『人類を裏切った少年、魔族の総帥に拾われる』 ~国を毒殺して処刑されるはずが、深淵の力で魔界の英雄(?)に成り上がるようです~

M_mao

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グランディ帝国編

第5話 一ヶ月前の約束

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銀の奔流ほんりゅう山脊さんせきを呑み込み、竜の影が空を埋めていく。

軍は完璧に動いている。セリーヌはそれを確認すらしなかった。

視線は、ただ一点。

彼方の空に突き刺さった、黒いくさび


狼煙だ。


手綱を握る指が、きしんだ。

『一ヶ月待て。ルカドナの門を、あんたの前に開いてやる』

風が吠える。記憶が滲む。

あの日の天幕。あの声。あの目。

——景色が、巻き戻る。



◇ 一ヶ月前

魔族軍・前線駐屯地。


警戒結界が鳴った。

部下が引きずってきたのは、暗殺者ではない。痩せた人間の少年だった。


泥の上に放り出されても、少年は慌てなかった。

座り込んだまま、ゆっくりと周囲を見回す。監視塔、輜重しちょう車、妖狼族の待機列。

——物見遊山ものみゆさんでもしているような顔だ。


ケインが前に立つ。

影が少年の全身を覆った。二メートルを超える巨躯きょく。腰の大斧だけで、子供一人分の重さがある。

少年は、見上げもしなかった。


「迷子か?」

首を横に振る。

「なら、ここが何処だか分かってんのか」

「魔族軍の前線基地。王都防衛圏外、第七駐屯地だろ?」


ケインの目が細くなった。

こんな情報を口にする子供が、ただの迷子であるはずがない。


「……死にに来たのか」


少年は薄く笑い、王都の方角へ顎をしゃくった。

「一年も囲んでて、なんで落とさない? 落とせないのか? ——それとも、『落とせない理由』があるのか?」


沈黙。

それは上層部だけが抱えるジレンマだ。前線の兵卒が口にしていい話題ではない。

ケインは一拍置いて、声を落とした。


「……誰に会いに来た」

「あんたたちのボス」

「理由は」


少年がそこで初めて、顔を上げた。

泥と汗にまみれた顔。だが目だけが、妙に澄んでいる。

「勝たせてやるよ。——虐殺ジェノサイドなしでな」


長い沈黙。


「……いい目だ」

ケインは背後の部下に、短く命じた。

「総帥の天幕へ連行しろ」

信用したわけではない。この手の「異物」は、自分の手には余る。それだけの話だ。







薄暗い天幕。魔導ランプが卓上の地図だけを照らしている。

その奥に、黒髪の女が立っていた。


セリーヌは、入ってきた少年を無言で観察した。

第一印象は——奇妙、の一言に尽きた。


少年は入口で足を止めたまま、こちらを見ようとしない。

視線は斜め下、地図の端あたりをぼんやりと彷徨っている。両手を背中に回し、指先が落ち着きなく組み替わっていた。

敵の総帥の前だというのに、直立不動でもなければ、跪くでもない。

かといって、怯えている風でもない。

——ただ、目を合わせたくないだけ。そんな風に見えた。


(……何だ、こいつは)


「お前が、王都を落とす策を持っていると?」


声をかけた瞬間、少年の肩がわずかに跳ねた。

だが、返ってきた言葉は明瞭だった。


「強攻策なら勝てるだろう。だが王都は瓦礫の山になる」

視線は相変わらず、こちらに来ない。背中の手が組み直される。

「人間は忘れない。『魔族が故郷を壊した』——その記憶は、百年残る」


セリーヌは否定しなかった。


「続けろ」


「一ヶ月後だ」

少年が、初めて顔を上げた。——ただし、セリーヌの目ではなく、卓上の地図を見ている。

「城門は勝手に開く」


天幕が静まった。

控えていた副官の手が、剣の柄にかかる。


「代償は」

「俺が負う」

「理由は」

「俺の敵は、あんたじゃない」


迷いのない即答。

セリーヌは少年を凝視した。

嘘か。狂気か。——あるいは、もう戻れない場所まで来ているのか。


「何を根拠に、お前を信じろと?」


少年は口の端を歪め、鼻で笑った。

「で? 総帥殿には、他に切れる札があんのか?」


セリーヌは、答えなかった。


「……失敗したら?」


「忘れてくれ。俺は最初からここに来なかった。——それだけだ」


セリーヌが一歩、踏み出した。


「名前は」


少年の顎が、すっと下がった。

半歩、後ろに退く。背中の手が、ぎゅっと握り込まれたのが見えた。


「……こっちを見て答えろ」


「——エド。エド・ウォーカー」


上擦った声。耳の縁が、みるみる赤く染まっていく。

セリーヌが眉を寄せた。


「何を動揺している?」

もう一歩。


限界だったらしい。

少年は目を固く閉じ——叫んだ。


「うっせぇな! あんたみたいな年増オバサンなんかジロジロ見れるかよッ!!」


ピキリ。

副官が「き、貴様ァァァッ!」と柄を掴む。


セリーヌは動かない。

ぽかん、と少年を見つめていた。


言い終わった瞬間、エドの顔が爆発したように赤くなった。

「あーもうッ!」と叫び、脱兎だっとのごとく天幕を飛び出す。


天幕の布が、ばさばさと揺れている。

静寂の中、セリーヌの額に青筋あおすじがひとつ。


「…………あの、クソガキ」


だが、追跡命令は出さなかった。



◇ 現在



風が戻る。

天馬のたてがみが暴れている。



セリーヌは瞬きひとつで記憶を閉じ、手綱を握り直した。


——バサァッ!

頭上を巨大な影が覆う。双頭の魔竜が急降下し、天馬と並走した。

竜の背にはフィリス。顔色が悪い。


「セリーヌ様!」


いつもの冷静さがない。セリーヌの目が鋭くなった。


「伏兵か」


「いいえ——」

フィリスが王都を指差す。手が震えていた。


「抵抗が、ありません。……どこにも」


「……どういう意味だ」


「分かりません。ただ——」

フィリスは言葉を選ぶように、一度口を閉じた。


「——王都全域から、生体反応が極端に弱まっています。意識ある者の気配が、ほとんど感じられない」


風が唸る。

セリーヌの目が、眼下の城壁を射抜いた。

静かすぎる王都。煙も、喧騒も、抵抗の兆しもない。


「……あのガキ、何をやった」


呟きは、風にかき消された。


「範囲を確認せよ」

「了解ッ!」


天馬が風を裂く。

黒い狼煙が、まだ空に残っていた。
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