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グランディ帝国編
第6話 処刑場の静寂
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【王都・大通り】
街全体が、死んだように静まり返っている。
セリーヌは天馬を降り、石畳を踏みしめた。
カツン、カツン。
静寂ゆえに、その足音だけがやけに大きく響く。
すぐ側で、中年女性が倒れていた。空を掴むような手つきで硬直している。
セリーヌは膝をつき、頸動脈に指を這わせた。
脈はある。
だが、あまりに微弱で、乱れている。
瞳孔は開ききり、口の端からは白い泡が溢れている。
ヒュー、ヒュー。
喉の奥から、空気が漏れるような異音が聞こえる。四肢が無意識にピクピクと痙攣していた。
ドォンッ。
風圧と共に、フィリスが龍の背から飛び降りた。
彼女もまた、反対側で数名を確認し終え、顔面を蒼白にしている。
「神経毒です。これだけの範囲に効いているということは、相当な量が撒かれたかと」
フィリスが通りの奥を見やる。
視界の果てまで、人々が折り重なるように倒れ、苦しげに蠢いている。
「壮年の者はまだ耐えられます。ですが……老人や子供は、呼吸筋が麻痺して窒息するのは時間の問題かと」
セリーヌは立ち上がる。
王都のメインストリートだというのに、悲鳴一つ聞こえない。
聞こえるのは、溺れる者が水面を叩くような、断続的な痙攣の音だけ。
「これは開城などではありません」
フィリスが震える声で告げる。
「死刑宣告を受けた囚人と同じです。解毒剤がなければ……」
ズズズズズ……。
地響きと共に、銀色の奔流――妖狼族の先鋒が到着した。
ケインの足が、初めて止まる。
百戦錬磨の戦士である彼が、喉を鳴らして絶句していた。
「総帥……」
ケインがセリーヌの背後に立つ。声が低い。
「こいつは……想定より酷え。外郭エリアは完全に機能停止してやがる」
足元で苦悶の表情を浮かべる市民を一瞥し、眉を寄せる。
「どうします? 手を貸すべきか、それとも……」
セリーヌは通りを見据え、その奥にある都市の中枢を睨んだ。
あの少年は言った。
『民衆は、お前を虐殺者だとは思わない』と。
セリーヌは一度瞼を閉じ、
次に開いた瞬間、その瞳を「総帥」の色に変えた。
「ケイン」
「はっ」
「先鋒を率いて王宮へ直行せよ。中枢を制圧し、貴族街を封鎖しろ」
「御意!」
「フィリス」
「はい、セリーヌ様」
「空騎兵を散開させろ。重症者を優先して中央広場へ搬送。呼吸と心拍の維持に努めよ。それ以外は動かすな」
「っ……承知いたしました!」
セリーヌは南東の空を見上げた。
鬱蒼と茂る森の向こう。
そこには戦闘音はない。だが、もう一つの「軍団」がいる。
「……あいつに頼るしかないか」
バサリ。
純白の天馬が翼を広げ、空へと舞い上がる。
セリーヌは二度と、眼下の惨状を振り返らなかった。
もし振り返れば――心が折れてしまうと、知っていたからだ。
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街全体が、死んだように静まり返っている。
セリーヌは天馬を降り、石畳を踏みしめた。
カツン、カツン。
静寂ゆえに、その足音だけがやけに大きく響く。
すぐ側で、中年女性が倒れていた。空を掴むような手つきで硬直している。
セリーヌは膝をつき、頸動脈に指を這わせた。
脈はある。
だが、あまりに微弱で、乱れている。
瞳孔は開ききり、口の端からは白い泡が溢れている。
ヒュー、ヒュー。
喉の奥から、空気が漏れるような異音が聞こえる。四肢が無意識にピクピクと痙攣していた。
ドォンッ。
風圧と共に、フィリスが龍の背から飛び降りた。
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フィリスが通りの奥を見やる。
視界の果てまで、人々が折り重なるように倒れ、苦しげに蠢いている。
「壮年の者はまだ耐えられます。ですが……老人や子供は、呼吸筋が麻痺して窒息するのは時間の問題かと」
セリーヌは立ち上がる。
王都のメインストリートだというのに、悲鳴一つ聞こえない。
聞こえるのは、溺れる者が水面を叩くような、断続的な痙攣の音だけ。
「これは開城などではありません」
フィリスが震える声で告げる。
「死刑宣告を受けた囚人と同じです。解毒剤がなければ……」
ズズズズズ……。
地響きと共に、銀色の奔流――妖狼族の先鋒が到着した。
ケインの足が、初めて止まる。
百戦錬磨の戦士である彼が、喉を鳴らして絶句していた。
「総帥……」
ケインがセリーヌの背後に立つ。声が低い。
「こいつは……想定より酷え。外郭エリアは完全に機能停止してやがる」
足元で苦悶の表情を浮かべる市民を一瞥し、眉を寄せる。
「どうします? 手を貸すべきか、それとも……」
セリーヌは通りを見据え、その奥にある都市の中枢を睨んだ。
あの少年は言った。
『民衆は、お前を虐殺者だとは思わない』と。
セリーヌは一度瞼を閉じ、
次に開いた瞬間、その瞳を「総帥」の色に変えた。
「ケイン」
「はっ」
「先鋒を率いて王宮へ直行せよ。中枢を制圧し、貴族街を封鎖しろ」
「御意!」
「フィリス」
「はい、セリーヌ様」
「空騎兵を散開させろ。重症者を優先して中央広場へ搬送。呼吸と心拍の維持に努めよ。それ以外は動かすな」
「っ……承知いたしました!」
セリーヌは南東の空を見上げた。
鬱蒼と茂る森の向こう。
そこには戦闘音はない。だが、もう一つの「軍団」がいる。
「……あいつに頼るしかないか」
バサリ。
純白の天馬が翼を広げ、空へと舞い上がる。
セリーヌは二度と、眼下の惨状を振り返らなかった。
もし振り返れば――心が折れてしまうと、知っていたからだ。
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