呪われ眠り姫の受難

秋月乃衣

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「お……オフィー…リア?」

上半身だけを起こした紫銀の髪の妖精の如き姫君を、レオンハルトはアメジストの瞳を見開きながら、信じられない物をみるかのように固まった。まるで縫い止められたかのように、しばらく呆然と立ち尽くしていた。

「嘘……」

隣のニナも口を手で覆い身体を震わせる。
オフィーリアが二人の顔を見るように、首を回して顔を横に向せた。

繊細な紫銀の髪が、華奢な肩からサラサラと音を立てるように流れていく。

レオンハルトの紫水晶の瞳とオフィーリアの橙色の瞳が交差する。

「オフィーリア……すまない……」

レオンハルトの整った唇が僅かに開いて溢れた。それが合図かといったように、少しぼんやりとしていたオフィーリアの夕暮れ色の瞳が、かっぴらいた。同時に花びらのような小さく可憐な唇から、耳を疑う怒号が響き渡った。

「貴様ぁぁぁぁぁ!!」
「お、おふぃ…!?ぐほぁ!?」

勢いよく起き上がったオフィーリアが、レオンハルトに飛びかかり、肘が見事に鳩尾へと命中した。

「きゃあああああああ!!」

突然のオフィーリアの奇行に、ニナは恐怖のあまり叫び声を上げた。

「レオンハルト様ー!!」

レオンハルトを助けたいが、彼に馬乗りになったオフィーリアを見て、蝶よ花よと育てられたか弱き令嬢のニナは腰を抜かしてしまった。
ただ怯えながら泣き叫び、助けを呼ぶしかない。

「誰か!誰か早く来て!レオンハルト様が!オフィーリア様がレオンハルト様を!!早く誰かっ」

ニナの必死な叫びの甲斐あってか、騒動に気付いた近衛兵達が、この部屋へと駆け込んできた。
だが衛兵達もこの状況を見るや、呆気に取られて口を開けて固まった。

賊でも侵入したのかと急いで駆け込んでみたが、この部屋で最も守られるべき存在のはずだった眠り姫が目覚めている…。
そして眠り姫のオフィーリアが起きあがり、挙句レオンハルトに馬乗りになって胸倉を掴んでいたのである。

お姫様を守ろうと駆け込んで来た騎士達の前で、騎士達の主君に姫君が襲いかかっていた。誰がこの状況を想像出来ただろうか。


「お、オフィーリア様が!オフィーリア様が目覚められて、レオンハルト様を殴り飛ばしたのです!ああ…なんて不敬な…レオンハルト様…!」
「ち、ちが、聞いてくれ…」

胸ぐらを掴まれた状態で、何かを弁明しようとしているレオンハルトの声は、別の声により掻き消された。その声は騎士達の後ろからのものだった。騎士達が開けた道から、黒の長髪に黒衣を纏った魔術師が現れる。

「そこまです、オフィーリア様。お話なら伺いますから、取り敢えず殿下を離して頂けませんか」

静かだが、通る声だった。
その声は興奮気味だったオフィーリアにも届き、ようやく大勢の前で醜態を晒しているという状況を理解して、ゆっくりと手を降ろした。そしてレオンハルトの身体から離れたのだった。


「レオンハルト様っ!」

オフィーリアがレオンハルトから離れると、今度は素早くニナが駆け寄った。

「レオンハルト様…私、怖かったっ」

可憐な令嬢ニナはレオンハルトの腕にしがみつき震える。

完全にニナが王子に寄り添う姫で、オフィーリアは突然の眠りから目覚めた、得体の知れない魔王のような構図となっていた。
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