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1巻
1-2
□前日十八時半
「公爵家勤めを辞めてお嬢様に直接、仕えろ、と?」
私から突拍子もない話を振られたセナイダは訝しげに眉をひそめた。
「これまでも誠心誠意お嬢様にご奉仕していたと自負していますが」
「勿論相応の賃金は払うわ。別に業務内容は今までと同じよ。ただ給料の形態が少し変わるだけでね」
「でしたら別に変える必要なんてないのでは?」
「勿論手間を掛けさせる分、前金は弾むわ。そうね……これでどう?」
私はテーブルの上に置いてあった小箱の棚を引き出した。中身を見せつけてやるとセナイダの顔がさっきより更に驚きに染まる。
まあそうでしょうね。だって指輪、アミュレット、腕輪、髪飾り、耳飾り、髪留めなど、様々な金や銀の細工品、宝飾品が並べられているんだもの。侍女という身分では決して手が届かない貴重品ばかりね。
「さすがに全部とはいかないけれど何個か譲ってもいいのよ。勿論売りやすいように職人の保証書を付けてね」
「こ、これをわたしに、ですか?」
「ええ。それで、話に乗ってみる気になったかしら?」
これまでの私だったら「誰が、たかが侍女に装飾品なんて分けてやるものか!」って考えたでしょうね。けれど前世の価値観が混ざった今の私にとって、宝石も貴金属もそんなに持ち続けたいって思うほどでもなくなっている。
だから、賭けのチップに最適って価値しか感じないわ。
「お嬢様、どうしてわたしにこれほどの待遇を?」
ところがセナイダったら、何を企んでいるのかって、逆に私を警戒したようね。ただそれを表に出さないのは公爵家の教育の賜物か、それとも彼女が優れているからか。
疑うのは当然か。逆の立場だったら私でもそうする。いきなり宝飾品をあげるって言われて素直に受け取れば、後が怖い。
考えているのは、コレを報酬としてアレクサンドラは一体どんな理不尽な命令をしてくるのか、辺りかしら?
「だって貴女、公爵家に仕えているのでしょう?」
「はい。ですからお嬢様に……」
「なら、何らかの事情でお父様が私を切り捨てたなら、貴女も私を捨てるのよね?」
そう、これは全部自分の保身を考えての策よ。断じてセナイダを優遇するわけじゃない。
『どきエデ』では芋女がどの男を選ぼうと私は最終的に公爵家には見捨てられる。その時、今まで私を可愛がってくれた家政婦長も老執事も、私の身の周りの世話を献身的にしてくれた侍女達も、みんなみんなまるで私なんて最初からいなかったみたいに私に背を向けるのよ。
家政婦長や老執事は駄目ね。彼らは公爵家やお父様に忠誠を誓っているので、ちょっとやそっとの誘惑には靡きやしない。
かと言って、他のしがない使用人を金や女で釣ったところで、断罪まで一日を切った猶予のない今となっては何の役にも立ちはしない。
その点セナイダは忠誠心より自分の安泰を優先する、と断言できる。これから寿退職するか老人になるまで働いて払われるだろう賃金と、目の前に出された宝飾品、どちらを手にしたら利が大きいかを頭の中で天秤にかけるに違いない。
「成程、そこまで買っていただけるのでしたら無下にはできませんね」
脳内の計算が終わったようだ。
セナイダったら今まで見せたことのないほど満面の笑みを浮かべている。欲深い淑女や強欲な商人が見せる、悪い笑顔だ。
彼女はメイド服のポケットから白くて薄い手袋を取り出すと、並んだ貴金属品の何点かを指差した。……四つか。多めだけれどまあ想定内。
彼女は選んだそれらを取り出して自分の手元に引き込むと、恭しく頭を垂れる。
「お嬢様。これからもよろしくお願いいたします」
「ええ、よろしく」
買収成功。これで私個人の手駒ができたわ。
「ああ、分かっているとは思うけれど誰にも言い触らさないでね。万が一お父様やお母様に質問されたら、そうね……お嬢様に山吹色のお菓子を頂いておりました、とでも答えなさい」
「山吹色のお菓子、ですか?」
「東方の国には、金貨の塊を菓子箱に入れて賄賂を贈るって習慣があるらしいわ」
「洒落ていますね」
あの商人と悪代官のやりとりって、わたしが好きだったのよねー。お主も悪よのう、いえ貴方様ほどでは、ってさ。
この場合は悪役令嬢の私が従者に送るんだから、逆なんだけど。
ってそんな話はどうでもいい。
肝心なのは、これでセナイダを自由に使い走りにできる点だ。
「で、早速なんだけれど……今日は寝かせないわ」
「ね、寝かせないって……」
「別に不純な行為に奔るつもりで言ったんじゃないわよ」
ちょっと、何を想像した? まさか私がお付きの侍女を毒牙にかけて夜の相手をさせるとか思ったりしていないでしょうね?
あいにく、女同士で同じベッドに入る程度ならともかく、欲情するなんてあり得ない。
「やりたいことが盛り沢山で、各所を奔走してほしいのよ。時間との勝負だから今すぐにでもやってもらうわ」
「それでしたら特別報酬としてもう一個ほど、その宝飾品を頂いちゃってもいいですか?」
「……。それでやる気が出るならいいわよ」
「さすがはお嬢様、話が分かるぅ!」
あ、何か早くも後悔の念が浮かび始めたわ。
いけないいけない。まだ先は長いんだから。
意気揚々と貴金属品を布袋に詰めて懐にしまったセナイダは、もう花が咲き誇る感じで満面の笑みを浮かべたわ。
くっそ、遠慮なくこき使ってやるんだから。
「それでお嬢様。まずはじめに何をすればよろしいでしょうか?」
「商人を呼んできてちょうだい。今すぐに」
「そう仰られましても、何を意図されているかによって呼んでくる者が違います」
「なら、これから言うことを全部暗記するか何かに書き記して」
私はセナイダに思いつく限りの目的を語った。
はじめはちょっとしたお使い程度に考えていたらしいセナイダも、次第に考えを改めて真面目にメモ書きする。
聞く度に驚きの声をあげるのはどうよと、思ったけれど、まあいいわ。
説明を終えて満足した私とは対照的に、セナイダはメモ書きを凝視して深刻な表情になった。メモ書きを握る指に力がこもって、若干紙にしわができる。
「お嬢様、これらですが……本当におやりになるおつもりで?」
「勿論よ。嗚呼、分かっているでしょうけれど当然お父様方には秘密よ」
「お嬢様が旦那様への説明なく商人をお呼びして、事後承諾でお買い物をなさるのはいつものことです。今日も疑いはしないでしょう」
うぐ、私お抱えになったってのに辛辣ね。
けれど一般庶民が目にしたら卒倒しかねない贅沢三昧だったのはこの私。私のお小遣いでは足りないからって、公爵家の資産やツケで払うこともしょっちゅうだった。
今から思い返せば、金遣いの荒さや公爵家への迷惑を考えない傲慢さも、アルフォンソ様に嫌われた要因だったかもしれないわね。
もっとも、前世のわたしごときに私の在り方を変えられやしない。反省する気は微塵もない。
「では行きなさい。時は金なり、よ」
「畏まりました。直ちに」
セナイダは慇懃に一礼すると早歩きで退室していった。
さて、その間に私は準備を整えることにしよう。何せ、いつもだったらあれしろこれしろと使用人に命令するだけで良かったけれど、今回ばかりは私一人の手で遂行しなきゃいけないものが多いからね。
ああ忙しい忙しい。
□前日十九時
「ご機嫌麗しゅうアレクサンドラ様。いつもお美しく……」
「世辞はいいわ。用件はセナイダから聞いているんでしょうね?」
「ええ、ええ、勿論ですとも」
さすがはセナイダ。
彼女は、あれからあまり時間の経たないうちに商人、イシドロを連れてきた。
イシドロは肥満体型かつ汗っかきなものだから、見た目は最悪。けれどその中身は有能で、多くの有力貴族御用達の大商人の一人ね。
『どきエデ』での彼は、悪役令嬢御用達の悪徳商人として登場する。時にはヒロインに差し向ける暴漢や詐欺師を雇い、時にはヒロインに盛る毒を手配する。そうした悪役令嬢の悪意を実行に移す最適な手段を用意してくれる人物だ。
最終的には彼もまた悪役令嬢と共にこれまでの悪事を暴かれて破滅するのだけれど、それはまだ明日の話よ。
私はイシドロに椅子を示した。
「座りなさい。話は手短に済ますつもりだけれどね」
すると彼は軽く驚きの声をあげた。
「なんと。いつもは私めを立たせっぱなしの貴女様にご配慮いただくとは。明日は大雨でも降りますかな?」
確かにいつもならイシドロを立たせたまま私一人が豪奢な椅子でふんぞりかえっていたものね。まあイシドロはイシドロで、指紋が消えるんじゃないかと思うくらい手を揉みながら、私の許しもなく座るのだけれど。
「それでアレクサンドラ様。もう一度確認させていただきますが、貴女様の侍女から伝えられたご用件は本気である、と解釈して構いませんか?」
「ええ、勿論よ。でなければ貴方をここに呼びやしないわ」
私はイシドロを自分の部屋に招き入れていた。いつもなら応接室を使って応対するのに。
私が自室に殿方を招いたことなんて片手の指で数えられる程度だ。
光栄に思いなさい。まあ彼はそこに価値は見出さないでしょうけれど。
「ここに並べられている衣服と調度品、それから装飾品を全て換金してちょうだい」
そして私は、最初の目的を口にした。
今、私の後ろには豪奢な衣服や調度品が並べられている。凡百の貴族では決して揃えられない価値のある逸品ばかり。
けれどドレスは一度袖を通してそれっきりだし、調度品は何度か手に取ったら飽きて、しまいっぱなしだった。私にとっては、もはや価値のないものだ。
「この中には私めの商会を通してご準備しました品もございます。売りに出されるとは、何かお気に召さなかったので?」
「いえ、イシドロの用意したものはどれも満足が行くものだったわ。これからも使いたいって思う品については抜いているから安心して」
「成程、道理で幾つかここにない品があるわけですな。ご愛用いただいているのでしたら商人冥利に尽きます」
「誇りなさい。イシドロはいい仕事をしているわよ」
そう、私はドレスや装飾品を必要最低限を残し、売り払う気だった。
十八歳という、まだ成熟していない私の身長や体格はすぐ変わるから、少し前のドレスは着られなくなっちゃう。貧乏貴族なら妹や親戚に譲るんでしょうけれど、ここは公爵家。妹達の分も新しく仕立てる財力がある。だから着られなくなったドレスが余るのよ。
それに、私は飽きっぽいので、気分次第でドレスを変える。装飾品はドレスに合わせてコーディネイトしないといけない。
結果、私の衣装棚の中は見事にいらないドレスで埋まっているというわけね。服に合わせる装飾品も箱が溢れそうだ。
「それで、本当にこちらの品々は今すぐにでも引き取って問題ないと?」
「ええ。ところでつかぬことを聞くけれど、装飾品はともかく、古着って買い取って何か役に立つの?」
「裕福ではない貴族の方々に購入を検討いただけます。それと公爵令嬢ご愛用の品となれば、箔が付きますので」
「……まさかとは思うけれど、いかがわしい趣味を持つ輩に売られる可能性も?」
「不快に思われるのでしたら、そうならないように取り扱いますが?」
「いえ、結構よ」
手放したものがどうなろうと知ったことじゃないわね。私の手から離れたものが次の買い手にも大事に使ってもらえたらなーとかは、これっぽっちも感じない。重要なのは今、要か不要かだけでしょうよ。
私の答えにイシドロは満足げに頷くと、大きく出た腹をさすりながら立ち上がった。
「では査定のために商会の者を部屋に招き入れても?」
「さすがに呼び入れるのは最低限にして、後は廊下に待機させなさいよ」
「ご心配には及びませんとも。顧客を不快にさせるなど断じていたしません」
イシドロが手を叩くと部屋の外で待機していた商人が何名か入室し、私へ慇懃に頭を垂れた。さすが複数の貴族が御用達にするだけあって礼儀を身につけている。
私が許しを与えると、彼らは早速仕事に取り掛かった。
「それでお支払いする金ですが、いつまでに準備すれば?」
「今すぐ、は無理なんでしょう?」
「そうですね。これほど多いとなると、まずはこれらを再び売って、ある程度現金化するまでは待っていただかないと」
「じゃあツケでいいわ」
イシドロの部下が査定を進める間に私はイシドロと他愛ない話をする。
本当なら一分一秒も無駄にはしたくないのだけれど、彼の機嫌を取るのは結構重要なのよね。彼の興味をひければ、こっちの要求以上の成果を出してくれるもの。
「これらの品を買っていただいた際は公爵家にお支払いいただけたと記憶していますが、今回の買い取りの代金はアレクサンドラ様にお渡しすればよろしいですかな?」
「そうしてちょうだい。私が買ってもらったものなんだから、どう使おうが私の勝手よ」
当然、突然要らなくなったから売り払うんじゃないのだ。それだけのためにわざわざ大商人であるイシドロ本人を、こんな時間帯に呼び出したりはしない。
私は私個人が自由に動かせるお金が今すぐ欲しかったのよ。
「それで、私の意図に適う人は雇えそうなの?」
次の一手として動かす駒を確保するためにね。
□前日十九時半
「――さすがに見くびらないでいただきたいですなあ。金払い次第で靴磨きから殺し屋まで、一流の人材を私めの商会が責任を持ってご紹介いたしますとも」
「じゃあ費用は今売った分で払うってことで足りそう?」
「問題ないと思われますな。それで、お支払いの方法ですが、前払いで三割、成功報酬で七割でしたかな?」
「ええ。割合は譲歩してもいいけれど、二回払いは譲れないわ」
さすがに全額前払いで任せられるほどは、信用できない。かと言って全額成功報酬だと受けてもらえない心配もある。仕事として成立させるなら二回払いが妥当でしょう。
「イシドロも芋女は知っているんでしょう?」
「アレクサンドラ様が激しく嫉妬なさる……おっと失礼。巷を騒がす男爵令嬢ですな」
殴るわよ、グーで。
「一般庶民の間でも噂されていますよ。井戸端会議で格好の話題になっているそうです」
「ふぅん。どんな風に言われてるのか興味あるわね」
「そうですな。なんでも有力者の子息を侍らす女王様きどりとか魔女とか言われているんだそうで。はて、一体どなたがそのような悪評を触れ回っているのでしょうかね?」
「さあ? 実際その通りなんだから誰が口走っていようと関係ないじゃないの」
「そうですな。色恋沙汰は話題に上りやすいですしねえ。逆に男爵令嬢は身分違いの恋に翻弄された悲劇の少女で、愛される彼女に嫉妬した傲慢な公爵令嬢がいじめている、とも噂されておりますよ」
「……こんなことになるんだったら、もっと情報操作しておくんだったわ」
情勢をかぎ分ける嗅覚が要の大商人であるイシドロは、当然この昼ドラも霞むヒロイン周りの話を把握している。私がコイツを使って芋女への嫌がらせを画策すると、いつもこうして軽口を叩いてくるのだ。その度に癇癪を起こしかけたものよ。
「まず一つ目の依頼は今晩の密偵でしたかな?」
「ええ。男爵邸に忍び込んで芋女の私室の様子をうかがってきてほしいのよ。夜が明けるまでの全てをね」
まずは芋女の寝室を探ってきてもらいましょう。
これは『どきエデ』で悪役令嬢を断罪する前夜、ヒロインと攻略対象者がとうとうその愛を確かなものとするからだ。身分の違いを乗り越えてこれから巻き起こるだろう様々な苦難も受け入れ、二人とももう戻れなくてもいいという決意を胸にして。
で、だ。その前夜イベントなんだけれど、攻略対象者からの好感度次第で描写が違う。ファンデスクでは、単なるノベルゲーの選択肢だけじゃなくて、それまでのミニゲームのスコアも絡んでくるのだ。それで高得点をあげて好感度を最高にすると、ご褒美とばかりに濃厚な夜をにおわせる描写になるわけよ。
「アレクサンドラ様から頂いた簡易間取り図がありますのでそう難しくない仕事ですが、わざわざ男爵令嬢の私室に行きただ観察してこい、ですよね? それってつまり……」
「……ええ、そうね」
きっと芋女とアルフォンソ様はよろしくやってくれちゃうんでしょうね。
まだ婚約関係を結んだままの私を差し置いて、ね。
「出歯亀できて破格の報酬が入るとなれば、誰もが諸手を挙げて歓迎するでしょうな」
「仕事として好きなことがやれて報酬の入りが良いんだったら、それはそうよね。私は他人の恋の営みなんて、お金をもらったってご免だけれどね」
アルフォンソ様は美男子かつ細マッチョで見栄え最高だし、芋女だって乙女ゲーのヒロインらしく美少女だものね。さぞ扇情的なやりとりを拝めるでしょう。
あー、想像しただけで吐き気がするわ。
どうしてそんな情報を掴みたいか。
大義名分がいるからよ。
あくまで私はアルフォンソ様の真実の愛とやらの被害者。王太子殿下は婚約者そっちのけで貧乏貴族の令嬢と肉欲に溺れました。そんな感じのね。
体裁なんて悪役令嬢が退場した後で取り繕うのが『どきエデ』なんでしょうけれど、鎮火前に大炎上させたらどうなるかしら?
この情報をばらまいてもよし。明日、婚約破棄騒動を起こされた時の反撃の材料にしてもよし。何なら国王陛下にご報告する資料にしてやってもいいわね。
どう転がしても芋女にとっては痛恨の一撃になる。
「いつものように人員はこちらで選定して、アレクサンドラ様にはご報告だけいたします。何時頃までにご報告に伺えばよろしいので?」
「朝方にはお願い。その情報をもとに明日は動き回りたいのよ」
「ふうむ、今回はやけに急がれますな。理由をお聞きしても?」
「明後日になれば分かるわ。悪いけれど今説明する気はないの」
さて、これでヒロインこと芋女とアルフォンソ様への対処は決まった。明日の朝がお楽しみ、ってね。
次は……芋女を守る逆ハー構成員共への対策か。
「続きまして、将軍閣下と宰相閣下のご嫡男を社会的に排除する人員についてですが……」
基本的に『どきエデ』の断罪イベントは、攻略対象者たちがヒロインを庇い立てしながら悪役令嬢を糾弾、王太子様も加勢するって展開なの。逆ハーレムルートだと攻略対象者が勢ぞろいしてオールスターかよって感じに画面を占めてきたっけ。
王太子ルートと逆ハーレムルートでは王太子様が切り込み隊長となって悪役令嬢を責め、取り巻き達は補助に回る。その筆頭が将軍嫡男のバルタサル様、そして宰相嫡男のロベルト様。
その二人に、舞台に上がってこないようご退場願うとしましょう。
「――以上のような手筈でよろしいですかな?」
「ええ、充分よ」
たとえ汚い手を使ってでもね。
「では更に続きまして――」
依頼が終わった頃、イシドロの部下達が査定を終えたようで報告しに来た。イシドロは自ら算盤をはじいて再計算し妥当性を確認、私に金額を提示する。
「これら全てを売り払うとなると……ざっとこんなものですな?」
「……私の金銭感覚が庶民とかけ離れているのをいいことに足元を見てはいないでしょうね?」
「とんでもない! 我が商会はアレクサンドラ様にいつもご贔屓にしていただいている身。どうして騙すなどいたしましょう?」
「言ってみただけよ。そういう点でイシドロは信用できるもの」
おおう、思った以上の金額になるわね。
凄いと思う反面、私ったら今までどれだけ散財したんだって呆れるわ。
依頼の報酬を払ってもまだ余裕がある。これなら少しは手元に残しても……やっぱいいか。捨てる時は思いっきり、ってね。
「じゃあこれで商談は成立ね」
「毎度ご贔屓いただきましてありがとうございます。今後もぜひ、私めの商会をご利用いただければ」
「ええ、そうさせてもらうわ」
私とイシドロは互いに笑い声をあげる。
きっと傍らで控えるセナイダの目からは、このやり取りは悪役同士の密会みたいに見えたでしょうね。
□前日二十時
公爵たるお父様は、広大な領地の統治と王政の補佐とで多忙な日々を送っていらっしゃる。けれど、夕食だけは極力お屋敷で家族と一緒に取るようにしていた。
今日もまたその例にもれず、お父様は馬車を走らせてお屋敷に戻られる。
食堂ではお父様を含めた公爵家の家族が着席していた。
兄で公爵家嫡男のセシリオ。妹のビビアナとエスメラルダ。ビビアナと双子で、弟のプラシド。それから公爵夫人のお母様だ。
凄いのは、私達五人兄弟って全員お母様の子だってことよ。大抵有力貴族は政略上、妾を持って多くの子を育むのに。
そんな公爵家での私の立ち位置は、わたしという第三者の視点で語るなら、微妙の一言に尽きる。
お兄様は既に次期公爵としてお父様の手伝いをなさっていた。近頃は領地運営を任され始めていて、代替わりの準備は整いつつある。
プラシドは分家筋に婿養子に行く段取りになっていて、近々婚約するそうだ。
問題なのはビビアナ。彼女はあろうことか、なんと芋女に懐柔されていた。
「公爵家勤めを辞めてお嬢様に直接、仕えろ、と?」
私から突拍子もない話を振られたセナイダは訝しげに眉をひそめた。
「これまでも誠心誠意お嬢様にご奉仕していたと自負していますが」
「勿論相応の賃金は払うわ。別に業務内容は今までと同じよ。ただ給料の形態が少し変わるだけでね」
「でしたら別に変える必要なんてないのでは?」
「勿論手間を掛けさせる分、前金は弾むわ。そうね……これでどう?」
私はテーブルの上に置いてあった小箱の棚を引き出した。中身を見せつけてやるとセナイダの顔がさっきより更に驚きに染まる。
まあそうでしょうね。だって指輪、アミュレット、腕輪、髪飾り、耳飾り、髪留めなど、様々な金や銀の細工品、宝飾品が並べられているんだもの。侍女という身分では決して手が届かない貴重品ばかりね。
「さすがに全部とはいかないけれど何個か譲ってもいいのよ。勿論売りやすいように職人の保証書を付けてね」
「こ、これをわたしに、ですか?」
「ええ。それで、話に乗ってみる気になったかしら?」
これまでの私だったら「誰が、たかが侍女に装飾品なんて分けてやるものか!」って考えたでしょうね。けれど前世の価値観が混ざった今の私にとって、宝石も貴金属もそんなに持ち続けたいって思うほどでもなくなっている。
だから、賭けのチップに最適って価値しか感じないわ。
「お嬢様、どうしてわたしにこれほどの待遇を?」
ところがセナイダったら、何を企んでいるのかって、逆に私を警戒したようね。ただそれを表に出さないのは公爵家の教育の賜物か、それとも彼女が優れているからか。
疑うのは当然か。逆の立場だったら私でもそうする。いきなり宝飾品をあげるって言われて素直に受け取れば、後が怖い。
考えているのは、コレを報酬としてアレクサンドラは一体どんな理不尽な命令をしてくるのか、辺りかしら?
「だって貴女、公爵家に仕えているのでしょう?」
「はい。ですからお嬢様に……」
「なら、何らかの事情でお父様が私を切り捨てたなら、貴女も私を捨てるのよね?」
そう、これは全部自分の保身を考えての策よ。断じてセナイダを優遇するわけじゃない。
『どきエデ』では芋女がどの男を選ぼうと私は最終的に公爵家には見捨てられる。その時、今まで私を可愛がってくれた家政婦長も老執事も、私の身の周りの世話を献身的にしてくれた侍女達も、みんなみんなまるで私なんて最初からいなかったみたいに私に背を向けるのよ。
家政婦長や老執事は駄目ね。彼らは公爵家やお父様に忠誠を誓っているので、ちょっとやそっとの誘惑には靡きやしない。
かと言って、他のしがない使用人を金や女で釣ったところで、断罪まで一日を切った猶予のない今となっては何の役にも立ちはしない。
その点セナイダは忠誠心より自分の安泰を優先する、と断言できる。これから寿退職するか老人になるまで働いて払われるだろう賃金と、目の前に出された宝飾品、どちらを手にしたら利が大きいかを頭の中で天秤にかけるに違いない。
「成程、そこまで買っていただけるのでしたら無下にはできませんね」
脳内の計算が終わったようだ。
セナイダったら今まで見せたことのないほど満面の笑みを浮かべている。欲深い淑女や強欲な商人が見せる、悪い笑顔だ。
彼女はメイド服のポケットから白くて薄い手袋を取り出すと、並んだ貴金属品の何点かを指差した。……四つか。多めだけれどまあ想定内。
彼女は選んだそれらを取り出して自分の手元に引き込むと、恭しく頭を垂れる。
「お嬢様。これからもよろしくお願いいたします」
「ええ、よろしく」
買収成功。これで私個人の手駒ができたわ。
「ああ、分かっているとは思うけれど誰にも言い触らさないでね。万が一お父様やお母様に質問されたら、そうね……お嬢様に山吹色のお菓子を頂いておりました、とでも答えなさい」
「山吹色のお菓子、ですか?」
「東方の国には、金貨の塊を菓子箱に入れて賄賂を贈るって習慣があるらしいわ」
「洒落ていますね」
あの商人と悪代官のやりとりって、わたしが好きだったのよねー。お主も悪よのう、いえ貴方様ほどでは、ってさ。
この場合は悪役令嬢の私が従者に送るんだから、逆なんだけど。
ってそんな話はどうでもいい。
肝心なのは、これでセナイダを自由に使い走りにできる点だ。
「で、早速なんだけれど……今日は寝かせないわ」
「ね、寝かせないって……」
「別に不純な行為に奔るつもりで言ったんじゃないわよ」
ちょっと、何を想像した? まさか私がお付きの侍女を毒牙にかけて夜の相手をさせるとか思ったりしていないでしょうね?
あいにく、女同士で同じベッドに入る程度ならともかく、欲情するなんてあり得ない。
「やりたいことが盛り沢山で、各所を奔走してほしいのよ。時間との勝負だから今すぐにでもやってもらうわ」
「それでしたら特別報酬としてもう一個ほど、その宝飾品を頂いちゃってもいいですか?」
「……。それでやる気が出るならいいわよ」
「さすがはお嬢様、話が分かるぅ!」
あ、何か早くも後悔の念が浮かび始めたわ。
いけないいけない。まだ先は長いんだから。
意気揚々と貴金属品を布袋に詰めて懐にしまったセナイダは、もう花が咲き誇る感じで満面の笑みを浮かべたわ。
くっそ、遠慮なくこき使ってやるんだから。
「それでお嬢様。まずはじめに何をすればよろしいでしょうか?」
「商人を呼んできてちょうだい。今すぐに」
「そう仰られましても、何を意図されているかによって呼んでくる者が違います」
「なら、これから言うことを全部暗記するか何かに書き記して」
私はセナイダに思いつく限りの目的を語った。
はじめはちょっとしたお使い程度に考えていたらしいセナイダも、次第に考えを改めて真面目にメモ書きする。
聞く度に驚きの声をあげるのはどうよと、思ったけれど、まあいいわ。
説明を終えて満足した私とは対照的に、セナイダはメモ書きを凝視して深刻な表情になった。メモ書きを握る指に力がこもって、若干紙にしわができる。
「お嬢様、これらですが……本当におやりになるおつもりで?」
「勿論よ。嗚呼、分かっているでしょうけれど当然お父様方には秘密よ」
「お嬢様が旦那様への説明なく商人をお呼びして、事後承諾でお買い物をなさるのはいつものことです。今日も疑いはしないでしょう」
うぐ、私お抱えになったってのに辛辣ね。
けれど一般庶民が目にしたら卒倒しかねない贅沢三昧だったのはこの私。私のお小遣いでは足りないからって、公爵家の資産やツケで払うこともしょっちゅうだった。
今から思い返せば、金遣いの荒さや公爵家への迷惑を考えない傲慢さも、アルフォンソ様に嫌われた要因だったかもしれないわね。
もっとも、前世のわたしごときに私の在り方を変えられやしない。反省する気は微塵もない。
「では行きなさい。時は金なり、よ」
「畏まりました。直ちに」
セナイダは慇懃に一礼すると早歩きで退室していった。
さて、その間に私は準備を整えることにしよう。何せ、いつもだったらあれしろこれしろと使用人に命令するだけで良かったけれど、今回ばかりは私一人の手で遂行しなきゃいけないものが多いからね。
ああ忙しい忙しい。
□前日十九時
「ご機嫌麗しゅうアレクサンドラ様。いつもお美しく……」
「世辞はいいわ。用件はセナイダから聞いているんでしょうね?」
「ええ、ええ、勿論ですとも」
さすがはセナイダ。
彼女は、あれからあまり時間の経たないうちに商人、イシドロを連れてきた。
イシドロは肥満体型かつ汗っかきなものだから、見た目は最悪。けれどその中身は有能で、多くの有力貴族御用達の大商人の一人ね。
『どきエデ』での彼は、悪役令嬢御用達の悪徳商人として登場する。時にはヒロインに差し向ける暴漢や詐欺師を雇い、時にはヒロインに盛る毒を手配する。そうした悪役令嬢の悪意を実行に移す最適な手段を用意してくれる人物だ。
最終的には彼もまた悪役令嬢と共にこれまでの悪事を暴かれて破滅するのだけれど、それはまだ明日の話よ。
私はイシドロに椅子を示した。
「座りなさい。話は手短に済ますつもりだけれどね」
すると彼は軽く驚きの声をあげた。
「なんと。いつもは私めを立たせっぱなしの貴女様にご配慮いただくとは。明日は大雨でも降りますかな?」
確かにいつもならイシドロを立たせたまま私一人が豪奢な椅子でふんぞりかえっていたものね。まあイシドロはイシドロで、指紋が消えるんじゃないかと思うくらい手を揉みながら、私の許しもなく座るのだけれど。
「それでアレクサンドラ様。もう一度確認させていただきますが、貴女様の侍女から伝えられたご用件は本気である、と解釈して構いませんか?」
「ええ、勿論よ。でなければ貴方をここに呼びやしないわ」
私はイシドロを自分の部屋に招き入れていた。いつもなら応接室を使って応対するのに。
私が自室に殿方を招いたことなんて片手の指で数えられる程度だ。
光栄に思いなさい。まあ彼はそこに価値は見出さないでしょうけれど。
「ここに並べられている衣服と調度品、それから装飾品を全て換金してちょうだい」
そして私は、最初の目的を口にした。
今、私の後ろには豪奢な衣服や調度品が並べられている。凡百の貴族では決して揃えられない価値のある逸品ばかり。
けれどドレスは一度袖を通してそれっきりだし、調度品は何度か手に取ったら飽きて、しまいっぱなしだった。私にとっては、もはや価値のないものだ。
「この中には私めの商会を通してご準備しました品もございます。売りに出されるとは、何かお気に召さなかったので?」
「いえ、イシドロの用意したものはどれも満足が行くものだったわ。これからも使いたいって思う品については抜いているから安心して」
「成程、道理で幾つかここにない品があるわけですな。ご愛用いただいているのでしたら商人冥利に尽きます」
「誇りなさい。イシドロはいい仕事をしているわよ」
そう、私はドレスや装飾品を必要最低限を残し、売り払う気だった。
十八歳という、まだ成熟していない私の身長や体格はすぐ変わるから、少し前のドレスは着られなくなっちゃう。貧乏貴族なら妹や親戚に譲るんでしょうけれど、ここは公爵家。妹達の分も新しく仕立てる財力がある。だから着られなくなったドレスが余るのよ。
それに、私は飽きっぽいので、気分次第でドレスを変える。装飾品はドレスに合わせてコーディネイトしないといけない。
結果、私の衣装棚の中は見事にいらないドレスで埋まっているというわけね。服に合わせる装飾品も箱が溢れそうだ。
「それで、本当にこちらの品々は今すぐにでも引き取って問題ないと?」
「ええ。ところでつかぬことを聞くけれど、装飾品はともかく、古着って買い取って何か役に立つの?」
「裕福ではない貴族の方々に購入を検討いただけます。それと公爵令嬢ご愛用の品となれば、箔が付きますので」
「……まさかとは思うけれど、いかがわしい趣味を持つ輩に売られる可能性も?」
「不快に思われるのでしたら、そうならないように取り扱いますが?」
「いえ、結構よ」
手放したものがどうなろうと知ったことじゃないわね。私の手から離れたものが次の買い手にも大事に使ってもらえたらなーとかは、これっぽっちも感じない。重要なのは今、要か不要かだけでしょうよ。
私の答えにイシドロは満足げに頷くと、大きく出た腹をさすりながら立ち上がった。
「では査定のために商会の者を部屋に招き入れても?」
「さすがに呼び入れるのは最低限にして、後は廊下に待機させなさいよ」
「ご心配には及びませんとも。顧客を不快にさせるなど断じていたしません」
イシドロが手を叩くと部屋の外で待機していた商人が何名か入室し、私へ慇懃に頭を垂れた。さすが複数の貴族が御用達にするだけあって礼儀を身につけている。
私が許しを与えると、彼らは早速仕事に取り掛かった。
「それでお支払いする金ですが、いつまでに準備すれば?」
「今すぐ、は無理なんでしょう?」
「そうですね。これほど多いとなると、まずはこれらを再び売って、ある程度現金化するまでは待っていただかないと」
「じゃあツケでいいわ」
イシドロの部下が査定を進める間に私はイシドロと他愛ない話をする。
本当なら一分一秒も無駄にはしたくないのだけれど、彼の機嫌を取るのは結構重要なのよね。彼の興味をひければ、こっちの要求以上の成果を出してくれるもの。
「これらの品を買っていただいた際は公爵家にお支払いいただけたと記憶していますが、今回の買い取りの代金はアレクサンドラ様にお渡しすればよろしいですかな?」
「そうしてちょうだい。私が買ってもらったものなんだから、どう使おうが私の勝手よ」
当然、突然要らなくなったから売り払うんじゃないのだ。それだけのためにわざわざ大商人であるイシドロ本人を、こんな時間帯に呼び出したりはしない。
私は私個人が自由に動かせるお金が今すぐ欲しかったのよ。
「それで、私の意図に適う人は雇えそうなの?」
次の一手として動かす駒を確保するためにね。
□前日十九時半
「――さすがに見くびらないでいただきたいですなあ。金払い次第で靴磨きから殺し屋まで、一流の人材を私めの商会が責任を持ってご紹介いたしますとも」
「じゃあ費用は今売った分で払うってことで足りそう?」
「問題ないと思われますな。それで、お支払いの方法ですが、前払いで三割、成功報酬で七割でしたかな?」
「ええ。割合は譲歩してもいいけれど、二回払いは譲れないわ」
さすがに全額前払いで任せられるほどは、信用できない。かと言って全額成功報酬だと受けてもらえない心配もある。仕事として成立させるなら二回払いが妥当でしょう。
「イシドロも芋女は知っているんでしょう?」
「アレクサンドラ様が激しく嫉妬なさる……おっと失礼。巷を騒がす男爵令嬢ですな」
殴るわよ、グーで。
「一般庶民の間でも噂されていますよ。井戸端会議で格好の話題になっているそうです」
「ふぅん。どんな風に言われてるのか興味あるわね」
「そうですな。なんでも有力者の子息を侍らす女王様きどりとか魔女とか言われているんだそうで。はて、一体どなたがそのような悪評を触れ回っているのでしょうかね?」
「さあ? 実際その通りなんだから誰が口走っていようと関係ないじゃないの」
「そうですな。色恋沙汰は話題に上りやすいですしねえ。逆に男爵令嬢は身分違いの恋に翻弄された悲劇の少女で、愛される彼女に嫉妬した傲慢な公爵令嬢がいじめている、とも噂されておりますよ」
「……こんなことになるんだったら、もっと情報操作しておくんだったわ」
情勢をかぎ分ける嗅覚が要の大商人であるイシドロは、当然この昼ドラも霞むヒロイン周りの話を把握している。私がコイツを使って芋女への嫌がらせを画策すると、いつもこうして軽口を叩いてくるのだ。その度に癇癪を起こしかけたものよ。
「まず一つ目の依頼は今晩の密偵でしたかな?」
「ええ。男爵邸に忍び込んで芋女の私室の様子をうかがってきてほしいのよ。夜が明けるまでの全てをね」
まずは芋女の寝室を探ってきてもらいましょう。
これは『どきエデ』で悪役令嬢を断罪する前夜、ヒロインと攻略対象者がとうとうその愛を確かなものとするからだ。身分の違いを乗り越えてこれから巻き起こるだろう様々な苦難も受け入れ、二人とももう戻れなくてもいいという決意を胸にして。
で、だ。その前夜イベントなんだけれど、攻略対象者からの好感度次第で描写が違う。ファンデスクでは、単なるノベルゲーの選択肢だけじゃなくて、それまでのミニゲームのスコアも絡んでくるのだ。それで高得点をあげて好感度を最高にすると、ご褒美とばかりに濃厚な夜をにおわせる描写になるわけよ。
「アレクサンドラ様から頂いた簡易間取り図がありますのでそう難しくない仕事ですが、わざわざ男爵令嬢の私室に行きただ観察してこい、ですよね? それってつまり……」
「……ええ、そうね」
きっと芋女とアルフォンソ様はよろしくやってくれちゃうんでしょうね。
まだ婚約関係を結んだままの私を差し置いて、ね。
「出歯亀できて破格の報酬が入るとなれば、誰もが諸手を挙げて歓迎するでしょうな」
「仕事として好きなことがやれて報酬の入りが良いんだったら、それはそうよね。私は他人の恋の営みなんて、お金をもらったってご免だけれどね」
アルフォンソ様は美男子かつ細マッチョで見栄え最高だし、芋女だって乙女ゲーのヒロインらしく美少女だものね。さぞ扇情的なやりとりを拝めるでしょう。
あー、想像しただけで吐き気がするわ。
どうしてそんな情報を掴みたいか。
大義名分がいるからよ。
あくまで私はアルフォンソ様の真実の愛とやらの被害者。王太子殿下は婚約者そっちのけで貧乏貴族の令嬢と肉欲に溺れました。そんな感じのね。
体裁なんて悪役令嬢が退場した後で取り繕うのが『どきエデ』なんでしょうけれど、鎮火前に大炎上させたらどうなるかしら?
この情報をばらまいてもよし。明日、婚約破棄騒動を起こされた時の反撃の材料にしてもよし。何なら国王陛下にご報告する資料にしてやってもいいわね。
どう転がしても芋女にとっては痛恨の一撃になる。
「いつものように人員はこちらで選定して、アレクサンドラ様にはご報告だけいたします。何時頃までにご報告に伺えばよろしいので?」
「朝方にはお願い。その情報をもとに明日は動き回りたいのよ」
「ふうむ、今回はやけに急がれますな。理由をお聞きしても?」
「明後日になれば分かるわ。悪いけれど今説明する気はないの」
さて、これでヒロインこと芋女とアルフォンソ様への対処は決まった。明日の朝がお楽しみ、ってね。
次は……芋女を守る逆ハー構成員共への対策か。
「続きまして、将軍閣下と宰相閣下のご嫡男を社会的に排除する人員についてですが……」
基本的に『どきエデ』の断罪イベントは、攻略対象者たちがヒロインを庇い立てしながら悪役令嬢を糾弾、王太子様も加勢するって展開なの。逆ハーレムルートだと攻略対象者が勢ぞろいしてオールスターかよって感じに画面を占めてきたっけ。
王太子ルートと逆ハーレムルートでは王太子様が切り込み隊長となって悪役令嬢を責め、取り巻き達は補助に回る。その筆頭が将軍嫡男のバルタサル様、そして宰相嫡男のロベルト様。
その二人に、舞台に上がってこないようご退場願うとしましょう。
「――以上のような手筈でよろしいですかな?」
「ええ、充分よ」
たとえ汚い手を使ってでもね。
「では更に続きまして――」
依頼が終わった頃、イシドロの部下達が査定を終えたようで報告しに来た。イシドロは自ら算盤をはじいて再計算し妥当性を確認、私に金額を提示する。
「これら全てを売り払うとなると……ざっとこんなものですな?」
「……私の金銭感覚が庶民とかけ離れているのをいいことに足元を見てはいないでしょうね?」
「とんでもない! 我が商会はアレクサンドラ様にいつもご贔屓にしていただいている身。どうして騙すなどいたしましょう?」
「言ってみただけよ。そういう点でイシドロは信用できるもの」
おおう、思った以上の金額になるわね。
凄いと思う反面、私ったら今までどれだけ散財したんだって呆れるわ。
依頼の報酬を払ってもまだ余裕がある。これなら少しは手元に残しても……やっぱいいか。捨てる時は思いっきり、ってね。
「じゃあこれで商談は成立ね」
「毎度ご贔屓いただきましてありがとうございます。今後もぜひ、私めの商会をご利用いただければ」
「ええ、そうさせてもらうわ」
私とイシドロは互いに笑い声をあげる。
きっと傍らで控えるセナイダの目からは、このやり取りは悪役同士の密会みたいに見えたでしょうね。
□前日二十時
公爵たるお父様は、広大な領地の統治と王政の補佐とで多忙な日々を送っていらっしゃる。けれど、夕食だけは極力お屋敷で家族と一緒に取るようにしていた。
今日もまたその例にもれず、お父様は馬車を走らせてお屋敷に戻られる。
食堂ではお父様を含めた公爵家の家族が着席していた。
兄で公爵家嫡男のセシリオ。妹のビビアナとエスメラルダ。ビビアナと双子で、弟のプラシド。それから公爵夫人のお母様だ。
凄いのは、私達五人兄弟って全員お母様の子だってことよ。大抵有力貴族は政略上、妾を持って多くの子を育むのに。
そんな公爵家での私の立ち位置は、わたしという第三者の視点で語るなら、微妙の一言に尽きる。
お兄様は既に次期公爵としてお父様の手伝いをなさっていた。近頃は領地運営を任され始めていて、代替わりの準備は整いつつある。
プラシドは分家筋に婿養子に行く段取りになっていて、近々婚約するそうだ。
問題なのはビビアナ。彼女はあろうことか、なんと芋女に懐柔されていた。
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