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3話
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学校から離れた、廃工場の跡地。
錆びついた鉄骨と、割れた窓ガラスから差し込む西日が、殺伐とした空気を漂わせている。
放課後の薄暗がりの中、俺はそこに呼び出した「駒」を待っていた。
「……遅いな」
「し、仕方ないでしょ。誰にも見られないように抜けてくるの大変だったんだから」
瓦礫を踏む音と共に現れたのは、桐島玲奈だ。
彼女は俺の顔を見るなり、露骨に顔をしかめた。汚いものを見るような、軽蔑と嫌悪が入り混じった目だ。
「あんたと一緒にいるところなんて、誰かに見られたら死にたくなるわ」
「口の減らない奴だな。……報告は?」
俺は近くのドラム缶に腰掛け、冷淡に促した。
玲奈は舌打ちをし、吐き捨てるように話し始める。
「今日の昼休み、くるみがまた言ってたわ。『真理愛ちゃんは可愛いけど、ちょっと世間知らずで心配』って。いつものマウント取りよ」
「それだけか?」
「……あと、取り巻きのミナたちが、くるみに言われてあんたの上履きを隠そうとしていたわ…。」
やはりな、と俺は鼻で笑った。
未来の記憶通りだ。あの時、俺は上履きがなくなって途方に暮れ、それをくるみに「一緒に探してあげる」と優しくされ、さらに彼女に依存したのだ。
中学生だった当時としては、親に怒られることの方が怖い事なのだと錯覚してしまっていたから。
「報告は以上よ……。」
玲奈はそれだけ言うと、逃げるように踵を返した。
一秒でも早くこの場を去りたい。その態度が気に食わない。
「待て」
俺は立ち上がり、彼女の腕を掴んで引き戻した。
背後の錆びた柱に、彼女の華奢な背中がドンとぶつかる。
「いっ……! なによ、離してよ!」
「『報酬』が必要だろ? よく働いたペットには、餌をやらないとな」
俺は彼女の顎を強引に掴み、上を向かせた。
至近距離で目が合う。
「は? 何言って……やめ、触らないで! 気持ち悪い!」
玲奈が必死に俺の胸を押し返そうとする。その目には涙が滲むほどの生理的な拒絶が浮かんでいた。
だが、俺は構わず唇を重ねた。
「んぐっ!? ふ、ううーっ!!」
ジタバタと暴れる彼女の両手首を片手でねじ伏せ、頭上で固定する。
歯が当たるほどの乱暴な口づけ。
玲奈は必死に顔を背けようとするが、俺は逃がさない。
「んっ、んーっ! (サイテー、死ね、離して!)」
声にならない罵倒が聞こえてくるようだ。
俺は空いた手で、彼女の制服越しに脇腹を撫で上げ、耳の裏のくぼみを指先で強く刺激した。
未来で、俺を玩具にしていた女たちが好んだ、神経を逆撫でするような愛撫。
「ひっ……!?」
ビクリ、と玲奈の体が跳ねた。
嫌悪感で強張っていた体が、不意に別の反応を見せる。
「な、に……やめ……っ、あ……」
意思とは無関係に、喉の奥から小さく甘い声が漏れた。
その事実に一番驚いたのは、玲奈自身だったようだ。彼女は目を見開き、信じられないという顔で俺を見た。
――なんで? 気持ち悪いのに。あんなに見下してた透なのに。
どうして今、背筋がゾクゾクしたの?
混乱する彼女の隙を突き、俺はさらに深く舌をねじ込んだ。
抵抗する力が、ガクンと弱まる。
膝から力が抜け、俺の体に体重を預ける形になる。
「……っ、ふ、ぅ……」
ほんの数秒。
彼女が抵抗を忘れ、されるがままになった瞬間を見計らって、俺はパッと体を離した。
「……あ」
支えを失った玲奈が、その場にへたり込む。
乱れた髪。荒い呼吸。そして、涙で濡れた瞳。
彼女は袖口で乱暴に口元を拭うと、真っ赤な顔で俺を睨みつけた。
「さ、最低……! やっぱりあんたなんかゴミよ、死んじゃえばいいのに!」
罵倒の言葉は鋭い。
だが、その声は微かに震えていた。
睨みつける瞳の奥には、怒りだけではない、得体の知れない動揺が渦巻いている。
「続きがしたければ、もっとマシな情報を持って来い」
「だ、誰が……ッ!」
玲奈は何か言い返そうとしたが、言葉に詰まり、逃げるように廃工場を走り去っていった。
去り際、彼女が一度だけ振り返り、悔しそうに、けれど何かを探るような目で俺を見たのを、俺は見逃さなかった。
恐怖と嫌悪。
けれど、その中にほんの一滴だけ混ざった、身体の反応への戸惑い。
その一滴が、いずれ彼女を壊す毒になる。
俺は夕闇の中に消えていく背中を見送りながら、冷たく笑った。
~~~~~~~~
「はぁ、はぁ、はぁ……っ!」
公園の公衆トイレに駆け込んだ玲奈は、洗面台の蛇口を勢いよく捻った。
冷たい水を手ですくい、何度も、何度も唇を洗う。
「最低、最低、最低っ! あんなゴミに……気持ち悪いっ!」
薄くしていた化粧が崩れるのも構わず、ゴシゴシと口元を擦る。
鏡に映る自分の顔は、怒りと屈辱で赤く染まっていた。
深澄透。
クラスで一番パッとしない、顔が整っているだけの影の薄い男。
本来なら、私の視界に入ることすら許されないような底辺。
それなのに、あいつは私の弱みを握り、あろうことか唇を奪った。
「なんなのよ、あの態度……! いきなり強気になって、私のことペットだなんて……!」
思い出すだけで鳥肌が立つ。
あんな奴、死ねばいい。万引きの写真さえなければ、すぐにでもくるみに言いつけて、社会的に抹殺してやるのに。
そこまで考えた時、ふと――先ほどの感覚がフラッシュバックした。
『反応がいいな』
耳元で囁かれた低い声。
背筋を駆け上がった、得体の知れない電流のような痺れ。
あいつの指が首筋を撫でた時、私の体は確かに跳ねた。
あろうことか、あんな陰気な男の愛撫に、声を出して感じてしまった。
「……っ」
玲奈は自身の二の腕を強く抱きしめ、首を激しく横に振った。
「違う。……あんなの、びっくりしただけよ」
自分に言い聞かせるように、鏡の中の自分を睨みつける。
「そうよ、ただの生理現象。くすぐったかっただけ。あいつなんかに私が感じるわけないじゃない」
透はただのゴミだ。
今は写真を盾に取られているから従っているだけ。隙を見て証拠を全て取り返したら、倍にして復讐してやる。
絶対に許さない。あんな屈辱、二度と味わうものですか。
「……ふん」
ハンカチで乱暴に顔を拭くと、玲奈は努めていつもの「強気な自分」を作った。
だが。
(……でも)
鏡から目を逸らす瞬間。
唇に残る、手荒くも熱かった感触が、どうしても消えてくれないことに気づいてしまった。
心臓が、不愉快なほど速く脈打っている。
恐怖のせいだ。怒りのせいだ。
……本当に、それだけなのか?
「……忘れなさいよ、私。あんな奴のこと」
玲奈は誰に言うでもなく呟き、逃げるようにトイレを後にした。
その足取りが、来る時よりも少しだけ重いことに、彼女自身はまだ気づいていなかった。
錆びついた鉄骨と、割れた窓ガラスから差し込む西日が、殺伐とした空気を漂わせている。
放課後の薄暗がりの中、俺はそこに呼び出した「駒」を待っていた。
「……遅いな」
「し、仕方ないでしょ。誰にも見られないように抜けてくるの大変だったんだから」
瓦礫を踏む音と共に現れたのは、桐島玲奈だ。
彼女は俺の顔を見るなり、露骨に顔をしかめた。汚いものを見るような、軽蔑と嫌悪が入り混じった目だ。
「あんたと一緒にいるところなんて、誰かに見られたら死にたくなるわ」
「口の減らない奴だな。……報告は?」
俺は近くのドラム缶に腰掛け、冷淡に促した。
玲奈は舌打ちをし、吐き捨てるように話し始める。
「今日の昼休み、くるみがまた言ってたわ。『真理愛ちゃんは可愛いけど、ちょっと世間知らずで心配』って。いつものマウント取りよ」
「それだけか?」
「……あと、取り巻きのミナたちが、くるみに言われてあんたの上履きを隠そうとしていたわ…。」
やはりな、と俺は鼻で笑った。
未来の記憶通りだ。あの時、俺は上履きがなくなって途方に暮れ、それをくるみに「一緒に探してあげる」と優しくされ、さらに彼女に依存したのだ。
中学生だった当時としては、親に怒られることの方が怖い事なのだと錯覚してしまっていたから。
「報告は以上よ……。」
玲奈はそれだけ言うと、逃げるように踵を返した。
一秒でも早くこの場を去りたい。その態度が気に食わない。
「待て」
俺は立ち上がり、彼女の腕を掴んで引き戻した。
背後の錆びた柱に、彼女の華奢な背中がドンとぶつかる。
「いっ……! なによ、離してよ!」
「『報酬』が必要だろ? よく働いたペットには、餌をやらないとな」
俺は彼女の顎を強引に掴み、上を向かせた。
至近距離で目が合う。
「は? 何言って……やめ、触らないで! 気持ち悪い!」
玲奈が必死に俺の胸を押し返そうとする。その目には涙が滲むほどの生理的な拒絶が浮かんでいた。
だが、俺は構わず唇を重ねた。
「んぐっ!? ふ、ううーっ!!」
ジタバタと暴れる彼女の両手首を片手でねじ伏せ、頭上で固定する。
歯が当たるほどの乱暴な口づけ。
玲奈は必死に顔を背けようとするが、俺は逃がさない。
「んっ、んーっ! (サイテー、死ね、離して!)」
声にならない罵倒が聞こえてくるようだ。
俺は空いた手で、彼女の制服越しに脇腹を撫で上げ、耳の裏のくぼみを指先で強く刺激した。
未来で、俺を玩具にしていた女たちが好んだ、神経を逆撫でするような愛撫。
「ひっ……!?」
ビクリ、と玲奈の体が跳ねた。
嫌悪感で強張っていた体が、不意に別の反応を見せる。
「な、に……やめ……っ、あ……」
意思とは無関係に、喉の奥から小さく甘い声が漏れた。
その事実に一番驚いたのは、玲奈自身だったようだ。彼女は目を見開き、信じられないという顔で俺を見た。
――なんで? 気持ち悪いのに。あんなに見下してた透なのに。
どうして今、背筋がゾクゾクしたの?
混乱する彼女の隙を突き、俺はさらに深く舌をねじ込んだ。
抵抗する力が、ガクンと弱まる。
膝から力が抜け、俺の体に体重を預ける形になる。
「……っ、ふ、ぅ……」
ほんの数秒。
彼女が抵抗を忘れ、されるがままになった瞬間を見計らって、俺はパッと体を離した。
「……あ」
支えを失った玲奈が、その場にへたり込む。
乱れた髪。荒い呼吸。そして、涙で濡れた瞳。
彼女は袖口で乱暴に口元を拭うと、真っ赤な顔で俺を睨みつけた。
「さ、最低……! やっぱりあんたなんかゴミよ、死んじゃえばいいのに!」
罵倒の言葉は鋭い。
だが、その声は微かに震えていた。
睨みつける瞳の奥には、怒りだけではない、得体の知れない動揺が渦巻いている。
「続きがしたければ、もっとマシな情報を持って来い」
「だ、誰が……ッ!」
玲奈は何か言い返そうとしたが、言葉に詰まり、逃げるように廃工場を走り去っていった。
去り際、彼女が一度だけ振り返り、悔しそうに、けれど何かを探るような目で俺を見たのを、俺は見逃さなかった。
恐怖と嫌悪。
けれど、その中にほんの一滴だけ混ざった、身体の反応への戸惑い。
その一滴が、いずれ彼女を壊す毒になる。
俺は夕闇の中に消えていく背中を見送りながら、冷たく笑った。
~~~~~~~~
「はぁ、はぁ、はぁ……っ!」
公園の公衆トイレに駆け込んだ玲奈は、洗面台の蛇口を勢いよく捻った。
冷たい水を手ですくい、何度も、何度も唇を洗う。
「最低、最低、最低っ! あんなゴミに……気持ち悪いっ!」
薄くしていた化粧が崩れるのも構わず、ゴシゴシと口元を擦る。
鏡に映る自分の顔は、怒りと屈辱で赤く染まっていた。
深澄透。
クラスで一番パッとしない、顔が整っているだけの影の薄い男。
本来なら、私の視界に入ることすら許されないような底辺。
それなのに、あいつは私の弱みを握り、あろうことか唇を奪った。
「なんなのよ、あの態度……! いきなり強気になって、私のことペットだなんて……!」
思い出すだけで鳥肌が立つ。
あんな奴、死ねばいい。万引きの写真さえなければ、すぐにでもくるみに言いつけて、社会的に抹殺してやるのに。
そこまで考えた時、ふと――先ほどの感覚がフラッシュバックした。
『反応がいいな』
耳元で囁かれた低い声。
背筋を駆け上がった、得体の知れない電流のような痺れ。
あいつの指が首筋を撫でた時、私の体は確かに跳ねた。
あろうことか、あんな陰気な男の愛撫に、声を出して感じてしまった。
「……っ」
玲奈は自身の二の腕を強く抱きしめ、首を激しく横に振った。
「違う。……あんなの、びっくりしただけよ」
自分に言い聞かせるように、鏡の中の自分を睨みつける。
「そうよ、ただの生理現象。くすぐったかっただけ。あいつなんかに私が感じるわけないじゃない」
透はただのゴミだ。
今は写真を盾に取られているから従っているだけ。隙を見て証拠を全て取り返したら、倍にして復讐してやる。
絶対に許さない。あんな屈辱、二度と味わうものですか。
「……ふん」
ハンカチで乱暴に顔を拭くと、玲奈は努めていつもの「強気な自分」を作った。
だが。
(……でも)
鏡から目を逸らす瞬間。
唇に残る、手荒くも熱かった感触が、どうしても消えてくれないことに気づいてしまった。
心臓が、不愉快なほど速く脈打っている。
恐怖のせいだ。怒りのせいだ。
……本当に、それだけなのか?
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