神託など戯言です ～大聖女は人より自分を救いたい～

第３－２章 私は事後処理に追われました

聖域の女教皇は断罪の正妃と対峙しました

　私が連れてこられたのは聖都の港でした。あの脱出劇以来でしたが、港はあの日以上に大騒ぎになっていました。

　まず目についたのは教国を始めとする教会圏国家が建造したものとは一線を画す構造をした船が着岸していること。それを挟むように軍用帆船が位置していること。更に沖合では何隻もの船が睨み合っているようです。

　そして、大勢の聖国軍兵士に取り囲まれた一団が見えました。様々な種族の獣人がいるようですが、ひと際目に付いたのは三名。そのうちの一人は私も会ったことのある方でしたが……服装は戦闘装束ではなく正装のようでした。

『ごきげんようキアラ。お久しぶりですね』
「お久しぶりです、ラーニヤ姫」

　彼女、遠見の寵姫ラーニヤは私の到着に気付くと恭しくお辞儀をしました。私も丁寧にお辞儀で返します。聖地では戦いあった仲でしたから、こうして普通に言葉を交わすのは不思議なものですね。

『陛下。この者がわたしの報告した聖女になります』
『そうか。ようやく話せる者が参ったか』

　陛下、と呼ばれた女性は羊人でした。私がこれまで出会ったことのない程に威厳に満ちており、身にまとう正装も寵姫たるラーニヤより豪華なものでした。そして他種族ではありますが容姿は美しいと思えますし、肉体は女性らしさが出て豊満でした。

　羊人は私に視線を向けて瞳を上下に動かしました。彼女達が正装なのに私は学院の制服だったので失礼に値しないかと戦々恐々でしたが、どうやら彼女達の気分を害することはなかったようです。

『突然の来訪で混乱させたことは詫びる。そちらの責任者を呼んでもらいたい』
「――と言っています」
「本当なら私が責任者として対応するんだけれど、出てくる前に嫌な予感がしたんだ。もう少ししたら来ると伝えてくれないか？」
「――だそうです」
『ではこの場で待たせてもらう』

　その一言を最後に羊人は口を閉じました。私達と交わす言葉など無いとの拒絶が見て取れたので、無礼な態度に彼女達を包囲していた聖国兵達が苛立つのが分かります。尤も、これまで和平を結んだことのない相手ですもの、警戒するに越したことはありません。

　少し待つとやがて馬車が結構な速度を出してやってきました。中から現れたのは神託の聖女エレオノーラと聖域の女教皇アウローラでした。アウローラはやや早歩きでこちらへと足を運びますが……、

『アウローラ……！』
「ヌールルフダー！？　何故貴女がここに……！」

　アウローラと羊人、互いに視線が交わった途端でした。二人は素早く身構えて手を相手へとかざしました。そして瞬時に意識を集中させて……アウローラはエレオノーラに、羊人は犬人に抑えられました。

「どうして彼女を陸に上げたの！？　このままじゃあ聖都が……！」
「聖下、どうか落ち着いてください！」
『陛下、駄目』
『……。ファディーラが申すのであれば致し方あるまい』

　アウローラからヌールルフダーと呼ばれた羊人は何故か不満を露わにしてこちらを睨みつけてきました。

『何故あの者がこの場におるのだ？　妾は――』
「恐れながら申しますが、今はアウローラ様が貴女様が望まれた最高責任者にあたります」
『……理解した。妾と同じように上り詰めたのだな』

　大方、聖地守護の任務に従事していたアウローラと聖地奪還を目指すヌールルフダーは幾度となく戦ったのでしょうね。当時は互いに聖女と寵姫だったのでしょうが、今はもはや一つの使命に専念する立場にはありません。

　落ち着きを取り戻した両者はアウローラが近づく形で距離を縮めます。そして大体握手を交わせるぐらいになった辺りでしょうか。両者共に一切頭を下げず、愛想笑いすら浮かべずに、憮然としたまま相手を見据えました。

「断罪の正妃ヌールルフダーだ。以後よしなに」
『聖域の女教皇アウローラよ。ようこそ教国へ』

　そして互いに口にした自己紹介は、まさかの相手の言語によってでした。これには聖国兵や他の聖女はおろか、獣人側も驚いたようでした。