遺言写師はかく語りき

猫野

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本編

4 訪問者

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 執務室の扉を叩く乾いた音。次いで、「失礼します」というハキハキとした声とともに扉が開いた。現れたのは、背筋をピンと伸ばしたミカの姿だ。
 部下から提出された捜査報告書に目を走らせていたセドリックは、その声に反応してペンを置き、顔を上げた。

「ミカか」
「小隊長、今しがた鑑定院から鑑定結果が届きました」

 ミカが差し出した分厚い封筒は、表面に赤字で「速達」と印字されており、一目で重要書類だとわかった。セドリックは机の引き出しから取り出したペーパーナイフで手早く封を切り、報告書を取り出した。
 十数枚に及ぶ報告書の、重要な箇所だけをかいつまんで斜め読みする。ページを捲るにつれ、セドリックの眉間に皺が寄っていった。

「ネブラリスの根毒か……」

 ネブラリスは乾燥した環境を好む低木で、暖かい時期には白い花を咲かせる。見た目だけなら、美しい植物だ。しかし、その根にできるコブから抽出される液体は、ティースプーン一杯で人間が五十人は死ぬと言われる猛毒だ。
 ネヴァルのような多湿な環境では自生しないが、害獣駆除や除草剤として流通しているものだ。

「珍しい毒ですか?」
「取扱注意指定の薬品ではあるが、業者であればある程度入手可能だろうな……。ただ、念のためその方向でも探れるか」
「はい、お任せください」

 勢いよくそう答えたミカが胸に手を当てた、そのときだった。再び、扉を叩く音が執務室に響いた。
 セドリックが視線を送ると、ミカは即座にその意図を察知し、「それでは失礼します」と一礼して踵を返した。

「入れ」

 セドリックが扉の向こうに短く応えると、ミカと入れ違うようにしてイリスが現れた。長いブロンドを靡かせ、洗練された所作で敬礼した。

「小隊長、お取り込みのところ申し訳ありません。小隊長にお客様がいらっしゃっています。お通ししてもよろしいでしょうか」

 約束はないはずだが、誰だろうか。
 不思議に思いながらセドリックが頷くと、イリスが扉を開け、客人をエスコートした。扉の向こうからひょこりと顔を出したのは、意外な人物だった。

「――アルヴェスさん」

 セドリックが驚いて名前を呼ぶと、リオネルは遠慮がちに会釈をした。

「突然の訪問、申し訳ありません」

 リオネルが頭を下げると、長い髪が揺れ、淡い色のコートにかかった。先日会ったときは後ろで一つに結われていたプラチナブロンドが、今日はそのまま下ろされている。そのせいか、どこか新鮮な印象を受けた。
 上等な生地で拵えられた薄手のコートは、彼のすらりとした体格によく合っていた。飾り気のない警備隊の執務室の中で、ひときわ輝いて見える。
 セドリックは慌てて立ち上がり、入り口に所在なさげに立つリオネルへと歩み寄った。ふわりと甘く香る花の匂いを感じつつ、革張りのソファを手で示す。

「どうぞ、お座りください」

 預かったコートをコート掛けに吊るしながら、セドリックは悟られぬよう視線だけをずらし、遠慮がちにソファに座るリオネルの様子を窺った。
 俯き気味の顔には髪がかかり、隙間から覗く涼やかな目元は、以前と変わらず感情の起伏を映さない。

「本日はどうされましたか」

 セドリックが正面に腰を下ろして尋ねると、リオネルはセドリックの鳩羽色はとばいろの瞳を見上げ、しばし逡巡した。
 小隊長としての厳しい目つきをできる限り抑え、安心させるように表情を緩める。すると、リオネルは居住まいを正し、意を決したように口を開いた。

「先日は、追い返すような真似をしてしまい……申し訳ありませんでした」

 リオネルはそう言って、上品な所作で目線だけを伏せた。
 意外だった。最後に会ったときは、貝のように口を閉ざし、沈黙でセドリックを拒んでいた。取り付く島もないとはこのことだ。しかし今は、一転して態度が軟化している。なにが彼を変えたのだろうか。
 セドリックとて、先日の彼とのやりとりには思うところがあった。自分が間違ったことを言ったとは思わない。しかし、セドリックに警備隊としての矜持があるように、リオネルにも守るべきものがある。
 リオネルの律儀な態度に感化され、セドリックも正直な想いを返すことにした。
 
「……いえ。私も、貴殿の職責への敬意を欠いておりました」

 立場上、これがセドリックができる精一杯の誠意だった。警備隊の隊員は、それぞれが組織を代表している。安易に謝罪すれば、組織の誤りを認めることになりかねないからだ。
 リオネルはその含意を汲み取ったのだろう。安心したように、ほんの少しだけ表情を緩めた。これまで緊張の面持ちを崩すことのなかったリオネルのその変化は、まるで固い蕾がほころんだかのようだった。
 思わず目を奪われたセドリックに気付かぬまま、リオネルは言葉を切り出した。

「実は、あのときお伝えできなかったのですが……」

 リオネルがぽつりぽつりと語り始めたのは、驚くべき内容だった。
 ヴィクトルと最後に会ったとき、彼はすでに自らの死期を悟っていたというのだ。

「それは、自身が狙われていることを察知していた、ということですか?」

 思わぬ情報に、セドリックは自然と身を乗り出し、リオネルの言葉を待った。入り口付近で控えていたイリスも、興味深そうにリオネルの発言に耳をそば立てていた。
 リオネルは記憶を辿るように、視線を左上へと動かした。
 
「ええ。『この家に、私の死を願う者がいる。そうなる前に、自分に正直になりたい』と」

 この家に、ということは――身内か、使用人か。いずれにしても、ヴィクトルが身の危険を感じるような〝なにか〟があったということだ。それも、外部ではなく、身近な人間から。
 ネブラリスの根毒は即効性のある毒だ。犯行を成立させるためには、朝、あの邸宅で被害者に毒を盛る必要がある。もともと身内の犯行の可能性が高いと考えていたが、その線が、より決定的となった。
 
「貴重な証言、感謝します」

 セドリックが礼を言うと、リオネルは安堵したように小さく息を吐き、肩の力を抜いた。
 あのように意見をぶつけ合ったあとだ。ここに一人で訪ねてくるのは、勇気がいっただろう。ただでさえ警備隊は、存在そのものが市民にプレッシャーを与えるのだから。
 しかし、そんな中でもリオネルはここに来てくれた。見て見ぬふりもできるというのに。それがなにより、リオネルが信頼に足る人物だと、セドリックに思わせた。

「一つ、お聞きしても?」
「……はい、なんでしょう」

 セドリックの問いかけに、リオネルは身構えるように体を固くした。その反応に、セドリックが慌てて言葉を継ぐ。

「ああ、いえ。相続人については、もう聞きません。――アルヴェスさん、あなたは、誰がローデリク氏を殺害したと思いますか」
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