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グランディ帝国編
第4話 約束の狼煙
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ヒュオオオオォォ……。
砕石の峡谷を、乾いた風だけが通り抜ける。
翼をはためかせ、空中に留まるジェイミーの額を、じっとりと嫌な汗が伝う。
手にした単眼鏡が滑りそうだ。
彼は瞬きも惜しんで、彼方の灰色の要塞を凝視し続けていた。
(おせぇよ……! 何やってんだあのガキ……!)
焦りが限界に達しかけた、その時だ。
レンズの向こう、城郭の一角から黒い筋が立ち昇った。
ジェイミーは目をこする。
見間違いじゃない。
飯炊きの煙なんかじゃない。
風に靡くことすらない、漆黒の、一直線の狼煙。
「――ッ!!」
ジェイミーはバサリと皮膜の翼を畳むと、重力に任せて谷底へと急降下した。
◇
谷底は、痛いほどの静寂に包まれていた。
妖狼族の戦士たちが、低く身を沈めている。
爪先がカリカリと石を削る音。喉の奥で押し殺した唸り声。
今にも弾け飛びそうな殺気が充満しているが、誰一人として動こうとはしない。
隊列の最前方。
突き出した巨岩の上。
その場所だけ、空気が凍りついている。
セリーヌが、そこに立っていた。
黒髪が風に煽られ、激しくたなびいている。
その湛えられた蒼き瞳は、微動だにせず彼方の要塞を射抜いている。
その凛とした背中に、誰もが息を呑んでいた。
副官のフィリスが、恐る恐る歩み寄る。
「セリーヌ様。……正午になります」
セリーヌは振り返らない。
「……もう少しだ」
「ですが!」
「総帥ィィィーーーッ!!!」
空からジェイミーが弾丸のように着地した。
小柄な体躯に見合わぬ轟音を立て、土煙を巻き上げる。
「狼煙だ! 黒い狼煙が上がったぞォッ!!」
全員が弾かれたように空を仰ぐ。
遠く霞む空に、黒い楔が突き刺さっていた。
セリーヌの手が、剣の柄をギリと握りしめる。
『一ヶ月待て。ルカドナの門を、あんたの前に開いてやる』
あの日、あの少年が口にした不遜な約束。
それが今、現実のものとなった。
――ジャキッ!
剣が鞘走る。
鋭い金属音が、静寂を切り裂いた。
セリーヌは声を張らなかった。
それでも、その一言は谷全体を縫い止めた。
「全軍、聞けェッ!!」
セリーヌの声が、雷鳴のように轟く。
「ケイン! 妖狼族先鋒! 正面から食い破れ!」
「ただし民間人への手出しは禁ずる。心せよ!」
「「「オオオオオオオオオッ!!!」」」
次の瞬間、地面が爆ぜた。
抑え込まれていた殺意が、堰を切ったように解き放たれる。
「フィリス!」
「空騎兵団、展開済みですッ!」
フィリスが腕輪を掲げると、紫電がほとばしる。
雲が裂け、巨大な影――飛竜の群れが姿を現した。
セリーヌは純白の天馬にふわりと飛び乗る。
「我に続けェッ!!」
剣を天へ突き上げる。
「目標、王都ルカドナァッ!!」
嘶く天馬が空を駆け上がる。
それを合図に、銀色の甲冑を纏った大軍勢が、奔流となって駆け出した。
谷底には、踏み荒らされた砂塵だけが残った。
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砕石の峡谷を、乾いた風だけが通り抜ける。
翼をはためかせ、空中に留まるジェイミーの額を、じっとりと嫌な汗が伝う。
手にした単眼鏡が滑りそうだ。
彼は瞬きも惜しんで、彼方の灰色の要塞を凝視し続けていた。
(おせぇよ……! 何やってんだあのガキ……!)
焦りが限界に達しかけた、その時だ。
レンズの向こう、城郭の一角から黒い筋が立ち昇った。
ジェイミーは目をこする。
見間違いじゃない。
飯炊きの煙なんかじゃない。
風に靡くことすらない、漆黒の、一直線の狼煙。
「――ッ!!」
ジェイミーはバサリと皮膜の翼を畳むと、重力に任せて谷底へと急降下した。
◇
谷底は、痛いほどの静寂に包まれていた。
妖狼族の戦士たちが、低く身を沈めている。
爪先がカリカリと石を削る音。喉の奥で押し殺した唸り声。
今にも弾け飛びそうな殺気が充満しているが、誰一人として動こうとはしない。
隊列の最前方。
突き出した巨岩の上。
その場所だけ、空気が凍りついている。
セリーヌが、そこに立っていた。
黒髪が風に煽られ、激しくたなびいている。
その湛えられた蒼き瞳は、微動だにせず彼方の要塞を射抜いている。
その凛とした背中に、誰もが息を呑んでいた。
副官のフィリスが、恐る恐る歩み寄る。
「セリーヌ様。……正午になります」
セリーヌは振り返らない。
「……もう少しだ」
「ですが!」
「総帥ィィィーーーッ!!!」
空からジェイミーが弾丸のように着地した。
小柄な体躯に見合わぬ轟音を立て、土煙を巻き上げる。
「狼煙だ! 黒い狼煙が上がったぞォッ!!」
全員が弾かれたように空を仰ぐ。
遠く霞む空に、黒い楔が突き刺さっていた。
セリーヌの手が、剣の柄をギリと握りしめる。
『一ヶ月待て。ルカドナの門を、あんたの前に開いてやる』
あの日、あの少年が口にした不遜な約束。
それが今、現実のものとなった。
――ジャキッ!
剣が鞘走る。
鋭い金属音が、静寂を切り裂いた。
セリーヌは声を張らなかった。
それでも、その一言は谷全体を縫い止めた。
「全軍、聞けェッ!!」
セリーヌの声が、雷鳴のように轟く。
「ケイン! 妖狼族先鋒! 正面から食い破れ!」
「ただし民間人への手出しは禁ずる。心せよ!」
「「「オオオオオオオオオッ!!!」」」
次の瞬間、地面が爆ぜた。
抑え込まれていた殺意が、堰を切ったように解き放たれる。
「フィリス!」
「空騎兵団、展開済みですッ!」
フィリスが腕輪を掲げると、紫電がほとばしる。
雲が裂け、巨大な影――飛竜の群れが姿を現した。
セリーヌは純白の天馬にふわりと飛び乗る。
「我に続けェッ!!」
剣を天へ突き上げる。
「目標、王都ルカドナァッ!!」
嘶く天馬が空を駆け上がる。
それを合図に、銀色の甲冑を纏った大軍勢が、奔流となって駆け出した。
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