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日常編

8話 ギロチンガニのボイル

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 昼ごろ。それなのにも関わらず、アリアの店はガランとしている。有名店だったらこんなことないんだろうなぁ……とアリアは妄想を膨らませていた。そんなときだった。ドアが蹴破られそうなほど強く叩かれた。何度もドンドンと。
「ひぃっ!ドラゴンがいるぞ!火を吹かれる前に串刺しにしてしまえ!」
 メロが危ない、そう思ってアリアは飛び出した。すると、太った男が腰を抜かして、従者2人に無茶な命令を出していた。従者らしき男女は、大きなカニを持ち上げている……。
「あの……うちのドラゴンに何か?」
 人に見られていることに気づいた男は、慌てて服装を正した。
「ごほん。いや、なんでもない。ドラゴンを飼っているとは思わなくて。ここが例の店か?」
「例の店?」
「最近風の噂で聞いたんだが、突如として森の中に現れるレストランがあるという。ここか?」
「うーん、そうかもしれないですね」
「本当か!」
 後ろの従者たちがホッとした顔をしたように見える。一般男性くらいの大きさのカニを持ち上げるのはさぞかし辛かっただろう。カニをドスンと置くと、はぁ~とため息をついた。
「お前に頼みがある。この化物を調理してほしい」
「は、はぁ……。ギロチンガニをですか?」
 ギロチンガニとは、海に生息する魔物である。片方のハサミが巨大であり、これで人や他の生き物を襲う凶暴な魔物である。腕や首を落とされたという残虐な事件から、この名前が付けられたという。アリア自身は食べたことがないが、美味しいという噂は聞いている。
「あぁ。私の大好物なんだ。よろしく頼む」
「は、はぁ……。」
 巨大すぎてキッチンに置けないので、布を敷いて床に。アリアはしばらく悩んでいた。ギロチンガニの調理は基本的に専用の鍋を使う。けれど、アリアはそれを持っていない。どうするべきか……。特にこの個体は大きい。アリアは一旦男に聞きにいってみた。
「すみません、専用の鍋がないので、足をバラしてから調理してもいいですか?見た目が損なわれてしまいますが……」
「あぁ。それなら仕方ない。任せたぞ」
 許可も貰えた。これは骨が折れそうだ……。まず、ギロチンガニの足をとる。人力ではおそらく取れないので、父から貰った剣を突き刺す。
「硬っ……!」
 持ち慣れていない剣は重たいし、さらにギロチンガニの硬い殻を突き破るのには力がいる。腕が痛くなってきた。何度も何度も突き刺して、やっと1本足がとれた。
「っはぁ……。この……化物……」
 なぜこんな魔物を私に調理させたかったんだ?少し疑問が頭の中を巡ったが気にしないことにした。次の足だ。
「硬い……」
 それから足を全てとるのに30分かかった。身体中が痛い。カニの匂いがあたりに広がる。磯の匂いだ。
 さて、ギロチンガニは普通は塩ゆでして食べる。まずは2本、塩ゆでして出そう。鍋に水と塩を入れて、カニを入れる。魔法で火をつける。
「これでグツグツ言うまで待っていよう」
 少しずつ色が変わり、赤くなってきた。色が変わりもう少し茹でたら、完成。皿に盛り付けて、男のところへ持っていく。
「出来上がりです!どうぞ!」
「おお!素晴らしい……!」
 男はすぐにカニの足に食いついた。普通のカニと違い、これは人の力では折れないので、食べるときは金切りバサミのような専用のハサミを使う。
 関節をパチンパチンと切っていき、するりと身が抜けた。湯気が立っていて、身がふっくらしている。
 男はじゅっと音を立てて身を吸い込んだ。すぐにごくんと飲み込んだ。食べるのが早すぎる。噛まないのかな。
「この甘み!さすがギロチンガニだ!絶品だ……」
「よかったら、レモンを切りましょうか?レモン汁をかけても美味しいですよ」
 くし切りにしたレモンを出した。男は力任せにレモンを絞る。レモン汁が溢れる様を見てアリアは、この人なら自力でギロチンガニを捌けるんじゃ……と思った。
「よかったら、お二人もどうぞ。少し余分に茹でました」
 従者たちにも勧めるアリア。従者たちは顔をぶんぶんと横に振って拒否する。
「……?どうして食べないんです?」
「私達は、ご主人様のお食事を邪魔してはいけないと言われていますので……」
「そうですか……」
「そうだぞ!お前たちは帰ってから食べればいい」
 厳しい主従関係だ。私の店に来たからには、みんな笑顔になってもらいたいのに。アリアは少しモヤモヤとした気分になった。
「では、次の料理を作ってきます」
 キッチンに向かったアリア。すると、なにやら男と従者たちの会話が聞こえてきた。
「全く、お前たちがもの欲しそうな顔をするからだ!このギロチンガニは誰が採ってきたと思ってる!」
「はい……すみません」
 アリアは我慢できず飛び出した。
「待ってください!」
「なんだ?」
「私のお店で食事をしたいなら、みんな仲良くしてもらいます。主人も従者も関係なく」
「え、え?」
「メロ」
 メロが窓から顔を覗かせる。
「わかりましたね?」
「でも、分け与えたら私の分が……」
 と言いつつドラゴンに怯えたのか、男は頷いた。しかし、不満そうだ。
「安心してください。皆さんで分け合っても食べ切れないほどの料理を用意しますよ。それに……みんなで食べた方が楽しいですよ」
 アリアは振り返ってニコリと笑った。
 さて、料理開始だ。まずは、玉ねぎを薄切り、ニンニクを細かく切る。それから、パスタを固めに茹でる。
 それから、油を敷いてニンニク、玉ねぎを火にかけて炒める。
「よしよし、いい匂いがしてきたな。」
 このギロチンガニの足の身と蟹味噌を使えば3人分を超える量になりそうだ。まぁあの男は見るからに食べそうだし……大丈夫か。
 塩コショウをかけてから、生クリームとギロチンガニの甲羅をかち割った中身……蟹味噌を混ぜてから入れる。
 温まったら、麺を入れてソースを絡める。
「完成!!にしても……多いなぁ」
 大きな皿に盛っても溢れそうだ。第一、カニの身が大きすぎる。もっとほぐして細かくすればよかったとちょっとだけ後悔した。
「はーいできました……!」
「お!できたか!」
 従者たちも嬉しそうに立ち上がる。きっと、お腹空いてたんだろうな。こんもりとしたパスタの山に、嬉々とする3人。カニのいい香りが辺りに漂っている。
「美味そうだ……!じゃあ、お前たち、先に食え」
「いいんですか?」
「あ、あぁ……まぁ、羨ましそうに見られるのも少しあれだしな……。早く食え!」
「はい!」
 従者の2人は丁寧な所作でパスタを口に運んだ。マナーを躾けられているのだろうか。
「ん!美味しいです……!カニの風味がとても濃くて……。ギロチンガニ特有の甘みもありますし!」
 2人が味わっているところをじろじろ見ている男。男は早く食べたそうにしている。そりゃあそうか。
「あの……食べていいんですよ?」
「あ、あぁそうか。では」
 フォークに巻きつけて、口にする。すると、表情がころっと変わった。
「美味い!なんて美味いんだ!お前、一体何者なんだ?こんなに美味い料理を作る料理人はこの辺で見たことがない」
「それは……それは」
「なんだ?」
「秘密です!」
 アリアはニコニコして、人差し指を口に当てた。男は不思議そうに首を傾げていた。
 食べ終えると男は金貨がジャラジャラ入った袋を取り出した。
「これは今回の代金だ。あと、ギロチンガニを捌いてくれた礼も入っている。あと……2人の分の礼もな」
「え!」
「確かに皆で食べる食事は楽しかった。美味しかったのは、そのおかげなのかもしれないな。ありがとう」
「いえ……!こちらこそ皆さんで味わってもらえて嬉しいです!ありがとうございます!」
 アリアはペコリと礼をした。
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