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24話
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受験という名の戦争が終わった数日後。
深澄透の自室は、甘ったるい熱気に包まれていた。
「透くぅぅん……! やっと、やっと会えたぁ……!」
「んふぅ……透くんの匂いだ……落ち着くぅ……」
ミナとアイリが、左右から俺に抱きついている。
まるで吸盤のように密着し、頬を擦り付け、俺の体温を貪っている。
受験勉強期間中、俺が意図的に接触を断っていた反動だ。
彼女たちの『透くん不足』は限界を突破していたらしい。
「よく頑張ったな、二人とも」
俺が頭を撫でてやると、二人はとろんとした目で俺を見上げた。
「頑張ったよ! 透くんと同じ高校に行くために、死ぬ気で勉強したもん!」
「ご褒美……くれるよね? 今日はもう、帰らなくていいんだよね?」
アイリが上目遣いで、俺のシャツの裾をギュッと握る。
その瞳は潤み、情欲と依存心が渦巻いている。
今日、俺の両親は不在だ。というか、仕事柄めったに帰ってこない。
それを知っている彼女たちは、ここを『主人の巣』として認識し、思う存分甘えるつもりで来たのだ。
「ああ、たっぷり可愛がってやるよ。お前たちは俺の…」
『忠実な奴隷だからな』
そう言いかけた、その時だった。
ガチャン、と。
玄関の鍵が開く音が、静寂を切り裂いた。
「「「!?」」」
俺たちの動きが止まる。
ミナとアイリがビクッと体を強張らせ、俺からパッと離れた。
まさか。
合鍵を持っている人間など、限られている。
「ただいまー。透、いるー?」
聞き覚えのある、しかし今の俺にとっては『遠い過去の記憶』の中にしかないはずの声。
階段を上がってくる足音が近づく。
そして、ドアがガチャリと開いた。
「あれ、返事がないわね。……って、あら?」
そこに立っていたのは、スーツケースを引いた中年の男女だった。
父・深澄健司。
母・深澄静香。
年に二ヶ月ほど、それも所々でしか帰ってこない、多忙な俺の両親だ。
「お、お客さん? しかも女の子……?」
母さんが目を丸くして、固まっているミナとアイリ、そして俺を交互に見た。
ミナとアイリは顔面蒼白だ。
自分たちが『ご主人様に甘えるペット』のような醜態を晒していたところを見られたかもしれないと、パニックになっている。
だが、俺は冷静だった。
一瞬の驚きを飲み込み、すぐに『中学生頃の深澄透』の仮面を被る。
「……父さん、母さん。帰ってたんだ」
「ああ、急な出張帰りでな。連絡しなくて悪かった」
父さんが申し訳なさそうに苦笑する。
その横で、母さんの目がキラリと怪しく光った。
「透。……紹介してくれないのかしら?」
母さんは、美人だ。
切れ長の目に、整った顔立ち。仕事ができるキャリアウーマンといった風貌で、一見するとクールで近寄りがたい雰囲気がある。
だが、俺は知っている。
この人が、三度の飯より『若者の青春・恋愛沙汰』が大好物だということを。
「……友達だよ。こっちがミナで、こっちがアイリ」
俺は事前に用意していた『設定』を口にした。
「以前、二人がちょっとトラブルに巻き込まれてたのを俺が助けたんだ。それから仲良くなって、勉強を教えてた」
「へえぇ……!」
母さんが身を乗り出した。
クールな仮面が崩れ落ち、好奇心全開の乙女の顔になっている。
「助けたって、まさか不良に絡まれてるところを透が!? キャーッ、何それ漫画みたい! 透ったら、いつの間にそんな男らしいことを!」
「おいおい静香、落ち着け。彼女たちが引いてるぞ」
父さんが呆れたように母さんの肩を叩く。
だが、母さんの暴走は止まらない。
ズズイ、とミナとアイリに詰め寄った。
「で、どっちなの? どっちが透の彼女なの? それともまさか……二人とも?」
「えっ、あ、その……!」
ミナとアイリが真っ赤になって俯く。
彼女たちにとって、俺の両親は『神の創造主』にも等しい存在だ。
粗相があってはならないと緊張しているが、同時に『彼女』という言葉に満更でもない反応を示している。
「わ、私たち……透くんには、すっごく感謝してて……」
「そうそう! 透くんがいなかったら、私たち今頃どうなってたか……命の恩人なんです!」
二人は必死に言葉を紡いだ。
それは嘘ではない。透がいなければ、彼女たちは社会的に抹殺されていたか、あるいはもっと悲惨な末路を辿っていただろう。
その必死さと、俺に向ける熱っぽい視線を見て、母さんは「あらあら~」と頬に手を当てた。
「なんて可愛らしい子たちなの。透には勿体ないくらいだわ」
「そんなことないです! 透くんは凄いです!」
「私たちの方が、透くんに相応しくなれるように頑張ってるんです!」
ミナとアイリが即座に否定する。
その健気な姿に、母さんは完全に陥落したようだった。
「いい子たちねぇ……。そうだ、お茶とお菓子出さなきゃ! 積もる話もあるし、ゆっくりしていってちょうだい!」
「はい! ありがとうございます!」
母さんに手を引かれ、ミナとアイリがリビングへと連れて行かれる。
父さんが『やれやれ』と肩をすくめ、俺に目配せをしてから後を追った。
部屋に一人、残された俺。
ふう、と息を吐き出す。
どうやら、上手く誤魔化せたようだ。
ミナとアイリも、俺の両親に気に入られたなら、今後もこの家に出入りしやすくなる。好都合だ。
……そう、好都合なはずだった。
「…………」
俺は震える手を、強く握りしめた。
視界が滲むのを、必死に堪える。
(……生きてる)
父さんも、母さんも。
当たり前のことだ。今はまだ中学生なのだから。
だが、俺の記憶の中の二人は、もういない。
前回の人生。
俺が復讐に囚われ、心が壊れていく中で、二人は俺を心配しながらも、寿命でこの世を去った。
最期まで『透、幸せになってくれ』と願いながら。
俺はその願いを裏切り、破滅への道を突き進んだ親不孝者だ。
もう二度と会えないと思っていた。
その声を聞くことも、温かい食事を囲むこともないと思っていた。
「……ただいま、父さん、母さん」
誰もいない部屋で、俺は小さく呟いた。
その声は微かに震えていた。
リビングから、母さんの高笑いと、ミナたちの楽しげな声が聞こえてくる。
それは、復讐者には似つかわしくない、温かすぎる光景だった。
俺は深呼吸をして、涙を拭った。
そして、いつもの『冷徹な策士』の仮面を被り直す。
この幸せを守るためにも。
そして、かつての人生で二人に心配をかけさせた罪を償うためにも。
俺は必ず、完璧な復讐を成し遂げ、その上で『幸せな人生』を勝ち取らなければならない。
「……行くか」
俺はリビングのドアを開けた。
そこには、俺が守るべき、そして利用すべき『家族』の姿があった。
深澄透の自室は、甘ったるい熱気に包まれていた。
「透くぅぅん……! やっと、やっと会えたぁ……!」
「んふぅ……透くんの匂いだ……落ち着くぅ……」
ミナとアイリが、左右から俺に抱きついている。
まるで吸盤のように密着し、頬を擦り付け、俺の体温を貪っている。
受験勉強期間中、俺が意図的に接触を断っていた反動だ。
彼女たちの『透くん不足』は限界を突破していたらしい。
「よく頑張ったな、二人とも」
俺が頭を撫でてやると、二人はとろんとした目で俺を見上げた。
「頑張ったよ! 透くんと同じ高校に行くために、死ぬ気で勉強したもん!」
「ご褒美……くれるよね? 今日はもう、帰らなくていいんだよね?」
アイリが上目遣いで、俺のシャツの裾をギュッと握る。
その瞳は潤み、情欲と依存心が渦巻いている。
今日、俺の両親は不在だ。というか、仕事柄めったに帰ってこない。
それを知っている彼女たちは、ここを『主人の巣』として認識し、思う存分甘えるつもりで来たのだ。
「ああ、たっぷり可愛がってやるよ。お前たちは俺の…」
『忠実な奴隷だからな』
そう言いかけた、その時だった。
ガチャン、と。
玄関の鍵が開く音が、静寂を切り裂いた。
「「「!?」」」
俺たちの動きが止まる。
ミナとアイリがビクッと体を強張らせ、俺からパッと離れた。
まさか。
合鍵を持っている人間など、限られている。
「ただいまー。透、いるー?」
聞き覚えのある、しかし今の俺にとっては『遠い過去の記憶』の中にしかないはずの声。
階段を上がってくる足音が近づく。
そして、ドアがガチャリと開いた。
「あれ、返事がないわね。……って、あら?」
そこに立っていたのは、スーツケースを引いた中年の男女だった。
父・深澄健司。
母・深澄静香。
年に二ヶ月ほど、それも所々でしか帰ってこない、多忙な俺の両親だ。
「お、お客さん? しかも女の子……?」
母さんが目を丸くして、固まっているミナとアイリ、そして俺を交互に見た。
ミナとアイリは顔面蒼白だ。
自分たちが『ご主人様に甘えるペット』のような醜態を晒していたところを見られたかもしれないと、パニックになっている。
だが、俺は冷静だった。
一瞬の驚きを飲み込み、すぐに『中学生頃の深澄透』の仮面を被る。
「……父さん、母さん。帰ってたんだ」
「ああ、急な出張帰りでな。連絡しなくて悪かった」
父さんが申し訳なさそうに苦笑する。
その横で、母さんの目がキラリと怪しく光った。
「透。……紹介してくれないのかしら?」
母さんは、美人だ。
切れ長の目に、整った顔立ち。仕事ができるキャリアウーマンといった風貌で、一見するとクールで近寄りがたい雰囲気がある。
だが、俺は知っている。
この人が、三度の飯より『若者の青春・恋愛沙汰』が大好物だということを。
「……友達だよ。こっちがミナで、こっちがアイリ」
俺は事前に用意していた『設定』を口にした。
「以前、二人がちょっとトラブルに巻き込まれてたのを俺が助けたんだ。それから仲良くなって、勉強を教えてた」
「へえぇ……!」
母さんが身を乗り出した。
クールな仮面が崩れ落ち、好奇心全開の乙女の顔になっている。
「助けたって、まさか不良に絡まれてるところを透が!? キャーッ、何それ漫画みたい! 透ったら、いつの間にそんな男らしいことを!」
「おいおい静香、落ち着け。彼女たちが引いてるぞ」
父さんが呆れたように母さんの肩を叩く。
だが、母さんの暴走は止まらない。
ズズイ、とミナとアイリに詰め寄った。
「で、どっちなの? どっちが透の彼女なの? それともまさか……二人とも?」
「えっ、あ、その……!」
ミナとアイリが真っ赤になって俯く。
彼女たちにとって、俺の両親は『神の創造主』にも等しい存在だ。
粗相があってはならないと緊張しているが、同時に『彼女』という言葉に満更でもない反応を示している。
「わ、私たち……透くんには、すっごく感謝してて……」
「そうそう! 透くんがいなかったら、私たち今頃どうなってたか……命の恩人なんです!」
二人は必死に言葉を紡いだ。
それは嘘ではない。透がいなければ、彼女たちは社会的に抹殺されていたか、あるいはもっと悲惨な末路を辿っていただろう。
その必死さと、俺に向ける熱っぽい視線を見て、母さんは「あらあら~」と頬に手を当てた。
「なんて可愛らしい子たちなの。透には勿体ないくらいだわ」
「そんなことないです! 透くんは凄いです!」
「私たちの方が、透くんに相応しくなれるように頑張ってるんです!」
ミナとアイリが即座に否定する。
その健気な姿に、母さんは完全に陥落したようだった。
「いい子たちねぇ……。そうだ、お茶とお菓子出さなきゃ! 積もる話もあるし、ゆっくりしていってちょうだい!」
「はい! ありがとうございます!」
母さんに手を引かれ、ミナとアイリがリビングへと連れて行かれる。
父さんが『やれやれ』と肩をすくめ、俺に目配せをしてから後を追った。
部屋に一人、残された俺。
ふう、と息を吐き出す。
どうやら、上手く誤魔化せたようだ。
ミナとアイリも、俺の両親に気に入られたなら、今後もこの家に出入りしやすくなる。好都合だ。
……そう、好都合なはずだった。
「…………」
俺は震える手を、強く握りしめた。
視界が滲むのを、必死に堪える。
(……生きてる)
父さんも、母さんも。
当たり前のことだ。今はまだ中学生なのだから。
だが、俺の記憶の中の二人は、もういない。
前回の人生。
俺が復讐に囚われ、心が壊れていく中で、二人は俺を心配しながらも、寿命でこの世を去った。
最期まで『透、幸せになってくれ』と願いながら。
俺はその願いを裏切り、破滅への道を突き進んだ親不孝者だ。
もう二度と会えないと思っていた。
その声を聞くことも、温かい食事を囲むこともないと思っていた。
「……ただいま、父さん、母さん」
誰もいない部屋で、俺は小さく呟いた。
その声は微かに震えていた。
リビングから、母さんの高笑いと、ミナたちの楽しげな声が聞こえてくる。
それは、復讐者には似つかわしくない、温かすぎる光景だった。
俺は深呼吸をして、涙を拭った。
そして、いつもの『冷徹な策士』の仮面を被り直す。
この幸せを守るためにも。
そして、かつての人生で二人に心配をかけさせた罪を償うためにも。
俺は必ず、完璧な復讐を成し遂げ、その上で『幸せな人生』を勝ち取らなければならない。
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