タイムリープした俺には逆らえない〜未来の知識で嗜む復讐のカルテ〜

刹那冥夜

文字の大きさ
11 / 36

11話

しおりを挟む
​ 翌日から、早川結衣のターゲットは変わった。

 深澄透ではなく、憧れの生徒会役員・小日向くるみへ。

​(透先輩はああ言ってたけど、絶対に嘘だ)

(くるみ先輩があんな……ミナ先輩たちを追い詰めるようなことをするはずがない)

​ 結衣は自分に言い聞かせながら、校舎の柱の影からくるみの姿を目で追った。

 証明してみせる。くるみ先輩の潔白を。
そして、あの不気味な深澄透の鼻を明かしてやるんだ。
​          



~~~~~~~~~~~


​ 【観察1日目】

​ 掃除の時間。クラスでも目立たない、大人しい女子生徒が花瓶の水をこぼしてしまった。

 床に広がる水。周囲の生徒が「うわ、汚ねぇ」と遠巻きにする中、くるみだけが駆け寄った。

​「大丈夫? 濡れてない?」

「あ、ご、ごめんなさい小日向さん……!」

「いいのいいの。雑巾持ってくるね。一緒に拭こう?」
​ くるみは嫌な顔一つせず、汚れた床に膝をつき、笑顔で水を拭き取った。

 周囲からは「やっぱ小日向さん優しいな」「天使だよな」という声が上がる。

​(ほら、やっぱり! 先輩は優しい!)

​ 結衣は胸を撫で下ろした。安心した結衣は、掃除を終えて手洗い場に向かうくるみの後を追った。

「お疲れ様です」と声をかけようと思って。
​ しかし………。


 女子トイレの入り口で、結衣の足は凍りついた。
​「……最悪。マジでないわ」

​ 手洗い場の鏡の前。くるみが、鬼のような形相で手を洗っていた。

 液体石鹸を何度もプッシュし、皮膚が赤くなるほどゴシゴシと擦り合わせている。

​「あんなトロいブスの世話とか、何の罰ゲームよ。菌が移りそうで吐き気する」
​ 冷徹な独り言。

 先ほどの慈愛に満ちた笑顔はどこにもない。

 鏡に映っているのは、汚いものに触れてしまった苛立ちと、クラスメイトへの蔑みに満ちた、爬虫類のような冷たい目だった。

​「チッ……あーあ、早くアルコールジェル使いたい」








​          
​ 【観察2日目】


​ 放課後。結衣は、くるみが男子生徒に呼び出されているのを目撃した。

 相手は少し地味だが、真面目そうな男子だ。顔を真っ赤にしてラブレターを差し出している。

​「……す、好きです! 付き合ってください!」

「えっ……」

​ くるみは驚いた顔をして、それから困ったように、けれど優しく微笑んだ。

​「ありがとう。気持ちはすっごく嬉しい。でもごめんなさい。私、今は生徒会の仕事とか勉強を頑張りたくて……」

「そ、そうか……ごめん、困らせて」

「ううん、伝えてくれてありがとう。……これ、受け取ってもいいかな? 気持ちだけでも大切にしたいから」

​ くるみはラブレターを両手で大切そうに受け取った。

 男子生徒は振られたものの、感動した様子で何度も頭を下げて去っていった。

​(やっぱり、くるみ先輩は誠実だ。断る時もあんなに相手を傷つけないように配慮して……)

​ 結衣が感動しかけた、その時だった。

 男子生徒の姿が見えなくなった瞬間、くるみの表    情が『無』になった。

​「……キッショ」
​ 吐き捨てるような低い声。

 くるみは手にしたラブレターを、まるで汚物をつまむように指先だけで持ち、近くの焼却炉のゴミ箱へと歩み寄った。

​「鏡見たことあんのかな。あのニキビ面で私と釣り合うと思ってるとか、もはやホラーでしょ」
​ ビリッ、ビリビリッ。

 中身を読みもせず、封筒ごと無造作に引き裂く。
 そして、ゴミ箱の中へと投げ捨てた。

​「あー、時間の無駄だった。優しく断っただけ感謝しろっての」

​ くるみは手をパンパンと払い、鼻歌交じりにその場を去っていった。
 ゴミ箱の中に残された、少年の純粋な想いの残骸。

 結衣は震えが止まらなかった。




​ 【観察3日目】


​ 昼休み。くるみは友人と談笑していた。

 話題は、最近クラスで孤立しているミナとアイリのことだ。

​「ねえくるみ、最近ミナたちと話してないの?」

「うん……。だってあの子たち、ちょっと怖いことしてるみたいだし」

​ くるみは眉を下げ、悲しそうに俯いた。

​「私、何度も注意したんだよ? 『パパ活なんてやめなよ』って。でも聞いてくれなくて……逆に『優等生ぶってムカつく』って言われちゃって」

「えー! 最低!」

「私、友達だと思ってたのに……ショックで」 

​ 嘘泣きをするくるみの口元が、指の隙間で三日月のように吊り上がっているのを、結衣は見てしまった。

 ミナ先輩たちが言っていた『くるみが噂を流した』という言葉は、真実だったのだ。


​          




​ 【観察4日目】


​ 階段の踊り場。結衣と同じ一年生の女子数人が、くるみを取り囲んでいた。

​「くるみ先輩! これ、家庭科の授業で焼いたクッキーなんです!」

「よかったら食べてください! 先輩の大ファンなんです!」

​ 可愛らしいラッピングに包まれたクッキー。

 くるみは花が咲いたような笑顔を見せた。

​「ええっ、すごーい! これ手作り? お店のかと思った!」

「そんなっ、全然です!」

「嬉しいなぁ。ありがとう、大事に食べるね!」

​ 後輩たちは「キャー!」「優しい!」と黄色い声を上げて去っていく。

 くるみは笑顔で手を振り続けていた。


……後輩たちの姿が廊下の角を曲がるまでは。


​ 誰もいなくなった瞬間。

 くるみの笑顔がスッと消え、能面のような無表情に戻る。
 彼女は手元のクッキーを冷ややかな目で見下ろし
た。

​「……手作りとか、無理」

​ スタスタと階段を降り、踊り場の隅にある燃えるゴミの箱へ直行する。

​「素人が作ったお菓子とか、何が入ってるか分かんないし。衛生観念どうなってんの?」

「ていうか、媚び売るならデパコスのリップとかにしなよ。気が利かないなぁ」
​ ゴトッ。

 軽い音を立てて、後輩たちの憧れが詰まったクッキーはゴミ箱へと消えた。

 くるみは一瞥もくれず、スマホを取り出して髪を直し始めた。

​(……私も)

(私も、もし先輩に何かあげていたら……あんな風に捨てられていたんだ)

​ 結衣の胸に、鋭い痛みが走った。

 憧れが、ガラガラと音を立てて崩れ落ちていく。





​          
​ 【観察5日目】


​ そして、決定的な瞬間が訪れた。

 放課後の昇降口。
くるみが、下駄箱の前で深澄透を呼び止めている。

​「透くん、遅いよ。何分待たせる気?」

​ くるみの声は、氷のように冷たかった。

​「ごめん、掃除当番で……」

「言い訳はいらないから。ほら、これ持って」

​ くるみは自分の通学鞄と、部活の道具が入ったサブバッグを、当然のように透に押し付けた。

 透は文句も言わず、それを受け取る。
​「いちごミルク買ってきて。駅前の店まで走ってね」

「えっ、ここからだと二十分は……」

「だから走ってって言ってるの。透くんみたいな地味でトロい陰キャが、私みたいな美少女と幼馴染でいられるんだよ? 感謝してよね」

​ くるみは透の頬を、ペチペチと軽く叩いた。

 愛情などない。
あるのは、所有物が思い通りに動くかを確認するような、冷徹な支配欲だけ。


​「一生、私の引き立て役として生きなよね。それが透くんの幸せなんだから」

​ くるみは嘲笑うように鼻を鳴らすと、手ぶらで歩き出した。

 重い荷物を両手に抱え、その背中を追う透。​ 
その光景を見て、結衣の中で何かが決定的に壊れた。

​(……ひどい)
​ これが、私の憧れていた『天使』の正体?

 表では聖女の顔をして、裏では友人を社会的に抹殺し、人の好意をゴミのように捨て、幼馴染を奴隷のようにこき使う。

 透先輩の言っていたことは、全部本当だったんだ。

 騙されていたのは私だ。学校中の人間が、あの綺麗な仮面に騙されているんだ。

​ そして同時に、別の感情が湧き上がってくる。
​ ――透先輩は?

 あんな扱いを受けながら、ずっと黙って耐えているの?

 『誤解だよ』と寂しそうに笑った、あの時の顔。
 彼は知っていたんだ。くるみの本性を。
 それでも、誰にも信じてもらえずに、一人で孤独に戦っていたんだ。

​(透先輩は、被害者だ)

(私が……私が謝らなきゃ)

​ 結衣は涙を拭い、立ち上がった。

 正義感のベクトルが、完全に反転した。
 悪を暴くのではない。

 孤独な被害者である深澄透を、理解し、救いたい。

​ その思考こそが、透が仕掛けた『最後の罠』だとも知らずに。

 結衣はふらつく足取りで、あのマンションへと向かい始めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった

ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます! 僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか? 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

距離を置きたい女子たちを助けてしまった結果、正体バレして迫られる

歩く魚
恋愛
 かつて、命を懸けて誰かを助けた日があった。  だがその記憶は、頭を打った衝撃とともに、綺麗さっぱり失われていた。  それは気にしてない。俺は深入りする気はない。  人間は好きだ。けれど、近づきすぎると嫌いになる。  だがそんな俺に、思いもよらぬ刺客が現れる。  ――あの日、俺が助けたのは、できれば関わりたくなかった――距離を置きたい女子たちだったらしい。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について

沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。 かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。 しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。 現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。 その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。 「今日から私、あなたのメイドになります!」 なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!? 謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける! カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

処理中です...