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一学期
プレリアール⑦・家庭事情
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ジャンヌは公都オルレアンを目の前にした途端に「じゃあ帰りましょうか。下見はこれで十分ね」と言い放ってその日はお開きになった。帰りはまどろっこしく何度も北上する必要も無く一発で公爵家のお屋敷に帰還できた。どうやら王都と公都の間の距離なら問題ないらしい。
ジャンヌは次の日に文をしたためて一週間後に戻る旨を公都オルレアンにある公爵家の屋敷に向けて送った。なお、父親のオルレアン公や妹達には内緒らしい。いくらなんでも数日留守にするのに行き先を伝えなくていいのか、と聞いたんだけれど、
「だから日帰りって言ったじゃないの」
と微笑みながら当たり前のように返答をくれた。
どうやらジャンヌは日が昇る前に王都の屋敷から公都オルレアン一歩手前まで一気に飛んで、正式な手続きを踏んで入門、そのまま公爵家の屋敷に向かうつもりらしい。更に言うと日が沈んで晩餐を楽しんだら今度は王都のお屋敷まで直帰する算段なんだとか。
各媒体の『双子座』では悪役令嬢ジャンヌの人間味が増すストーリーを披露出来なかったので完全に私の脳内設定だけれど、ジャンヌは公都より王都で過ごした時間の方が長い。むしろ生まれも王都だから実家ではなく、私風に言えば祖父母の家って感覚なのかな?
そんなジャンヌにとってあまり馴染みの無い土地に日帰り旅行しようって言い出したのは単に静養や気分転換の為じゃあない。もし私の脳内設定がこの世界にも反映されているとしたら、ジャンヌは多分、八回目にして未知の試みをするつもりなんだと思う。
ところで、わたしがオルレアン家のお屋敷に奉公するようになってから一ヶ月は過ぎた。さすがにその間他のメイドや執事達以外にもどうしてもお会いしてしまう人達がいた。他でもない、オルレアン公家の方々と。
「ふぅん、アンタがお姉様が連れてきたって人? 本当にお姉様そっくりなのね」
「並んじゃうとどっちがお姉様か分からなくなっちゃいそう……」
ジャンヌの腹違いの妹であるサビーネ・ドルレアン。『双子座』では存在だけ仄めかされて名前すら明かされなかった登場人物。わたしも大雑把にしか設定を考えていなかったから、実際にお会いするととても新鮮な気持ちになった。
ちなみにジャンヌと瓜二つなわたしを単に偶然の一致で片づけ、オルレアン家に雇い入れたのもジャンヌの気まぐれで納得したらしい。ジャンヌならそんなおかしな事もやりかねない、って認識みたいだ。何か、ジャンヌったら少し妹に侮られている?
おとなしくて少し人見知りな少女はサビーネ様の妹であらせられるマリリン様。公爵家の三女で彼女も私の知らない方になる。彼女の方はジャンヌを慕っているようで、ジャンヌとオルレアン家の方々を結ぶ役目を担っているみたいだ。
「容姿が似ていようが平民は所詮平民。真っ当な仕事をなさい」
ジャンヌの義母にあたるジゼル・ドルレアン。現オルレアン公の側室にあたる。とは言えこの方も伯爵家から嫁がれているので貧民なわたしとは比べるべくもない。とは言え公爵家に名を連ねる誇りを持っていて、わたし達使用人にも厳格に接してくる。
一応ジャンヌはジゼル奥様も母と呼ぶけれど、やっぱり微塵もそうは思っていないらしい。けれどオルレアン公を支える夫人としての役目を全うする奥様に敬意は払っているんだとか。ただし奥様からジャンヌへの風当たりはあまり良くないみたい。実の娘でないからかな?
「カトリーヌさんって姉さんみたいなのに姉さんと全然違ってて、何だか変な感じですね」
ジャンヌの腹違いの弟でオルレアン公爵家嫡男のアントン様も同じく。彼とジャンヌの接点はほぼ無いに等しい。奥様の教育方針としてあまりジャンヌと接しないようにされているみたい。必然的にジャンヌ付きのわたしはアントン様と指を折る程度しか言葉を交わしていなかった。
で、最後に現オルレアン家の当主でありメインヒロインの実の父親……の筈のジョルジュ・ドルレアンはあろうことかわたしが眼中にないみたいだった。首を垂れるわたしに見向きも言葉を送りもせずに無言で通り過ぎる感じ。この顔に何も思う所はないのかしらね?
総じて、オルレアン家におけるジャンヌの立場はあまりに微妙と言わざるを得ない。今は王太子様の婚約者だからそれなりの扱いを受けているけれど、メインヒロインへの扱いで悪意が暴かれる度に無情にも勘当されるのも納得してしまった。
「どうかしらカトリーヌ、私の家族と接した感想は」
「何だか皆様ジャンヌに冷たいような気がします」
「気のせいじゃあなくて実際そうなのよ。お父様もお母様よりジゼル様の方をより愛しているし、私よりサビーネ達の方に愛を注いでいるものね」
そう学園から帰った夕方のお茶会でジャンヌは微笑を浮かべながら語っていた。彼女の言葉に諦めや悔しさは微塵も感じず、ただそういうものなんだって事実を受け止めているようにしか思われなかった。そんな結論に達しているジャンヌに一抹の空しさを覚えた。
「……もしかして、ジャンヌにとってここって居心地が悪いの?」
「別に? そう言った家族もあるでしょうよ。この屋敷全体は無理だけれど、部屋の中は私の空間が確保されているし、特に支障なんて無いわ」
とジャンヌはあっけらかんと語った。一切弱音を吐かない毅然とした姿は強さをわたしに感じさせる。きっとわたしだったらあまりの空気の悪さに家を出たくなっていたと思う。もしお母さんやジスレーヌ達がわたしに……だなんてもしもは想像したくもない。
けれど、わたしにはジャンヌの言葉をそのままの文面で受け止められなかった。だって私は知っている、知ってしまっている。わたしが知るべきじゃあなかった真実を。ジャンヌの本当の想いを、そして決意を。
創造主だった前世なんて思い出さなければよかったのに、と思う反面思い出さなかったらジャンヌとこうして良好な関係を築けなかったよね、と相変わらず複雑な思いを抱き続けている。正直この悶々はいつかジャンヌに明かそうか迷い中だ。
以上がわたしがオルレアン家の屋敷で送った日々の一幕になる。……そう、わたしはまだ肝心な人と会えていなかった。私もそこまで細部の設定を煮詰めていなかったからてっきりこのお屋敷にいるかと思ったんだけれど、どうも今は不在にしているらしかった。
そうして、あっという間に一週間が経った。
「おはよう、カトリーヌ」
「おはようジャンヌ。クロードさん」
「おはようございます、カトリーヌ」
まだ日が出ていない早朝、オルレアン家のお屋敷の玄関前には通学時も使う馬車が準備されていた。さすがに御者をわたしの魔法に巻き込むわけにもいかない為、クロードさんが代わりに御者兼護衛を務めるみたいだ。
ジャンヌは姿を見せたわたしに微笑み、わたしは二人にお辞儀をして、クロードさんは恭しく一礼する。三者三様、それぞれの身分を表しているようで何だか面白いし興味深かった。
「カトリーヌ、その恰好も似合ているわよ」
「そう、かな? 見た目はそうかもしれないけれど、上手く振舞ったりは出来ないよ」
「別に皆がいる前で踊るわけではないのだから、さほど気にする必要は無いわ」
ジャンヌはわたしの身なりを見るなり嬉しそうになさった。今のわたしはジャンヌの意向でジャンヌの外行きのドレスに袖を通していた。コルセットがきつくて苦しいし、何だか落ち着かない。しかも装飾品もそれなりに身にしていて、ぱっと見でジャンヌと見分けがつかなくなっていた。
このドレスだけでわたしのお給料がどれだけ吹っ飛ぶんだろう? 装飾品を無くしちゃったりしたら多分結構長い間タダ働きしないと駄目だよね。私の世界での馬子にも衣装って表現だって勿体ない。恐れ多くて不安ばかりが広がっちゃう。
「さあ行きましょうカトリーヌ。クロード、オルレアン家のお屋敷までお願い」
「畏まりましたお嬢様」
馬車に乗りこんだわたしは進行方向に背を向けた下座に腰を落ち着けた。ジャンヌはわたしと向かい合う上座に座る。通学の際の定位置、けれど今日はわたしの隣に座るクロードさんは御者の座る運転席にいるのでちょっと違和感を覚える。
馬車の扉が閉まったのを確認してわたしは空間移動魔法を発動させる。馬車ごと影の中に沈んでいき、暗黒の海を少し漂って抜けた先に見えたのは、もう公都オルレアンの城壁だった。馬車は何食わぬ顔で城門へと進んでいく。
「……ねえジャンヌ。今日の日帰りの目的なんだけれど、聞いていいかな?」
「あら、カトリーヌの事だからとっくに分かっているものとばかり思っていたわ」
ジャンヌはいつものように、その真意が読めない微笑みを浮かべた。
「会いに行くのよ。私達のお母様にね」
ジャンヌは次の日に文をしたためて一週間後に戻る旨を公都オルレアンにある公爵家の屋敷に向けて送った。なお、父親のオルレアン公や妹達には内緒らしい。いくらなんでも数日留守にするのに行き先を伝えなくていいのか、と聞いたんだけれど、
「だから日帰りって言ったじゃないの」
と微笑みながら当たり前のように返答をくれた。
どうやらジャンヌは日が昇る前に王都の屋敷から公都オルレアン一歩手前まで一気に飛んで、正式な手続きを踏んで入門、そのまま公爵家の屋敷に向かうつもりらしい。更に言うと日が沈んで晩餐を楽しんだら今度は王都のお屋敷まで直帰する算段なんだとか。
各媒体の『双子座』では悪役令嬢ジャンヌの人間味が増すストーリーを披露出来なかったので完全に私の脳内設定だけれど、ジャンヌは公都より王都で過ごした時間の方が長い。むしろ生まれも王都だから実家ではなく、私風に言えば祖父母の家って感覚なのかな?
そんなジャンヌにとってあまり馴染みの無い土地に日帰り旅行しようって言い出したのは単に静養や気分転換の為じゃあない。もし私の脳内設定がこの世界にも反映されているとしたら、ジャンヌは多分、八回目にして未知の試みをするつもりなんだと思う。
ところで、わたしがオルレアン家のお屋敷に奉公するようになってから一ヶ月は過ぎた。さすがにその間他のメイドや執事達以外にもどうしてもお会いしてしまう人達がいた。他でもない、オルレアン公家の方々と。
「ふぅん、アンタがお姉様が連れてきたって人? 本当にお姉様そっくりなのね」
「並んじゃうとどっちがお姉様か分からなくなっちゃいそう……」
ジャンヌの腹違いの妹であるサビーネ・ドルレアン。『双子座』では存在だけ仄めかされて名前すら明かされなかった登場人物。わたしも大雑把にしか設定を考えていなかったから、実際にお会いするととても新鮮な気持ちになった。
ちなみにジャンヌと瓜二つなわたしを単に偶然の一致で片づけ、オルレアン家に雇い入れたのもジャンヌの気まぐれで納得したらしい。ジャンヌならそんなおかしな事もやりかねない、って認識みたいだ。何か、ジャンヌったら少し妹に侮られている?
おとなしくて少し人見知りな少女はサビーネ様の妹であらせられるマリリン様。公爵家の三女で彼女も私の知らない方になる。彼女の方はジャンヌを慕っているようで、ジャンヌとオルレアン家の方々を結ぶ役目を担っているみたいだ。
「容姿が似ていようが平民は所詮平民。真っ当な仕事をなさい」
ジャンヌの義母にあたるジゼル・ドルレアン。現オルレアン公の側室にあたる。とは言えこの方も伯爵家から嫁がれているので貧民なわたしとは比べるべくもない。とは言え公爵家に名を連ねる誇りを持っていて、わたし達使用人にも厳格に接してくる。
一応ジャンヌはジゼル奥様も母と呼ぶけれど、やっぱり微塵もそうは思っていないらしい。けれどオルレアン公を支える夫人としての役目を全うする奥様に敬意は払っているんだとか。ただし奥様からジャンヌへの風当たりはあまり良くないみたい。実の娘でないからかな?
「カトリーヌさんって姉さんみたいなのに姉さんと全然違ってて、何だか変な感じですね」
ジャンヌの腹違いの弟でオルレアン公爵家嫡男のアントン様も同じく。彼とジャンヌの接点はほぼ無いに等しい。奥様の教育方針としてあまりジャンヌと接しないようにされているみたい。必然的にジャンヌ付きのわたしはアントン様と指を折る程度しか言葉を交わしていなかった。
で、最後に現オルレアン家の当主でありメインヒロインの実の父親……の筈のジョルジュ・ドルレアンはあろうことかわたしが眼中にないみたいだった。首を垂れるわたしに見向きも言葉を送りもせずに無言で通り過ぎる感じ。この顔に何も思う所はないのかしらね?
総じて、オルレアン家におけるジャンヌの立場はあまりに微妙と言わざるを得ない。今は王太子様の婚約者だからそれなりの扱いを受けているけれど、メインヒロインへの扱いで悪意が暴かれる度に無情にも勘当されるのも納得してしまった。
「どうかしらカトリーヌ、私の家族と接した感想は」
「何だか皆様ジャンヌに冷たいような気がします」
「気のせいじゃあなくて実際そうなのよ。お父様もお母様よりジゼル様の方をより愛しているし、私よりサビーネ達の方に愛を注いでいるものね」
そう学園から帰った夕方のお茶会でジャンヌは微笑を浮かべながら語っていた。彼女の言葉に諦めや悔しさは微塵も感じず、ただそういうものなんだって事実を受け止めているようにしか思われなかった。そんな結論に達しているジャンヌに一抹の空しさを覚えた。
「……もしかして、ジャンヌにとってここって居心地が悪いの?」
「別に? そう言った家族もあるでしょうよ。この屋敷全体は無理だけれど、部屋の中は私の空間が確保されているし、特に支障なんて無いわ」
とジャンヌはあっけらかんと語った。一切弱音を吐かない毅然とした姿は強さをわたしに感じさせる。きっとわたしだったらあまりの空気の悪さに家を出たくなっていたと思う。もしお母さんやジスレーヌ達がわたしに……だなんてもしもは想像したくもない。
けれど、わたしにはジャンヌの言葉をそのままの文面で受け止められなかった。だって私は知っている、知ってしまっている。わたしが知るべきじゃあなかった真実を。ジャンヌの本当の想いを、そして決意を。
創造主だった前世なんて思い出さなければよかったのに、と思う反面思い出さなかったらジャンヌとこうして良好な関係を築けなかったよね、と相変わらず複雑な思いを抱き続けている。正直この悶々はいつかジャンヌに明かそうか迷い中だ。
以上がわたしがオルレアン家の屋敷で送った日々の一幕になる。……そう、わたしはまだ肝心な人と会えていなかった。私もそこまで細部の設定を煮詰めていなかったからてっきりこのお屋敷にいるかと思ったんだけれど、どうも今は不在にしているらしかった。
そうして、あっという間に一週間が経った。
「おはよう、カトリーヌ」
「おはようジャンヌ。クロードさん」
「おはようございます、カトリーヌ」
まだ日が出ていない早朝、オルレアン家のお屋敷の玄関前には通学時も使う馬車が準備されていた。さすがに御者をわたしの魔法に巻き込むわけにもいかない為、クロードさんが代わりに御者兼護衛を務めるみたいだ。
ジャンヌは姿を見せたわたしに微笑み、わたしは二人にお辞儀をして、クロードさんは恭しく一礼する。三者三様、それぞれの身分を表しているようで何だか面白いし興味深かった。
「カトリーヌ、その恰好も似合ているわよ」
「そう、かな? 見た目はそうかもしれないけれど、上手く振舞ったりは出来ないよ」
「別に皆がいる前で踊るわけではないのだから、さほど気にする必要は無いわ」
ジャンヌはわたしの身なりを見るなり嬉しそうになさった。今のわたしはジャンヌの意向でジャンヌの外行きのドレスに袖を通していた。コルセットがきつくて苦しいし、何だか落ち着かない。しかも装飾品もそれなりに身にしていて、ぱっと見でジャンヌと見分けがつかなくなっていた。
このドレスだけでわたしのお給料がどれだけ吹っ飛ぶんだろう? 装飾品を無くしちゃったりしたら多分結構長い間タダ働きしないと駄目だよね。私の世界での馬子にも衣装って表現だって勿体ない。恐れ多くて不安ばかりが広がっちゃう。
「さあ行きましょうカトリーヌ。クロード、オルレアン家のお屋敷までお願い」
「畏まりましたお嬢様」
馬車に乗りこんだわたしは進行方向に背を向けた下座に腰を落ち着けた。ジャンヌはわたしと向かい合う上座に座る。通学の際の定位置、けれど今日はわたしの隣に座るクロードさんは御者の座る運転席にいるのでちょっと違和感を覚える。
馬車の扉が閉まったのを確認してわたしは空間移動魔法を発動させる。馬車ごと影の中に沈んでいき、暗黒の海を少し漂って抜けた先に見えたのは、もう公都オルレアンの城壁だった。馬車は何食わぬ顔で城門へと進んでいく。
「……ねえジャンヌ。今日の日帰りの目的なんだけれど、聞いていいかな?」
「あら、カトリーヌの事だからとっくに分かっているものとばかり思っていたわ」
ジャンヌはいつものように、その真意が読めない微笑みを浮かべた。
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