライスなる食べ物。俺の中で何かが決まった。幸い、この旅には俺の故郷、クレイヴァーン領の食材を積んである。長旅になることを見越し、手配しておいたもの。宿の主人に厨房を半日借り切る許可を得た。
俺が彼女を支えなければならない。言葉ではなく行動で。彼女が肩の力を抜き、心の底から安らげるような、そんなひとときを俺が作ってみせる。
領地の地鶏の胸肉を小気味よく刻み、太陽をたっぷり浴びた玉ねぎをみじん切りにする。慣れない手つきで涙を流しながらも、彼女の喜ぶ顔を思い浮かべると不思議と笑みがこぼれた。
米を鶏肉や野菜と共にバターで炒め、塩コショウで味付けをしていく。問題はここからだ。新鮮な卵を溶き、薄く、そして均一に焼き上げる。フライパンの上で黄金色の円盤が踊る。緊張の一瞬。ライスを中央に乗せ、フライパンの柄を叩き、手首のスナップを利かせて……包む!
一度目は無惨に破れ、二度目は形が崩れた。三度目の正直で、なんとか不格好ながらもオムライスの形をしたものが完成した。仕上げにこれまた領地特産の完熟トマトを煮詰めたソースをかける。
「……さて彼女のイメージ通りだろうか」
俺は完成した一皿を盆に乗せ、静かに彼女の部屋へと向かった。案の定、扉を開けると彼女はランプの灯りを頼りに、書類とにらめっこをしていた。
「ルティア」
俺の声に彼女はゆっくりと顔を上げた。その瞳が俺の持つ盆の上の一皿を捉え、驚きに見開かれる。
「……オムライス?」
「ああ。息抜きが必要だと思ってな。たまには外交戦略より晩御飯の楽しみを…と思って」
そう言うと彼女はペンを置き、立ち上がってテーブルへとやってきた。子供のように目を輝かせて、湯気の立つオムライスを見つめている。
「すごい……あなたが作ってくれたの?」
「不格好だがな。領地から取り寄せた食材を使ってみたんだ。口に合うといいが……」
俺の不安をよそに、彼女は嬉しそうにスプーンを手に取った。そして赤いソースのかかった黄色い丘にスプーンを入れる。一口、ぱくりと頬張った。
緊張しながら彼女の反応を待つ。咀嚼する音だけがやけに大きく聞こえる。頼む、美味しいと言ってくれ。やがて、彼女の表情がふわりと綻んだ。それは交渉の席で見せる戦略的な笑みではない。心からの花が咲くような笑顔。
「ん……っ、美味しい!」
その一言に俺は全身の力が抜けるのを感じた。
「卵が口の中で優しくほどけるみたい。それにこの鶏肉、クレイヴァーン領の地鶏ね? 弾力があってとってもジューシー。なんだか、あなたの故郷と私の記憶が一皿の中で混ざり合ってるみたい」
彼女はそう言うと、また一口、また一口と夢中になって食べ進めていく。この外遊で張り詰めていた彼女の心の糸がゆっくりと解けていくのが分かった。
「……ふふ、驚いた。私の思い出話だけでここまで形にしちゃうなんて。シオン。……本当にありがとう。また明日から頑張れそう」
皿を空にした彼女が心からの笑顔で俺を見つめる。その飾らない表情が欲しかった。この愛しい笑顔を守るためなら、帝国の巨大な壁だろうと、どんな困難だろうと乗り越えていける。
厳しい旅路のただ中、しばし戦いを忘れ穏やかな時間を分かち合った。
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