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Interlude1 アレクサンドラのその後
大商人夫人ミランダの来訪(後)
「ご存知の通りこれまでは王宮からの仕事となれば競合相手であるドミンゴ氏の商会が良く受注していましたが、先日思わぬ機会を頂戴してその勢いを削げまして。かと言って、いきなり王太子妃殿下に侍女を紹介したとなっては余計な恨みを買いかねません。主人はその段階まで踏み込めるのはもう数年後と見込んでいます」
「成程」
例の裏帳簿のせいでドミンゴの所は破産寸前まで追い込まれたものの、それでも彼の商会を御用達にしたいって考えの連中はまだ少なくない。顧客と市場をここぞとばかりに奪いすぎると悪目立ちが過ぎるってわけね。
「ですので、まずは公募してはいかがでしょうか? その際にわたくし共が選び抜いた者達も応募させますので」
「それなら公平性が保てるし、何より私の好みを熟知してるイシドロなら私が気に入る人材を手配するのも容易だから勝算はある、かしら?」
「勿論わたくし共が関与していない、としていただけるのでしたら直接ご紹介するよう再考致しますが、いかがなさいますか?」
「さすがはイシドロの妻、悪くないわ。公募案でいきましょう」
それにしても、王太子妃になった私にも尻込みしない言動、目の前にいる女性は相当な場数を踏んでいると見て良さそうね。イシドロの代理を務めるのも頷ける……いえ、むしろ出来すぎていて経歴を探りたくなってしまうわ。
いけないいけない。私はあくまで何も知らないままイシドロの商会を活用する。それでいいのよ。あまり深く知りすぎても私に得は無いでしょうし。いずれ王妃、国の象徴になるんだから、余計な踏み込みは更に避けるべきよ。
「そのご提案だけでは何でしたので、何名か候補者を絞ってまいりました。名簿をご覧になりますか?」
「是非見せて。私の世話を任せるんだから、自分で確かめたいわ」
ミランダが差し出してきた名簿には思わず唸ってしまうぐらい自分の嗜好に合致した人材が並んでいた。それもただ王太子妃に相応しい品行方正な連中だけじゃなく、セナイダみたいに一癖ある者も連なってるから好感が持てる。
私が興味を引いたのはその中の数名で、特にとある人物が気になった。
「ねえ、このノエリアって娘は結構色々な家を点々としてるんだけど、大丈夫なの?」
「彼女は商会所属のメイドでして、即戦力の助っ人を望まれるお客様にご紹介しています。なので短期契約を結び、山場を抜けて落ち着いたら撤収。その繰り返しです」
メイドにも色々な雇用形態があって、貴族の次女とか三女とかは生家の推薦や紹介で仕事にあたる場合が多い。市民階級の子は公募に募集して勝ち取ったり、有力者の推薦状を携えて雇用を勝ち取る。前世ならこれらは個人事業者扱いになるのかしらね。
一方、商会やギルド所属のメイドの場合、登録されている者達の能力と客が望む仕事のレベルを照らし合わせ、お眼鏡にかなう者を紹介する。契約内容によるけれど、大抵の場合は仲介料とかを中抜きされるわけ。
商会所属メイドの利点は、解雇されてもまた商会が仕事を紹介してくれる点。欠点は給料の安さね。なので賢い立ち回りは、出だしは商会の世話になって、紹介状を貰えるぐらいになったら独り立ちする、かな。
――ただし、裏仕事がある場合を除く。
「ふぅん、将軍のところにも勤めてたんだ。丁度嫡男がお手洗いの住人になった頃ね」
「アレも後始末が大変だったようですよ。どうして鋼の胃袋を持つとまで言われたバルタサル様がお腹を下したのでしょうか?」
いやあ、もしかしたらでも何でもなく私がそう命じたんだけれどね。
とすれば彼女がバルタサルに下剤を仕込んだ仕事人ってわけか。
……複数もの貴族の家で仕事を完遂する仕事メイドを手元に置くのも悪くないわ。
「ありがと。提案は前向きに検討するから、連絡を待って頂戴」
「その前に費用面をご相談したいのですが。公爵家のご令嬢だった頃と異なり、王太子妃にもなれば支出の管理は厳しいでしょうし」
「そう言えばそうね。いいわ、それじゃあ――」
と、ミランダと仕事の話をしていたら、にわかに廊下が騒がしくなってきた。分厚い壁と扉に隔たれていてもなお聞こえる制止と戸惑いの声。私は何事かと身構えて、セナイダは私を庇うように前に躍り出た。
そして扉が勢いよく開け放たれた。
侵入者の顔を見てどうしてここまで近衛兵に切り捨てられなかったかも納得した。
「お義母様?」
「王妃陛下……!? これは一体……」
私とセナイダが同時に驚きの声を上げるのも無理はない。だってお義母様の様子は尋常じゃなかった。
何しろあの優雅の代名詞のようだった立ち振舞を欠片も感じさせないぐらいのに焦っていた。具体的にはドレスはずり落ちそうだったし肩で息して汗もかいていて、目を見開いてこちらを見つめていた。
後ろで侍女のエロディアを始めとする使用人や護衛騎士が狼狽えるのを気にもとめず、お義母様は私、セナイダと順に視線を移していき、最後に確認したミランダに目が釘付けになった。
「生きて、いたんですね……」
お義母様は力なく膝から崩れ落ちた。エロディアの案じる声を耳にする間、私とセナイダはその異様な事態に戸惑いが隠しきれず、思わず目を見合わせた。
そして、ミランダだけはお義母様から視線を外してそっぽ向いてしまう。
「お姉様……!」
そんな大商人の夫人に向けてお義母様から衝撃の言葉が放たれた。
「成程」
例の裏帳簿のせいでドミンゴの所は破産寸前まで追い込まれたものの、それでも彼の商会を御用達にしたいって考えの連中はまだ少なくない。顧客と市場をここぞとばかりに奪いすぎると悪目立ちが過ぎるってわけね。
「ですので、まずは公募してはいかがでしょうか? その際にわたくし共が選び抜いた者達も応募させますので」
「それなら公平性が保てるし、何より私の好みを熟知してるイシドロなら私が気に入る人材を手配するのも容易だから勝算はある、かしら?」
「勿論わたくし共が関与していない、としていただけるのでしたら直接ご紹介するよう再考致しますが、いかがなさいますか?」
「さすがはイシドロの妻、悪くないわ。公募案でいきましょう」
それにしても、王太子妃になった私にも尻込みしない言動、目の前にいる女性は相当な場数を踏んでいると見て良さそうね。イシドロの代理を務めるのも頷ける……いえ、むしろ出来すぎていて経歴を探りたくなってしまうわ。
いけないいけない。私はあくまで何も知らないままイシドロの商会を活用する。それでいいのよ。あまり深く知りすぎても私に得は無いでしょうし。いずれ王妃、国の象徴になるんだから、余計な踏み込みは更に避けるべきよ。
「そのご提案だけでは何でしたので、何名か候補者を絞ってまいりました。名簿をご覧になりますか?」
「是非見せて。私の世話を任せるんだから、自分で確かめたいわ」
ミランダが差し出してきた名簿には思わず唸ってしまうぐらい自分の嗜好に合致した人材が並んでいた。それもただ王太子妃に相応しい品行方正な連中だけじゃなく、セナイダみたいに一癖ある者も連なってるから好感が持てる。
私が興味を引いたのはその中の数名で、特にとある人物が気になった。
「ねえ、このノエリアって娘は結構色々な家を点々としてるんだけど、大丈夫なの?」
「彼女は商会所属のメイドでして、即戦力の助っ人を望まれるお客様にご紹介しています。なので短期契約を結び、山場を抜けて落ち着いたら撤収。その繰り返しです」
メイドにも色々な雇用形態があって、貴族の次女とか三女とかは生家の推薦や紹介で仕事にあたる場合が多い。市民階級の子は公募に募集して勝ち取ったり、有力者の推薦状を携えて雇用を勝ち取る。前世ならこれらは個人事業者扱いになるのかしらね。
一方、商会やギルド所属のメイドの場合、登録されている者達の能力と客が望む仕事のレベルを照らし合わせ、お眼鏡にかなう者を紹介する。契約内容によるけれど、大抵の場合は仲介料とかを中抜きされるわけ。
商会所属メイドの利点は、解雇されてもまた商会が仕事を紹介してくれる点。欠点は給料の安さね。なので賢い立ち回りは、出だしは商会の世話になって、紹介状を貰えるぐらいになったら独り立ちする、かな。
――ただし、裏仕事がある場合を除く。
「ふぅん、将軍のところにも勤めてたんだ。丁度嫡男がお手洗いの住人になった頃ね」
「アレも後始末が大変だったようですよ。どうして鋼の胃袋を持つとまで言われたバルタサル様がお腹を下したのでしょうか?」
いやあ、もしかしたらでも何でもなく私がそう命じたんだけれどね。
とすれば彼女がバルタサルに下剤を仕込んだ仕事人ってわけか。
……複数もの貴族の家で仕事を完遂する仕事メイドを手元に置くのも悪くないわ。
「ありがと。提案は前向きに検討するから、連絡を待って頂戴」
「その前に費用面をご相談したいのですが。公爵家のご令嬢だった頃と異なり、王太子妃にもなれば支出の管理は厳しいでしょうし」
「そう言えばそうね。いいわ、それじゃあ――」
と、ミランダと仕事の話をしていたら、にわかに廊下が騒がしくなってきた。分厚い壁と扉に隔たれていてもなお聞こえる制止と戸惑いの声。私は何事かと身構えて、セナイダは私を庇うように前に躍り出た。
そして扉が勢いよく開け放たれた。
侵入者の顔を見てどうしてここまで近衛兵に切り捨てられなかったかも納得した。
「お義母様?」
「王妃陛下……!? これは一体……」
私とセナイダが同時に驚きの声を上げるのも無理はない。だってお義母様の様子は尋常じゃなかった。
何しろあの優雅の代名詞のようだった立ち振舞を欠片も感じさせないぐらいのに焦っていた。具体的にはドレスはずり落ちそうだったし肩で息して汗もかいていて、目を見開いてこちらを見つめていた。
後ろで侍女のエロディアを始めとする使用人や護衛騎士が狼狽えるのを気にもとめず、お義母様は私、セナイダと順に視線を移していき、最後に確認したミランダに目が釘付けになった。
「生きて、いたんですね……」
お義母様は力なく膝から崩れ落ちた。エロディアの案じる声を耳にする間、私とセナイダはその異様な事態に戸惑いが隠しきれず、思わず目を見合わせた。
そして、ミランダだけはお義母様から視線を外してそっぽ向いてしまう。
「お姉様……!」
そんな大商人の夫人に向けてお義母様から衝撃の言葉が放たれた。
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