遺言写師はかく語りき

猫野

文字の大きさ
9 / 19
本編

9 揺れるリボン

しおりを挟む
 朝の光が、宿の窓から差し込んでいた。輪郭のはっきりとした強い光は、ノースクレストの部屋に差す朝陽とはまるで違っていて、ここが旅先であることが実感できる。
 洗面台の前に立ち、いつもと同じルーティンで身支度を整える。朝陽を反射してきらきらと輝く白銀の長髪を櫛で梳いていたリオネルの手が、迷うように止まった。

 ――髪、どうしようかな。
 家の中では邪魔にならないよう結い上げ、外出するときにはチョーカーを隠すために下ろす。普段は考えるのが面倒なこともあり、習慣に倣うのが常だった。
 手入れに気を遣っている、せっかくの長い髪。宝の持ち腐れだとも思うが、これまで着飾る必要性をたいして感じてこなかったのだから、仕方がない。

 しかし、今日の外出は一人ではない。そう、セドリックと一緒なのだ。
 旅先なので、服は手持ちのものから選ぶしかないのだが、せめてヘアスタイルくらいは――。

「――って、もう……。どうしてこんなに緊張してるんだろう……」

 自分で思っているよりずっと、この外出を楽しみにしていたのだと気づかされた。



 ◇



 宿のロビーへと繋がる階段を降りると、カウンターのそばに立ち、手帳へ視線を落とすセドリックの姿があった。

「セドリックさん」

 近寄りながら声をかけると、セドリックが顔を上げた。

「おはようございます、リオネルさん。早いですね」
「おはよう、ございます……」

 その立ち姿に、思わず見惚れた。生成りのシャツに、濃色のカーディガンと短丈のコートを重ねた装いで、誰も彼が仕事中の警備隊だとは思わないだろう。さながら、休日の市民のような出で立ちだった。

「今日は私服なのですね……?」
「隊服では目立ちますから」

 そう言って笑顔を浮かべるセドリックからは、初めて会った頃の厳格さは薄れていた。落ち着いた雰囲気が、年上の余裕を醸し出している。

「体調はいかがですか」
「あ……はい、おかげさまで」
「そうですか。どうか、ご無理はなさいませんよう」
「ありがとうございます。……ずっと部屋にいるのも、落ち着かなくて」

 リオネルは、昨日のことを思い出しながら苦笑した。
 自宅ならまだしも、旅先では時間を潰すのも一苦労だった。睡眠にも限界があるし、持参してきた本もすぐに読み終えてしまう。やることといえば、外の景色を眺めるくらいしかなかった。
 体が固まってしまうので、いっそのこと散歩にでも出たかったのだが、外出するときは隊員を付けるから必ず連絡するよう、セドリックから言い含められていた。
 だが、たかが散歩に警備隊を付き合わせることなど、できるわけがない。結局リオネルは時間を持て余し、再び本を片手にシーツへ倒れ込んだのだった。

「まずは、ブレリー通りにある古道具店でよろしいですか」

 リオネルが一昨日伝えた予定を記した手帳を、セドリックが読み上げた。
 リオネルは古道具や家具、雑貨が好きだ。新しいものは機能的で実用的だが、アンティークにも独特の魅力がある。
 特に名告げ人であるリオネルは、物に残る残渣的な感情から、その物の歴史を感じることができる。うっすらとそれぞれの物がまとう記憶に想いを馳せる時間が、リオネルは好きだった。
 ノースクレストにも店は多いが、古道具は一期一会。その店に行かなければ出会えないものも多い。そのため、旅先で古道具店を巡るのは、リオネルの習慣になっていた。
 リオネルは、気が引けながらも頷いた。

「すみません、買い物なんかに付き合わせてしまい……」
「お気になさらず。むしろ、我々が不甲斐ないばかりに、私的な用事にお邪魔してしまい申し訳ありません」

 隊服を着ていなくても、セドリックはセドリックだった。その固い口調からは、彼の責任感の強さが窺えた。
 セドリックの先導で宿の裏口から外へ出ると、装飾の少ない質素な馬車が停まっていた。

「馬車を用意しましたので、お乗りください」
「……なにからなにまで、すみません」

 セドリックは扉を開け、無駄のない仕草で手のひらを差し出した。リオネルは戸惑いながら、そっとその手のひらに自分の手をのせる。すぐに、強い力で握り返された。
 リオネルが先に馬車の中で待っていると、御者と二言三言の会話を交わしたあと、セドリックも乗り込んできた。四人席の奥に座るリオネルの、対角線上に腰を下ろす。

「到着まで三十分ほどありますから、そのチョーカー、外してはいけないのでしょうか」
「え……」
「もちろん、無理にとは言いませんが……」

 正直なところ、かなりありがたかった。セドリックといると、なぜか感情が乱れてしまう。

「……では、お言葉に甘えて」

 リオネルは後ろ手にチョーカーを外し、コートのポケットにしまった。
 ふと、セドリックがじっとこちらを見ていることに気がついた。だが、視線が合うようで合わない。

 ――髪型を見てる? 少し変えたこと、気づいてくれたのだろうか……。
 部屋を出る直前まで散々悩んだ挙げ句、結局、細めの黒いリボンを使ってハーフアップに髪をまとめた。偶然持っていた黒の服と合われば、全体がモノトーンにまとまる。
 普段はバレッタを使うのだが、ないものは仕方がない。咄嗟とはいえ、衣類をまとめていたベルベット素材のリボンを活用できたのは、我ながら良い発想だったと思う。

「あの……どうかされました?」

 リオネルが遠慮がちに尋ねると、セドリックははっとして首を振った。

「いえ……。自分に力があれば、あなたがそんなものをつけずに自由に外を歩けるのにと、悔しく思っておりました」
「えっ? あっ、ああ……」

 リオネルは、かっと熱くなった顔を隠すように俯いた。
 ――チョーカーの話か。
 てっきり、めかし込んで来たことに気づいてくれたのだと、都合の良い想像をしていた。あわよくば、良い印象を持ってくれたら、とまで。
 セドリックが志の高いことを考えている一方で、自分のなんと浅はかなことか。リオネルは恥ずかしさを紛らわすように、指先を擦り合わせた。

「……リオネルさん?」

 セドリックは、不思議そうに首を傾げた。

「いえ、その……少し張り切って髪を整えたものですから、それに気づいていただいたのかと……。自意識過剰で……恥ずかしいです……」

 リオネルが正直に白状すると、セドリックは「えっ……そ、それは……」と狼狽し、両目をぱちぱちと何度も瞬かせた。心なしか、耳が赤い。
 
「もちろん、一目見たときから、素敵だと思っておりました……! その、長い紐が、髪とともに流れて揺れるので、美しくて、つい目で追ってしまうのを堪えておりました。……とてもよくお似合いです」

 セドリックは膝の上で緊張したように拳を作った。
 慣れていないのだろう。いつもは、はきはきと余裕のある物言いのセドリックが、ところどころつっかえながらリオネルを褒めた。
 そんなセドリックを、少し意外に思う。もの慣れていそうな彼のことだ。女性をスマートに褒める場面なんて、容易に想像できるというのに。

「あ、ありがとうございます……」

 過分な言葉に、リオネルはますます肩をすぼめて小さくなった。
 これでは、言わせたも同然だ。気を遣わせてしまった。
 恥ずかしすぎて、顔から火を吹きそうだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

兄弟カフェ 〜僕達の関係は誰にも邪魔できない〜

紅夜チャンプル
BL
ある街にイケメン兄弟が経営するお洒落なカフェ「セプタンブル」がある。真面目で優しい兄の碧人(あおと)、明るく爽やかな弟の健人(けんと)。2人は今日も多くの女性客に素敵なひとときを提供する。 ただし‥‥家に帰った2人の本当の姿はお互いを愛し、甘い時間を過ごす兄弟であった。お店では「兄貴」「健人」と呼び合うのに対し、家では「あお兄」「ケン」と呼んでぎゅっと抱き合って眠りにつく。 そんな2人の前に現れたのは、大学生の幸成(ゆきなり)。純粋そうな彼との出会いにより兄弟の関係は‥‥?

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

王様の恋

うりぼう
BL
「惚れ薬は手に入るか?」 突然王に言われた一言。 王は惚れ薬を使ってでも手に入れたい人間がいるらしい。 ずっと王を見つめてきた幼馴染の側近と王の話。 ※エセ王国 ※エセファンタジー ※惚れ薬 ※異世界トリップ表現が少しあります

逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦

雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、 隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。 しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです… オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が なかたのでした。 本当の花嫁じゃない。 だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、 だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という お話です。よろしくお願いします<(_ _)>

悪役Ωは高嶺に咲く

菫城 珪
BL
溺愛α×悪役Ωの創作BL短編です。1話読切。 ※8/10 本編の後に弟ルネとアルフォンソの攻防の話を追加しました。

処理中です...