文字の大きさ
大
中
小
52 / 88
Interlude1 アレクサンドラのその後
侯爵令嬢レティシアの引越(後)
王宮の一角にある王弟殿下のお住まいは引っ越し作業でとても賑わっていた。小物を一纏めにしたり本を縛ったり家具を梱包し、手際よく運び出しては荷車に乗せて外に運び出し、荷馬車へと積み替えていく。
そのうちの何人かはイシドロの商会を利用した時に商品を公爵邸に運んできたので見知っている。ってことはレティシアもイシドロの所に注文したのね。何だかイシドロに紹介料貰いたくなってきたわ。
引越し業者の作業員の他にはフェリペ殿下の部下として働いていた文官達が書類と資料の整理に明け暮れていた。要らないのは焼却炉に運ぶよう作業員に指示を出している。聞く限りだと後任に引き継ぐ分が多そうね。
「ごきげんよう、レティシア様」
「ごきげんよう、アレクサンドラさん。いえ、妃殿下とお呼びするべきかしら?」
「王弟殿下に嫁がれるレティシア様は私にとって義理の叔母になります。ならこれまで通りで構わないかと」
「そう、ならそうさせてもらいます」
そんな中、引っ越し作業の総括を担っていたレティシアを見つけたので、早速挨拶した。悪魔の囁きをしに行った時みたいな絶望に染まっていた淑女と本当に同一人物かって疑いたくなるぐらい、今の彼女は晴れやかだった。まるで雲ひとつ無い空のように。
「この度はご成婚おめでとうございます。挙式は引っ越しを終えてからですか?」
「その予定でいます。さすがに聖戦の最中ですのでささやかな規模になりますが」
「それでも大勢の民から祝福されることでしょう」
「ええ、そうであって欲しいものね」
なお、フェリペ殿下が秘めたる欲望を爆発させた一件はさすがにあんまりな失態なので箝口令が敷かれた。けれど人の口に戸は立てられず、ずっと側にいた美女に我慢出来なくなってとうとう襲った、って噂は世間にも広がっていると聞く。
ただね、意外にも批判はあまり無いのよね。と言うのもよりめでたいと受け止められているのよ。レティシアが絶世の美女だとは庶民にも知られていて、全く手を付ける様子もなかったフェリペ殿下はまさか不能か、とまで言われていたぐらいだし。
「それにしても、まさかフェリペ殿下に自白なさるだなんて。何でしたら私のせいにも出来ましたよね」
「私の愛情は私だけのもの。後押しをしてくれたことは感謝しますけれど、私の悪意を奪う権利はアレクサンドラさんにもありませんよ」
「これは失礼致しました。しかしながら、フェリペ殿下がその悪意ごと受け入れてくださるとは……。私の知る殿下は職務に誠実な方でしたのに」
「……責任感が強い方ですもの。そうして下さると分かっていながら私はあのお方を汚してしまった。この罪は一生背負っていくつもりです」
罪、ねえ。
それを言うなら私だってアルフォンソ様を始めとする将来国を背負っていくべき人達を自分が破滅から逃れるために陥れた。
後悔は無い。罪悪感も無い。けれど私がやったんだとは絶対に忘れない。
そうした覚悟は私もレティシアも一緒ってことか。
レティシアは笑みを浮かべた。同性の私から見ても絵になるぐらい美しくて、引越し業者の作業員が思わず作業の手を止めて見惚れるぐらいだった。これが本来の彼女か、と感想を抱く。
「アレクサンドラさん、私は負けませんからね」
「え、と……そう言われましても何か勝負していましたっけ?」
「長い間待ち望んだんですもの。私もフェリペ様にいっぱい愛していただいて、子宝を授かりたいものですわ」
「んなっ……!」
何よその言い方、まるで私達が若さゆえに勢いでやってるようじゃないの。
こらそこのセナイダ。「事実でしょうよ」って目でツッコミ入れないでよ。
恥ずかしさ大爆発の私を置き去りに、レティシアの惚気話は続く。
「それでね、フェリペ殿下も長く沢山私と楽しみたいそうなんですけど、もうお年もお年でしょう? 気持ちがついていかないらしくて……」
「は、はあ……」
「その悩みをこの間イシドロに持ちかけたらいい商品を紹介してもらえてね。それを試したらもう、私の方が参ってしまったわ。自分があんな風になるなんて想像もしていかなったもの」
「あの、それ私が聞いてもいい話なんでしょうか?」
「勿論よ。むしろこの世界に誘ったアレクサンドラさんだからこそ、数十年後も王太子殿下と愛し愛されるために私の体験談を聞くべきよ」
ヤバい。ちょっと選択を誤ったかもしれない。
媚薬を準備してけしかけたのは確かに私だけれど、殿下がそのままどっぷり色欲に浸かるなんて流石に予想外よ。しかもレティシアの口ぶり、善意は半分ぐらいでもう半分は引きずり込んだ私を道連れにしてやるって悪意でしょう。
セナイダに助けを求めようと視線を彷徨わせたら、いつの間にか彼女はフェリペ殿下と話し込んでるじゃないの! ちょっと貴女はまだ私の侍女でしょうよ、救いの手を差し伸べなさいこの薄情者ー!
そんなわけで桃色に染まったレティシアの猥談を延々と聞かされる破目になった。
そのうちの何人かはイシドロの商会を利用した時に商品を公爵邸に運んできたので見知っている。ってことはレティシアもイシドロの所に注文したのね。何だかイシドロに紹介料貰いたくなってきたわ。
引越し業者の作業員の他にはフェリペ殿下の部下として働いていた文官達が書類と資料の整理に明け暮れていた。要らないのは焼却炉に運ぶよう作業員に指示を出している。聞く限りだと後任に引き継ぐ分が多そうね。
「ごきげんよう、レティシア様」
「ごきげんよう、アレクサンドラさん。いえ、妃殿下とお呼びするべきかしら?」
「王弟殿下に嫁がれるレティシア様は私にとって義理の叔母になります。ならこれまで通りで構わないかと」
「そう、ならそうさせてもらいます」
そんな中、引っ越し作業の総括を担っていたレティシアを見つけたので、早速挨拶した。悪魔の囁きをしに行った時みたいな絶望に染まっていた淑女と本当に同一人物かって疑いたくなるぐらい、今の彼女は晴れやかだった。まるで雲ひとつ無い空のように。
「この度はご成婚おめでとうございます。挙式は引っ越しを終えてからですか?」
「その予定でいます。さすがに聖戦の最中ですのでささやかな規模になりますが」
「それでも大勢の民から祝福されることでしょう」
「ええ、そうであって欲しいものね」
なお、フェリペ殿下が秘めたる欲望を爆発させた一件はさすがにあんまりな失態なので箝口令が敷かれた。けれど人の口に戸は立てられず、ずっと側にいた美女に我慢出来なくなってとうとう襲った、って噂は世間にも広がっていると聞く。
ただね、意外にも批判はあまり無いのよね。と言うのもよりめでたいと受け止められているのよ。レティシアが絶世の美女だとは庶民にも知られていて、全く手を付ける様子もなかったフェリペ殿下はまさか不能か、とまで言われていたぐらいだし。
「それにしても、まさかフェリペ殿下に自白なさるだなんて。何でしたら私のせいにも出来ましたよね」
「私の愛情は私だけのもの。後押しをしてくれたことは感謝しますけれど、私の悪意を奪う権利はアレクサンドラさんにもありませんよ」
「これは失礼致しました。しかしながら、フェリペ殿下がその悪意ごと受け入れてくださるとは……。私の知る殿下は職務に誠実な方でしたのに」
「……責任感が強い方ですもの。そうして下さると分かっていながら私はあのお方を汚してしまった。この罪は一生背負っていくつもりです」
罪、ねえ。
それを言うなら私だってアルフォンソ様を始めとする将来国を背負っていくべき人達を自分が破滅から逃れるために陥れた。
後悔は無い。罪悪感も無い。けれど私がやったんだとは絶対に忘れない。
そうした覚悟は私もレティシアも一緒ってことか。
レティシアは笑みを浮かべた。同性の私から見ても絵になるぐらい美しくて、引越し業者の作業員が思わず作業の手を止めて見惚れるぐらいだった。これが本来の彼女か、と感想を抱く。
「アレクサンドラさん、私は負けませんからね」
「え、と……そう言われましても何か勝負していましたっけ?」
「長い間待ち望んだんですもの。私もフェリペ様にいっぱい愛していただいて、子宝を授かりたいものですわ」
「んなっ……!」
何よその言い方、まるで私達が若さゆえに勢いでやってるようじゃないの。
こらそこのセナイダ。「事実でしょうよ」って目でツッコミ入れないでよ。
恥ずかしさ大爆発の私を置き去りに、レティシアの惚気話は続く。
「それでね、フェリペ殿下も長く沢山私と楽しみたいそうなんですけど、もうお年もお年でしょう? 気持ちがついていかないらしくて……」
「は、はあ……」
「その悩みをこの間イシドロに持ちかけたらいい商品を紹介してもらえてね。それを試したらもう、私の方が参ってしまったわ。自分があんな風になるなんて想像もしていかなったもの」
「あの、それ私が聞いてもいい話なんでしょうか?」
「勿論よ。むしろこの世界に誘ったアレクサンドラさんだからこそ、数十年後も王太子殿下と愛し愛されるために私の体験談を聞くべきよ」
ヤバい。ちょっと選択を誤ったかもしれない。
媚薬を準備してけしかけたのは確かに私だけれど、殿下がそのままどっぷり色欲に浸かるなんて流石に予想外よ。しかもレティシアの口ぶり、善意は半分ぐらいでもう半分は引きずり込んだ私を道連れにしてやるって悪意でしょう。
セナイダに助けを求めようと視線を彷徨わせたら、いつの間にか彼女はフェリペ殿下と話し込んでるじゃないの! ちょっと貴女はまだ私の侍女でしょうよ、救いの手を差し伸べなさいこの薄情者ー!
そんなわけで桃色に染まったレティシアの猥談を延々と聞かされる破目になった。
感想 249
あなたにおすすめの小説
妹ばかり愛した家族へ。私が王太子妃になった日、皆さんは謝りました。けれど、もう遅いのです
由香【全一話完結】
幼い頃から妹の引き立て役として生き、婚約者まで奪われて家を追放された侯爵令嬢エレナ。
傷ついた彼女が助けた青年は、身分を隠した王太子だった。
一年後、王太子妃となったエレナの前に現れたのは、今さら「家族だから」と擦り寄ってくる両親と妹。
けれど彼女は、もう二度と振り返らない。
婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました
kieiku「では、記憶消去の魔法を執行します」
王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
王妃教育を辞退したら「困る」と国王陛下が直接迎えに来ました ~婚約破棄された私に、王太子ではなく国王陛下が求婚してきます〜
由香【全一話完結】
王太子の心変わりによって婚約を破棄された侯爵令嬢リリアーナ。
十年以上受け続けた王妃教育も辞退し、ようやく自由になれると思っていた。
ところが数日後、侯爵家を訪れたのは国王陛下本人。
「王妃教育を辞退されると困る。私の妃になってほしい」
努力を踏みにじった王太子はすべてを失い、選ばれたのは誠実に生きてきた彼女だった。
これは、年上国王に溺愛されながら、世界一幸せな王妃になるまでの逆転ラブストーリー。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
「役立たず」と離婚された侯爵夫人ですが、実家が世界一のお金持ちでした
由香「役立たず」と言われ、愛人のために離婚を突きつけられた侯爵夫人エレノア。
だが、夫は知らなかった。
彼女の実家が、王国どころか世界一の財閥だったことを。
離婚と同時に援助は打ち切られ、侯爵家はあっという間に崩壊。
破産寸前となった元夫は土下座で復縁を懇願するが…。
「申し訳ありません。そのお願いは、お断りします。」
これは、支える側だった令嬢が本当の幸せを手に入れる、痛快ざまぁストーリー。
夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。
Nao*夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。
そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。
そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。
これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。
(1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)
王太子殿下、最初の一曲は私ではないのですね 〜我慢をやめた公爵令嬢は、婚約指輪をお返しいたします〜
ゆぷしろん 王太子カーティスの婚約者フローラは、彼に何度も「君なら分かってくれる」と我慢を強いられてきた。王宮の茶会や演奏会、誕生日の晩餐までも、殿下は王弟の落胤であるサビーナを優先し、フローラの傷を見ようとしない。ついに生誕舞踏会の最初の一曲まで奪われた彼女は、周囲の視線にさらされながらも笑顔の裏で限界を迎え、婚約解消を決意する。
翌日、王妃の前でこれまでの扱いを訴えると、サビーナもまた殿下の都合のよい言葉に利用されていたと判明。カーティスは自分の甘えと無責任さを認めきれず、国王は婚約解消と王太子活動の停止を命じる。
フローラは誰かの都合に合わせ続ける人生をやめ、自分の心を優先する穏やかな日々を取り戻す。そして、彼女を一人の人として尊重するルシアンの手を取り、初めて自ら望んだ新たな未来へ歩み出していく。