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本編
10 グレイウッド古物商
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グレイウッド古物商――中央区ブレリー通りから一本裏の路地に店を構える、この辺りでは比較的敷地面積の広い古道具店だ。初めて訪れる者にはやや見つけにくいが、知る人ぞ知る店として長い歴史がある。
リオネルがこの店を訪れるのは、数ヶ月ぶりだった。
古道具ゆえ、店内の陳列ががらりと様変わりすることはない。だが、こだわりの強い店主が、定期的にルクシェル国内にとどまらず国外からも様々な伝手で仕入れをしているため、訪れるたびに新しい出会いがある。
リオネルが繊細な細工の彫られた扉の取っ手に手をかけるより先に、背後から伸びた手がそれを押さえた。
「どうぞ」
「……ありがとうございます」
ことあるごとにこうして丁寧に扱われると、どうにも落ち着かない気持ちになる。一日が終わる頃には、はたして慣れているのだろうか。そんな数時間後の自分の姿は、まったく想像ができなかった。
低く落ち着いた声に促され、リオネルは小さく会釈をして、店の中へと足を踏み入れた。
軋む扉がゆっくりと閉じると、外の喧騒が断ち切られる。
停滞した空気に混じる、古い木と布の匂い。店内は薄暗く、外の光は高い位置にある小窓から、わずかに差し込むのみだった。
古い棚やテーブルがひしめくように並び、古書や装飾品、食器、そして用途不明の小物などが、雑然と、しかし独特の秩序を保って並べられている。
店の奥には小さなカウンターがあり、店主らしき丸眼鏡の小柄な老人が、置物のように微動だにせず座っていた。
背後で、セドリックが興味深そうに店内を見回す気配を感じながら、リオネルはゆっくりと品物を吟味し始めた。たくさんの品物の中から運命の一品を探すこの作業は、宝探しのようで心が躍る。
気づけば、少し後ろについて回るセドリックの存在などすっかり忘れ、リオネルは古物との対話の世界に飲み込まれていった。
時間が経つのを忘れるほど熱中していたようで、気づけばかなりの時間が過ぎていた。
店内を見回すと、奥に設えられたアンティークの革張りの一人掛けソファに座るセドリックを見つけた。いつのまに手に入れたのか、本を片手に、視線を落としている。
長い手足をゆったりと、そして上品に流して座る姿は、それだけで様になっていた。まるで挿絵のようなその姿を、リオネルがぼんやりと見つめていると、やがてセドリックが顔を上げた。ぱたりと本を閉じ、立ち上がる。
「もうよろしいのですか?」
さぞ退屈だっただろうに、そんな感情はおくびにも出さないセドリックに、申し訳なさが募る。
昔から、鈍臭く不器用なくせに、一度集中すると周りが見えなくなる質で、家族にはしょっちゅう呆れられていた。こんなとき、父なら一瞥して、舌打ちの一つでもしているだろう。
だがセドリックは舌打ちどころか、相変わらず柔らかな表情のまま笑いかけてくれる。なんておおらかな人なのだろうと、リオネルはしみじみ思った。
「……お待たせして、申し訳ありません」
「とんでもない。リオネルさんの楽しそうなお姿を拝見できて、僥倖でした。それに、私のほうも良い巡り合わせがありましたから」
セドリックは本を掲げ、笑顔を浮かべた。文庫本よりやや大きめのそれには、表紙に『戦地覚書』と印字されていた。装飾はなく、何度も読み返されたのだろう、ひどく摩耗していた。
「戦術書ですか」
「ええ。古いものですが、興味深い内容です」
警備隊であるセドリックらしい選択だと、リオネルは思った。
「警備隊は、戦地に赴くこともあるのですか?」
「今の隊では、まずありません。ただ、以前は特務班におりましたので、戦闘になることも多々ありました」
特務班は、警備隊の中でも特殊な存在で、国家を脅かすような重大事案を担当する少数精鋭の部隊だ。犯罪組織の摘発や対諜報活動が、主な任務だと言われている。
しかし、その実態は不明で、表向きには一応存在が知られているものの、具体的な活動内容や構成員については一切伏せられている。市民にとっては、縁遠い存在だ。
まさか、そんなところにいたなんて。きっと、相当な実力者なのだろう。暴漢から助け出してくれたときの、あの覇気にも頷ける。
「……よくぞ、ご無事で」
リオネルが声を潜めて言うと、セドリックは「ありがとうございます」と低く呟き、ふっと微笑んだ。
「――旦那」
低く嗄れた声が落ち、二人は同時に振り返った。見ると、店主の老人がじっとセドリックを見つめている。
何度かこの店には来ているが、リオネルは、店主が声を聞くのは随分と久しぶりだと感じた。
「そこのカーテンの向こう、見せてやってくれ」
枯れ枝のような指で示した先には、くすんだバーガンディ色のカーテンで区切られた空間がある。リオネルは店主の意図を察し、「ああ」と小さく呟きセドリックを見上げた。
「あそこは、戦場に残された持ち主不明の物が集まる場所なんです。ここのご店主が、外国や国内で処分されそうになったり、売買されていたものを、代々少しずつ集めてきたのだそうで」
「……そんなものが」
「いつか、ご本人やご遺族のもとに戻ることを、望まれているのですよね」
リオネルが視線を向けると、店主は無言のまま頷いた。セドリックは少しの間、考え込むようにじっとカーテンを見つめたあと、リオネルを振り返った。
「拝見しても?」
「もちろんです」
リオネルはその場で待とうとしたが、セドリックに促され、あとへと続いた。
カーテンの先には、背の高い棚が並ぶ狭い空間があった。店内でもひときわ光が届かないそこには、値札のない品々がひっそりと置かれている。
傷だらけの懐中時計、ところどころ破けた隊服、焦げ跡の残る片方だけの革手袋――。どれもが戦場の過酷さを物語っていた。
「かなり古いものから、比較的新しいものまでありますね」
「わかるのですか?」
「ええ、大体は。この隊服などは、かなり古い型ですね。二世代ほど前のものですから」
憂うでも、興奮するでもなく、ただ淡々と事実だけを語るセドリックの唇が、ある一点を視界に入れた瞬間、止まった。
リオネルがこの店を訪れるのは、数ヶ月ぶりだった。
古道具ゆえ、店内の陳列ががらりと様変わりすることはない。だが、こだわりの強い店主が、定期的にルクシェル国内にとどまらず国外からも様々な伝手で仕入れをしているため、訪れるたびに新しい出会いがある。
リオネルが繊細な細工の彫られた扉の取っ手に手をかけるより先に、背後から伸びた手がそれを押さえた。
「どうぞ」
「……ありがとうございます」
ことあるごとにこうして丁寧に扱われると、どうにも落ち着かない気持ちになる。一日が終わる頃には、はたして慣れているのだろうか。そんな数時間後の自分の姿は、まったく想像ができなかった。
低く落ち着いた声に促され、リオネルは小さく会釈をして、店の中へと足を踏み入れた。
軋む扉がゆっくりと閉じると、外の喧騒が断ち切られる。
停滞した空気に混じる、古い木と布の匂い。店内は薄暗く、外の光は高い位置にある小窓から、わずかに差し込むのみだった。
古い棚やテーブルがひしめくように並び、古書や装飾品、食器、そして用途不明の小物などが、雑然と、しかし独特の秩序を保って並べられている。
店の奥には小さなカウンターがあり、店主らしき丸眼鏡の小柄な老人が、置物のように微動だにせず座っていた。
背後で、セドリックが興味深そうに店内を見回す気配を感じながら、リオネルはゆっくりと品物を吟味し始めた。たくさんの品物の中から運命の一品を探すこの作業は、宝探しのようで心が躍る。
気づけば、少し後ろについて回るセドリックの存在などすっかり忘れ、リオネルは古物との対話の世界に飲み込まれていった。
時間が経つのを忘れるほど熱中していたようで、気づけばかなりの時間が過ぎていた。
店内を見回すと、奥に設えられたアンティークの革張りの一人掛けソファに座るセドリックを見つけた。いつのまに手に入れたのか、本を片手に、視線を落としている。
長い手足をゆったりと、そして上品に流して座る姿は、それだけで様になっていた。まるで挿絵のようなその姿を、リオネルがぼんやりと見つめていると、やがてセドリックが顔を上げた。ぱたりと本を閉じ、立ち上がる。
「もうよろしいのですか?」
さぞ退屈だっただろうに、そんな感情はおくびにも出さないセドリックに、申し訳なさが募る。
昔から、鈍臭く不器用なくせに、一度集中すると周りが見えなくなる質で、家族にはしょっちゅう呆れられていた。こんなとき、父なら一瞥して、舌打ちの一つでもしているだろう。
だがセドリックは舌打ちどころか、相変わらず柔らかな表情のまま笑いかけてくれる。なんておおらかな人なのだろうと、リオネルはしみじみ思った。
「……お待たせして、申し訳ありません」
「とんでもない。リオネルさんの楽しそうなお姿を拝見できて、僥倖でした。それに、私のほうも良い巡り合わせがありましたから」
セドリックは本を掲げ、笑顔を浮かべた。文庫本よりやや大きめのそれには、表紙に『戦地覚書』と印字されていた。装飾はなく、何度も読み返されたのだろう、ひどく摩耗していた。
「戦術書ですか」
「ええ。古いものですが、興味深い内容です」
警備隊であるセドリックらしい選択だと、リオネルは思った。
「警備隊は、戦地に赴くこともあるのですか?」
「今の隊では、まずありません。ただ、以前は特務班におりましたので、戦闘になることも多々ありました」
特務班は、警備隊の中でも特殊な存在で、国家を脅かすような重大事案を担当する少数精鋭の部隊だ。犯罪組織の摘発や対諜報活動が、主な任務だと言われている。
しかし、その実態は不明で、表向きには一応存在が知られているものの、具体的な活動内容や構成員については一切伏せられている。市民にとっては、縁遠い存在だ。
まさか、そんなところにいたなんて。きっと、相当な実力者なのだろう。暴漢から助け出してくれたときの、あの覇気にも頷ける。
「……よくぞ、ご無事で」
リオネルが声を潜めて言うと、セドリックは「ありがとうございます」と低く呟き、ふっと微笑んだ。
「――旦那」
低く嗄れた声が落ち、二人は同時に振り返った。見ると、店主の老人がじっとセドリックを見つめている。
何度かこの店には来ているが、リオネルは、店主が声を聞くのは随分と久しぶりだと感じた。
「そこのカーテンの向こう、見せてやってくれ」
枯れ枝のような指で示した先には、くすんだバーガンディ色のカーテンで区切られた空間がある。リオネルは店主の意図を察し、「ああ」と小さく呟きセドリックを見上げた。
「あそこは、戦場に残された持ち主不明の物が集まる場所なんです。ここのご店主が、外国や国内で処分されそうになったり、売買されていたものを、代々少しずつ集めてきたのだそうで」
「……そんなものが」
「いつか、ご本人やご遺族のもとに戻ることを、望まれているのですよね」
リオネルが視線を向けると、店主は無言のまま頷いた。セドリックは少しの間、考え込むようにじっとカーテンを見つめたあと、リオネルを振り返った。
「拝見しても?」
「もちろんです」
リオネルはその場で待とうとしたが、セドリックに促され、あとへと続いた。
カーテンの先には、背の高い棚が並ぶ狭い空間があった。店内でもひときわ光が届かないそこには、値札のない品々がひっそりと置かれている。
傷だらけの懐中時計、ところどころ破けた隊服、焦げ跡の残る片方だけの革手袋――。どれもが戦場の過酷さを物語っていた。
「かなり古いものから、比較的新しいものまでありますね」
「わかるのですか?」
「ええ、大体は。この隊服などは、かなり古い型ですね。二世代ほど前のものですから」
憂うでも、興奮するでもなく、ただ淡々と事実だけを語るセドリックの唇が、ある一点を視界に入れた瞬間、止まった。
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