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15話
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放課後の教室。
クラスメイトたちが帰り支度を済ませていく中、俺は小日向くるみに呼び止められていた。
「透くん、ちょっとじっとしてて」
「え……? な、なに?」
くるみは俺を窓際に追い詰めると、不満げな顔で俺の顔を覗き込んだ。
「前髪、伸びすぎじゃない? せっかくの顔が台無しだよ」
「あ、うん……そろそろ切ろうと思ってたんだけど」
「もう、だらしないなぁ。私がいないと身だしなみ一つ整えられないんだから」
くるみはそう言うと、俺の前髪に手を伸ばした。
華奢な指先が額に触れ、長い前髪を掻き上げる。
至近距離で、整った顔立ちの彼女と目が合う。
俺は反射的に目を逸らし、頬を赤らめてみせた。
いつもの『気弱で、幼馴染の距離感にドギマギする深澄透』の演技だ。
「……ごめん」
「ふふ、顔赤いよ? 可愛いなぁ、透くんは」
くるみは満足げに笑い、さらに顔を近づけてきた。
吐息がかかる距離。
普通の中学生男子なら、心臓が爆発してパニックになるシチュエーションだ。
だが。
その時、くるみの動きがピタリと止まった。
「…………」
彼女の目が、スッと細められた。
俺の瞳を、値踏みするようにじっと見つめてくる。
(……なんだ?)
俺は内心で警戒した。
演技に不備があったか? いや、怯えも恥じらいも完璧なはずだ。
「ねえ、透くん」
「な、なに……?」
「……なんか、変」
くるみの言葉に、俺の心臓が冷やりとした。
彼女が感じていたのは、言葉にできない『違和感』だった。
透は確かに顔を赤らめ、目を逸らしている。
けれど、その反応の奥底にあるはずの『動揺』が、以前よりも薄いのだ。
呼吸が乱れていない。
瞳の奥が、凪いだ水面のように静まり返っている。
まるで、『女性に触れられることに慣れている』かのような、奇妙な落ち着き。
(おかしい)
くるみは内心で首をかしげた。
透は、私の所有物だ。
他の女が近づかないように、私が徹底的に根回しをしてきた。
ミナやアイリのような派手な女子は遠ざけ、地味な女子とも会話させないように監視してきた。
だから、透には女性経験なんてあるはずがない。私以外の女の肌など、知るはずがないのだ。
なのに、この余裕は何?
私の指が触れても、パニックにならず、どこか受け入れているような……大人の男のような雰囲気。
「……透くん」
「は、はい」
「最近、隠し事してない?」
くるみの鋭い視線が突き刺さる。
俺は一瞬、背筋が凍るのを感じた。
やはり、この女の勘は侮れない。俺が未来から来たこと、一度死を経験し、女という生き物の醜悪さを知り尽くしていること。その『経験値』を嗅ぎ取ったのか。
だが、俺はすぐに気弱な表情を作り直し、首を振った。
「か、隠し事なんて……してないよ。くるみに嘘なんてつけないし」
「…………ふうん」
くるみは数秒間、俺をじっと見つめていたが――やがて、パッと表情を明るくした。
そして、どこか勝ち誇ったような、陶酔した笑みを浮かべた。
「そっか。分かったわ」
彼女は俺の前髪から手を離し、俺の胸にトン、と人差し指を突きつけた。
「透くん、私のこと『女として』意識し始めたんでしょ?」
「……え?」
俺は今度こそ、素で目を丸くした。
「今までみたいに幼馴染としてじゃなくて、本気で私に惚れちゃったから……カッコつけようとしてるんでしょ? 動揺を見せないように、必死に我慢して」
くるみは自身の豊かな髪をファサリとかき上げ、うっとりとした表情で続ける。
「まあ、無理もないわよね。毎日こんな美少女と一緒にいて、惚れない方がおかしいもん。ようやく透くんも、自分の気持ちに素直になったってことかぁ」
……なるほど。そう来たか。
俺の『余裕』を、『かっこいいと思われたくて背伸びをしている』と解釈したわけだ。
圧倒的なナルシズム。
自分が世界で一番魅力的であり、透が自分に夢中になるのは当然だという、揺るぎない自信。
それが彼女の目を曇らせ、真実から遠ざけたのだ。
「あはは、図星でしょ? 何も言えないもんね」
「……うん、まあ……くるみには敵わないな」
俺は苦笑いを浮かべて肯定した。
ここで否定するのは得策ではない。彼女の勘違いを利用した方が、動きやすい。
「ふふっ、可愛いとこあるじゃん。いいよ、もっと私に夢中になって。一生、私のことだけ考えて生きていいからね」
くるみは上機嫌で俺の頭をポンポンと撫でると、カバンを持って軽やかに教室を出て行った。
「じゃあね、透くん! 明日も迎えに来てよね!」
廊下に響く、高らかな声。
俺はその背中を見送りながら、深く息を吐いた。
「……危なかった」
やはり、油断は禁物だ。
あの女の勘は獣並みだ。
少しでも気を抜けば、違和感の正体に気づかれるかもしれない。
だが、同時に確信した。
彼女の最大の弱点は、その肥大化した自尊心だ。
『自分が愛されている』という前提がある限り、彼女は俺の殺意には気づかない。
「ありがとう、くるみ。その勘違いが、お前の命取りになる」
俺は誰もいない教室で、冷ややかに呟いた。
窓ガラスに映る俺の前髪は、彼女がいじったせいで少し乱れていたが、その下の瞳は、獲物を狙う猛獣のように鋭く光っていた。
クラスメイトたちが帰り支度を済ませていく中、俺は小日向くるみに呼び止められていた。
「透くん、ちょっとじっとしてて」
「え……? な、なに?」
くるみは俺を窓際に追い詰めると、不満げな顔で俺の顔を覗き込んだ。
「前髪、伸びすぎじゃない? せっかくの顔が台無しだよ」
「あ、うん……そろそろ切ろうと思ってたんだけど」
「もう、だらしないなぁ。私がいないと身だしなみ一つ整えられないんだから」
くるみはそう言うと、俺の前髪に手を伸ばした。
華奢な指先が額に触れ、長い前髪を掻き上げる。
至近距離で、整った顔立ちの彼女と目が合う。
俺は反射的に目を逸らし、頬を赤らめてみせた。
いつもの『気弱で、幼馴染の距離感にドギマギする深澄透』の演技だ。
「……ごめん」
「ふふ、顔赤いよ? 可愛いなぁ、透くんは」
くるみは満足げに笑い、さらに顔を近づけてきた。
吐息がかかる距離。
普通の中学生男子なら、心臓が爆発してパニックになるシチュエーションだ。
だが。
その時、くるみの動きがピタリと止まった。
「…………」
彼女の目が、スッと細められた。
俺の瞳を、値踏みするようにじっと見つめてくる。
(……なんだ?)
俺は内心で警戒した。
演技に不備があったか? いや、怯えも恥じらいも完璧なはずだ。
「ねえ、透くん」
「な、なに……?」
「……なんか、変」
くるみの言葉に、俺の心臓が冷やりとした。
彼女が感じていたのは、言葉にできない『違和感』だった。
透は確かに顔を赤らめ、目を逸らしている。
けれど、その反応の奥底にあるはずの『動揺』が、以前よりも薄いのだ。
呼吸が乱れていない。
瞳の奥が、凪いだ水面のように静まり返っている。
まるで、『女性に触れられることに慣れている』かのような、奇妙な落ち着き。
(おかしい)
くるみは内心で首をかしげた。
透は、私の所有物だ。
他の女が近づかないように、私が徹底的に根回しをしてきた。
ミナやアイリのような派手な女子は遠ざけ、地味な女子とも会話させないように監視してきた。
だから、透には女性経験なんてあるはずがない。私以外の女の肌など、知るはずがないのだ。
なのに、この余裕は何?
私の指が触れても、パニックにならず、どこか受け入れているような……大人の男のような雰囲気。
「……透くん」
「は、はい」
「最近、隠し事してない?」
くるみの鋭い視線が突き刺さる。
俺は一瞬、背筋が凍るのを感じた。
やはり、この女の勘は侮れない。俺が未来から来たこと、一度死を経験し、女という生き物の醜悪さを知り尽くしていること。その『経験値』を嗅ぎ取ったのか。
だが、俺はすぐに気弱な表情を作り直し、首を振った。
「か、隠し事なんて……してないよ。くるみに嘘なんてつけないし」
「…………ふうん」
くるみは数秒間、俺をじっと見つめていたが――やがて、パッと表情を明るくした。
そして、どこか勝ち誇ったような、陶酔した笑みを浮かべた。
「そっか。分かったわ」
彼女は俺の前髪から手を離し、俺の胸にトン、と人差し指を突きつけた。
「透くん、私のこと『女として』意識し始めたんでしょ?」
「……え?」
俺は今度こそ、素で目を丸くした。
「今までみたいに幼馴染としてじゃなくて、本気で私に惚れちゃったから……カッコつけようとしてるんでしょ? 動揺を見せないように、必死に我慢して」
くるみは自身の豊かな髪をファサリとかき上げ、うっとりとした表情で続ける。
「まあ、無理もないわよね。毎日こんな美少女と一緒にいて、惚れない方がおかしいもん。ようやく透くんも、自分の気持ちに素直になったってことかぁ」
……なるほど。そう来たか。
俺の『余裕』を、『かっこいいと思われたくて背伸びをしている』と解釈したわけだ。
圧倒的なナルシズム。
自分が世界で一番魅力的であり、透が自分に夢中になるのは当然だという、揺るぎない自信。
それが彼女の目を曇らせ、真実から遠ざけたのだ。
「あはは、図星でしょ? 何も言えないもんね」
「……うん、まあ……くるみには敵わないな」
俺は苦笑いを浮かべて肯定した。
ここで否定するのは得策ではない。彼女の勘違いを利用した方が、動きやすい。
「ふふっ、可愛いとこあるじゃん。いいよ、もっと私に夢中になって。一生、私のことだけ考えて生きていいからね」
くるみは上機嫌で俺の頭をポンポンと撫でると、カバンを持って軽やかに教室を出て行った。
「じゃあね、透くん! 明日も迎えに来てよね!」
廊下に響く、高らかな声。
俺はその背中を見送りながら、深く息を吐いた。
「……危なかった」
やはり、油断は禁物だ。
あの女の勘は獣並みだ。
少しでも気を抜けば、違和感の正体に気づかれるかもしれない。
だが、同時に確信した。
彼女の最大の弱点は、その肥大化した自尊心だ。
『自分が愛されている』という前提がある限り、彼女は俺の殺意には気づかない。
「ありがとう、くるみ。その勘違いが、お前の命取りになる」
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